ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA
第12話 とらわれし者たちの楽園 その11
【ゲームワールド】RPGジャンル・大規模戦争型MMORPGエリア
レイガはデリート光線を円形バリアのディフェンス・サークルで防ぎながら、観衆たちとはブラックキングを挟んで反対側へと回り込んでいた。ここならば、正面反射か振り向きでもしない限り、流れ弾が観衆に向かう可能性は限りなく低い。
その意図を知ってか、もはや観衆が挙げる歓声はレイガへの応援一色となっている。
ブラックキングは一向に白色光線を吐くのをやめようとはしない。
「レイガ、今だー!」
不意に観衆たち(の一部)から声があがる。
ブラックキングが少し頭部を上下させ口を開いた直後、その眼前に防御魔法陣が展開した。
ほとんど鼻先で打ち消されてしまうデリート光線。
(――勝負!)
片膝をついて、右手を左手首に添える。ブレスレットがきらめいた。
……以前、借りていたウルトラブレスレットを新マンに返す際に、聞いたことがある。
ウルトラブレスレットは何でも出来るのか、というレイガの問いに、郷秀樹は少し考えてから答えた。
「万能武器と呼ばれるだけあって、我々が想像すること、そのおおよそは実現できるだろう。だからこそ、使いこなすのが難しい。どんな便利な道具も、使い手次第だということを常に教えてくれる」
今、この左腕に輝くブレスレットに要求する機能はただ一つ。
斬ることでも、増幅することでも、水を干上がらせることでも、槍に変化することでもない。
奴を、ブラックキングを消し去ること。奴が吐く光線と同じ効果で。
そのまま左腕を腰溜めに引いて、右手でブレスレットを投げ放つ。
「シェアッ!!」
空を裂いて飛ぶ光の弧刃ウルトラスパーク――しかし、あろうことかブラックキングの手はウルトラスパークを受け止めた。
勝ち誇って刃を振り上げるブラックキング。
絶望の溜め息が観衆たちから漏れる。
だが、レイガは落ち着いていた。
(……なるほど、ジャックを倒したって話は伊達じゃないな。だが、それを触った時点で、お前の負けだ)
次の瞬間、刃は閃光を発した。
ブラックキングが凍りついたように動きを止め、刃を握っていた右手から溶けるようにして消えてゆく。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
ヤマグチ家二階・カズヤ自室。
「やった! 勝った!」
「やった♪ やった♪」
てっちゃんの喜びに、小学生も高校生も一緒になって踊りだす。
七人の踊りに思わずカズヤが苦情を告げる。
「ちょっと、ここ二階なんだから踊らないで!」
サブロウは画面を睨んだまま、小首を傾げていた。
「はて……確かに色々データいじったけど……あのブレスレットを付け足した覚えはないんだがなぁ」
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
某所。
暗がりの中に整然と積み重ねられた無数のモニター画面が光を放つ空間。
「レイガが勝ったか」
モニターで確認したクモイ・タイチが安堵した声で漏らす。その横でガッツポーズを決めているヤマシロ・リョウコ。
郷秀樹は、そんな二人を含めて微笑ましげに見つめていたが、ふと気づく。
「君達――すぐに脱出しろ」
「え?」
怪訝そうな二人の視線を受け、郷秀樹はモニターの一つを指差す。
不気味なカウントダウンが進行していた。
「自爆!?」
目を見開くヤマシロ・リョウコに対し、クモイ・タイチは舌打ちを漏らした。
「くそ、ゲームマスターめ。この期に及んで!! 全部消す気か!」
即座にメモリーディスプレイを取り出して通信回線を開く。
「――セザキ隊員! 非常事態だ! 自爆シークエンスが進行してる! あと……3分ほどしかない!」
『了解。じゃ、ここから射つ』
「わかった、頼む。俺達はこのまま退避する」
通信を閉じたクモイ・タイチは、すぐに郷秀樹を見やった。
「あなたはどうする!?」
郷秀樹に慌てた様子はない。
「私はレイガに貸したものを返してもらう。先に逃げるといい」
「わかった。――ヤマシロ隊員、行くぞ!」
「あ、う、うん!」
先に駆け出すクモイ・タイチ。ヤマシロ・リョウコは郷秀樹に会釈をして、その後を追いかけた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
港。
『こちらGUYSアロー1号、アイハラだ。ガンローダー・メテオール解禁! やれ!』
「G.I.G!!」
セザキ・マサトからの緊急連絡を受けたアイハラ・リュウの命令が下った。
