サーチライト<3>

 


 カカシは、よれよれになりながら罠を作っていた。
 チャクラはほぼ尽き、実は結構酷い怪我も負っている。今の状態での重労働は、勘弁して欲しかった。
 けれどチャクラ保存のため、最低限の術で敵をしとめるために、地味に罠を作っているというわけである。
「省エネ、省エネ……」
 疲れのせいか、いつもより動きが鈍くなってきている。
「俺もなぁ、もうちょっとスタミナあるといいんだな。ガイの奴なんて、殆ど術使わないくせに無駄にスタミナ余ってやがって、まったく」
 ちょっとこっちに分けろってんだ、と愚痴っぽいぼやきが口を衝く。
 珍しくも不機嫌最高潮なのには、それなりの理由がある。
 この日、カカシは朝からとことん運に見放されていた。
 火の国本国に入り込んだ敵の正体を突き止めるための諜報活動任務。中忍三人を引き連れて、数日前から任務自体は比較的スムーズに進んでいた。
 それというのも、事前にイルカから情報を得ていたことによるものが大きい。
 いくつかの屋敷への大掛かりな術の痕跡を調べ、警護についている木の葉の忍の様子を探り、潜り込んで話を聞きだし、大した苦もなくルートに利用された有力者を割り出した。
 その後の解術も広範囲であったので、大変ではあったのだが、カカシの手により大きな問題は起こらずに終了した。再度、術をかけられることを防ぐための対策も施して、予定よりだいぶ早くに里へと戻れそうだった。
 術を解除したことによって、帰路には敵が数人現れたものの、カカシの敵になるような忍はおらず、あっさりと始末する。その中にはイルカから聞いた砂の忍が、カカシの見たところ中忍が二人含まれていた。
 それとおっつかっつに一人上忍クラスの男が現れたが、カカシを見た途端に顔つきが変わり、手合わせ程度で退いていった。この辺までは至って順調だったのだ。
 長く忍をしていれば、予想外の事態の数々に困らされたことなど幾度もある。しかし、この日は本当についていなかった。
「雷切一回使わなきゃよかったなぁ……」
 後悔先に立たずとはよく云ったものだけれど。だからといって、一週間も土の中で死んだように眠るなんてのはごめんだった。
 今日になって、任務絡みの追っ手とは違い、カカシ個人を狙うはぐれ忍と遭遇した。
 この時点で、任務報告の為に部下三人を先に里へと帰した。部下達には関わりのない戦いで、とばっちりがいくようなことは避けたかったのだ。
 カカシが個人的に戦いを挑まれることは、珍しいことではなかった。「写輪眼のカカシ」のネームバリューによるものあり、仇討ち目的のものあり、狙われる理由には事欠かない。
 カカシが殺した敵の数だけ、怨みは受けている。もうずっと、カカシの意図に関わらず、多くのそんな恨みつらみを抱えてきている。
 それは、カカシが背負うべきものだ。その責任はわかっているし、すべての怨みを向けられる覚悟もできている。任務とはいえ、自分のしてきたことだ。そういう因果な生き方を、物心ついた頃から選んできているのだから。
 それでも、「なんで殺したんだ」なんて、理由を問われるのは困る。
 そんなことを聞くのは、決まって下忍になりたてぐらいの子供で。向けられる一途な憎悪に、考えないようにしていることすべてを引きずり出されて、傷を負うのはカカシだ。
 尤も、挑まれる戦い全てに応対してやる義理はなく、うまく躱して極力戦わないでいることが多いのだが、それでもすべてを回避できるわけではない。
 今回も、現れたのは上忍クラスの忍で、簡単には逃げおおせず、カカシは諦めて相手をすることにした。 
