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サーチライト<5>
しゃらん。 イルカが拾い上げたのは、鈴。 淡い緑色の小さな鈴が一つだけ。汚れもなく、それが落ちてまだ日が浅いことをイルカに示している。 生きて、いるのか。 まだ、生かされているのか。
イルカをリーダーとする四人小隊は、火の国中枢へ偵察にきていた。先日偶然イルカがカカシと遭遇した任務のその後の推移を見るためである。 そうして調べた限りでは、何もでてこなかった。 でも、酷く嫌な予感がする。 音もなく、気配もなく、それでも忍びよる敵がいるようなそんな感覚。 数日間、ほんの少しの異常も、違和感すらもなかった。 完璧すぎる撤収だ。 敵はもとよりとても慎重ではあったが、それにしてもカカシが術を解除させてからまだ二週間。なんらかの名残があってもおかしくはない。 それがなにもない。 そして、街外れで見つけた鈴。 確証はなにもないけれど。 あやしいと思ったら徹底させるべきだ。 敵がいるならば、間違いなく上忍だ。この数日、一瞬たりとも敵の気配など感じなかった。敵がいるならば、イルカに気づかせないだけの能力をもつ忍でしかありえない。 どうするか。 とにかく、若い命は護らなければならない。 この命一つで、どこまであがなえるか。 できるだけのことはやる。こんなとこで無駄死になんてさせてたまるか。 強くイルカは決意する。 ちり、ときつく握った手の中の鈴が、くぐもった音をたてた。 「イルカ先生?」 中忍になってまだ日の浅い、少年と呼んで差し支えのない今回の部下が、怪訝そうにイルカを見ていた。少年達は、昔イルカの生徒だった。その癖が未だに抜けないで、イルカを「先生」と呼ぶ。 「ああ、ちょっと気になることがあって」 「戻りましょうか?」 もうすぐ街を抜ける。 襲ってくるならば、その後になるだろうか。 三対一に分かれたら、三人を追ってしまうだろうか? それは困る。それでは意味がない。 「いや、急いで里へ帰ろう。全速力でだ。敵に出会ったら、俺が足止めをするからお前らは振り返らずに戻ること。そして火影様に伝えてくれ、『上忍に余力があれば応援を』とね」 「敵は上忍なんですか?」 「まだ俺にもよくわからないんだ。ただ、嫌な予感がしたから決めておこう。これは預けておくから」 準部隊長の少年に書状を預けると、一瞬その表情が歪んだ。 「はい」 その後、イルカの小隊は全速力で里への帰り道を急いだ。 休みもなく走り続けて、あと一時間ほどで里につくという辺りでイルカは異変を察知した。 「先に戻れ!」 少年三人は、泣き出しそうな顔で頷き、イルカは足を止めた。 追ってくる気配は、四つ。 ふいをついてなんとか時間稼ぎを。 待ち伏せにいい場所を探しながら、イルカはふとその気配に首を傾げる。 なんとなく覚えのあるような気配が、混じっている気がしたのだ。 木々の間にうまく身を隠して自分の気配を消しながら、イルカは静かにタイミングを計った。 精神統一させチャクラを練ろうとした時、敵の姿が目に入った。手鏡で確認する。 殺気だった様子もなく、むしろ逃げるような必死さで現れたのは、くだんの音のくノ一とその部下らしき男が三人。 そのまま通り過ぎそうな勢いだったので、イルカは行き先を塞ぐように姿を見せた。 どうも様子がおかしい。 突然現われたイルカの姿に、四人も足を止める。 やはり攻撃してくる様子はなかった。 「……逃げ足が速いと思ってたのに。なんだってアンタだけモタモタしてるんだ」 「任務ですから。しかし、ご無事だったんですね」 口の悪さに苦笑しつつイルカがしみじみ呟けば、憔悴した表情でくノ一は素直に事情を説明した。 「逃げてきたんだ。砂は、アンタ達と私らの相討ちを見せかけたかったんだ。