セザキ・マサトはガンローダーの後部座席でメテオール発動レバーを入れる。
「メテオール解禁! スピリット・セパレーター・リバース!! ……シュート!」
ガンローダーの機首付近から、スピリット・セパレーター・リバースの光が放射され、停泊している貨物船を舐めてゆく。
「内部まで届くかな?」
「少し待って、光の球が出てこないようなら上甲板ぐらいは吹き飛ばして、もう一度照射しましょう」
少し心配げなセザキ・マサトに、前席のイクノ・ゴンゾウも幾分緊張した声色で返す。
「荒っぽいこと言うなぁ。ゴンさんって、そういうキャラだった?」
「キャラは知りませんが、これでも生粋のCREW・GUYSですから、必要なら非常手段はいくらでも。まあ、皆さんが優秀なので日頃私の出番などは……あ」
そう話している間に、光の球が甲板を通り抜けてあふれ出してきた。
「成功だ!」
「……桟橋に人影。クモイ隊員とヤマシロ隊員ですね」
「オッケー、こっちも確認したよ」
モニターに映る二人は、一目散にそれぞれの機体へ駆け戻っていた。
「じゃあ安全距離まで――」
『こちらGUYSアロー1号、アイハラ。ガンローダー応答しろ!』
「はい、こちらガンローダー・セザキ。二人の降船を確認、後は安全圏まで退避を――」
『バカやろー!! 呑気なこと言ってんじゃねえ! どんな爆発かわからねえんだ! キャプチャーキューブじゃサイズ的に無理だ。船を沖合いまで飛ばせ! ガンローダー、メテオール解禁!!』
切羽詰ったその口調に、セザキ・マサトは慌てた。
「ジ、G.I.G!! ――ゴンさん!」
「いつでもどうぞ!」
再びメテオール発動レバーを入れるセザキ・マサト。
「メテオール解禁! パーミッション・シフト・トゥ・マニューバ! ブリンガーファン!!」
夜空を金色に染めて輝いたガンローダー。その両翼中央に回転翼が開き、猛烈な勢いで大気を掻き混ぜ始め――
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
港。
岸壁の上で郷秀樹と並んで膝をつく、シロウの姿があった。
遙か沖合いで轟々と燃え盛る貨物船の炎が、二人を照らし出している。
「……終わっちまった、か」
悔しさの滲むその声に、郷秀樹は視線を落とす。
シロウはうつむいて、肩を震わせていた。
「俺はまた……守れなかった」
「……………………」
「あそこには……現実世界より【ゲームワールド】を選んだ奴がいたんだ。何があったのかは知らないが、現実世界は傷つけられることばかりだったそうだ。それでも優しい奴だった。生き方は俺と正反対で……考え方も軟弱そのものだったが、悪い奴じゃなかった。……あいつを……あいつの生きようとした世界を守ってやりたかった」
「そうか」
「なあ、ジャ……郷秀樹。この終わり方で、本当によかったのか……?」
唇を噛み締め、今にも泣きそうな顔で炎を見つめるシロウ。
郷秀樹は大きく息を吸い込んで胸を張り、答えた。
「わからない」
胸の内の諸々を断ち切るように吐き出したその言葉に、シロウは隣の男を見やる。
「確かに今回の侵略は退けた。だが、元を正せば地球人の社会が、異星人につけ込まれるだけの問題を抱えていたことにもある。そこは何も解決していない。だがそれは……地球人自身で時間をかけて話し合い、悩んで乗り越えていかなければならないことだ。難しい問題だが、俺達が手を貸して助けられることはなにもない」
「お前の大好きな地球人が……多くの奴らが傷ついているとしてもか」
「それを見守るのもウルトラマンの責務であり、星の海で巡り会った友としての立場だ。どんなに辛く悲しく、時に怒りを覚えるような光景を見ることになろうとも、な。その星の、文明の未来を信じるということは、決して奇麗事だけじゃないんだ」
「……俺は……ウルトラマンにはなれそうもねぇや。なんか、お前の言ってることはわかるんだが……な〜んか、むしゃくしゃする。すっきりしねえ」
「それでいいさ、お前は」
にっこり笑った郷秀樹の手が、シロウの肩を軽く叩く。
「納得などしなくていい。誰かの思いが遂げられることがなかった。そのことを、お前は知っている。その人の悲しみを知っている。お前だけのその気持ちを大事にして、考え続けるんだ」
シロウはそれ以上答えることなく、ただじっと沖合いの炎を見つめ続けていた。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
目が覚めた。
視界に広がるのは、白一色の見知らぬ天井。
そして、重い体。
呼吸を意識する。空気が――汚れた世界が私の体の中に侵入してくる感覚。
(あたし……生きてる?)
