【目次へ戻る】     【次へ進む】     【小説置き場へ戻る】     【ホーム】



ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第5話 史上最大の逆襲 造ラレシ"モノ"ドモノ逆襲 その1

「ダァッ!!」
「デュワッ!!」
 ウルトラセブンと組み合ったレイガが、押し込まれて後退る。
 レイガは腰を沈めて対抗し、そのままセブンの押し込みを逆手に取って、後方へ反り投げを放った。
「ドゥアァッ!!」
 投げっ放しにしなかったため、組み付いたまま海中に叩きつけられたウルトラセブン。
 レイガはすぐに身体を翻し、その上に馬乗りになって――と思いきや、ウルトラセブンは予想以上の速さで起き上がってきた。
 そして、再び首相撲するほどの近さで腕と肩をつかみ合う。
 拮抗する力のせいで、その場でぐるぐる回り合う二柱の巨人。その足下ではねのけられる水飛沫は、津波となって津川浦の砂浜を何度も洗う。いくつかの海の家が巻き添えを食って瓦礫と化し、波にさらわれていた。
 夕映えの中、刻一刻忍び寄る夜闇の中、戦いはもつれていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックスネスト・ディレクションルーム。
 メインパネルに表示されている戦いに、CREW・GUYSは固唾を呑んでいた。
「レイガと……ウルトラセブンが戦っているだと!? どういうこった?」
「レイガを逮捕に来たのかな?」
 ヤマシロ・リョウコの言葉に、イクノ・ゴンゾウは首を振った。
「ならなぜ、さっき町を攻撃する必要があったんです? この状況では、レイガがウルトラセブンを止めるために出てきたとしか――」
「それこそ、矛盾しています。レイガは地球の敵ですよ」
 シノハラ・ミオの断言に、イクノ・ゴンゾウは口を閉じた。
「私はこう考えます。……今回の一件、レイガの企みではないかと」
「え〜!!??」
 素っ頓狂な声をあげたのは、セザキ・マサトだった。
「いや、ミオさん。それは……いくらなんでも」
 アイハラ・リュウも振り返ってシノハラ・ミオを見やった。何も言わないが、その表情は困惑している。
 シノハラ・ミオはメガネのずり落ちを指先で戻し、レンズをきらりと光らせた。
「確かに、今回の件、全てが全てレイガの仕業では無いでしょう。しかし、あれも一枚噛んでいた、もしくは敵対勢力の尖兵に加わったのだと考えれば、辻褄は合います。だからロボネズ、ビルガモの時は現われなかったのです。ウルトラセブンはそんなレイガを確保、故郷へ連れ帰るために現われた。町を攻撃していたのは、町の人が既に避難し終えていることを知っており、なおかつ、テレパシーなどでレイガに挑発されたのでしょう。一方、レイガはそうやってウルトラセブンを見た目悪者にすることで、地球人との分断を図った――そういう筋書きです」
「でも、ミオさん。レイガは初めて現れた時も、悪島でも、一応怪獣退治のために戦ってるよ? ……悪島ではこてんぱんにやられたけど」
 セザキ・マサトのフォローも、シノハラ・ミオは首を振って否定した。
「それこそレイガの企みだったのです。来たるべきこの日のために、形だけ戦ってみせることで、一見地球人の味方と思わせつつ、自分が弱いことをアピール。同時に地球に来ていたウルトラマンをおびき出し、その戦力を確認した。……セザキ隊員、お忘れですか? 先だってのツルク星人事件の際、レイガはウルトラマンジャックに襲い掛かっているのですよ?」
「あっけなく撃退されたけどね」
「おそらくはそれも――」
 そのとき、不意にメインパネルに新たなウィンドウが開いた。
 そこに映ったのは、サコミズ総監だった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ニセモノだ」
 GUYSジャパン総監執務室。
 執務デスクに座ったサコミズ総監は、その一言で状況をぶった切った。
 前にはミサキ・ユキ、トリヤマ補佐官、マル秘書官らがいる。四人は壁のモニターで、津川浦のライブ映像を見ていた。
 その画像の脇のウィンドウに、アイハラ・リュウの不安げな顔が映っている。
『サコミズ総監、そりゃオレだってウルトラセブンがこんなことするわけないって思いたいけど……今回のは眼も鋭くないし、ブーツの先だって』(※劇場版ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟)
「よーく見ろ。腹部のベルトの上に、まるでロボットのメンテナンスハッチのような縁取りがある」
『確かに……。では、その特徴を元にアーカイブ・ドキュメントを検索してみます』
 シノハラ・ミオは納得していない硬い表情で、しかし、いつもと変わらぬ冷静な反応で手元のキーボード操作する。
 その怜悧な眼差しが、きゅっと細まる。