それをアンタ達が予想外に早くに飛び出していったから、予定が狂ったのさ」 「そうでしたか」 「……木の葉に、逃げ込めないだろうか? アンタがこの前云った通りさ。もう私達には帰る国がない。音の上層部にすら用済みだと云われたよ」 「ひとまず捕虜としてでしたら、一緒に里に入れるでしょう。それでよろしいのなら」 「かまわない。もう後はどこへ行っても殺されるだけだ。私はともかく、こいつらだけでもなんとか生き延びさせてやりたいんだ」 「では、急ぎましょう。こっちが早い」 「すまない」 イルカにとっては慣れた道を、先導していく。 「追っ手の数は?」 「手練れの上忍一人に中忍三人だ。追いつかれたら、アンタは逃げてくれ。巻き込まれたら、これ幸いに殺される。私らは、どのみちもう棺桶に片足突っ込んでるんだから、気にしないで、逃げとくれよ」 「追いつかれたら、逃げられないですよ。相手は手練れなんでしょう?」 「奴らは最低でも私達を始末しなきゃならないんだ、この一件すべての責任を背負わせるためにね。二手に分かれたら、私に敵はつく。どうせこの前アンタに助けられた命さ、せいぜい時間稼ぎくらいにはならないとね」 「……ひとまず急ぎましょう。里に近ければ、応援が間に合う可能性もある」 逃げろという言葉に直接の返事はしないまま、イルカはせめてもの希望を口にした。 「応援?」 「先に戻る部下達が間に合えば、ですけれどね」 上忍を、と要請したのは正解だったが、間に合うかどうかは微妙だった。 先に里へ入ってしまえればそれに越したことはないが、上忍相手にそう甘いことは考えられない。 一つ大きく息を吐いて、イルカは更にその移動スピードを上げた。
カカシが、クセの強い子供達の近況報告に火影部屋を訪ねたのは、夕日が辺りを橙に染め始めた時刻だった。火影はちょうど仕事が一息ついたところだったようで、お茶を飲んでいる。
「お前もたまには一杯飲んでいけ」
「はぁ、いただきます」
急ぐ話でもないので、勧められるままにソファーに座る。
お茶を飲みながらざっと一通り話し終えたところで、やや乱雑なノックの音が響いた。
「入れ」
「火影様、先生が!」
息を切らして駆け込んできたのは、ナルト達より二、三歳年上ぐらいに見える少年達だった。もうベストを着ているから中忍だろうか。
火影が、すうっと顔色を変えて立ち上がる。
「なにがあったんじゃ?」
慌てながらもカカシの姿にちらりと目をやる少年に、火影は先を促した。
「かまわん」
さっさと退出できるように腰を浮かせかけたカカシだったが、その一言に座り直す。
「取り急ぎ、応援をお願いします。帰り道で敵が近づいてきまして、先に戻れと命令されたんですが、その前に聞いた話によれば敵は上忍である可能性もあるらしく……」
「イルカが云ったのか?」
「はい」
「上忍に余力があれば応援を、とのことです」
それまでなんの感慨も持たずに、すべてを眺めていたのだけれど。
イルカの名を耳にした途端、すうっとすべてが飛んだ。
「俺、行きますよ」
何も考えずに口にしていた。
余力がなければ、見捨てろというのか? 冗談じゃない。
「カカシ」
「今から誰か呼ぶより早いでしょう。イルカ先生は、例の任務後の様子を偵察しに行ってたんでしょう?」
「そうじゃ。行ってくれるか」
「はい。関係ないわけじゃないですし。きっと、この前会った上忍でしょう。ね、場所は? 他に何か気づいたことは?」
後半は、少年に向けて訊ねる。のんびりしてはいられない。七班の任務帰りにそのまま来ているから、装備は大丈夫だ。いつでも行ける。
イルカが強いのはわかっているが、あの上忍が相手ではちと分が悪いだろう。
「カカシ、怪我はもうよいのか?」
「利き腕じゃないですし、なんとかなります。あ、暗部の手配もお願いします」
「わかった」
少年達からざっと場所を聞き出して、カカシは即座に席を立った。
「では、失礼します」
「あ、あの」