定期的な電子音が聞こえている。目を左右に寄せれば、点滴や心電図など医療器具が見えた。
(ここ……病院だ……。じゃあ、あたし……死んでないんだ……)
ふぅ、と吐息が漏れた。
(ああ……死ねなかった)
思い出すのは【ゲームワールド】での楽しい日々。
(また……辛く苦しい日々を、現実で送るのね……なんの希望もないのに……)
涙が目尻を伝い、こめかみに落ちる。
(……ああ…………彼の言ってた通りだ……世界は優しくない……)
レイガの最後の戦いを、実はこっそり見ていた。とはいえ、その場には行かず、現実世界に配信されている画像を見ていただけだが。それも途中で配信が途切れ、見られなくなったが……自分がこうして現実世界に戻ってしまったということは、何かあったのだろう。
間違ってレイガが世界を壊してしまったか、追い詰められた侵略者が自爆したか。
(……レイガ……あたし、生きてるよ……)
また、新たな滴がこめかみに伝い落ちる。
(……会いたいな……現実のあなたに。でも……こんなあたしが会いに行っても、戸惑うよね……困るよね。だって……現実のあたしはアバターみたいな可愛い少女じゃなくて、こんなに醜い二十二の女だし…………………………でも)
胸に湧き上がる思いに気づく。
会いたい。それでも。友達と呼んでくれた彼に。会いたい。
そして、謝りたい。あんなニセモノの姿だったことを。これが本当のあたしだと、伝えたい。
(もし…………もしも……それでも友達だって、あなたが受け入れてくれるなら……この世界でも……生きてゆく勇気が湧くような気がする…………甘えてるかな……君に……)
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
フェニックスネスト・総監執務室。
サコミズ総監が何者かと通信をしていた。
『――というわけで、こちらの内偵で敵の目論見が社会の安定化ではなく、むしろ不安定化と地球侵略だとわかったのだ。そして、犯人についてはこちらで落とし前をつけておいた。色々と迷惑をかけて、申し訳なかった』
何も映らない、SOUNDONLYの黒い画面から漂い流れてくるのは、いつかの折に現れたミステラー星人の声。(※ウルトラマンRAYGA第5話)
片肘をデスクについて聞いていたサコミズ・シンゴは、ふむ、と唸った。
「結局、ゲームマスターとは何者だったんだ?」
『それは……言えない。こちらにも色々事情があってね。ともかく、本件は中枢機能を担っていた宇宙船自体が破壊されたため、もはやこれ以上広がることはない。意識体をゲームに取り込んでしまうウィルスについても、もう働くことはないだろう。削除するアンチウィルスプログラムもばら撒いているところだ』
「そうか……。わかった。では、この件はGUYSの方で終結宣言を出しておく」
『そうしてくれ』
「では……最後に確認しておきたいんだけど」
『なんだ?』
「今回の件、本当に君達の仕業ではないんだな?」
『……疑っているのか?』
「残念ながら、君達には隠し事があるようだ。だから今回は、無条件で何も疑わずにただ黙って信じる、というわけにはいかない。それに、私にも立場があるからね。だから聞くんだ。君の言葉を」
『……………………我々とは関わりのない者が起こした事件だ』
「わかった。君のその言葉を信じよう。……ありがとう」
『いや、こちらこそ。それでは』
通信が落ちた。
しばらく動かずに考え込んでいたサコミズ・シンゴだったが、やがて通信回線を開いた。
「――ニューヨーク・GUYS総本部に直通秘匿回線で急いで繋いでくれ。【ゲームワールド】の件で、タケナカ総議長に報告がある」
