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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第11話 封印怪獣総進撃 その9

 街道を走るバスの中。
 いかんともしがたいピンチと見えた状況から急転直下、残るはエンマーゴのみという展開に生徒たちの興奮は最高潮に達していた。
 口々にウルトラマンとCREW・GUYSを応援する。
 先生たちもテレビ画面を食い入るように見つめ、小声で応援を呟いていた。
「――行け、レイガぁ!!」
 シブタ・テツジが叫ぶ。
「がんばれー!!」
 ミヨシ・ヒロムが拳を握る。
「やっちゃえ〜、あと一体だー!!」
 イトウ・オサムが立てた人差し指を突き上げる。
「がーんばれっ♪ がーんばれっ♪」
 ハラ・テルオとイトウ・シンジが肩を組んでリズムに乗る。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 やがて、制限時間が来てミクラスは光の粒子に還った。
 だが、再び姿を消したと疑っているのか、しきりに辺りを警戒しているエンマーゴ。
 それに対し、レイガは両腕を大きく回すようにして受けの構えを取る。
(もう時間がねえぞ。お前と一体になって少し回復はしたが……そんな悠長なのでいいのかよ)
(大丈夫だ。――感じないか? お前を応援する、光の意志を)
(え? ……そういやぁ……)
 もう残り少ないはずの光エネルギーの減り方がやけに遅いと感じてはいたが……。言われて注意してみれば、失われてゆくエネルギーが少なくなっているのではなく、どこからかエネルギーが入ってきて補っているらしい。しかし、どこから。
(それが、人の光の意志だ。未来へ進むため、お前に希望を託し、お前の勝利を信じ、お前を応援している人がどこかにいる。お前にとっては関係ない人の、勝手な思いに過ぎないだろうが……守る戦いをしていれば、時にこうした応援が背を押してくれることもある、ということだ)
(ウルトラ兄弟は……これを感じて戦っている……?)
(彼らが過去の戦いにおいて、時にエネルギーを失いつつも最後に逆転の一手を打てるのは、だからかもしれんな)
(……………………)
 レイガは答える言葉を持たない。顔も見たことのない誰かの期待など、戦いの理由にしてやるつもりはない。
 その思いを理解してか、クモイ・タイチは自嘲気味の口調で続けた。
(俺もこれまで、独りで戦ってきた口だ。こういう感覚は初めてだが……悪くはない)
 そうこうしている間に、エンマーゴとの間合いが迫る。
(さて、では孫弟子に久々の訓示といくか)
 ガトリング・デトネイターを防いだエンマーゴが、青龍刀を振り下ろす。
 エンマーゴではなく、その刃そのものを狙った右掌底で横からはたき、軌道を変える。戻って切り上げてきた刃は、上体をそらして躱す。そして、左手の平をエンマーゴの振り上げた右肘にそっと添え、少し押し出す。――あくまで押し出すだけ。攻める意志は込めない。
 エンマーゴは振り上げすぎた右腕に振り回されるようにしてよたつき、背中を見せる。
 絶好の隙だったが、やはりレイガは攻めない。一歩後退して、間合いを外す。
 半回転して戻ってきたエンマーゴは、遊ばれたと感じたのか、怒りの咆哮を上げて黒煙を吐き出した。そして、その黒煙を突き破るようにして盾を突き出す。
(同じ手は食わない)
 レイガの両手が受けの構えを逆にたどった。その回転を保ちながら丸い盾の縁をなぞるように取りつつ、体を引く――エンマーゴは自分の勢いからつんのめり、その場で一回転して、ひっくり返った。
 再び、両腕を大きく回すようにして受けの構えに戻るレイガ。
 立ち上がるエンマーゴの動きは、さらに鈍くなっている。
(……そろそろだな)
(そろそろ? ……一体、何をしたんだ? なぜ奴は弱っている?)