 写輪眼に雷切まで使って、禍根を残さないように殺す。強い敵ほど、中途半端には見逃せない。もし高度な任務の最中にでも現れて狙われたら、いくらカカシでもたまらないからだ。 
 そうして敵は倒したもののカカシも無傷というわけにはいかず、早々に里へ戻るべく足を速めた。
 その途中に、諦めたかと思っていた本来の任務の追っ手がやってきたのだ。
 なんだ今頃になって、と思いながらも片づけていく。イルカが「連携が悪い」と言っていたことを思い出し、少し嫌な予感がしていた。まだ他にもいるのかもしれない。
 この敵を逃せば、先を行く今回の部下達の手を煩わせることになる。さほど手こずる相手はいなかったものの、怪我もありカカシは慎重に撃退した。
 ここで他に追っ手がついているかを調査する為に口寄せでパックンを呼び出し、調べにいかせたのだった。
 ひとまずほっとしたのも束の間でこの少し後に、別の任務遂行中の木の葉の忍と接触し、敵に間違えられ戦闘を余儀なくされたのだ。
 この時点で、カカシは自分がついていないことを悟る。
「すみません、カカシ上忍の手を煩わせてしまって。おかげで私達は助かりましたが……」
 しきりに申し訳なさそうに謝る別任務中の忍に、渇いた笑いでカカシはぼやいた。
「ま、仕方ないでしょ。俺どうも今日は鬼門を突き進んでるみたいでね。とりあえず先に戻るんで、報告書はうまく書いておいてね。俺は余計なこと云わないから」
「はい、ありがとうございます」
 チャクラの残りは少なく、どこかで少し休もうかと思ったものの、簡単に止血しただけの傷口はまだ塞がっていない。もし追っ手がまだいるのなら、血の臭いでわかってしまうおそれもある。
 げんなりしながら先を急ぐカカシに、パックンの齎した知らせは嬉しくないものだった。
「全部で三人、ついているぞ。まだだいぶ距離はあるが……」
「あ〜、やっぱりね」
「他の奴らも呼び出せば、ワシらでも片付けられそうなもんだが」
 怪我をしたカカシを気遣ってくれているのだろう。パックンがカカシの傷を負った左腕を見ながら、提案してくれた。
「全員口寄せできるほどチャクラ残ってないんだよ」
「そうか」
「ま、なんとかなるでしょ。しかしまだ三人も来てるのか……」
「二人はせいぜい中忍程度だが、一人もう少し強そうなくノ一がいたぞ」
「くノ一か。イルカ先生の云ってた忍が、特別上忍ぐらいだって話だったな。幻術使いかな?」
「可能性はある」
「そっか。ま、いいや、パックン、穴掘り手伝わない?」
「……拙者は肉体労働向きでもないぞ」
「ここほれわんわん、って云うじゃない」
「…………」
「あ〜待った! 消えるな! 頼むからちょっとだけ手伝って!」
「牛肉希望じゃ」
「生きて帰れたらね。せめて下忍一人でも味方がいればなぁ。さっさと帰さなきゃよかったか? ま、俺がついてないだけだね」
「怪我がその程度でまだよかったが、出血が多かったんじゃないか?」
 カカシのもっと酷い姿を見てきているパックンは、冷静だ。無論カカシもこれぐらいのことに動揺はないし、痛みやツキのなさをぼやきたくはなっても、過度に落ち込んだりなんてことはない。それぐらいには、慣らされてしまっている。すべてに。
「止血する前にだいぶ動いたからなぁ。ま、まだ大丈夫だよ」
「……カカシ、少し遠くだが、先にも人の気配があるようだ」
 くんくんと鼻をならして、パックンは怪訝な表情でカカシを見上げてくる。
「敵?」
「違うじゃろうと思う」
「今日のパターンだと他の任務遂行中の忍ってとこか。ま、こっちからは関わらないでおこう。俺はもうちょっと先で罠を仕掛けるよ。前みたいにチャクラ使い果たして土中で、一週間も野宿したくないしね〜」



