[2001/3/29]

心の花粉症

 



「心の花粉症」

 陽の光が近くに感じられるようになりましたな。
啓蟄と呼ばれるこの季節、木々が新芽でにぎわしくなり、桜の開花、変質者の
ご開帳など、微笑ましくも穏やかで活動的な春のうらやか気分が高まる時分で
もある。早い話、蟲や植物や獣たちはもちろん、我々人間様もウキウキッてな
気分になるはずの今日この頃なのである。

 ところが、である。ワシがそういう気分になるには早くともゴールデンウイ
ークまで待たねばならん。なぜなら何を隠そう、この仙人、この春で15シー
ズン目を迎える筋金入りの花粉症患者だからである。別に隠してないけど。

 3月の声を聞くや否や、昼夜を厭わず涙鼻水を流し、AV女優でないにもか
かわらず顔じゅうを体液まみれにするワシは、仕事はもちろんのこと、日々
生きていくためのささいな雑事にまで支障をきたす役立たずと化す。

 それでも最近は患者数が激増していることもあって、体液仙人に対する
視線もずいぶんと優しいものとなってきた。学生時代の仙人の部屋は大学
にも
近かったので、サークルの先輩後輩やその他大勢の友人の溜まり場
となり日々活況を呈していたのであるが、それにしてもこの時期だけは
ホンマきつかった。

 たかだか6畳間に、外でたっぷり花粉を付けた人間ミツバチが7,8人入って
くるのである。しかも、煙草をたしなむ輩も多かったので、花粉と煙のダブル
猛襲だ。患者の方は分かるだろうが、花粉で敏感になった粘膜に煙は辛い。

「頼むから部屋に入るときは、上着に付いた花粉を払って入ってきてくれ」
「後生だから3月4月の2ヶ月間は禁煙にしてくれ」

などの、おでこを床にこすり付けての必死の命乞いも聞き入れられず、
アヘン窟の
住人のように紫煙をくゆらせる人間ミツバチどもの横で、涙に
ぬれた虚ろな視線を虚空にさまよわせる仙人が確かにいた。

 仙人は何度となく花粉症の苦しさについて人間ミツバチどもに訴えた。
「みんな風邪ひくやろ?鼻詰まって苦しいやん。花粉症っつうのは2ヶ月間、
風邪が直らへんのと同じことなんやで。どや、苦しいやろ?」
などの例え話を駆使しての説明にも彼らは、
「大変やなあ」と、新たなマイルドセブンの封を切るのに何のためらいもない
のである。
仙人は孤独であった。

 でも、考えてみれば当たり前のことなんやね。花粉症でない彼らにとって
みれば、3月になればカラクリ人形のように涙鼻水を流し出す仙人の方こそ
オカシな奴なのだ。彼らの体は花粉に反応しない。たとえ吸い込んだとて
彼らの粘膜は花粉を異物として感じることはない。

「自分以外のみんなは感じないのに、自分だけが感じてしまうことがある。」

これは、花粉症患者でなくとも、ほとんどの人が経験したことがあると思う。
ものごころついてからの家庭、学校や職場、社会。
「あれ?俺だけ?」「もしかしたら、私だけかしら?こんなこと気にしてるの
って…」「最悪や、誰も分かってくれん」などだろうか。
けっこう孤独でストレスフルやね。花粉症のように。

それに対して、逆の考え方もある。
「あれ?俺だけ?」「もしかしたら、私だけかしら?これに気付けているのは」
「ラッキー、まだ誰も分かってない」のように。

 どっちがイイかと言うているのではないよ。仙人なんかはものごころ付いた
から花粉症的やった。

 人の言ったことにスゴク敏感で、気にしいで。それも花粉症と同じで意識し
てじゃなく、無意識にそうやから。自分でも気付かんうちに言葉尻や表情の
裏の裏に反応してしまい、心の鼻水やクシャミ、涙を流しまくって消耗しとった。
自分だけが無意識に気付いてしまう、人の言葉や表情などの『花粉』に反応
しまくって疲れきっていたのだ。

 ただ明らかに仙人になって数年の頃はともかく、ここ最近の私は、「気にしい」
じゃなくなってきているのだ。「ラッキー、まだ誰も分かってない」のように
「気にしい」であったが故に、気付けていたことに気付けなくなっている。
世間ではこれを精神的に強くなったと受け止めるかもしれない。でもそうなんやろか。

 オリンピックなどで日本人選手はプレッシャーに弱いといわれる。それに比
べ、外国人選手(特にアメリカ人ね)はプレッシャーに強いとされている。
だから、日本人はもっと精神力を鍛えてプレッシャーをはねのけるようにしな
ければならないとか言われることが多いけど、ホンマなんか。
それはただ単に、アメリカ人が鈍感なだけじゃないんか?(アメリカ人さん、
ゴメンなさいm(__)m)

 日本人は様々なことに敏感に気付けてしまうんじゃないんだろうか。
アメリカ人が反応することが出来ない花粉に敏感に反応「できて」しまう
「こころの花粉症」なのではなかろうか。

 例えば、秋の夜長の虫の声。鈴虫やまつ虫、くつわ虫の鳴き声に多くの
日本人は趣きを感じ、安らぎすら覚えてしまう。ところが、ドキュメンタリーで
見たんだけど、ある研究によるとアメリカ人は虫の「声」を聞くことができない
らしいのだ。彼らは「声」ではなく、単なる「音」としてしか認識できないらしい。
それも、ノイズ。うるさい雑音としてしか。

 こういうことと、日本人とアメリカ人のプレッシャーとかは関係がないのか
もしれない。ただ、最近、生きるのに追われ、様々なことに鈍感になってきて
いる自分からすると、あれほどイヤだった「気にしい」だとかが妙にいとおし
く思えてくるのだ。

「気にしい」だからこそ手に入れられるものがある。逆に「気にしい」じゃな
いからこそ手に入れられるものもある。

花粉症はイヤだけど、心の花粉症は治さなくてもエエかなと思う今日この頃の
仙人なのであった。


☆ ☆ ☆ あとがき ☆ ☆ ☆

花粉症イヤです。誰か体に優しい治療法知りませんか?とにかく体質
改善しかないみたいですね。グシュン(T_T)

 

 

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つぎ

 

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