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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第12話 とらわれし者たちの楽園 その1

 暗い室内。
 デスク上のモニターから放たれる光によって濃い陰影を撒き散らすその室内は、一種の博物館めいた雰囲気をかもし出していた。
 四方の壁を飾るのは、本、マンガ、DVD、ゲーム、そして数多の人形。少女を題材にしたものが一番多いが、ロボットやヒーローと呼ばれるものもある。一般的な人形と区別される際には、『フィギュア』などと呼ばれる代物だ。
 部屋の床は雑誌や中身の詰まったビニール袋、ペットボトルにあふれていた。
 天井はアニメ少女のポスターに占拠されていた。
 そして、部屋の主である青年は、音漏れの少ない大き目のヘッドホンをかぶり、一心不乱にモニター画面を見つめていた。モニターにつながれた家庭用据え置きゲーム機の側面で、LEDが光を放っている。青年の手はコントローラーを握り、指は忙しくその表面を這いずり回ってはボタンを連打していた。
 画面上では数人のキャラクターが巨大生物に対し、戦いを挑んでいる。
「――あー、違うだろっ! なにやってんだ!」
 届くはずもない相手に怒声を浴びせ、露骨な舌打ちを漏らす。
 画面の中では突撃をしたあるキャラクターが、巨大生物の吐く炎の直撃を受けて吹っ飛んでいた。
「ちっ、しろーとかよ〜。攻撃パターンと倒す手順ぐらい覚えとけっての。――あ? こいつの援護? バカか」
 画面に表示された他のプレイヤーからの提案を、青年は鼻でせせら笑う。笑いながらも、送り返した返事は、その提案を肯定するものだった。
「ったく、こいつはこいつでお人好しかよ。ふざけんな、戦い方もしらねーバカの援護なんかやってられるか。……なんだよ」
 甲高いメール着信音。さらに別のプレイヤーから。先の二人に回復アイテムを使わないようにしよう、という内緒の提案。
「とーぜん。こいつらなんかに使ってたらいくらあっても足りねーっての。無知とバカの代償は自分で払え、と」
 『OKOK』とだけ打って返信。
 その時、部屋の扉がノックされた。
 しかし、ヘッドホンをつけている青年は気づかぬまま、奇声を上げつつゲームを続ける。
 やがて、巨大生物は倒され、勝利の雄叫びを上げた時、再びノックが響いた。今度は女性の声が続く。
「タケシ、タケシ?」
 声ではなく気配で気づいた青年は、露骨に嫌そうな表情をしてゲームの手を止めた。ちょうど次の展開前で皆が態勢を立て直してるところだ。
 素早く画面上のチャットに打ち込む。
『リアル呼び出し。うぜー。追い返すし、ちょっと待って』
 返事は見ないでヘッドホンを外す。
 再びノックと呼びかけ。
「タケシ? タケシ」
「――うるせえババアっ!! 今いいとこなんだっ! 邪魔すんなっ!」
 手元にあった空のペットボトルを扉にぶつける。
 扉の向こうで、驚き怯え、息を呑む気配が伝わってきた。
「……あの、タケシ? 今日は、クリスマス・イブだし……ケーキ買って来たから……たまには一緒に食べないかい?」
「はぁ? 年考えろ、ババア! ケーキで喜ぶとか、ガキ扱いか! いちいちうぜーんだよ! いーから黙ってそこに置いとけ!」
「……あ、うん。……ごめんね」
「謝るんなら最初から声なんかかけんな、ボケっ!」
 扉の前にお盆が置かれるかすかな音に続いて、廊下を去ってゆく母親の足音。
 いまいましげに鼻を鳴らした青年は、すぐにへらへらとしまりのない笑みを浮かべて再びヘッドホンをかぶる。
「ったく、リア充どものお祭りなんぞにつきあってられるかっての。へへ、今年のクリスマスは中止になりましたーってか? ……さて、『悪い悪い、今追い返した』、と――あれ?」
 青年は怪訝そうにモニターを見た。
「……なんだこりゃ?」
 モニターを覗き込むように顔を近づけ、コントローラーを操作する。

 ……………………
 ……………………
 ……………………

 ごとり、とコントローラーが床に落ちた。
 重役椅子めいたチェアに背を預け、深く身体を沈めた青年の顔は、天井に仰向いていた。
 その手は肘掛けの外に落ち、力なくぶら下がって揺れている。
 唇の端から、涎が伝い落ちる。
 表情は、ない。
