生き続ける事は、愛し続ける事に似ている。

死ぬ事は、最後の瞬間、許す事に似ている。




けれど、願わくばその許しが生ある内に訪れるように。

命ある内に、許す事が出来るように、と

今はそう強く願わずにはいられない。




・・否、願うのではなく――そうしたいと、心から思うから。










健康的な褐色の肌。けれど決してそれは女性のまろさや柔らさはない。
骨太なのに、蒼碧色の血管が浮き上がっている手首は華奢と錯覚させる。それを掴んでそっと押す。
ふっくらと押し戻す様な弾力は、やはり無かった。それでも、それが自分にとっての大切な物。
ごつごつと骨ばったその手首に唇を押し付けて、カカシは笑った。


「カカシ・・さん・・?」


寝台かソファーの上では、彼はいつも自分をこう呼ぶ。それが好きだった。
「先生」といつも呼んでいた唇を何度も塞いでいつかそう呼ばれる様にと願っていた。
その想いは言葉にはしなかったのに、その唇から伝わった自分の想いが
何時しか彼の中に積もり積もって形を取ったのか、と――初めて呼ばれた時に思った。
初めて呼ばれたその自分の名は「貴方が欲しい」と口にされた時よりも、
遥かに強く、自分の心臓を締め付けた。


「カカシ――さん」


幸せでたまらない。自分は紛れも無く幸せだ。
生きている体中の細胞一つ一つが幸福感という液体で潤って行くのがわかる。
幸せは言葉一つでも身体で体感できるのだとわかった。
けれど。




けれど――「彼」は。




その黒髪に顔を埋めて、カカシは目を閉じた。
大切な物に触れる指先に感覚を――体中の全ての感覚を集中させるように。


「カカシさん」


唇から洩れ出る言葉を掬い取る。・・・まだ、足りない。
もっと。もっと俺に下さい。子供だと、呆れてもいいから。
俺はそれを恥じる程初心でもないし、躊躇ってあげる程貴方を愛してない訳じゃない。


「カカシ・・さん」


そんな目で見ても駄目だよ。止めない。
だって――貴方の心臓はこんなに温かいでしょう?
離れられるわけがない。








「――カカシ」








その言の葉が、硝子の様に澄んだ涼やかな高い音色を奏でた。
二つ音を削っただけのそれは――何処までも優しく、そして強かった。
ああ、今は、この瞬間だけは、その音を聞きたくなかったのに。
一瞬前に感じた渇望が綺麗に消えてしまう。酷いじゃないか。
そんなに愛しくて、近付けない程綺麗な目を向けないでよ。








生暖かい春の空気が、二人の身体の間で小さく音を立てて、
そして――視界は180度変わり、映る色は瞳の黒から天井の白へと変わる。








「俺に――聞かせて下さい」


貴方らしくないね。相手が語らない話をねだるなんて。
いつも気遣いすぎる程、他人の心を気遣う貴方が。




「お願い――します」




・・・どうしてそんなに優しく笑うの。
どこまでも強い、強い瞳のままで。
強さと、優しさ故の脆さも感じさせる綺麗さが混在出来るなんて――貴方は何て奇跡なんだろう。
俺の辞書にはありえない事。




開いた唇に、そっと唇が息吹を吹き込んだ。
優しく促すように。
眩暈がする程甘い息吹を、そっと。


離れた唇と、その微笑みに――溜め息を一つ吐く。
自分に出来る事は、ただそれだけだったから。


とうの昔に薄れた少年時代の記憶。遥か昔に乗り越えた筈の古傷達。
そんな物をいつまでも抱えて居られる程、子供じゃない。
別れなんていくつも越えてきたよ。貴方にも在るはず。それは大切な物だと思うけれど、
いちいち思いを馳せていては、忍びとして到底生きて行けないだろう?
俺には今、守るべき物が確かに沢山存在しているのだから。
それをまた新しい別れにしない為に、持てる力全てで最善を尽くさなくてはと思うから。
その痛みを自分への戒めと、守る者たちへの愛情に変えて。








「それでも貴方は、貴方でしょう?
 閉じ込めないで。隠さないで――どんな理由でも傷が疼くのなら、晒して下さい」








何て残酷な優しい言葉を口にするのだろう、貴方は。
時折貴方は俺にそんな一面を見せるようになったね。
いつの頃からかは忘れてしまったけれど。




そっと頬を辿る指は温かい。
見下ろしてくるその瞳はそれでも、強い。
俺の愛おしい、泣けてきそうな程に強い瞳。




貴方だよ。・・傷が疼いたのは――貴方が居るから。それ以外在り得る訳が無い。
貴方が息をして、俺の傍に居てくれるから。
貴方以外の誰にも、こんな風にはならない。
貴方、だから。




・・思わずはらり、と目を閉じた。
感じた自分の弱さが溢れそうな愛おしさに変わるのに――耐え切れずに。









〜NEXT〜




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