(こいつを弱らせるための方策を、今、セザキ隊員がしてくれている。防御に徹したのは、そのための時間稼ぎだった)

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ……地蔵菩薩よ、閻魔王を鎮めたまえ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ……」
 地蔵真言を唱え続けるシラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職の無毛の額に、滝のような汗が流れ、伝い落ちる。二人の周囲には風が渦巻き、気迫が光る炎のような形となって立ち昇り、揺らめいている。
 セザキ・マサトもメモリーディスプレイを両手で握り締め、我知らず口の中で呟いていた。
「……オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ。オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(いいか、どんな技でも、きちんと地ならしをしておのれの土俵に引き込まなければ、万全の掛かりとはならない。逆に何かのはずみで万全の掛かりとなったならば、時に素人の拳が経験者を打ち倒すこともある。まして、相手が必ずこちらの上を行くというのなら、万全でなければ……首が飛ぶぞ)
(おいおい、物騒だな。――だが、なるほどな。つまり、自分の力を全て相手に叩き込むための、準備運動ということか)
(そういうことだ。……そろそろ暖まってきた。あれを出せ。俺では体の使い方はわかるが、超能力の使い方はわからん)
(任せろ)
 腹の前で、右腕の中ほどにかざした左手を指先方向へとスライドさせる。その軌跡に沿って、右腕に白く霜が噴き始めた。それは成長して結晶と化し、さらにクリスタルのような無骨だが繊細そうな、氷の剣へと形を変え、伸びる。
 ようやく見せた攻める姿勢。
 エンマーゴは青龍刀と盾を打ち鳴らして、威嚇する。さあ来い、だが、必ず貴様の先を行ってやるぞと。
 その様子に、クモイ・タイチは嘲りめいた口調で呟く。
(最強の矛と無敵の盾、それゆえにお前は負ける。――行くぞ!)
 氷の剣と化した右手を大きく振りかぶり、エンマーゴの左肩口を狙って振り下ろす。
 それを、神速の盾が迎え撃つ。
 氷の刃は盾の表面で弾かれ――なかった。氷の刃は、砕けるようにして盾にへばりついた。そのまま、エンマーゴの肩口までが一瞬で氷に閉じ込められる。
 カウンターのタイミングで振りかざされていた青龍刀は、左腕が固定されたことで予定の軌道を描けず、虚しく虚空を斬った。
 さらに、レイガはその場で一回転して、水平にエンマーゴの首を狙う。回っている間に氷の剣は再び伸びて、元の長さを取り戻していた。
 凍りついた左腕は使えない。青龍刀で氷の刃を迎え撃つエンマーゴ――瞬間、その無骨な刃を包むように砕け、へばりつく氷の刃。右腕も左腕と同じになった。
 そして――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ――」
 それまで目をつぶり、眉間にしわ寄せ必死の形相で地蔵真言を唱えていた二人は、その瞬間両目をかっと見開いた。
 そして、二人同時に叫ぶ。
「地蔵菩薩よ、手振舌垂観音菩薩よ、彼の者を救いたまえ! 人の畏れより生み出されし偽りの御魂に、安らぎの眠りを――オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ! 喝ぁぁぁっっっ!!!!」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 三度伸びた氷の剣に、光の炎が宿る。
 ダイヤモンドダストの軌跡を描いて、刃が翻る。
 刎ねられた首が空中でくるくると舞い踊る。

 やがて、地面に落ちたエンマーゴの首が燃え始めた。身体も炎に包まれる。
 その炎は、普通の炎ではなかった。凍りついた両腕さえも氷の内側から燃やしてゆくのだから。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 炎の中に崩れるエンマーゴの体。
 残心の構えでそれを見届けたレイガは、一つ頷いて氷の剣を消し、両手を空に向けて広げた。
「――シュワッ!」