 気絶したのか、眠りに落ちたのか――それとも。
 モニター画面の中では再び戦いが始まり、青年の耳からずれたヘッドホンから激しいBGMと効果音が絶え間なく漏れ響いていた。
 部屋の中の静寂をことさら引き立てるように、小さく、猥雑に。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ただいまー」
 そう言って誰もいないマンションの自室に帰ってきたのは、若いOLだった。
 左肩にブランド物のショルダーバッグ、右手に小さなケーキボックス。
「メリー・クリスマス〜」
 誰もいないワンルームマンションに、明るめの声が空虚に染み渡る。
 パンプスを脱いだ女は、ルームライトをつけながらそそくさとリビングに入った。
 ベッドの上にショルダーバッグを放り投げ、ケーキボックスをコタツの上に置くと、並べてあったエアコンとテレビのリモコンを押し、テレビの前に置かれた家庭用ゲーム機のスイッチを入れ、滑り込むようにコタツへ足を突っ込んだ。そして、最後に電気カーペットとコタツの電源も入れる。
「あ〜、寒かった〜。……あ、飲み物」
 ちらりと背後のキッチンを見やる。電灯の消えたキッチンはいかにも寒そうだ。
「ま、いっか。後で」
 女は何も見なかったような顔で、コタツの上に視線を戻す。ケーキの入った箱が、開かれるのをいまや遅しと待ち構えていた。
「それより、とりあえずお仕事ご苦労さんであたしにご褒美の一個」
 いそいそ開き、手近にあった皿を取る。表面をじっと見つめ、ふっと息を吹きかけ、ティッシュでさらに拭った後、その上へうやうやしくケーキを置いた。ビニールを剥がし――一瞬、こらえたものの一番クリームがへばりついているところをぺろっと舐める。
「ん〜、やっぱクリスマスはケーキだよね〜。っと、スプーンスプーン」
 下半身をコタツに入れたまま、身体をそらすようにして伸ばし、カラーボックスの中段、湯飲みに差しかけていたスプーンを取った。
 そして、一すくいして口へ。
「んあ〜、おいし。これで紅茶があれば言うことないんだけどな〜。紅茶の淹れ方の巧い彼氏とか〜……………………いたら一人でケーキなんか食ってないよね〜。……はぁ、せつないなぁ」
 一人空笑いを漏らす。
 その時、テレビから音楽が流れ始めた。
 うつむきかけていた顔が上がり、あたりを手探りしてゲームのコントローラーを探し出す。
「よしよし。えーと、今日はどうしようかな。そろそろイベント起きそうな感じだし、ダウンロードで好感度アップアイテム手に入れたし、このまま告白まで……あれ?」
 画面を見た女は、コントローラーに目を落とし、再び画面を見直した。
「なに……これ? こんな選択肢、あったっけ……っていうか、意味わかんないんだけど。バグ?」
 ちょこちょこっとコントローラーを操作していた女は、ふと画面を見つめた。その表情が少し真剣さを宿す。
「…………そうだよね。リアルは辛いことばかりだからね、これはちょっと魅力的な呼びかけかも。ま、いいや。クリスマス・イブだし、特別なイベントなのかもね。選んでみよ――ポチっとな」

 ……………………
 ……………………
 ……………………

 携帯電話が鳴っている。
 ベランダ側のカーテンから、朝の光が漏れている。
 女は、コタツに突っ伏していた。
 右頬の下で、ほとんど食べていないケーキが無残に押し潰されていた。
 携帯電話が鳴っている。
 ベッドの上に投げ出されたままのショルダーバッグの中で鳴り続けるその液晶画面には、彼女が勤める会社の電話番号と、出社時間を1時間も過ぎた時刻が表示されていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「宿題はやったの? 帰ってくるなりゲームばっかりして!」
 キッチンで夕食を用意しつつ、ややヒステリックな声で叫ぶ母親。
 リビングのソファーに寝転んで携帯ゲームをしていた小学生の男の子は、うるさそうに顔をしかめた。
「いいじゃん。今日はクリスマス・イブなんだからさ」
「そんなの関係ないの。年末年始は実家に帰るんだから、それまでに済ましておかないと後が大変なのよ? 困るのは自分なんだからね?」
「は〜い……ちぇ、うるさいなぁ。せっかく今日ダウンロードしてきたクエストなのにさ」
「なんか言った?」
「べつに〜」