『わかりました、少々お待ち下さい』
通信担当のオペレーターの返事を聞きながら、サコミズ・シンゴは一つ溜息をついた。
事件は終わったが、その余波を納めるにはまた時間がかかる。
長い夜になりそうだった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
夜10時。東京P地区・オオクマ家。
縁側に一人、シロウは座っていた。頭に蒼と黒のスキー帽をかぶって、曇天の続く夜空を見上げている。
庭は積もりに積もった雪で、夜目にも白い。
「この寒いのに、なにしてんだお前」
からら、とサッシを開いて縁側へ出てきたのは、灰皿とタバコを持ったサブロウだった。
後ろ手にサッシを閉め、自分も縁側に腰を下ろす。
タバコを口にくわえたところで、シロウが指を鳴らして火を灯した。
「お、サンキュ」
「……………………」
答えず、再び空を見上げるシロウ。
「それで? 地球を救った英雄がなにたそがれてんだ?」
「やめてくれ」
シロウは心底嫌そうな表情で首を振った。
「英雄なんかじゃない。俺は今回、何もしてない。何も出来なかった。目の前の敵を倒してたつもりが、最後まで黒幕の手の上から逃げられもしなかった。結局……黒幕は逃げちまったし、【ゲームワールド】はなくなっちまった。地球人の意識体を救ったのだって、結局はGUYSの連中だったし……なにしてたんだろうな、俺。なにがしたかったんだろう」
深い深いため息が、口元を白く染めて漂い流れてゆく。
タバコを吹かしながら聞いていたサブロウは、唇をにんまり緩めていた。
「なんだ、わかってるじゃねえか。浮かれてたら喝入れてやろうと思ったのによ」
「……今日のあれで、どこに浮かれる要素があるってんだ」
「それ」
呆れてジト目で睨むシロウの頭を、タバコを挟んだ指先で示す。
「ユミちゃんだっけ? 彼女にもらったクリスマス・プレゼントなんだろ? 男なら浮かれてもいいんだぜ? つーか、浮かれろ」
「体温調節ぐらい自分でできる。氷点下百数十度ってンならともかく、このくらい、浮かれるほど喜ぶことじゃない。それに、頭しか保温できないしな」
「いやあのな。そういう問題じゃねえだろ。……お前ら、本当にすれ違ってんのなぁ。ユミちゃん、いい子なのにこんな奴のどこがいいんだか。……ああそうだ。いらないなら、かーちゃんにやれば?」
途端に、シロウはきっと目尻を吊り上げた。
「バカ言え! いらないなんて言ってないだろ! せっかくユミが俺にくれたのに、なんでかーちゃんにやるんだよ!」
「……お前、ほんとーに面倒臭い奴だな」
今度はサブロウが呆れ顔でタバコをふかす。
「ま、しかし、そういうこともあらぁな」
ぱほー、とタバコの煙だか白い吐息だかわからないものを空へと放つサブロウ。
「?」
シロウは話の脈絡についていけず、怪訝そうに小首を傾げた。
「右往左往して……、バタバタして……、悩んで苦しんで……、気がついたら自分以外の誰かが全部終わらせてたってな。よくあることだ」
「……………………」
また、タバコを深く吸い、吐き出す。
「昨日の話、覚えてるか?」
「昨日の話? ……なんだっけ?」
「かーちゃんから聞いたって話」
「ああ。ブカツの先輩と不良の先輩ってやつか。……正直、今聞く気分じゃねえんだがな」
「俺は今話したい気分なんだよ」
「……だからって、なんで聞かなきゃいけないんだよ」
「同じだからだよ。今のお前と、当時の俺と」
「あ?」
顔をしかめるシロウ。
サブロウは、短くなったタバコを灰皿で揉み消した。次のを取り出そうとして――やめておく。
