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宇宙戦争 〜大阪戦記〜 完結編 『 終焉 』


 ジープのボンネットに腰掛け、女性の衛生医療隊員に手当てを受けている小野のところへ、支倉連隊長が渋い表情で戻って来た。
 周囲は既に暮れなずみ、投光器と車両のヘッドライトが辺りを照らし出している。
 辺りは騒然としていた。多くはトライポッドの撒き散らした組織や破片を収集し、状況を撮影する作業に従事していた。
「どないしたんや、支倉さん」
 頭に包帯を巻いてもらいながら、小野は首をひねっている支倉に訊いた。
「ああ。瀬崎君の容態については、まだ確実なことは言えないそうだ。全身を強く打ったショックで、一時的に麻痺しているんだろうとのことだが、詳しい診察をしないとわからんと言っている」
「まあ、ええがな。生きとるだけでもめっけもんや」
 小野がふっと微笑むと、支倉も少しだけ表情を緩めた。
「君も、よく生きていたな」
「悪運やな。檻が木の枝に叩きつけられたおかげで、着地の衝撃自体は小さかった。死なん程度にな。……せや」
 ふと、小野は何かに気づいた。
「他の連中はどないや。生きてる奴はおらんのか?」
「お話中すみません、小野指揮官」
 手当てを終えた女性自衛官は、小野にミネラルウォーターのペットボトルを渡した。
「頭部の傷自体は思ったより軽症ですが、検査をしておいた方がいいでしょう。連隊長とのお話が終わり次第、医療車へご案内します」
「え〜と……それ、保険きくん?」
 ボンネット上に広げた医療キットを片付け始めていた女性自衛官は、怪訝そうに眉をひそめた。
「保険の適用外ですけど、そもそも保険自体必要はありませんから、ご安心を。無料ですよ、もちろん」
 にっこり営業スマイルを浮かべると、彼女は頭を下げてその場を立ち去った。
「やれやれ、君は豪気というか、呑気というか……」
「あほう。関西人は金に細かいんや。……ほんで、生きてる連中は?」
 小野はペットボトルの封を切りつつ、話を戻した。
 支倉は悲痛な面持ちで首を振った。
「……こちらの爆撃に巻き込まれたのか、落ちた衝撃にやられたのかはわからんが……君たち二人以外に生存者は今の所確認されていない」
 ボトルをあおっていた小野の動きが止まる。
「二人? 三人とちゃうのか? あのじーさんは?」
「生死不明だ。少なくとも、現場には何の痕跡もない」
「ほうか……なんや、エライ変わったじーさんやったな」
 何を思い出したのか、小野はまたふっと笑った。
 支倉は倒れ伏すトライポッドの残骸に目を向けた。
「ホームレス達は、彼のことを"仙ちゃん"とか、"主(ぬし)"と呼んでいたそうだ。それぞれ仙人のじーちゃんという意味と、大阪城公園の主、という意味らしい。本名は誰も知らん」
「ほんまに……主やったんかもしれんな。大阪城公園やのぅて、大阪自身の」
「大阪の化身、ということか?」
 振り返った支倉に、小野は薄笑いを浮かべて首を振る。
「んん……わからんわ。なんや、そんな気がすると思うただけでな」
「だとしたら……君達は大阪という地に選ばれたんだろう」
「あるいは、オレが言うたように歴史の亡霊が助けに来たんかもな」
「一万年の絆、か」
「ま、どっちにしても埒もない話や。オレはオカルトは好かん」
「奇遇だな。私もだ」
 支倉は手を差し出した。小野はその手を握り返した。
「小野君、壊滅した第37普通科連隊はじめ、死んでいった自衛官に代わって礼を言う。ありがとう」
 小野は照れ臭そうに空いた手の指で頬を掻いた。
「別に仇討ちのつもりでやったんとちゃうんやがな」
 握り合わせた手がするりと解ける。途端に支倉の表情が、厳しいものに変わった。
「……だが、小野指揮官。現時点を以って、あなたの指揮権を剥奪する」
 さして驚いた風もなく、ほうか、と言いながらボトルをあおる小野。
「今回の戦闘で得たデータ、それにこの残骸から得られるデータにより、我々自衛隊を含む各国軍隊は反攻に打って出られる。そこに、民間人の君はいてはいけない」
「まして、カミカゼを組織したとなりゃあな」
「信じてほしいのだが、私は別に――」
 しかし、小野は支倉の言葉を手を突き出して遮った。
「言わんでええ。信じてほしいんやったら、もうなんも言うな。わかっとる。あんたはオレを信じて部隊を預けてくれた。せやから今度は、オレがあんたを信じる。何も言わんでええ」
 支倉は信じられないようにただ呆然と突っ立っていた。
「オレもこれ以上、そっちの領分に口を出す気はあらへん。そんなことで名をあげてしもたら、かえってオレの野望が遠のきかねん。もっと、もっとゆっくりじっくり寝かせて、チャンスを待たなあかんのや。今回は大阪で人類最初の勝利をあげた、それだけでええ」
「野望……とは?」
 ひひひっと下品に笑った小野は、自分の唇に指を当てて、片目をつぶった。
「それは秘密や。……そうやな、あんたにはヒントだけやろ。太閤さん以来の、大阪モンの悲願や」
 小首を傾げる支倉。
 小野はボンネットから降りた。歩きかけて、ふと足を止める。
「支倉さん、最後に一言アドバイスや」
 背を向けたまま告げた言葉に、支倉は一瞬考え込んだ。
「……アドバイス? ふむ、うかがおう」
「市民の中にあらかじめ重火器持った人間を配置するんや。決死隊を組織する罪悪感は少ないし、不意討ちにも対応できる」
「……わかった。具申しておこう」
「ほな、オレはもう行くわ」
 小野は軽く手を振ると歩き出した。
 その姿は、現場を行き交う人の波の中にまぎれ、すぐに見えなくなった。