 掛け声と共にレイガは空の彼方へ飛び去った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 奥多摩湖・小河内ダム近傍・水と緑のふれあい館前。
「やったようだのぅ」
 疲労困憊の様子で、路上に足を投げ出して腰を下ろしている二人。
 振り向いたセザキ・マサトは、満面に笑みを浮かべて頷いた。
「ご協力、ありがとうございました」
「水魔は……どうなったのですか?」
 顔を上げるのも辛そうにしているフジサワ住職の問いに、シラサワ・ヒョウエノスケも頷く。
「おお、そうじゃ。あれはどうなった?」
「あれは、あそこに封印しました〜」
 セザキ・マサトも脱力して、湖岸に面した鉄柵に背中を預ける。その指が指し示す先は――
「空?」
「地球上空10万kmにあるというウルトラゾーン。地球上で倒された怪獣・異星人が葬られるという、怪獣墓場へね。こればっかりはウルトラマンでないと辿り着けませんのでねぇ。もし地上に封じると、また未来にこんな騒ぎを起こすといけないし、この短時間であのタフガイを倒す算段もつきかねたので、ウルトラマンにお願いしちゃいました。まあ、最後の手段というやつです」
「宇宙に封印か……かっかっか。いやはや、さすがは現代と宇宙の退治屋、やることのスケールがでかいわい。これは参った。これはさしものわしらも真似できんわい。うはははははは」
 愉快そうに笑い、自らの頭をなで上げるシラサワ・ヒョウエノスケ。
 フジサワ住職もようやく安堵の表情を見せて、肩からがっくり力を抜く。
 セザキ・マサトが見上げる空を、ガンローダーが横切っていった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
「……状況、終了です」
 安堵を隠しもせず含んだミサキ・ユキの宣言に、サコミズ総監も目を閉じて大きく息を吐いた。
「五体の復活怪獣に、宇宙人、それの操る怪獣。七体もの敵を相手に……よく勝ってくれた」
「マケットが配備されていたのが功を奏しましたね」
 こちらも肩の荷を下ろしたように安堵感漂うイクノ・ゴンゾウがそう言うと、サコミズ総監は満足げに頷いた。
「そうだね。あれがなかったら、ある程度の被害を覚悟で、補給のために一度撤退せざるを得なかったかもしれない。本当に助かったよ。それに、あの状況で残存戦力を集めて、冷静に作戦を組み立てたセザキ隊員も見事だった」
「それと、現場で協力していただいたシラサワさんたちも」
 付け加えるミサキ・ユキ。
「ああ。あの人たちにも感謝をしなければいけないね。隊員の命を助けてもらった場面もあったようだし」
「それに、封印されていた怪獣はこれで全滅したはずですから、今後通報が来ることもないでしょう。少々悩まされていたインフォメーションとしても喜ぶかもしれませんね。ふふっ」
「なるほど。……ま、なんにせよ決着がついてよかった。それじゃ、事後処理にかかろう。帰って来るみんなに、これ以上の負担をかけないように。ね?」
「「G.I.G」」
 振り返って微笑むサコミズ総監に、二人は同じ笑顔を返し、頷いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 街道を走るバスの中。
 勝利に手を取り合い、騒ぎ、喜び合う生徒たち。
 ヨシカワ先生はハンカチに顔を埋めて泣いていた。
 ハラ・テルオはそこかしこでハイタッチを繰り返す。
 イトウ・シンジはレイガが最後に見せた攻撃について仮説を述べる。
 それにふんふんと聞き入るミヨシ・ヒロム、イトウ・オサム、シブタ・テツジ。
 やがて、戦闘区域への進入を防ぐ目的で設けられた検問に辿り着く寸前に、運転手に怒られるまで生徒たちの大騒ぎは続いた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 二日後。フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 シラサワ・ヒョウエノスケとフジサワ住職を招いて、サコミズ総監自らの手で感謝状が手渡された。
 参列者はCREW・GUYSの面々とトリヤマ補佐官、マル秘書。それぞれに拍手を送る。
 がっちりと握手を交わす二人。そして、シラサワ・ヒョウエノスケは言った。
「本音を言えば、感謝状はいらんのでセザキ隊員をわしの跡取りにほしいんじゃが。くれんかのぅ?」
「え〜、それは本人に」
 苦笑いで本人に振るサコミズ総監。
 振られた本人は、たちまち露骨に嫌な顔をした。