「……ママの言うこと聞かない悪い子には、サンタさんがプレゼント持ってきてくれないわよ?」
 たちまち男の子の顔が跳ね上がった。
「そ、そんなことない!」
「い〜え。もし来ても、ママからお断りしておきます」
「ちょ、それズルイ!」
「じゃあ、さっさとママのいうこと聞いて宿題しなさい」
「………………」
 口を尖らせて、携帯ゲームの画面に目を戻す。
 ママがああ言い始めたら、もうどうにもならないことはわかっている。いつだって親は横暴なんだ。せっかく一日中休みなんだから、飽きるまでゲームをやらせてくれたっていいじゃないか。
 とはいえ、そう言って逆らえば物凄い剣幕で怒られるのはわかっている。もうすぐパパも帰ってくるし、その時までやってたら怒る大人が二人に増えちゃう。しょうがない、今日はここまででセーブするしかない。
「……あれ?」
 携帯画面に表示されたのは、いつものセーブ画面とは違うものだった。
「なんだろ? ……えと……よめないや」
 読めない漢字に戸惑ったが、ママに聞くのははばかられた。もしかしたら、こんな字も読めないのは勉強が足りないからだと余計に怒られてしまうかもしれない。
 『YES』、『NO』は読める。いつもゲームで見てる。とりあえずこの画面に表示されるということは、ゲームの何かの選択肢なんだろう。
「――ゲーム、やめたー?」
 絶妙のタイミングでかかるママの声。
 その声に背中を押された。とりあえず『YES』を選択する。そして、母親に答えた。
「あ、うん。今セーブしてるとこ――」
 世界が反転しながら暗転し――

 ……………………
 ……………………
 ……………………

 ごどん、と鈍く重い音がリビングから聞こえてきた。
 クリスマス・イブの腕によりをかけた料理を作っていた手を止め、怪訝そうに振り返る。
「今の、何の音?」
 返事はない。気配すら。
 嫌な予感がして、とりあえずガスを消し、エプロンで手を拭きながらリビングへ向かう。我が子の名前を呼びながら。
 見れば、息子はソファーの足元でうつ伏せに倒れていた。顔色がおかしい。
 全身の血の気が引く感覚。
 我が子を呼びながら駆け寄って取りすがる。
 その時、玄関から一家の主が帰ってきた声が響いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「クリスマス・イブだってのにさー、うちらチョーさびしくね?」
「女ばっかでゲーセンとかー、マジありえねーって感じー」
「誰かパーティとか誘ってくれるの、いなかったンかよ」
「そりゃそっちもおんなじっしょー」
 クリスマス商戦華やかな商店街の一角、ゲームセンターの片隅。
 プリクラの筐体が並んでいるスペースに、派手な化粧と服装の女子高生が三人。全員が暇を持て余して鬱屈した心持ちを隠さない表情でいた。一人は携帯をしきりにいじっている。
「てかさー、なんか面白いのないの、面白いのさー」
「あー、これ、新型だってー。来て来てー」
 プリクラの一つを覗いた一人が、嬌声をあげて二人を呼ぶ。
「なにが新型ー?」
「えーとね。なんか、ネットに接続されてて、色んな場所の今の風景をバックに撮れるんだって」
「マジ? どんなのあんの?」
「……富士山とか、沖縄の海とか……あ、外国もある。ナイアガラの滝とか〜、ニューヨークの町並みだって〜」
「マジマジ〜? 外国行ってないのに外国旅行の写真撮れるってことじゃん! 撮っとこ撮っとこ。休み明けたらツレとかに自慢してみよーぜ」
「んじゃー、どこにする?」
 三人はいそいそとその筐体の中に入り、しばらくわいわい騒いでいたが、やがて重い音とともに崩れ落ちた。

 しかし、三人が発見されるのはしばらく経ってからとなる。
 なぜなら、その時同じゲームセンター内の通信対戦筐体で遊んでいた男子中学生が、突如意識不明になって倒れた騒ぎが起きていたため、その場にいた人の注意はそちらに向かっていたからだった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 ――さて、皆さん。

 本作品をお読みの皆さんは、ゲームで遊んだことがおありだと思います。
 1980年代――奇しくもウルトラマンたちがこの地球上から姿を消した直後から、そのブームはやってきました。