『――あ……。ありました。ドキュメントU・G。サロメ星人が作った、レジストコード・ロボット超人ニセウルトラセブンと特徴が一致。腹部に巻かれたベルト、肘、膝の装飾など、まったくそのままです』(※ウルトラセブン第46話)
 説明と同時に、画面に新たなウィンドウが開き、その姿が映し出される。
 それを見たミサキ・ユキは目をぱちくりさせ、トリヤマ補佐官、マル秘書も感嘆の声を上げた。
「これは確かにそっくりではないですか、サコミズ総監」
「ひゃあ〜、これは普通にはわからないですね」
 シノハラ・ミオも画面の中で、いささか神妙な面持ちで頷く。
『はい。ドキュメントによれば、当時の防衛部隊でも、両者が戦っている間、どちらが本物かわからなかったそうです。その能力・実力は互角。戦闘の決着は海中で行われたため、何が決め手になったのか、地球人にはわからぬままだと報告されています』
「ウルトラ警備隊……タケナカ総議長が参謀だった時代だね。となると、彼にとっても少々苦い再会ということか」
 冗談めかして微笑むサコミズに、ミサキ・ユキはきっと厳しい表情を向ける。
「サコミズ総監、そんなことを言っている場合じゃありません。このニセセブンは、積極的に街を破壊しています。幸い、住民の避難はビルガモの騒ぎのおかげで終わっていますが……明らかにビルガモより危険で、早急な対処が必要です。GUYSを……出動させるのですか?」
『出動させてくれ、サコミズ総監!!』
 画面の中から、アイハラ・リュウが叫ぶ。その背景に、同じ顔つきのヤマシロ・リョウコとセザキ・マサトの姿がある。二人とも既にヘルメットを抱え、指示が降りるのを待っている。
「……………………」
 サコミズはしばらく目を閉じて、考え込んだ。
『総監!! 俺は、許せねえ。ウルトラ兄弟たちが命を懸けて築き上げきた信頼をぶち壊す、こんなやり口!』
 サコミズは知っている。アイハラ・リュウの脳裏に今、かつて一度自らの手でなくしかけた信頼を取り戻すために、一人で戦い抜いたウルトラマンの姿があることを。(※ウルトラマンメビウス第35話)
『サコミズ総監、お願い! レイガちゃんを助けなきゃ、だよ!』
『行かせてください、総監!』
『私からもお願いします、総監』
 シノハラ・ミオを除く全員からの懇願の声。
 大きく一つ息を吐き、目を見開いたサコミズは、コンソールを叩いて新たなウィンドウを呼び出した。
 そこに映るのは、アライソ整備長。
『なんだ、サコミズ総監。この忙しい時に』
「アライソ整備長、整備の進行具合は?」
『はかばかしくはないな』
 アライソ整備長は憎々しげに頬を歪めた。
『いくらあんたの頼みでもな、どっから侵入するかもわからねえウィルスプログラムを防げったって、そう簡単に行きやしねえ。まあ、若いのも一緒になって色々考えちゃいるが……実際、敵の攻撃手段がわからねえ限り、俺たちのやってるのが正しい対処法かどうかすらわからねえ』
「確かに、それはそうだね」
 サコミズは思わず苦笑いを浮かべた。
『けどよ』
 画面の中のアライソ整備長の目が、鋭く光る。
『ウルトラセブンのニセモノが暴れてるって話じゃねえか。若造どもは出たいんじゃねえのか? そんでもって、お前さんも出してやりてえ。そうだな?』
「ああ」
 短く答え、頷く。
『だったら、一つだけ手がある』
『ほ、ほんとかよアライソのおっさん!?』
 また飛べる、とばかりに歓喜に満ちたアイハラ・リュウの声が割り込んだが、アライソの顔は浮かない。
『ああ。けどな、アイハラ。そいつは俺たち整備屋にとっちゃあ、てめえのプライド、てめえで踏みにじるような手だ。まして、オレたちの翼、なんてなことを言っているお前たちにとってはな。それでも……行くか?』
『へ……? なんだよ、そりゃ?』
『サコミズ総監も、ミサキさんもよぉく聞いておいてくれ。それは――』

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 津川浦。
 一行は海水浴場を見下ろす堤防のような高台の上まで逃げてきた。
「ここで下ろそう」
 カズヤの提案に従い、防砂林の松の根元にクモイ・タイチを下ろす。
 クモイ・タイチは土気色の顔色で、見るからに調子が悪そうだった。息も細く、速い。口元を汚している赤い滴りはずっと途切れることなく、生乾きのままだ。
 イリエが状態を軽く診て、唸った。
「むぅ……折れた肋骨が内臓を圧迫しておるのじゃろう。これは、すぐにでも手当てをせねばまずいのぅ……しかし、これ以上抱えてゆくのも、タイチの負担が少々重い」
「だったら、早く救急車を……!」
 慌てて携帯を開いたユミは、その手をカズヤに押さえられた。
「待つんだ、ユミちゃん」
「ヤマグチさん? どうして――」
「あの戦いがひとまず終わらない限り、この浜へ近づこうなんて人はいない。救急車も巻き込まれるのを恐れて、来られない」
 カズヤが見据える先では、レイガとウルトラセブンがお互いに投げを打っては組み合う、という戦いを繰り返している。
「それより、どこかで担架を調達して、ボクらで――」