「つまりな」
サブロウは頭の後ろを両手で支え、夜空を見上げる。
「俺は何にも出来なかったんだよ。間違うことすら出来なかった」
正真正銘の白い溜め息が、サブロウの唇から漏れる。
「……人の道から考えりゃ、非道なことやってんのは不良の先輩だ。だが、世話になってる恩義もある。だから、俺はまず説得しに行ったんだよ。いじめをやめてくれってな。喧嘩っ早かった当時の俺にしちゃ穏当な選択だと思うが、常識的に考えりゃバカの選択だ。まあ、それはともかく。当時、不良仲間が集まる場所があってな。そこへ行ったら……全部終わってた」
「は?」
「そこはまあ、不況で潰れた工場だったんだけどよ。その入り口から中まで、点々と不良仲間が倒れて悶えてんだよ。何があったのかと奥まで進んだ俺は……トラウマになるようなもんを見た」
「なにを見たんだ」
思わず身を乗り出すシロウに、サブロウは真剣な眼差しを夜空に注ぐ。多分に恐れを含んだ眼差しを。
「兄ちゃんだ」
「え?」
「イチロー兄ちゃんが、その不良の先輩を、この辺りじゃ喧嘩負け知らずで通ってたその人をボッコボコにして、その彼女とかその連れまで顔が変わるぐらい殴り倒してたんだよ」
「……え? ええっ? イチロウって、あの? あいつが?」
シロウは何度も目を瞬かせた。
悪島事件(※ウルトラマンRAYGA第2話)の時に病院で会って話した印象や、その後、目が治ったからと一度訪ねて来た時に抱いた印象からすると、そんな激しい気性の持ち主には見えなかった。どちらかというと、三人兄弟の中では一番穏やかそうだな、とサブロウに会って思っていたというのに。
「俺が驚いて立ちすくんでいると、イチロー兄ちゃんは意識朦朧とした女を放り出して、凄い形相のまま俺の方へ歩いてきた。てっきり俺もやられちまうもんだと思ったぜ。なにはともあれ、そいつらの仲間扱いだったからな。が……イチロー兄ちゃんは俺には何もせず、ただすれ違いざまにこう言ったんだ。『悪いな、サブロウ。ムカついたんで俺がやっといた。後は頼むわ』ってな」
その時の恐怖を思い出しているのか、サブロウはいったん目を閉じ、深い呼吸を繰り返す。
「俺は……いまだにあれはマヌケだと自分でも思うが……俺はその時、イチロー兄ちゃんに言ったんだよ。『女まで殴り倒すなんて、オオクマ家の掟を忘れたのかよ。』ってな。そしたら、イチロー兄ちゃんは足を止めて、振り返らずにこう言った。『あれは女じゃない。ただのクズだ』――あの時だな。イチロー兄ちゃんには勝てない、と思ったのは」
ひときわ大きく吐息を漏らし、姿勢を戻す。
「後で知った話だが、部活の先輩のさらに先輩ってのがいてな。イチロー兄ちゃんと仲がよかったらしいんだ。そっちからも話が来てたらしい。イチロー兄ちゃんも実力行使前に色々つてを辿って裏で動いていたらしいんだけど、まあ、腕っ節に覚えのある奴ってのはどこの世界でも言うことを聞かないもんでな」
ちらっと意味ありげにシロウを見やり、にんまり笑う。
「そこへ本人が家に飛び込んでくるわ、実は俺が一枚噛んでるわ、板ばさみで悩んでるわで、もうこれは穏当な方法じゃ収拾がつかないと思ったらしい。結局、一番手っ取り早いってんで兄貴が実力行使しちまったんだそうだ。まあ……世間的にはそれでめでたしめでたしなのかもしれないが……」
また溜め息。そして、タバコを取り出す。それを咥えるのを待ってシロウが指を弾き、火をつけた。