 ATARI、カセットビジョン、ぴゅう太、ゲーム&ウォッチ、ファミリーコンピュータ、SG-1000、MSX……etc、etc。
 現在もこれらの子孫によって、私たちは様々な喜びや楽しみを得ています。中にはウルトラマンとなって戦ったり、怪獣を操って戦うもの、ウルトラマンはいないけれど防衛チームの一員となって侵略者と戦うものなどもありますね。
 その画質も凄まじく向上し、画面の中に広がる風景の美しさは現実を越えるのではないかと思うものさえあります。
 また、そうではなくとも遊ぶということ自体によって人を惹きつけ、虜にしてしまうものも数多くあります。
 ゲームの中で展開されるドラマに心打たれ、人生の転回点を迎えてしまった人もいるかもしれません。
 ネットゲームやPCゲームのダウンロードコンテンツなど、全世界に張り巡らされた通信網によって、もう一つの世界と言えるようなものさえ作り出してしまっているゲームだって一つや二つではありません。
 プレイヤー同士の交流が新たな楽しみ方を生み出す、そんなゲームも。
 今やゲームとは、時に人を変え、社会さえ変える存在となっています――良きにつけ、悪しきにつけ。
 生まれた時からゲームのある環境に生きている若者にとっては、もはや蛇口を捻れば水が出るというのと同じくらい自然で、当たり前に存在しているものなのかもしれません。

 光の国の宇宙警備隊隊員たちが戦っていた頃には存在しなかった、このゲームというもの。
 いまや全世界の先進国に広がったゲーム。
 これが侵略者の目に止まらないはずがありません。
 なぜなら、便利なもの、楽しいものの裏に潜む危険や影の部分。そこに侵略者は目をつけ、潜む――それはかつても、今も同じだからです。

 ゲームを使って侵略?
 仮想空間を侵略?
 それとも仮想空間からの侵略?
 でもそれって、電源落とせばデータがトんで侵略活動ジ・エンドじゃない?

 いやいや、侵略者はそんなに甘くはありません。
 そう、まだ宇宙への進出さえおぼつかない地球人相手の侵略など、彼らにとってはまさにゲームそのものだと言わんばかりにね。

 今回はそんなお話なのです。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 都内のとあるビジネスビル内。
 4m四方ほどの広さに白い壁と天井、リノリウムタイルの床という、狭く無機質な貸しオフィス。その一角に置かれた、これまたよくあるねずみ色したスチール製の事務机。
 普通のオフィスとやや趣が違うのは、そのスチール製の事務机の上に載っているパソコンとモニターがそれぞれ三つずつあることだった。擬似3Dコクピットでも再現しているかのように、正面とその両脇にモニターが並び、それぞれ別のデータを表示している。
 周辺には書類の束やら、一昔前の電話帳をほうふつとさせるような分厚い冊子が積まれ、そこかしこにメモ書きが貼り付けてある。
 それらの真ん中に座した男は、先ほどから腕組みをして考え込んでいた。
 年は二十代後半。じっとモニター画面を睨むその刺すような眼差し。口はへの字に曲がり、低い唸り声が漏れている。
「ん〜……わからん」
 呟いた時、その部屋から唯一外界へ繋がる扉がノックされた。返事をする前に開かれ、男より年下の若者が入ってきた。
「オオクマさん、只今帰りました」
「う〜い。……マグチか。お帰り」
 オオクマと呼ばれた男は、モニターから目を離し、大きく伸びをする。
 部屋の中に入ってきたマグチは、壁際に置かれた会議机の上に、手に持っていた書類をどさっと乗せた。
「どうだった、報告会議は?」
「今日も何もなし。……いや、被害者が増えているという話はありましたが、状況が進展しそうなことは何も。ただ」
「ただ?」
「今日一日で会議終了間際時点ですでに10人、被害者が出ているそうです」
「冬休みでクリスマス・イブだからな。明日の朝まで、どれだけ増えるか……」
「ゲーム業界にとってはブラック・クリスマスですね。こちらの進展は?」
 オオクマは両手を広げて、大きく首を横に振った。
「な〜んもなし。何度プログラムを見直しても、問題になりそうなものは出て来ない。幾つか関係のないバグは見つかったけどな。……隣の大部屋でやってくれてるデバッグチームからも報告ねえし」
「ああ、それなんですけどね」
 マグチは少し眉をしかめていた。
