[2001/4/9]

僕は死にまっしぇ〜ん その1

 



「僕は死にまっしぇ〜ん  その1」

 仙人、サラリーマン時代にいた会社にニアミスしたことが、辞めてから
今までに2回ある。1回目は辞めた直後、2回目は3年ほど前である。
ニアミスと
別の仕事で前の会社に関わることである。関わるといっても
この場合2回とも肉体労働だった。サラリーマン時代は純然たるホワイト中
のホワイトカラーだったので、全くの正反対と言っていい。

 1回目は辞めた直後で別に借金もしていなかったし肉体労働とかしなく
ても良かったのだが、ちょっと急に入用ができて急遽anか何かで探して
入れたと思う。それもバリバリの道路工事関係の仕事だった。

 仙人、学生時代には人並みにバイトもし、その中には肉体労働的なものも
あったが、ガチンコの道路工事は初めてだった。学生時代にもせず、社会人
になってから、それもサラリーマンを経てからというのが何だか妙な気分だった。

 そして更に珍妙な気分になったのが、朝、集合場所で作業現場を聞かされ
た時だった。何と、勤めていた会社の真ん前の道路だったのである。正直、
「あちゃー」と思ったね。だが、一瞬後には「こりゃ、オモロイことになったで。
いっちょギャグかましたろ」と思う精神と生活の余裕というものが、この頃の
仙人にはあった。

 汗臭い作業着に着替えさせられた我々バイトと、土方然とした正規(?)の
作業員が、トラックの荷台に乗せられ、懐かしの会社へ向けて出発した。
自分はついちょっと前までは、スーツを着て地下鉄に乗りその会社へ行って
いたのである。
 
 それが、今は作業着を着てトラックの荷台に乗り同じその会社へ向かって
いる。人生の機微というか、複雑そうでいて実は至極単純なものなのかも
しれない縁の不思議を感じた。

 現場に着いた。あいもかわらず荘厳で巨大なインテリジェントビルが目の
前にそびえ立っていた。地上25階、ここだけで4000人を毎日収容するハイ
テクビル。あの19階にいたんだなあ。みんな元気かな。
ちょうど、社員たちが続々と出社してくる時間だった。
私は少々緊張しながら工事の補助的な作業をし始めた。

 「僕は死にまっしぇ〜ン」

 知り合いを見つけたら、カマそうと思っていたギャグだった。その前の年か
前の前の年か忘れたが、巷では『101回目のプロポーズ』というドラマが熱狂
的に支持されており、ヒロインのため会社まで辞め、肉体労働に励む武田鉄也
演じる主人公の「僕は死にまっしぇ〜ン」というギャグ(?)が流行っていた。
それをやらかそうと思っていたのだ。

 私はチラチラと横目で私のすぐ横を通り抜けていくかつての仲間を物色した。
何人かは知った顔を見つけ、その度に奇妙な恍惚感を覚えながら、
「さあ、相手が俺に気付いたらやるぞー。ビックリするやろうなあ」と万全の
体制で待ち構えていた。

 だが、結局その日1度も「僕は死にまっしぇ〜ン」をやることはなかった。
理由は明白。誰も私に気付くことはなかったのだ。知った顔は何人もいた。
いや、いるどころではない。20人くらいはこの日の朝、私の横を通り過ぎた
のだ。一瞬私の顔を見た人もいた。だが、かつての会社仲間だとは気付いて
くれなかった。悲しいくらいに彼ら彼女らの目には私の姿など入っていなかっ
たのだ。

 それでもこのときの仙人はあまり気に病んではなかった。それどころか、
「朝はみんな出社のことで頭一杯やし気付かへんで当然やわな。今度は
自分から名乗って気付かしたろ」と見当外れの決心までしていた。
私はモノホンの阿呆であった。

 2回目は今から3,4年前、ちょうど世間を山一證券の経営破たんが騒がし、
フランスW杯アジア最終予選に日本中が一喜一憂している頃だった。
世間の騒乱をよそに、私はもう既に大借金で首がガチガチに固まっており、
にっちもさっちも行かなくなって入れられる仕事は狂ったように入れていた。

 この日は事務所移転の仕事だった。日本通運のくすんだ青色の作業着に
着替えさせられ乗せられたトラックの荷台で、我々作業員に棟梁が今日の
現場、すなわち今トラックが向かっている先を告げた。あのビルだった。
 私が数年前に勤めていた会社。しかも今回はオフィス移転の仕事だから、
当然オフィスに入ることになる。

 だが、このときの私には数年前のように「僕は死にまっしぇ〜ン」とギャグを
かまそうと思う余裕はなかった。とにかく気付かれたくなかった。
 意気揚揚と会社を辞めたはいいが、今では大借金にまみれ、夢の実現など
まさに夢のまた夢。顔つきも何だか妙ちきりんなことになっていて、死んでも
かつての会社仲間には会いたくない時だった。

 前回とは違い、今回のトラック移動はアウシュビッツに移送されるユダヤ人
の心境そのものだった。

 「今日の引っ越しは21階から19階への移転や」との棟梁の声に1人青く
なっていたのが私だった。そして、おもしろいくらい予想通り、19階へ振り
分けられた。その日が土曜日であることだけが私の唯一の希望だった。
事務所移転は通常その会社が休みの日におこなわれる。律儀に休日出勤
なんかするなよと祈りながら懐かしの19階へ数年ぶりに足を踏み入れた。

 うーむ、ごめんなさい。長くなったので続きは次号です。
 明日出すから許してね。m(__)m

☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆ 

肉体労働。このころホントよくやってたなあ。
たぶん今は体がついていかへんのやろなあ。
こんなことじゃイカンのう。
なんかトレーニングでもしてみようかな。
考えるだけで、つ、つらい…

 

 

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つぎ

 

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