桜の命は短い。花は皆そうかもしれないが、散る時に自分の寂寥感をこれほど煽る花は
他には無かった。
それはただ桜という花が好きだという事だけでなく、自分にとって
桜に付随する記憶や思い出が沢山あるというのも大きいと思う。
だからこの花を見る度に色々な想いが胸を過ぎる。過ぎては、もう擦り切れて磨耗した
使い物にならない己の甘く脆弱な柔らかい部分にじわりと水滴の様に沁みて行く。
数え切れない程擦り切れて無感覚になった筈の胸の奥のその部分に、そっと。
最近はもう殆ど何の感覚も起きない様になったけれど、それでもたまに――ごくたまに
思い出したように小さく疼く事がある。
もう擦り切れて麻痺した筈のその部分を、そんなはずはないと何かを促すように
少し乱暴に染み込んでくる想いがある。
たまに感じるその想いは砂漠に落ちた霧雨の一滴の様に、
渇いた瞳に流れ落ちた一滴の涙の塩気の様に胸に沁みた。


そんな時に、まだ自分はただの人間なのだと――そして「忍」になりきれていないのだと
そう実感する。
そしてそう思う事は常に止めてはいけないという自戒に似た思いが常に胸にある。
勿論決して口に出すなどという事はないけれど、そう静かに思い続けている。
そうでなくては、この手にかけた数多の命はどうなる。
自分の犠牲となって散らされた数多の命はどうなる。
誰かに許してもらうつもりもなく、誰かを責める気持ちもなく、それでもそうして自分に枷をかけて
生きなければと、いつの頃からか思っていた。そう思う事でかろうじて「こちらの世界」に
とどまっていた。とどまっているつもりだった。
そしてその想いは――今では少し形を変えているかもしれないが、それでも心の奥底に静かに、在る。
そしてそれは一生消えないだろう。
例えどんなに上手く生きる事を覚えても。大人の器用さを身に付けても。




甘い感傷を持つくらいなら、クナイなど持つな。
執着を持つ物は使命のみでいい。
奪った命の重さ全てに「懺悔」するくらいなら、忍びになる資格など無い。
哀しみより早く走れ。怒りよりも強くなれ。
忍の「優しさ」は苦しませない事。任務をまっとうする為に全力を尽くす仲間に協力する事。
そして里を守る事。
その他には、何も無い。




・・・それが、あの人の口癖だった。












「任務は――Aランクの物じゃ」


火影の口から重々しく吐き出された煙と言葉に、カカシは特に何の感慨も無い様に
佇んでいた。暗部としては異例な程平穏な日々をしばらく送っていた今日この頃だったが、
久々に大きな任務が回ってきたようだった。
久しぶりの任務でも心は常に刃を研ぎ澄ます様に準備をしていたし、
即時に命を懸ける事も慣れきっている。
それは自分にとって呼吸をするのと全く同じような物だ。
そしてそれは当然の事だが、ここに居る誰もがそうだろう。
そう思い、隣に目をやった。
最近少しずつ変化を見せ始めた彼もまた――自分と同じ表情をしているものと確信して。




・・そう思ったのに。




その時の彼の目は一生忘れられなかった。




凍て付いた氷の様な瞳。それはいつもと同じ様に見えたけれど、そこに孕んだ
隠し切れない蒼白い炎の様な、目の眩むほどの感情がカカシにははっきりと見えた。
そして、その唇が小さく強張ったまま、動いたのを見てしまった。


おそらくそれは無意識だったのだろう。
それは、怒りでも哀しみでも無かった。








その――奥底の見えない程深い、激しい炎。








見なければ、よかった。視線はいつも通りまっすぐに前へと向けていればよかったのだ。




すぐにその炎は姿を消して、また彼は元の無表情に近い冷たい雰囲気を取り戻していた。
それでも、カカシは勝手に震え出す手に爪を食い込ませた。
今、自分は一体何を見てしまったのだろう。
見てはいけない物を見てしまったのではないだろうか。




決して覗き込んではいけない――何かに、触れてしまったのではないだろうか。












里から出発したのは、依頼を受けてから数日程の事だった。
今回の任務は大きな危険を伴う上に、慎重に事を運ばなければならない類の物だ。
スピードは最大限に、一つのミスもなく迅速に正確に行わなければならない。
その場で臨機応変に対応して行くには大きなリスクがある。
そして例え能力が高い為にかわれたとは言え、血気にはやりやすい未熟な若い暗部が
その中に居るという事は、一歩間違えれば更に困難を極める事になる。
年少者の部類に入るカカシは緊迫感を肌で感じながら、己を戒める。
細かい仲間同士の連結が物を言うし、独断で走るような事があってはまずい任務だった。
その為、里を出る前に入念に打ち合わせる事が必要だった。
全員は互いの役割を全て把握し、選択肢も全て網羅し、完全にシュミレートしなければ
ならなかった。
肉弾戦としても勿論大きな危険を伴う物であったが、今回は頭脳戦としても大きな危険が
あり、敵がいつも以上にくせのある一筋縄ではいかない物だと感じた。


「では――行くぞ」


年長者の同僚の感情の無い合図を耳に、全員は音も無く木の上へとその身を飛び込ませる。
ここから先は一切の私情を持ち込む事は命取りになる。
カカシは木の上を素早く走り抜けながら、呼吸と共に全身の筋肉と神経を
針の先の様に、研ぎ澄ました。









〜NEXT〜



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