「厚生労働省がちょっと横槍を入れてきたんですよ、今日の会議で。デバッグチームみたいに勤務時間全てをゲームプレイに費やすような運用の仕方は改めろって」
「またか、あの木っ端役人ども。自分たちじゃあゲームのチェックもしねえくせに。なに安全地帯からほざいてやがる。……今度は何があった」
「公けにはなってませんが、某大手が日本全国に拠点作って百名単位のデバッグチームを組んだらしいんですけど……数名が【ゲーム病】にかかって意識不明に」
「百名単位のデバッグチーム。は」
 オオクマは再び両手を広げて鼻で笑う。
「大手様はいいねぇ〜。湯水のように資金が湧いてきてよぉ。うちみたいな弱小は大阪本社の2チームと東京のここだけ。しかも営業所が狭くて使えねーから一日15万円の貸し会議室と来たもんだ」
「それはしょうがありませんよ。それに、うちは弱小だから見直すべきソフトの数も少なくて済む。実際、大手は悲鳴上げてますよ。今日も経済産業省に特別融資の相談してましたしね。うちも融資制度の拡充を迫れって、上から命令が来てます」
「金金金、アホくせえ。知ったことか。今は会社のことより、原因解明のが先だ。ここんとこうるせえ連中が勢いづいてるしよ」
「……例のゲーム脳論者ですか」
「こっちに回ってくるメールも、あれの尻馬に乗った連中の誹謗中傷ばっかりだ。読んでられるか」
「でも、資金がなくなって会社が潰れたら、原因解明どころか連中への反論さえも出来ませんよ」
「だったら、社長がこっち来て銀行に直談判すりゃいいんだ。へなちょこ平社員にやらせる仕事か。俺たちがほしいのは時間と人手とアイデアで、金じゃねえ」
「そうは言いますけど……」
「あのな。お前みたいなチンピラがいくらいい意見具申したって、あっちの幹部は耳なんか貸しゃしねえんだよ。手打ちってのは幹部同士でやるもんだ。俺たちチンピラは鉄砲玉、羽根より軽い命削って地道にしこしこやるしかねえのさ。そもそも厚生労働省の横槍、ゲームのプレイ時間と発症の因果関係はまだ判明してねえだろ。科学的根拠もねえのに、従う必要なんかあるかよ」
「ですけど……」
「なーんーだーよー。まだ不満か」
「不満? そりゃ不満ですよ。当たり前です」
 マグチは見るからに不服そうに口を尖らせていた。
「そもそも何で僕が板ばさみになってるんですか? 普通、こういうのって、中間管理職であるプロジェクトマネージャーのオオクマさんが悩むべきところじゃないんですか? もしくは東京営業所の所長とか……」
「あのヘタレじじいは逃げただけだろうが。一緒にすんな。俺は出入り禁止になっただけだ」
「……経済産業省主催の会議で、議長の権限とマイク奪って会議進行とかするからですよ」
「たらたらぐだぐだ、印刷物読み上げてるだけの集まりを会議とは言わんっ! そんなもんは配られた段階で各自が読み込んでおくべきもんだ。こっちは忙しいのにうだうだやってるから、代わりにやってやっただけじゃねえか。感謝されこそすれ、処罰を受けるいわれはねえ!」
「あなたはそういう人ですよね〜。まあ、あの時の人たちは感謝してたみたいですけど……今日は来ないのかって、毎回聞かれますよ」
「呼んでくれたらいつでも行くけどな。ちょっと欲しいものもでてきたし」
 顎先に親指を当て、ちょっと考え込むような素振り。
「欲しいもの?」
「被害者が使いたてほやほやのハードとソフトだよ。警察や関係機関から返って来たのを借りても、全部一旦電源OFFになってるからな。あと、基本的にソフトとハードは分けて各社に返されるし」
「電源入った状態で何かあるんなら、最初に確認する警察や関係機関から情報が入るのでは?」
「アマチュアが見たってわかるわけねーだろ。何が異常かもわかってねえのに。……と。そういや、今日はクリスマス・イブだったな」
「ええ。おまけに明日は休日です」
「あああ、サンタがプレゼントしてくれねえかなぁ、できたてのほやほやのを。ウルトラの父でもいいんだけど」
 駄々をこねる子供みたいに天を見上げ、マジな顔つきで漏らす上司にマグチも溜息を漏らさざるをえない。
「サンタって……あなた、年いくつですか。第一、僕らは今日も徹夜でしょう? 夜更かしする悪い子にはサンタは来ませんよ」
「バカヤロウ。睡眠時間削って世のため人のため子供のために戦う正義の味方だぞ、俺たちは。そろそろ救世主が来てもいいころだ。番組的に」