「くれってなんですか、くれって。ボクはやですってば。面倒臭い」
「それより、シラサワさん」
 割って入ったのはクモイ・タイチ。その目は、興味津々に光り輝いている。
「妖怪を退ける方法があるとか。是非、伝授賜りたい。人ならざる者と渡り合う技芸、大いに興味があります」
「……ほほう? お主……なかなか良い気を持っておるな。ふむふむ。こやつも結構、素質があるか」
 目をきらめかせるシラサワ・ヒョウエノスケに、ヤマシロ・リョウコもたまらず口を挟む。 
「ねぇねぇ、あたし! あたしは!? それ身につけたら、霊感とかわかるようになる!?」
「ほ!? これはアーチェリー・メダル候補じゃったヤマシロ選手ではないか! なるなる、そりゃもう幽霊でも妖怪でも怪獣でもばっちり見えるようになるわい。それより……ええと……おお、これがちょうどよいわ」
 頬を紅潮させたシラサワ・ヒョウエノスケは、今もらったばかりの感謝状を裏にしてヤマシロ・リョウコに差し出した。
「?」
「こ、ここ!! ここにあんたのサインをくれんか?! わしゃあ、以前からずっとあんたのファンなんじゃ! こんなところで本物に会えるとは……世の中何が起こるかわからんのぉ〜♪」
「サイン? あ、でも、これは……え〜と……」
 サインと聞いてすぐサインペンの蓋を開けたものの、さすがに感謝状の裏はどうかとサコミズ総監を見やるヤマシロ・リョウコ。
 苦笑いを浮かべた総監は、仕方なさげに頷いた。
 顔を輝かせたヤマシロ・リョウコは、すぐさま感謝状の裏に大きくサインを書き込む。
「おお! これは我が家の家宝にするぞい! シ、シ、シラサワ・ヒョウエノスケ様へ、と書いとくれ! しろいさわ、さわは難しい方のさわで、ヒョウエノスケは兵隊の兵に、護衛の衛、小さいカタカナのノに、すけは介護のかいの字じゃ。……そうそう、それで合っとる! それから、今日の日付も! おおおお、本物じゃ本物と本物のサインじゃ!! しかも本物にわしの名前を書いてもろうた! わしゃもう死んでもええ!」
「いやいや、ここで死なれては困ります」
 老人とも思えぬはしゃぎぶりに、思わずマル秘書が突っ込む。
 トリヤマ補佐官も大いに頷く。
「そうそう。ここはかの伝説の東京決戦においてさえ一人の死者も許さなんだ場所なんですぞ? それを」
 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「こんなスケベ爺ぃが興奮しすぎて死んだなどとあっては、汚点も汚点。そんな不名誉な記録を残されては困るわい」
「なぁにを言うか。お主の方が助平そうな顔をしておるくせに。てかてかと脂ぎった額しおって」
 こちらもお返しとばかりに、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
 たちまち、トリヤマ補佐官は目を剥いた。
「な、な、なにぃいい!! てっ、てかてかの頭ならお互い様ではないかっ! というか、まだわしの方がいっぱい毛が残っておるわいっ!! しかも黒いぞ!」
「なぁにが。その黒もどうせ染めておるんじゃろうが。その中途半端な残りようとどっちつかずの足掻きが、お主の往生際の悪さと根性の悪さをよぉく示しておるというものじゃろがっ。それに比べて……見よ、わしの潔い頭を!!」
「頭の薄い濃いに潔いもなにもあるかっ! 第一、そっちの住職みたいにつんつるてんならともかく、よく見たら薄い産毛がまばらに生えとるではないか。潔いというなら、それを剃れ、それを!」
「な、な、なんと!? わしの庭に残った最後の花を、この手で自ら散らせと申すか、この外道めっ!!」
「花とはなんじゃ花とは! そんないいものかっ! そんなちぢれっ毛、ぺんぺん草が関の山じゃ!」
「ペ、ぺんぺん草!? 言うに事欠いて、ぺんぺん草とな!? よかろう、ならばキングオブ雑草、ぺんぺん草の強さ、しぶとさ、見せてくれようぞっ!」
「おおう、よかろう相手になって――」
 両者腕をまくり上げ、額を突きつけあう。
「まあまあ、トリヤマ補佐官」
「はい、そこまで〜」
「ヒョウさんも、落ち着いて落ち着いて」
 さすがにこれ以上はまずいとサコミズ総監とシノハラ・ミオ、フジサワ住職が割って入る。
 トリヤマ補佐官の背後からはマル秘書も羽交い絞めにする。
「なにやってるんですか、補佐官〜」
「今日はシラサワさんへの感謝状授与の式典ですから。抑えて下さい、トリヤマ補佐官」