 そんなわけでカカシは、夜の近い鬱蒼とした森の中、非常に不本意ながら肉体労働に励んでいるのである。
 パックンにも少し手伝ってもらったが、今はもう消えてしまっていた。
 指先に入り込んだ泥が、じくじくと深くまでを苛む。
 孤独で冷たい作業に、うんざりとホルスターから手裏剣を取り出した時だった。
「カカシ先生?」
 少し距離をおいた位置から、その声はかけられた。
「……い、イルカ先生? なんでここに、」
 里まではまだ少し距離がある。
 辛うじて歩ける程度の道はあるが、罠に適した場所にいるカカシは木々の深くに入り込んでいる。
 幻術か、と一瞬疑ったが、それらしい気配はない。
 ならばパックンの云っていた気配は、イルカのことだったのか。
 まさか、このひとがくるなんて、欠片も想像していなかった。
「ちょ、カカシ先生、怪我されてるでしょう? 手当しなくては」
 珍しいことにイルカがカカシの言葉を遮るようにして、焦った声を出した。
「いや、その前にこのトラップ作っちゃわないと、追っ手がついてましてね」
「手伝います」
「イルカ先生も、任務ですか?」
「いえいえ、火影様の個人的な使いで出てきただけです。後は帰るだけなんで、できることはお手伝いさせて下さい」
「そうですか。あ〜、助かります。下忍一人でもいてくれたらいいのにな〜ってさっきからぼやいてたんで」
「火遁のトラップですね」
「そうです。こちらの櫓を完成させてもらえると助かります」
 この日、ついていなかったとはいえ、カカシはもっと辛い任務も、もっと酷い怪我も、それから、もっと深い孤独も、識っている。それこそ暗部にいた頃は、この程度の怪我は日常茶飯事だったし、一ヶ月以上も一人きりで日の光も見られないような任務に就いていたこともある。だからこそ、今なにがあっても動じないでいられるのだが。
 だから、決してダメージを受けているなんてことは思っていなかった。機嫌が悪いのくらいは仕方ないにしても。
 それなのにイルカを見た途端、色を、光を失った世界が、鮮やかによみがえるようだと感じた。機嫌の悪さなど霧散していた。
 この偶然のために、今日という一日があったのだとしたら、こんな怪我も疲れも、安いものだった。
 イルカのどこに、何に、こんなにも心を揺さぶられるのだろう。偶然助けてもらう、こんなシチュエーションはよくあるわけではないが、全くないこともない。イルカであるというだけで、カカシ自身が特別にしてしまいたいのか。それも否定はできない。
 それでも、感動に近い感情が、全身の深いどこかからわきあがってくるのは、もう既に理屈ではなかった。
 まだどこか現実でないものを見つめるように、イルカの動きを目で追っている。
 現金なもので、急にどっと身体が重くなったようだった。
「まだ少しは時間あるのでしょう? カカシ先生は休んでいて下さい。酷い顔色ですよ」
 イルカの声も冷静だった。こんな急な事態に、取り乱すこともなく、もう黙々と罠作りのために動き出している。
「はぁ、すみません」
 カカシは木に凭れるようにずるずると座り込んで、適当に処置していた左腕の包帯を巻き直す。
「血は止まりましたか?」
「ハイ、やっと止まったみたいです」    
「包帯の替え、ありますか?」
 イルカは、手を止めることなく作業を続けながらも、カカシを気にかけてくれている。
 一見無骨そうに見えるイルカの大きな手が、存外器用に簡易櫓を組み立てていく。アカデミーではこんなことまで教えるのだろうか。なんだか慣れている感じがする。それとも子供達とキャンプファイヤーでもするのだろうか? そんな想像もイルカらしくて、微笑ましい。
 状況に似合わないなんとも暢気なことを考えている。カリカリしているよりはいいだろうが、さっきからイルカのことしか考えてないというのは、少し行き過ぎかもしれないとさすがに苦笑する。
「あ、大丈夫です」
 きっとイルカは、使い程度の用事で里の外に出てきていても、きちんと装備は整えているのだろう。今だって戸惑うことなくウエストポーチやホルスターから武器を出し、淀みない動きで、罠に仕込んでいる。
「だいぶ、お疲れのようですね」
「あ〜わかりますか。もうチャクラ殆ど残ってないんですよ。イルカ先生、もしよかったらこの火遁だけ発動させてもらえるとありがたいんですが」
「勿論かまいません。追っ手は何人きているんですか? このトラップを仕掛けているということはさほど強い忍ではないのでしょう?」
「先日お話を伺った任務絡みの追っ手なんですけどね。たぶんイルカ先生のおっしゃってたくノ一と、あと二人中忍がきてるらしいんですが」
「そうですか」
「殲滅しろとは云われてないんで逃げようかとも思ったんですが、この先に部下達がまだいる筈だから、ぶつかるのは同じでしょうし。とりあえずここでトラップを仕掛けてみようかと思いまして」
「任務は、まだ途中ですか?」
 罠を完成させ終えて、イルカが近づいてくる。
「イルカ先生はご存知だからいいですね。えっと、一応情報漏洩の阻止、という今回の目的は達しています。だからまぁ最悪の場合は、追い返せればいいんです。現に写輪眼を見るなり帰っていった砂の上忍もいましたし。ま、始末しておいた方が後々の為にはいいんでしょうけれどね」
 冷静に伝えながら、ついついイルカの表情を注意深く窺ってしまう。簡単に敵を殺してしまうことを、きっとこのひとはよしとしない。
「わかりました。じゃ、カカシ先生は木の上にいらして下さい。一人の方が油断するでしょうから、危なくなったらお願いします」
 イルカの表情は変わらなかった。少なくともカカシにわかるほどの変化はなかった。その内心で何を思い、何を考え、動いてくれているのかは、よくわからなかったけれども。
「え、でも丸々お任せしちゃうのは、さすがに申し訳ないんですが」
「俺なんかでも、多少力を削ぐくらいはできるでしょうから、それまでは少しでも休んで下さい」
 ただ、カカシを純粋に心配してくれている気持ちだけは、充分すぎるほどに伝わってきて、慣れなさになんだかこそばゆい。
「じゃ、初めは木の上から見てます。確かにその方がいいですね。情けないことに、敵を倒したはいいが、アナタに里まで抱えて行ってもらわなけりゃならないなんてことになりかねないですから」
 逆の構図なら、これ幸いなのだが、身長180を超える自分を抱えていくイルカの姿など考えたくもない。
 苦く笑って、カカシはふっと気配を消した。
 口を開きかけたイルカも、まだだいぶ遠い人の気配を感じとったようで無言で頷く。
 カカシが、手頃な木の上に陣取るのを見て、イルカは罠から少し離れた位置へと移動していく。
 戦闘場所を知らしめるかのように細い道上にまきびしを撒き散らし、イルカはその気配を薄くした。完全には絶っていない。その状態で木陰に隠れるように身を潜ませる。
 あからさまに待ち伏せされたなら、下忍でさえ多少なりとも罠を疑う。
 気配を少し残して、まだ距離の遠い敵を適確に誘導したいのだろう。
 イルカの気配は、冷静だった。過度の緊張はなく、静かな呼吸をカカシは想像した。
 そして、その静かな気配さえ次の瞬間には消えていた。
 ふつりと途切れるその感覚は、苦い記憶をも呼び覚ます。そもそも戦いの場を前にして、カカシがこんなにも傍観者的立場にいたことなど殆どない。
 ある意味、珍しい体験とも云えるだろう。理由はとても情けなかったが。

 

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 update 20060529