「最後に現れるヒーローが真っ赤な服着た白ヒゲ爺さんとか、どういう番組ですか」
 オオクマは天井を見上げたまま、うんうんと頷く。完全に現実逃避モードに入りつつある。得てして、そういう時に面白いアイデアが沸いたりするものだが……。
「……ああ、そうだな。そういうゲームも面白そうだな。世界各地の偉人をバトルさせるような」
「各方面から苦情と脅迫が来そうなので絶対やめてください」
 苦虫を噛み潰したマグチは、お茶を淹れて来ます、と言い残して部屋を出た。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区。
 駅前商店街にシロウと並んで歩くユミとエミの姿があった。
 どこからともなく流れるジングル・ベル。
 ところどころで赤い服に白い髭をつけた客引きや店員が立っている。
「シロウさん、お母さんになにかプレゼントするんですか?」
 ハーフコートに長めのスカート、黒いストッキング、ほんのり化粧をしたユミが微笑む。
「プレゼント? なんで?」
 不思議そうなシロウは、柿渋色のフリース地ジャンパーとジーンズ。
 そして、その返事に溜息をつくのは、黒いジャージ上下に赤いはんてんというラフな部屋着姿のエミ。
「まったくあんたってば。地球じゃね、この時期には大事な人とプレゼントしあう習慣があるのよ。今日だって、そのためのプレゼントを選びに来たわけだし。まあ、お邪魔しちゃったのは悪かったけどさ」
「邪魔? なにがですか? 師匠」
「そ、そうよエミちゃん! ななななにを言い出すの!? わわわわたしは別にそんな、その」
「え〜、だってクリスマス・イブに町へ買い物なんて、デート以外のなにものでもないじゃない〜」
 にしし、と意地悪そうな笑みを浮かべる。
 すると、赤くなったユミは少し頬を膨らませてエミを睨む。口には出さないが、だったらなんで気を利かせてくれないの、という意志を目に込めて送る。いつもならともかく、今日は年に一度のイベントの日なのだから。
 しかし、エミはすぐに元の笑顔に戻った。
「まあまあ、別にユミたちのお邪魔したいわけじゃないから。シロウの背格好がちょうどうちのお父さんと同じくらいでさ、今年はセーターでも贈ってあげようと思ってるからちょっと体借りたかったのよ。あたしは用事が終わったらそのままさよならするし、あとはお二人で甘〜い時間をどうぞ」
「エミちゃん!」
 その時、通り過ぎようとしていた店先からヒステリックな女性の怒声が響いた。
「――この店で買ったゲームで、うちの子が【ゲーム病】になっちゃったのよ!? どう責任とってくれるの!!」
「いや、そう言われましても、原因がゲームとはまだ……」
「ゲームをやっていて【ゲーム病】になったんだから、ゲームのせいじゃないのっ! 第一、だから【ゲーム病】って言うんでしょ!?」
「ですから、それは――」
 あまりに大きな声のやり取りに、たちまち物見高い連中が集まってきて、店の外には人垣が生まれていた。
 三人もその中にあって、顔を見合わせる。
「……【ゲーム病】だってさ」
「怖いね」
「【ゲーム病】って、なんだ?」
 シロウの問いに、二人は顔を見合わせた。
「シロウさん、知らないの?」
「テレビでも特集組まれるくらい、問題になってる話なのに」
「知らない」
 首を横に振るシロウに、二人は再び顔を見合わせて溜息をついた。
「これだから、シロウは」
「ま、まあシロウさんちにはゲーム機もないし、興味がなくっても仕方ないんじゃないかなぁ?」
「しょうがないなぁ。ゲームって、ほら。シブタさんちのテッちゃんとかがたまに遊んでるでしょ? ピコピコ。携帯より大きめで。あんなのとか、テレビにつないで遊んだりする、まあ遊び道具みたいなもんね」
「ああ、知ってます。遊んだことはないけど、遊んでるところを見たことは」
「ここ最近、ん〜と、一月ほどかな? ゲームしてたらそのまま意識失ってぶっ倒れるって事件が起きてるのよ。しかも、そのまま目が覚めないって。で、ゲームやってるとかかるからついた名前が【ゲーム病】。……だったよね?」
 一応、ユミに確認を求めると、彼女は首を横に振った。