「んあ、サンキュ。――いじめられて家を出られなくなった部活の方の先輩の妹さんがそれで立ち直るわけじゃないし……彼女と並べて話をするのもおこがましいが、俺の義理と人情の板ばさみはなんだったんだっつー話でよ。バカみてえじゃねえか。いや、実際バカなんだけど、なんていうか……なにしてんだ、俺って感じで」
シロウは頷いた。何度も。
まさしく、今の自分の気持ちはそれだ。なるほど、昨日渋っていたのに今日話してくれる気になったわけだ。
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ?」
シロウの問いに、サブロウは目も合わせずただ夜空に紫煙を吐き出す。
「俺のこのもやもやは……ずっと消えないのか。お前はそのもやもやを、どうやって乗り越えたんだ」
「俺だって乗り越えてねえし、ずっと消えねえよ」
重い言葉をさらっと軽く告げるサブロウ。
「そいつは心の傷だ。一生消えない傷だ。勝っただの負けただのだけなら、次の勝負で勝てばいい。けど、なにもできなかったってのは取り返しようがねえんだ。人は……そうやって一つ一つ、重荷を背負ってゆくのさ。下ろしどころのわからない重荷をな。それが積み重なってゆくと、歩みが止まる。今回の【ゲームワールド】みたいな世界に逃げたくなる」
一口、長くタバコをくゆらせ、ぽはぁ、とまた一つ紫煙を口から立ち昇らせる。
「俺もな、気持ちがわからねえわけじゃねえんだ。逃げ込んだ連中の、よ。まあ、どっちかっつーと、俺は逃げ込ませた側の人間なんだろうけど。だけど、俺自身が歩いてる限りは、まだそれを認めるわけにゃいかねえ。そういう後ろ向きな気持ちも、重荷になりそうな気がするからよ。だから…………お前が来て、俺は兄貴になれたわけだけど……実際のところはなぁ」
サブロウは、シロウを見やって苦笑いを浮かべる。
「やっぱ、俺は兄ちゃんの器じゃねえわ。てめえの人生生きるだけでいっぱいいっぱいだ。ああいう連中を認めてやれる余裕がねえ。それに、今日の件でいやぁ、お前はなんだかんだでおさむっちー君を救い出したじゃねえか」
「あ、ああ……そっか、そういやそうだっけな」
少し照れ笑いを浮かべるシロウ。
ふと、サブロウは膝を叩いた。
「ああ、そうそう。お前が帰ってくるちょっと前にな、おさむっちー君の両親がうちへお礼を言いに来たぜ? よくわからないけど、お世話になりましたって。かーちゃんもわけがわかってなかったけどな。うはははははは。久々にかーちゃんの困った顔を見た。うははははははは――あちっ、ちょわっ!!」
タバコを咥えたまま縁側を叩いて笑っていたサブロウだが、笑いすぎてタバコの灰が落ち、慌てて膝を払う。
「かーちゃんで笑うからだ。バカ兄貴」
「うるせぇ。……ともかく、お前は一つやり遂げたってことだ。そのことも忘れるなよ? あとは……そうだな。社会人的には問題発言なんだが……この際だし、もう言っとくか」
不意に腕を伸ばしたサブロウは、シロウの首を抱き寄せた。
「ヤな奴がいたから、友達のためにすぐぶっ飛ばしに行った。男ならそれでいいんだよ。結果がどうあろうとな。俺はお前を気に入った。そのまま突っ走れ。くはははは――っと、すまん。電話だ」
シロウを解放したサブロウは灰皿でタバコを揉み潰しつつ、胸ポケットから携帯を取り出す。
「はいはい、こちらオオクマ――おお、マグチか。なんだ〜?」
話し始めたサブロウを置いて、シロウは立ち上がった。そろそろお風呂が沸く時間だ。
「ああ、サーバーのことか? データがめちゃめちゃ? なんの? レイガ? 怪獣五体が一緒にいっぺんに? って……ああ、それ俺が改造したんだわ。……そう怒鳴るなよ。データの上書きすりゃいいだけだろ。……だーかーらー。そんなぎゃいぎゃい言うなって。若いのにハゲるぞ。――あ、それより明日のことなんだけどな。事件も無事終わったんで……なに、知らない? お前、今日俺がどんだけ苦労して……」