「総監! し、しかし、このおっさんは!」
「おっさんにおっさん呼ばわりされる筋合いはないわい、おっさん!」
「は〜い、シラサワさん。それ以上暴れるなら、サイン返してもらうよ?」
「はい、申し訳ありません」
 効果覿面。ヤマシロ・リョウコの一言で、シラサワ・ヒョウエノスケは素――というか、一ファンに戻る。
 トリヤマ補佐官はそっぽを向いて口を尖らせている。
「それじゃヒョウさん。これ以上はお邪魔でしょうし、お暇いたしましょう」
「ん、むぅ」
 騒ぎの間に感謝状を受け取っていたフジサワ住職に促され、渋々頷く。
「じゃあ、ボクがゲートまでお送りしますよ。――リョーコちゃんも来てあげてよ」
 進み出たセザキ・マサトに、ヤマシロ・リョウコも頷き、嬉々として踏み出す。
「うん、いいよ。――は〜い、シラサワさん、送ったげるね。門のとこまでだけどさ」
 ヤマシロ・リョウコに未練たらたらだったシラサワ・ヒョウエノスケは、その途端顔を輝かせた。
「ヤマシロ選手が送ってくれるのか!? っか〜、こりゃあわしはなんと果報者か。さ、ささ、行こうぞ。はようはよう」
「あ、そうだ。どうせだから、腕組んだけよっか?」
「おおおおおお、組んで組んでっ! ……うひょひょひょひょ〜」
 まるでデート気分。ヤマシロ・リョウコと仲良く腕を組み、足取りも軽くディレクションルームを出て行く。
 その後ろから部屋を出たフジサワ住職は、最後に合掌し、室内に残る人たちに一礼してから閉じる扉の向こうに消えた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 東京P地区のとある公園。
 平日の午後、人気もなく辺りに人通りもない時間。公園の中で独り稽古に励むシロウの姿があった。
 以前のような蹴り、突きだけをひたすら繰り返すのではなく、受け、流し、落とし、弾き、捌く動作も組み入れたその一連の動きは、いっぱしの格闘家のように見える。もっとも、本物の格闘家から見れば、まだまだ児戯同様の拙い動き、へたくそな踊りにしか過ぎないが。
 秋の心地よい日差しの中、汗だくになりながら、稽古を続けるシロウの胸にある思いがある。
 守るということの新たな意味。
 守るという行動は、盾として敵からの攻撃を受け止めるだけではないのだ。敵の攻撃をしのぎ続けることで、その力を削いで弱らせたり、時期の到来を待つための手段としても使える。
 つまり、攻めるための守り。
 これまで考えたこともなかったその新たな意味。そこから、また一つ強くなれる可能性を、シロウは感じ取っていた。
 しかし、それもこれまでの戦いがあったればこそ。地球へ来る以前ならば、敵など戦う前に倒せばいい、と考え、防御など弱気の元だと切って捨てていただろう。
 確かに、戦う前に倒せれば理想的ではある。だが、実際にはそうはいかない。そもそも、敵がどこから襲い掛かってくるのかわからない状況の方が多いのだ。ならば、守って、しのいで、こちらの得意な形へ引き込んで、倒せる流れを持たなければ。
 今回はクモイ・タイチと一体になり、その格闘技術によってピンチをしのいだ。だが、いつでもその形になれるとは限らないし、そもそもそんな頻繁にあいつと一体になるのは嫌だ。多分、向こうだってそんな便利使いされるのは嫌なはずだ。
 ならば、自分が強くなるしかない。幸い、散々繰り返してくれたクモイ・タイチの防御動作は体に感覚として残っている。
 多分、あの延々続いた専守防衛のやり取りは、その意味もあったのだろう。
 結局、やっぱりまだ自分はあいつの手の平の上なのだ。
「……礼なんか言ってやらねえからな」
 意地を込めて、呟く。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 しばらくして。
 シロウは呼ぶ声に気づいて、稽古の手を止めた。
「シロウ兄ちゃ〜〜ん!」
「オオクマさ〜ん!」
 公園の出入り口を見れば、二人の子供――シブタ・テツジとイトウ・シンジだった。
 シロウは顔をしかめた。頭をよぎる疑問は二つ。
 走って来た二人は、満面に笑顔だった。この顔なら、二つのうち一つは問題なさそうだが、一応訊ねておくことにする。
「よう、てっちゃん。と――誰だっけ、名前?」
「イトウ・シンジです。ひがしっちーでいいです」
 メガネの子供は、礼儀正しく頭を下げる。
「ひがしっちー? イトウなのに、なんでひがしっちー?」
「イトウのトウがひがしなので。もう一人のイトウ・オサム君はふじですから」
