−春に 私は武器内蔵の攻撃主体型サイボーグとなるべき試験体の身体を、薬液の中の固定器具からゆっくりとはずした。危険回避のためまだマシンガンアームである右腕とミサイル内蔵の脚部中心部を取り付けられていないそれは、力なく手術台に移され、手早く処置を開始された。 まだ頭部はほぼむき出しの状態で、照準眼はうつろであらぬ方に注がれ、それに繋がれた視神経が透けて見える。うつろな眼は当然なことで、意識の活動を遮断する薬液を常に注入しているのだ。試験体の意識を覚醒させた上で駆動実験をするのはまだ危険すぎるからだ。この照準眼はほぼ完成に近く、網膜を保護するための装置も完成している。 雑菌から保護するため、照準眼部分だけを開けた白い仮面状のプラスチックで頭部を覆うと、準備は完了だ。 「仮面」をつけたこの試験体に武器装置をセットした後、不安定な肢体を実験用ロボット型装置に固定し、ターゲットを用意してそれにマシンガンやミサイルを命中させる実験を行う。結果はすこぶる良好だ。 わずかな生体脳からの信号が攻撃用補助データ脳と上手く連結し、照準を完璧なものにしていた。 実験成功の後、武器部分をはずされ、左腕と関節のない両足しか備えていない覚束ない身体を実験室の固定器具にぐたりと繋がれたその試験体に、私は頭部の部品の取り付けを始めた。まだ人工皮膚はつけていないため相変わらず照準眼はむきだしのままで、まだ人間とは程遠いが私の作業とともにある程度は形になってくる。 こうして細かい仕上げ作業をするのが私は好きだ。いわば彫刻の仕上げのようなもので、興奮すら覚える瞬間だ。 私は強化プラスチックでほぼ形作った頭部から顔面への作業に移り、口唇部の部品を仮取けした。かなり出来がいい。 私は満足した。 と、その瞬間、試験体は突然自動人形のように喋り出した。 「春に出会ったっていうのに…」 不意を突かれて私は呆然と試験体を見た。 「冬の話ばかりするんだ、君は」 それは掠れたドイツ語だった。 私は作業を中断し、半ば恐れをもっていつもの薬液に試験体を手早く浸し電極に繋いだ。 薬液に半ば覆われ赤や青の電極に繋がれて、むき出しの照準眼を空に向けたまま、それは憑かれたように喋り続けた。 「春だっていうのに、いつまでも雪の話をして」 「ぼくが春の服を買ってあげるまで、絶対冬の服のままで 過ごすんだ」 恐怖した私は仮付けした部品を取り外そうかとも思ったが、何故だかそれは躊躇われた。 私は急ぎ電圧を下げ体内に注入する薬液の量を上げた。 「なぜなんだい……? …………」 半ばまどろみながら、しかし試験体は震える声で飽かずある女の名を呼び続ける。 その声は薬液の中からかすかに、弱弱しくしかし確実に私の心を侵食してゆく。 そして冬の氷のように凍えた「涙」が照準眼から溢れ出し、試験体のプラスチックの頬を鎖のように次から次へとつたって冷たく濡らし続けた。 …春を含んだ冬の涙だ。 そう思った私は、外の世界に春が訪れていることを、自分も冷えた実験室の冷たい空気に試験体と共に冷やされながら、まるで電撃に突かれたように唐突に思い出した。 プラスチックに覆われ手足もろくにない試験体と共に、私は春を見たのだ。 私は身震いして、そのまま床にへたりこんだ。 |