「最後だけちょっと違うわ。【ゲーム病】の名前の由来は、一部の学者がこれこそゲームをやりすぎて脳の機能が萎縮したり、脳質が変化したことで起きる【ゲーム脳】の症状だって言ったことから始まるの。他にもゲームしながら眠っているように見えることから【ゲーム眠り病】や【オチた病】、あるいは廃人って言われるほどゲームに熱中してる人がかかる病気――【ゲー廃病】とか言われてたんだけど、差別的だったり、科学的に証明されていなかったりで、問題があるって言われるようになったの。そこで、【ゲームプレイ中における不特定原因による意識障害症候群】と公式に決まったんだけど……長いから、みんな縮めて略して【ゲーム病】って呼ぶの」
 小難しい理屈と専門用語の圧倒的な弾幕の前に、二人はおろか、傍で聞き耳を立てていたおばちゃんおじさんまで目を丸くする。
「ええと……あたしの説明と何が違うの?」
「ん〜……と。ニュアンス?」
 少し小首を傾げて微笑むユミ。
「ゲームが原因とはまだ特定されていない、というのが大事なところなんだけどね。エミちゃんの説明だと、ゲーム=病気の原因になっちゃうから。ただ、まだ直前までゲームをしていなかったと思われる人が発症した例は発見されてないから、現実的にはエミちゃんの説明でもまったくの外れ、というわけではないんだけど」
「要するに逃げ道を残してるのね」
「事実に忠実と言ってよ。原因がわかってないのに犯人扱いするのは、ダメだよエミちゃん」
 店の中ではまだ言い争いが続いている。
 三人はそこから歩き出した。
「そういえば……なんだっけ、かなり前に同じようなのなかった? アニメで点滅が云々って。あたしらが幼稚園か保育園ぐらいの時だっけ?」
 エミの問いに、少しうつむいて考え込むユミ。話に入れないシロウは、並んで歩く二人の後を黙ってついてゆく。
「ん〜と。ポケ○ンショックかな? あれは、一定周期の画面の明滅が、光過敏性発作を引き起こすって話だったと思う。原理的にはゲーム画面でも起こりうるけど……多分、一番最初に検証されてると思うよ? それが原因って話が報道されないってことは、違うんじゃないかな? それに、今回意識を失ったひとって、まだ誰も意識回復してないそうだし」
「でもまあ、ゲームしなきゃかからないんだよね?」
「今のところはね。……でも、エミちゃん携帯でゲームしてなかった?」
「あ」
 今さら気づいて、エミの表情が硬張り、がっくり肩を落とす。
「そっか〜、あれもゲームだった……となると、あれもやばいか〜」
「携帯見てて意識を失った例はまだ報告されてないけど、携帯ゲーム? では報告があるみたいだし、気をつけた方が――」
 不意に、進行方向からけたたましいサイレンが鳴り響いてきた。
 見ると、救急車がゲームセンターの前に止まるところだった。
「ゲーセンの前に救急車……って」
「……うん。多分、そうじゃないかなぁ?」
 せっかくの楽しいクリスマス・イブの空気が、形のない不安に澱んでゆくのを二人の女子高生は感じていた。
 そう、脳天気なジングル・ベルが疎ましく思えるような。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 シノハラ・ミオとセザキ・マサトが待機しているところへ、珍しく一人でトリヤマ補佐官が現れた。
「やあやあ、諸君。職務遂行ご苦労さん」
 気づいたシノハラ・ミオが、ヘッドセットを外して体の向きを変える。
「トリヤマ補佐官。なにかありましたか?」
「あー、いやいや、別に大したことではないんだよ。うん、君は職務に戻ってくれたまえ。え〜と、セザキ隊員にちょっと話があってな……おお、いたいた」
「ボク?」
 コーヒーを飲みながらアーカイブを見ていたセザキ・マサトが顔を上げる。
 いそいそと近づいて来たトリヤマ補佐官は、セザキ・マサトの肩をつかむと部屋の端へと引きずるようにして連れて行った。
「ちょ、補佐官、なにを……」
「よいから聞いてくれ。もう、セザキ隊員しか頼れる相手がおらんのだ」
 顔を近くに寄せ、ひそひそ声で話す。
「何の話ですか?」
「しーっ! 声を下げろ、バカもん!」
「はあ」
 セザキ・マサトはちらっとシノハラ・ミオを見やったが、彼女は自分の仕事に没頭している。
 やれやれ、と溜息をついてトリヤマ補佐官に視線を戻す。
「……で? 今度は何をやらかしたんです?」
「失敬な! そんな話ではないわい!」
「声を下げるんでしょ?」
「あわわ、そうじゃった。……セザキ隊員、君は確かゲームとかに詳しかったな?」
「え? はあ、まあ、人並み以上には」
「今日はクリスマス・イブでのぅ」