「?」
 漢字の説明をされてもよくわからないシロウは、目をぱちくりさせる。頭を少し掻いて、それ以上の追求を諦めた。
「それで? なんだ、二人して。早速何か困りごとか?」
「ううん」
 二人して首を振る。どうやら疑問の一つは、やはり大丈夫だったようだ。
「じゃあなんだ。だいたい、いつもこの時間は学校じゃなかったか?」
 それがもう一つの疑問。
「あ、うん」
 二人は顔を見合わせ、照れくさそうに頬を染めた。
「いや〜、それがね。あの遠足で勝手なことしたから、怒られて三日間停学になっちゃった」
「テイガク?」
「学校に来てはいけない、ということです」
「ああ、罰を受けたんだな。ってことは、あの時にいた他の三人も?」
「うん。……ほんとは家の外に出るのもいけないんだけど」
「おいおい」
 苦笑いを浮かべるシロウに、イトウ・シンジは真面目な表情でシブタ・テツジの言葉を継ぐ。
「いや、でも、後で怒られるのは覚悟で来ました。てっちゃんと二人で相談して」
「だって、シロウ兄ちゃんにお礼を言わなきゃいけないのに、親にも話せないし」
「ああ? なんでだ?」
 顔をしかめるシロウ。
 二人は顔を見合わせた。
「え〜と、実は話しちゃってもよかったの? てっちゃん」
「そんなわけないよ。……シロウ兄ちゃん、時々こんな感じでボケるんだ。――あのね、シロウ兄ちゃん」
「おう」
「助けてもらった話をするなら、シロウ兄ちゃんがウルトラマンだって説明しなきゃいけないんだよ?」
「……それは困る」
「だからぼくらも困ったんじゃん」
「なるほど、よくわかった。……すまん、気を遣わせて」
 片手で拝むようにして謝るシロウ。
 イトウ・シンジは呆れた様子で呟く。
「あ〜……今のでなんとなく、この人がどういう人なのかわかった気がするよ、てっちゃん」
「でしょ? こういうお兄ちゃんだから、こっちが気をつけてあげないといけないんだよ。――それでさ、シロウ兄ちゃん」
 シブタ・テツジはシロウに顔を戻して続けた。
「おうちの方へ行ったんだけどいなくて。おばさんに聞いたらここにいるからって」
「そうかぁ。……しかし、一昨日にも言ったが、別にお礼なんかいいんだぞ。俺が勝手に行っただけだから」
 五人を救い出した件については、当日の夜にマキヤから直接お礼を言われている。当事者の五人にもあの時同じことを話したのだから、シロウとしてはもう終わった話だ。
 しかし、この二人の中ではそうではないらしい。イトウ・シンジは頑固に口元を引き締め、首を横に振った。
「いえ、それでも命を助けてもらったのは事実ですから。それに、だったらこれもぼくらの勝手です」
「言うなぁ」
 感心して苦笑するしかないシロウ。そう返されてしまえば、こちらも何も言えない。
「――てっちゃん、ひがしっちーって頭いいんだろ?」
「すっごくね。学校の勉強もだけど、特に怪獣とかウルトラマンとか、凄いよ? い〜っぱい、知ってる」
「そうかぁ。そうだろうな」
 頷きながら、また思い出す。クモイ・タイチに、感謝の気持ちを拒否するな、と言われた記憶を。
 なにより、怒られるのを承知で、その思いを優先してくれたこと、それに自分が言ったことをきちんと受け止めてくれていることが、素直に嬉しい。
「じゃあ、ま、せっかく来てくれたんだ。後で怒られるのも決定事項なんだし、ただで帰すのも悪いな。ん〜……どうしようか」
 三人だけで遊ぶのもいいが、それではいつもと変わらない。かといって、稽古につき合せるのも悪い。
 ヒントを探して、見るとはなく辺りを見回していると、藤棚の下のベンチが目に入った。
 頭の上で電球が点く。
「それじゃ、今日は大サービスだ。俺の知ってることでよければ、色々教えてやるよ。普段は話さねえウルトラマンのことでも、これまで戦った怪獣のことでも、宇宙のことでも。そういうの、興味あんだろ? 二人とも」
 二人はたちまち目を輝かせて頷いた。
 その嬉しそうな様子に、シロウも思わず笑みがこぼれる。
「ま、立ち話もなんだ。あそこに座って話そうぜ」
 それぞれの肩を抱きながらシロウはベンチを示し、促して歩き始めた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ゲート前の駐車場。
 フジサワ住職の自動車。
 助手席側の扉を開いたまま、名残惜しげにヤマシロ・リョウコと握手を続けるシラサワ・ヒョウエノスケ。
 運転席側でそれを見ていたフジサワ住職は、セザキ・マサトに合掌して頭を下げた。