サブロウの声を背に居間へと戻る。台所からはシノブが皿を洗う水音が聞こえてくる。
「シロウかい? お風呂、もうわいてるか見てちょうだい」
サッシを閉める音が聞こえたのか、シノブが聞いてきた。
ふと。思わず頬が緩んだ。
なぜだか、そのなんでもない言葉がとても嬉しく感じた。胸に開いていた隙間に、ぴったりはまったような。
「はいよー。わいてたら先に入っちゃっていいか?」
「いいよ。着替えは後で持ってってあげるから」
「へーい、よろしく〜」
シロウはいそいそと浴室へ向かった。
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
――今回のお話はここまで。
今回の侵略活動は、無事撃退できました。しかし、これで全て終わったわけではありません。
かつてのメトロン星人は、人間同士の信頼を失わせる実験を行っていました。(※ウルトラセブン第8話)
あれから40年を経た今回、人間同士の信頼が薄いことを前提に侵略計画を進めてきました。
次に彼らがこの地球で活動をする時、彼らは地球人をどう見て、どんな作戦を計画するのでしょうか。
侵略者たちは常にこの地球を狙い、そして、私達の心の隙を巧みに突いてくるのです。
その隙間が広がってゆくのか、それとも閉じてゆくのか。それはこのお話を見ているあなた次第……なのかもしれません。
そして。
ゲームは一日に決めた時間だけ。
画面から離れて楽しく遊びましょう。
さもないと。
ほら、あなたの遊んでいるゲームの画面にも呼びかけの表示が……
―――――― ※ ―――― ※ ――――――
少しだけ時間を遡って。
都心の超高層ビル最上階社長室。
応接セットのソファに腰を沈めた馬道龍は、新品の湯飲みで一服していた。
窓越しに見える港の方で、夜の闇に何かが金色の光を放つのが見えた。
「あれは……GUYSアルか?」
「――くそ、今一歩のところで」
不意に、観葉植物の陰から人影が現れた。
悪態をつくメトロン星人の姿にも馬道龍はまったく動じず、湯飲みをすすり続けている。
「おい、貴様」
メトロン星人はつかつかと近寄って来ると、馬道龍の手から湯飲みをはたき落として触手の手を突きつけた。
しかし、馬道龍の目は床に叩きつけられ、割れてしまった湯飲みを哀しげに見つめる。
「ああ……カノウさんからのクリスマスプレゼントだったアルのに……」
「落ち着いている場合か! ウルトラマンジャックが乗り込んできた。貴様の望み通り、計画は中止だ。……くそ、今一歩のところだった」
「はぁ……それで? どうしてここへ来たアルか?」
「一度メトロン本星へ戻る。船を用意しろ。私が乗ってきたものは――」
メトロン星人の背後で大きな爆発が起きた。夜空を焦がす爆炎が、港の沖合いで赤々と燃え上がる。
「――あのざまだ」
数秒遅れて、窓ガラスがわずかに震動した。
自分の宇宙船の最後を見届けたメトロン星人は、再び馬道龍に向き直った。
「本星帰還には私も口添えをしてやる。貴様も帰るのだ。さあ、案内しろ」
「ないアルよ、そんなものは」
「ない? バカを言え」
「いやいや。そもそも帰る船があるなら、40周期もこの星にとどまったりはしないアル」
「ふざけるな。地球に潜む宇宙人を集めて組織を作ったのだろう。そしてその組織の長がお前。ならば、配下の宇宙人どもから接収すればよい。大いなるメトロンに逆らう愚か者は、私が黙らせて――」