踵を返したカカシを、少年の一人が呼び止める。
「なに?」
「関係ないかもしれないんですが、イルカ先生が、鈴みたいなものを拾ったんです。今思い出したんですけど、その後急に戻ろうって」
「鈴か。わかった、ありがとう!」
キーワードに頷いて、カカシはその場で瞬身した。
音のくノ一。
砂の、上忍。
おそらく、綺麗に始末をつけたいのだろう。
一部の抜け忍の独断だと、責任逃れをするために。
もとより、情報漏洩への対策は施したものの、敵の正体は、直接戦って得た術や特徴といった証拠に残らないものから推測するしかない。物的証拠は何一つ得られていない。他の隠れ里相手に追及する材料としては、乏しすぎてとても使えない。
結局は、腹の探り合いだ。
表向き平穏な、現状を保ったままで。
そんな薄汚れたつまらない目的のために、いいように利用されるなんてのはごめんだ。
ひたすらイルカを助けたくて、カカシはフルスピードで先を急いだ。
間に合ってくれることを、祈りながら。
死に逝く者を見送ることに、いつまでも慣れないでいる。 そんな甘さを、いつまでも拭えない。それが悪いとは思わないが、向いていないとは思う。 どう考えても、庇う義理はなかった。 それでも、身体は動いてしまっていた。 甘いのは自分でもよくわかっている。 助けきれるわけもない、そんな敵だとわかっているのに。 くノ一の三人の部下を連れて、逃げ切れるほどの距離にまで里へ近づいていたのなら、逃げてもよかった。二手に分かれてみてもいいと判断できた。 けれど、上忍から逃げ切るには、距離があるように思えた。逃げても掴まって、結局より不利な場所での戦いを余儀なくされるだろうと。 そうして、くノ一への致命傷の代わりに、イルカは足を負傷した。 怪我と引き換えに、上忍へ一矢報いることには成功する。 「馬鹿な、あれほど逃げろと……」 信じられない、とくノ一が目を見開く。 「借りはこちらにもあるんですよ。昼間、あなたの鈴を見つけたから、逃げてきたんです」 「……アンタ、長生きしないよ」 「そうかもしれませんね」 左の大腿部が、燃えるように熱かった。かなり、深い傷だとすぐにわかった。 「お前、木の葉の? 酔狂な……」 理解し難いといった表情で、上忍らしき男が呟き、イルカの術を受けた腕の傷へ視線を落とす。 イルカは精一杯奮闘した。 相手が一枚上手なのは、よくよくわかっている。 それでも、見過ごせなかったのだ。 くノ一の部下達は、一人、また一人と地に倒れていく。敵の中忍ももう立っている者はいない。 弱い者は生き残れない。 それが、現実だ。 くノ一も、既に多くの傷を負っていた。そして、間違えなくイルカを逃すためだけに、くノ一は大きく移動した。 「逃げてくれ!」 「っ!」 チャクラを使い果たす程の戦いの中で、深い傷からの出血は止まらず、それを追うことはできなかった。 上忍は、イルカの様子を一瞥してからくノ一を追って消えた。 「くそっ!」 今、追いかけていっても、なにもできない。ただ、殺されにいくようなものだ。 もっと、力があったなら。 たとえばカカシのように、自在に術を操れたなら……。 ないものねだりはやめようと思っていても、こんな時ばかりは痛切に欲しいと思う。まっすぐにつよい力が、今この時だけでもいい。この手に欲しいと―― イルカは、無力感に苛まれながら、辛うじて身を隠せそうな洞のある大木に入り込んだ。 即座に鳥を口寄せし、簡単に報告書を飛ばす。尤も、何も証拠はないから、本当に知らせるだけだ。 血の止まらない足の傷の手当てをするために、イルカはその場に座り込んだ。
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update 20061226
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