「ありがとうございました、セザキさん。まだお仕事中ですし、どうぞお戻りになってください。我々はこれにて」
 セザキ・マサトも頭を下げ返す。
「いえ。見送らせて下さい。……それより、お別れの前に聞いておきたいことがあったんです」
「はい? なんでしょうか」
「今回倒したのは五大妖怪と名づけられていましたけど……流清寺には百以上の妖怪が封じられているんですよね? その中に、今なら怪獣扱いになるようなのは、もういないんですか?」
「いますよ」
 あまりにもあっさり肯定され、セザキ・マサトは目をぱちくりさせた。
「え…………ええええ!? ちょっと、それじゃまだ、この話は終わってないってことじゃ」
「封じているのは大小取り混ぜて百体ほどですが、それ以外にもあっちこっちにいるらしいって伝承は山ほど聞いておりますし。権現山の雪男とか、宮の森の産土神・カグツチの子孫である産母霊(さんぼれ)、それから霧吹山の砂土竜(さどりゅう)、地の底に住む一族・勃興王(ぼっこうおう)、牛神男に雪山の兎羽(うう)、何でも飲み込む笑い穴、八幡の大ムカデ、、北海道の青海坊主とか、鬼矢谷(きやだに)の人食い妖怪、やまなみ村の三つ首竜、相撲好きの妖怪に、かけっこ好きの妖怪などなど……鬼なんかはもう日本全国津々浦々に様々な話がありますね」
「きりがないですね……」
「当たり前じゃい」
 どこから聞いていたのか、シラサワ・ヒョウエノスケが割って入った。
 見れば、すでに助手席に座ってシートベルトを装着しようとしている。
「人の欲にも、恐れにも限度なぞない。妖怪とは人の思いが生み出すもの。忘れられ、消えてゆく妖怪もおる一方で、新たに生まれ来るものどももおる。お主らも、わしらも、その役目に終わりなぞない。そんなものを期待するでないわ。人が人である限り、妖怪に襲われぬ安寧など永遠に来るものか。のう、住職」
「一応、私は仏門ですので、弥勒菩薩の救世の御世にはその時が来ると思いたいのですが」
「その弥勒菩薩自体が人の妄想じゃわい」
「うわ、言っちゃった。ってかそれ、住職さんに言っちゃっていいんですか?」
 セザキ・マサトの方がむしろ気兼ねしてフジサワ住職に困惑の眼差しを向ける。
 フジサワ住職は、困った顔で笑っていた。
「まあ、ヒョウさんは昔からこんな人なので。もう慣れました。……ともかく、確かに今で言う怪獣に近い妖怪はまだおりますが、今回のように気魂と肉体をバラバラに封じたり、封印が危ないというのはなかったはずです」
「そうですか。でも、それだったらやっぱり一応GUYSの方でも調査をさせてもらっておいた方が良さそうですね」
「それは構いませんよ。いつでもおいで下さい。歓迎いたします」
「ありがとうございます」
 合掌して頭を下げる住職に、セザキ・マサトも一礼を返す。
 やがて、運転席に座り、エンジンに火を入れた住職は、もう一度会釈をして車を発進させた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 風と共に自動車は去る。
 残された二人も、車がゲートを出て最初の角を曲がって姿を消した段階で踵を返した。
「セッチー、そういえばさ。シラサワさんが言ってたよ」
 歩きながら、ふとヤマシロ・リョウコが呟く。
「なに?」
 シラサワさんが言ってたということに、一抹の不安がよぎる。
「もうすぐセッチーが息子としてうちに来るから、セッチーと結婚してわしの娘にならんかって」
「……どこから突っ込めばいいんだ、その妄想発言は」
 頭痛を感じて、思わず額を押さえる。
「そうしたらお金は唸るほどあるから、競技生活再開できるぞ、だってさ」
「あのじじぃ〜」
「競技生活とは、あたし一応けりつけてこの道に入ったから、それはもういいんだけどね。でもさ、セッチーはミオちゃんと結婚したいんだよね? ……ああそっかー、セッチーがお金持ちになったらちょっとはなびくかもよ?」
 セザキ・マサトはしばらく黙り込む。何かが引っかかる。
「待って。その言い方だと、今現在ボクにミオさんはなびいてない? ってこと? でも……この間、脈があるようなこと言ってなかった?」
「え〜? 言ったっけ、そんなこと。あたしぃ?」
「言ったよ! この間ボクが死にかけた時に! もうちょっとだって!」(第10話その8)
「ああ……あれは非常事態の、あれだから。ほら、よく言うじゃん!」
