The vocal cords <1>

By.天羽

 「          」
 それは、あまりにもあっさりと告げられた。
 まるで朝受付所で交わす挨拶みたいに、変わらない声で、変わらない顔で、なんでもないことのように言うから……一瞬、言われたことが理解できなかったのだ。
 カカシの言葉を噛み締めなおして、愕然とした。
 言葉も出ないまま、未だ見慣れぬ素顔を見つめた。
「……イルカ先生?」
 それにきょとんとした顔でカカシがまっすぐな視線を向けてくる。
 カカシに他意はない。
 彼にとって当たり前のことを云っただけなのだ。
 その態度が、いっそうイルカの胸をざわめかせる。
「あ〜イルカ先生、ごめんなさい。オレまた変なこと云っちゃいましたね?」
 理解していないその顔を見ているのが辛くて、視線を外しながらイルカは辛うじて首を振る。
「すみません。アナタを哀しませるつもりはなかったんです」
 困ったようにカカシは言葉を継いだ。たぶん、なにがそんなにもイルカの心を揺らしたのか、カカシは判っていない。
「俺の感情はわかるのに、アナタは……」
 自分の感情はどうでもいいんですか!?
 叫びかけた言葉を、イルカは無理に飲みこんだ。
 知らない言葉を聞くこどものような瞳が、あんまりにも青かったから。青くて、吸いこまれそうに綺麗だと、こんな状況でなお、思ってしまったから。
「悪いのは、あなたじゃない」
 代わりに滑り落ちた言葉は、矛盾をはらんでいたけれど。
 それがそのときのイルカの精一杯だった。
 もっとカカシに近づいていたなら、単純な一言を伝えられていたのに。
 ああ、彼の感情は、どこへいくのだろう。
 ただでさえ顔の殆どが隠れた彼の、その感情の行方を、なにがあってもせめて見失わないように。
 祈るように願ったとき。

 ぴしりと、世界に亀裂の走る音が聴こえた。
「……イルカ先生?」 
「……あ」
 ゆめを見ていたようだった。
 さほど遠くない過去に、切り裂かれるように胸がいたんだ記憶が、カカシの近くにいることによって呼び覚まされていた。
「大丈夫ですか? なんだか辛そうに眉を寄せていたから」
 起こしたことを詫びながらカカシは、心配そうにイルカの顔を覗きこんで、一筋流れ出た涙の跡を指先で拭った。やさしいしぐさで。
「起こしちゃってごめんなさい」
 やさしい、声で。
 カカシを司るすべてが、ひどくやさしいと思えた。
 こんなにも愛しいものを、彼は簡単に切り捨ててしまえるのか。
 その意識はずっと、変わらないのだろうか。
 やさしい言葉に首を振って、イルカは気怠い身体を少し起こした。
 姿勢を傾けないで視線が絡み合う高さで、ゆっくりとカカシの喉仏に触れる。
「いらないなんて、云わないでください」
 イルカの言葉に、カカシははっとしたように目を瞠った。
 それだけでカカシの脳裏にも同じ記憶が浮かんでいる、とイルカは確信した。

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 update 20020309

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