「世間的にはそうですね。ボクらは夜勤組なんで関係ないですけど」
「……今夜、わしの家でパーティがある」
「え? 参加していいんですか?」
 たちまち、セザキ・マサトは頭をはたかれた。
「ばかっ、な〜んでお前を招かねばならんのだ。家族パーティに決まっとろーが。孫が来るのだ、孫が」
「はあ」
「そこで、クリスマスプレゼントにゲームソフトを買って帰ってやろうと思っておるんだが、昨今はその、アレだろう?」
「はあ、確かにアレですね」
「わしも可愛い可愛い孫があんなことになっては死んでも死に切れん。そこでだ。そっち方面には無駄に詳しいセザキ隊員なら、絶対安全なソフトを知っておるんじゃないかと思ってな」
「はあ……わかりました。そういうことなら……そっち方面には無駄に詳しいボクから言いますとね」
「うむうむ」
 期待に満ちた眼差しでじっと見つめる熟年上司。
 それを冷ややかな眼差しで見据える青年隊員。
「ありません」
「アリマセン、か。なるほど、で、それはどこのメーカーのソフトで、対応機種はなんだね?」
「いや、ないんです。そんなソフト。【ゲーム病】に絶対かからない安全なゲームソフトなんて、今のところありません」
「は? ない? なんで?」
「原因不明だからですよ」
 セザキ・マサトは歩いて自分の席に戻り、モニターにいくつかのネットページを開いた。
「この辺のページで、発症した人が直前に遊んでいたとされるゲームの一覧表が出てますけどね。十年前にでたソフトでも、つい先日発売されたソフトでも同じように患者が出てます。ゲームのジャンル的にも、ジャンル自体の売り上げ偏りで補正してみれば偏りは見られないという結果になってます。そうですね、被害者が出てないハードって言えば、初期の頃のファミコンとか、スーファミとかですかね。PS2も潜在的現役機にしては少な目かな?」
「うちの孫はニ○テ○ドー3DSとW○iのはずだが」
「だったら、このリストですね」
 マウスを動かして、別の一覧表を前面に呼び出す。
 その量にトリヤマ補佐官は青ざめる。
「こ、こんなにか!?」
「う〜ん、かなり多いですね」
「これ、これ、これ、これも……わしが買ってやったことのあるものが」
「これが即危ないというわけではありませんけどね。何しろまだ原因不明ですから。ソフトに問題があるのか、ハードに問題があるのか、それ以外の何かに問題があるのか……ともかく、ここに載っていないからといって安全とは言えない。ここ――」
 ページの下の方へ移動し、最下行3行を反転させる。
「この三本は昨日発症者が出たようですね。この調子だと、今日また新たなソフトが追加されるかもしれません」
「で、ではどうしたらいいんだね!?」
「ゲームソフトは諦めるのが一番安全ですよ」
 セザキ・マサトはしれっと答えて、椅子に腰を下ろした。
「今年はゲームではなく、一生残るようなものを贈っては?」
「一生残るもの?」
「ゲームソフトなんて、興味の対象としては半年も持ちませんよ。そもそもハードが市場から消えれば、そのソフト自体も使えなくなっちゃう。でも、例えばぬいぐるみ。あれなんかは大切に保管できていれば、親から子へと受け継がれることさえあるものです。たまには孫の歓心を買うためではなく、そういう未来に届けるプレゼントなどを考えてみては?」
「未来へ届けるプレゼント……」
「そう。それを見れば、おじいちゃんを思い出すようなね。その時の反応は微妙でも、子供が大人になった時、それが大事な絆になるかもしれません」
 トリヤマ補佐官は腕を組んで考え込んだ。
「ふむ……確かに、そういう考え方はせんかったな。なるほど、一理ある。プレゼントは歓心を買うためのものではなく、絆を結ぶもの……基本といえば基本。忘れておったようだわい」
 納得した様子でしきりに頷くトリヤマ補佐官。
「しかし、意外だのぅ。セザキ隊員がそういうロマンチックな考え方の持ち主とは。もっと合理的な考え方をしておるのかと思っておったが」
「なーに言ってんです、トリヤマ補佐官」
 セザキ・マサトは残していたコーヒーカップをぐいっと飲み干し、にやりと頬を歪めた。
「オタクってのは、ロマンチックなハートを合理主義で武装した人間のことをいうんですよ」


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