 くるっと回るようにしてセザキ・マサトの前に飛び出したヤマシロ・リョウコは、指を立ててにっこり笑っていた。
「1は0の隣だけど、近くに見えて全然違うって!」
「全然フォローになってないよ! それ、0は何を掛けても0、と同じ文脈だよ! 可能性なしって意味だよっ!」
「あれ? そんなつもりじゃなかったんだけど……ええと、じゃあ――そう、あれだ。選考会の予選突破に近くなってきてるって意味で」
「近くなってきてるってことは、まだ予選突破できる実力じゃないって意味でしょ〜……とほほ〜」
 がっくり肩を落とすセザキ・マサト。
「……あああ……この世には神も仏もないのかよ……」
「そりゃ、そうでしょ」
 再び歩き出したセザキ・マサトの横に並ぶヤマシロ・リョウコ。神妙な顔つきで頷いている。
「だって、あたしたちお地蔵さんに閻魔大王退治しちゃったんだもん。神も仏も、今さらないでしょ〜」
 美味くもない食事をたらふく食わされたような徒労感を、全身と表情の全てで表現しつつ空を見上げるセザキ・マサト。
 今日も10月の秋晴れ。高い空の青が、憎たらしいほど清々しい。
 正直、もう何も言いたくない。
 仕事もしたくない。
 ああ、しかし、これだけは言わねばならない。
 関西人として。
 あらゆる力を総動員して、セザキ・マサトは辛うじて呟いた。
「……誰が上手いこと言えと」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 翌日。
 清流寺から連絡が入った。
 寺に忍び込んだ賊が、捕り物の最中に封印のツボを割ってしまったとか何とか。
 それをインフォメーションからの知らせとしてアイハラ・リュウが聞いている間に、警報が鳴った。
「――奥多摩に怪獣出現! レジストコード・地底怪獣マグラーです!」
 シノハラ・ミオの報告に、その場にいた全員は顔を見合わせてやるせなく首を振る。
「よーっし、んじゃ行くかー。タイチー、リョーコー、ついて来ーい」
「ダメです。隊長は残ってください」
 何気なくヘルメットを取り、出撃してゆこうとするアイハラ・リュウ――を、シノハラ・ミオが見過ごすはずもなかった。
「……くそう、ダメか」
「当たり前です。ここで指揮を取って下さい。隊長なんですから」
「ンじゃ、ボクが行って来ます」
 そそくさとヘルメットを抱え、ディレクションルームを出発するセザキ・マサト。
 それを口惜しげに見送ったアイハラ・リュウは、その無念を発散するかのようにヘルメットを置き、メインパネルにミサキ・ユキを呼び出した。
『――アイハラ君、何か?』
「怪獣が出たんスけどね?」
『ええ、今ミオから連絡は受けた――って、またあそこなの?』
 情報端末を見ながら眉根を寄せるミサキ・ユキに、アイハラ・リュウも同情のため息が漏れる。
「ミサキさん、今リョーコたちが出撃したんで、怪獣の方はまあ大丈夫なんだけどよ」
『そうねぇ……このままでは問題ありそうね、怪獣寺。重点監視区域の認定と一緒に、封印物の管理体制についてもちょっと指導した方が良さそうね』
「お願いします。……なんでも、マサトが言うにゃ、小さいのも含めて百体ぐらい封印してるそうだし」
 途端に、ミサキ・ユキは目を剥いた。水でも口に含んでいたら、絶対に吹き出していたであろう形相だ。
『百体!? なにそれ、そんな話聞いてないわよ!? 首都の奥座敷にそんな数――わかりました。早急、いいえ、今、すぐに、大至急で、緊急対応します。地上班を出動させ、怪獣寺を厳重監視下に置きます! 私はそっちの指揮を取るので、その怪獣はあなた達に任せたわよ、リュウ君!』
「ジ、G.I.G」
 回線が落ち、重い沈黙がディレクションルームに漂う。
「あー……」
 沈黙に耐えかねて、アイハラ・リュウは口を開いた。
 イクノ・ゴンゾウとシノハラ・ミオが手を止めて隊長を見やる。なにを言うのか、と。
「……お前ら」
「はい」
「なんでしょう、隊長」
「俺達の戦いはこれからだ」
 意味不明のその言葉に、二人は顔を見合わせて首を傾げる。


 その意味を思い知るのは、これから約1時間後。
 後に『妖怪大戦争』と名づけられ、CREW・GUYSジャパンの歴史の闇に封印される、怪獣寺とそこにある封印物を巡る一大攻防が始まろうとしていた。


 ……でも、それはレイガも新マンも登場しない話なので、今回はここまで。


【第12話予告】
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