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 小野がもたらした勝利は、その日のうちに生き残ったマスコミから全世界へ向けて報じられた。
 しかし、その反応は実に微小なものだった。
 同盟国アメリカでさえそのニュースをデマのように扱い、まともに取り上げなかった。在日米軍による保証がついてさえ。
 そして各種データが揃い、米政府でさえもさすがに無視できなくなった頃――戦争は呆気なく終焉を迎えた。
 微生物の感染によるトライポッド搭乗宇宙人の死。
 人類の破滅回避を喜び、場合によっては神の奇跡さえ恥ずかしげもなくうたい上げるマスコミ。
 その狂騒の中で、大阪での人類初勝利はもはや話題にのぼらなくなっていた。
 日本政府も、カミカゼまがいの愚行を内外に宣伝するのはアジア政策の点からもよろしくない、という理由で一切の記録を封印、破棄する方向へと動いた。
 もちろん、それを組織し、あまつさえ市民の中に重火器を持った自衛隊を配置せよ、などとぬかした人権無視・人非人のキチガイのことなど一切政府のあずかり知らぬところとなり、支倉第36普通科連隊長も定年を前に、僻地への天下りを余儀なくされたのだった。

 そして数年後……。


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「あれ? どっかで見たことあると思たら、小野はんやないですか」
「あん? ……誰かと思うたら、瀬崎か!?」
 それは東京での再会だった。
 地球防衛軍(EDF)極東支部。その入隊式で、小野と瀬崎はばったり出会った。
 全世界の紛争抑止を目的として作られた、国連直属の超国家軍事組織、地球防衛軍・EDF。
 日本はその駐留と引き換えに自衛隊を解散させていた。自衛官、新規志願者を分け隔てなく採用するという極東支部の方針の下、多くの若者がEDFに参加することになる。
 そんな新規隊員たちの入隊式会場は、式典前の騒然とした雰囲気に包まれていた。
 白を基調に、黄色と赤のラインの入ったEDFの制服を着た小野と瀬崎は、お互いに肩を叩き合って再会を喜んだ。
「あれ以来やの〜。元気やったか? おばあちゃんは?」
 瀬崎の表情が少し陰る。
「ああ。……おばあちゃんは、一昨年亡くなりました」
「そうか……。それはすまんこと訊いたな」
「いえ、いいんですよ。それより、小野はんは何でここに?」
「大阪の宣伝するんやったら、ワールドワイドに、と思うてな。オレが平和にした土地に、大阪を売り込むんや」
「大阪の宣伝、ですか」
 怪訝そうな瀬崎に、小野は慌ててごまかし笑いを浮かべた。
「あ、いやまあ……そう言うお前はどないやねん」
 たちまち瀬崎の表情がでれっと崩れた。
「いやぁ、それがねぇ。EDFに勧誘してくれたおねえちゃんが、キレイな人でねぇ……」
 思い出しているのか、ほぅ、とため息をつく。
「要するに、そいつの色香に騙されて来たっちゅうことか」
 嘲笑の笑みを浮かべると、たちまち瀬崎は首を左右に振りたくった。
「そんなんやありまへん! あの人はそんな……人を騙すやなんて!!」
「ほな、ええ関係になれたんか?」
「あ、いや、それが、あの……」
 瀬崎はうつむいて指先と指先をつんつん突き合わせ始めた。
「……それ以来、会うてませんねん……」
「ものの見事に撃墜されとるな」
 その時、会場の外れから二人を呼ぶ声が聞こえた。
 振り返ると、右目に傷のある男が駆け寄ってくる。
「……なんや、あいつも見たことあるなぁ。誰やったかいな」
「ええと…………確か…………井上三等陸曹!?」
「おお、それや!」
 お互いに指を指し合って笑う。
 人を掻き分けて二人の傍へやって来た井上は、直前で腕まくりをした若い男にぶつかった。
 若い男はすまなさそうに頭を下げた。
 井上も慌てて頭を下げる。
「ああ、えろうすんまへんな。大丈夫でっか? あ、大丈夫。ほんますんません」
 男が人込みに消えると、井上は小野と瀬崎に抱きついた。
「久しぶりやのー。元気やったか?」
 小野と瀬崎は暑苦しそうに、井上を押し退けた。
「ちゅーか、何でお前がここにおんねん。自衛隊で曹位まで上がってたら、EDFでも階級一つ上やろうに」
「そうですよ、ここは新入隊員の集まる場所ですよ?」
 井上は恥ずかしげに頭を掻いた。
「いや、それがな。あの後命令違反と素行不良でクビになってもてな」
「はぁ?」
「何でそんなことに。何をしたんですのん?」
「ん〜、よぉわからんけど、支倉連隊長と一緒に戦うたんがアカンかったみたいや」
 瀬崎は顔をしかめて、首を振った。
「はぁ〜、政治的圧力っちゅうやつですね。日本政府はほんまに……」
「まあええがな」
 小野はいつものたくらみ顔でにんまり笑った。
「この三人がこんなとこでこんな時に揃たのも、よほど縁が強いっちゅうことの証しなんやろ。井上。瀬崎。何がオレらを引き合わせたんかわからんが、この再会には多分なんか意味がある。それがわかるまで、お互い頑張ろうや」
「ええ。よろしくお願いします」
「おう、よろしくな」
 三人はお互いに握手を交わし合った。
 やがて、式典が始まり……


Continued to 『 The地球防衛軍 』
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あとがき
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