043:香水
酒の邪魔をしない香りだ、と思った。
男の隣には女がいる。
強く引いたアイラインに濃い睫毛、赤い唇。
胸元は意図的に開き、金褐色の髪は少し縺れている。
同じアパートに住む女だ。
いつもは部屋で飲むのだが、今日は近場の酒場に来た。
蠱惑的な、でも何故だか懐かしいようなその香りに引き寄せられるように、
少し酔った男は女の胸元に顔を寄せてみる。
だが香りはもっと上から降ってくるようだ。
……?
不思議な思いで女の顔を覗き込むと、
「髪よ。」と言う。
あたしがホンモノを身につけたら、あの香りに申し訳ないような気がして。
そう言って笑う。
髪を指に絡めながら鼻先に近づけ、
「名前は?」と訊くと、きっと嗤うわ、と答えた。
酒のあとはいつも縺れ合って眠る。
女の部屋へ入ると、鏡台に無造作に開けた白い箱と、黒いキャップに金色の帯、
くすんだようなピンク色の液体が入った四角い瓶が転がっていた。
No. 5
CHANEL
PARIS
PARFUM
POUR LES CHEVEUX
HAIR MIST
なんだ、これだってホンモノじゃあないか、と女の髪に顔を埋めながらベッドに倒れこむ刹那、
この香りの似合わない誰かが見ているような気がした。
(2005年3月10日)
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「神々との闘い」編 火を借りる女とのやりとり
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073:
伊達眼鏡
BGM :
小松亮太"ブエノスアイレアンド"from"Tangologue"