雌ライオン


 その日、彼女は獰猛だった。

 まだ日は高い。明るい日差しに照らされたベッドの上で、いつになく赤い口紅を引いた彼女は、ハインリヒの身体のそこかしこに熱く口づけを落としていた。その痕はまるで、さっき彼女に話した計画の雌ライオンが噛み付いたかのように赤く染まり、痛みを伴って火照った。最初は唇に、そして首筋へ、胸へ。淫らに身をくねらせて、彼女はついに、それを口の中に包み込んだ。普段は純情な彼女が、これまで知らなかったはずの遊戯だった。
 まるで慣れた行為のように、舌を這わせ、唇を震わせる彼女を、ハインリヒは半ば怯えて見つめた。美しく小ぶりな、白い尻が官能的に揺れる。
 止むことなく続けられるその淫らな行為に次第に夢中になってきた頃、不意に歯を立てられてハインリヒは思わず呻いた。

 ……………

 その計画を知らされたとき、ヒルダは笑った。

 まさか。こんなばかなこと、いくらなんでも本当に実行する気だなんて、ありえないことだ。サーカスのライオンと一緒に、私に着ぐるみを着せて檻に入れて運ぶなんて。いくら能天気なところのあるこの人だからといって、まさか本気で言っている筈はない。
 そう思って流していたのに、どうやら冗談ではないと分かったとき、ヒルダは全身の力が抜けるのを感じた。
 この人は、言い出したら聞かない人だ。いくら私が反論したところで、熱くなっている今は、きっともっとばかげた計画を新たに考え付くだけだろう。それでも、私は付いて行くしかないのだ。私は、この無謀で夢でいっぱいの恋人を、愛しているのだから。
 諦めと愛情、身体の底から湧き起こる怒りに似た感情が彼女を支配し、そして、凶暴にした。

 午後の日差しの眩しさに目をしかめながら、ヒルダは恋人の身体をむさぼった。いつもの自分らしくない、荒れ狂うような官能が支配していた。彼を自らの下に沈めて、口づけで快楽を与え、意のままに溺れさせる。知らなかった欲望に促されるままに、彼女は彼のものを唇に含んだ。舌先を操り、表情を窺う。苦しげで、それでも欲情に歪んだ恋人の切なげな顔を見て、残酷な気持ちが沸き起こる。

 こうして口に含んでいると、男という存在がひどく小さなものに思える。今は自分が支配者だ。ヒルダは、口の中のものに歯を立てた。
 そのときだった。呻き声を上げた恋人は、彼女の細い両肩を掴むと、軽々と仰向けに押し倒した。

 「いやよ!」
 さっきまで口の中にあったものに貫かれながら、雌ライオンは、小さく吼えた。


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