乾いた銃声が鳴り響いた。
「……!?」
腹部を押さえて、よろめくメトロン星人。
観葉植物の陰から現れる、新たな影。サングラスを掛けた地球人――だが、すぐに正体を現した。
「き、貴様は……ミステラー……」
赤いビラビラを全身にまとわせた、ひょっとこ口の宇宙人は、その手に宇宙銃を握っていた。
「な、なぜだ……なぜお前が、私を……」
さらによろめき、床に腰を落としてしまうメトロン星人。ミステラー星人と馬道龍を交互に見比べる。
「……これだけのことをしたんだ。落とし前はつけなきゃならんだろう」
さっきまでのエセ中国人口調とは打って変わって、低いトーンの声。
立ち上がった馬道龍が初めて見せる冷たい眼差しに、メトロン星人はおののく。
「ちょ、ちょっと待て……待ってくれ……どういうことだ、同志」
「やめてくれ。私の同志は今や、ここにいる彼を初めとする生協の構成員たちだ」
「な、に……」
「それに、君は私の計画の邪魔なんだよ。今回の件は平和裏に進むなら地球人社会の進化の一過程として見守ろう、と思って傍観していたが……最後の最後で馬脚を現したな。愚かなことだ」
「し、失敗したのは私のせいじゃない。レイガが……」
「そう、そのレイガだ。彼に得意げにしゃべっていたじゃないか。君の地球侵略計画を。あれ、実は私も聞いていてね。実際のところ、ああいうのは生協の利益を損ねる。困るんだよ」
「せい、きょうの、りえき……? なんだ、なんの……ことだ」
「地球人との共存だ。まあ、本星派遣の君には思いつきもしないだろうがね。地球人は敵対したり支配するより、共存する方が我々にとっても得るものが多い。私がここにいるのは、本星を裏切ったからではなく、むしろ本星の将来の利益のためなのさ。それを、君はぶち壊しにしようとした。メトロンの教えでは、計画の遂行に邪魔なものは、どうするのだったかな?」
「ま、待て! 今の話、本星に伝える! 貴様が裏切り者ではないと口添えもする! だから命だけは――」
そう言って触手の手を向け――
再び乾いた銃声が、今度は連発で響いた。
「お、ぐぅ……」
ミステラー星人の持つ銃口から白煙がたなびき、穴だらけになったメトロン星人が、力無く腕を床に投げ出す。
「――実に愚かだな。君は。その手の中に銃が仕込んであることは、メトロンなら誰でも知っている。無論、彼にも教えてある」
哀れみの眼差しで虫の息のメトロン星人を見下ろす馬道龍。
「う、うう……た、助けて……」
「君が私を本星に連れ帰ろうとしたのは、計画の失敗を私に押しつけるためだろう? どうせ君一人で本星に戻れば責を負って処分されていたんだ。つまり、君が死ぬことは確定事項だ。諦めたまえ」
メトロン星人に背を向け、窓際に向かう馬道龍。
「……そ、そんな……我らは……同胞ではないか…………助けて……くれ……」
「やれやれ……無様だな。その昔、私とともに来た仲間は、それでもウルトラセブンと戦った。まあ、逃げようとしたところを背後からばっさりやられてしまったがね。エースと戦った奴も、戦い、敗れて死んだ。せめてお前もジャックやレイガと戦っていれば、最後の名誉ぐらいは守れたものをな。……やれ」
入れ替わるように近づいたミステラーの銃口がメトロン星人を再び捉え――
「や、やめ……」
数発の乾いた銃声が響き、断末魔の呻きは途絶えた。
港の沖合いでまだ燃えている炎を見つめながら、馬道龍は小さく呟く。
「あー……明日、湯飲みの件をカノウさんに謝らないといけないのコトね。それにしてもプレゼント当日に割るとか……どう謝ったものアルかなぁ」
漏れた溜め息は、ガラスを少し曇らせた。