 カズヤの提案を聞き終わらないうちに、エミが立った。
「ヤマグチさんとあたしで行って来る。この春に免許取ったって言ってたよね。そこら辺で、車を借りよ。担架じゃあ、どっちみち病院まで負担が重いと思うし。間に合わなかったら、意味ない」
「車? いや、でも、車を借りるったって……」
「さっきの放送で、避難は徒歩でって言ってたじゃない。道に出れば、どっかにキーを差したままの車があると思う。確か、それが避難時のマナーでしょ? それをヤマグチさんが運転して」
「そ、それは犯罪じゃあ……」
「人の命がかかってる時に、犯罪もクソも無いでしょっ! ――ユミ。こんな危ないところに置いてって悪いけど、イリエのおじーちゃんと一緒にクモイさんのこと見てて。お願い」
「エミちゃん……。うん、わかった」
 頷くユミに頷き返したエミは、カズヤの手首をつかんで、ざかざか歩き始めた。
「ちょ、だからボクはペーパードライバーで」
「ペーパーでもペーペーでもいいからっ!」
 後ろ向きな発言を繰り返すカズヤを叱咤しつつ、防砂林の向こう、大通りに向かって姿を消す。
 ユミは、手の中の携帯を閉じ、ポケットに戻しながら海を見やった。
 ウルトラセブンがレイガと組み合って、右に左に動いている。さっきまでのクモイ・タイチとの戦いとは違って、なんだか昨晩DVDで見たプロレスの試合に似ている。
「――ウルトラセブンの戦い方は……いわゆる技巧的ではない、ほぼ純粋な実戦叩き上げのストロングスタイルだ……」
 呟くような声に振り返ると、クモイ・タイチが姿勢を変えていた。少し身を起こし、傍らの松の根元に背中を寄りかからせて、ウルトラセブンとレイガの戦いをまばたきもせずに見つめている。
 顔色に好転の兆しはなく、目の下に隈の縁取りが出来始めている。
「クモイさん、しゃべらない方が」
 ユミの心配をよそに、クモイ・タイチはしゃべり続ける。
「そういう意味でも、組み付いて相手を制することを優先する戦い方という意味でも、今のレイガとは真逆のスタイルと言える」
「……ええと……ごめんなさい。よくわからないんですけど……それが、なにか……?」
「組み付くというのは……突き・蹴り中心の技巧的な戦い方より、体力の消耗が格段に激しい。お互いの体重をコントロールしなければならないからだ。そして、力負けしている方は、より早く体力を消耗する。つまり――今のレイガがセブンの戦い方に付き合うのは、非常にまずい」
「じゃあ、どうすれば……」
「それは――」
 そのとき、クモイ・タイチの携帯の着信音が鳴った。
 イリエがクモイ・タイチの服から携帯を取り出す。開いたそれに、クモイ・タイチは横になったまま出た。
「はい。……クモイ――ああ、セザキ隊員か。なんだ……ああ。今、目の前で戦って――なに?」
 クモイ・タイチの顔に緊張が走った。戦う巨人を見やる眼差しが、鋭く細まる。
「ウルトラセブンがニセモノ? ……そうか。ロボット……なるほどな。こいつも一連の事件の……いや、侵略作戦の一角というわけだ」
 わざわざ声に出した狙い通り、イリエとユミが顔を見合わせている。
「で、弱点は? ――ない? 無いって……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 フェニックス・ネストのディレクションルーム外の廊下。
 トイレと嘘をついてディレクションルームから出てきたセザキ・マサトは、出来る限り声を潜めて携帯に囁いていた。
「だから、過去のデータを見る限り、光線技もアイスラッガーも全部セブンのものと同じ威力なんだって。最後の決着は海中で、どうやってセブンが倒したかわからないって。……正直、レイガに勝てる相手じゃないと思うんだけど……クモっちゃん? ちょっと、クモっちゃん!?」
 セザキ・マサトの耳元で、通信回線が切れた音がつーつーと鳴っていた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「――手はない」
 携帯を閉じ、イリエに渡したクモイ・タイチはそう吐き捨てて、歯を食いしばった。
「ウルトラセブンの能力を完璧にコピーしたロボットだそうだ。ならば、今のレイガに勝つ手はない」
「そんな! 諦めるんですか!? そんなの……そんなの、いやです!」
 哀しげに眉を寄せて首を振ったユミは、立ち上がって海を見やった。
「……きっとなんとかします。だって、シロウさんは……シロウさんはウルトラマンだもの!! 技が物真似でも、クモイさんに勝てなくても……シロウさんはコピーじゃない、わたしの……わたしたちのウルトラマンだもの!! だから、きっと!」
 少女は潤む目で自分達を守って戦う青い巨人を見つめ、胸の前で手を組んだ。
「シロウさん……」

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 お互いに肩を突き飛ばし、間合いを取る二柱の巨人。
 レイガは両腕を左へ水平に伸ばした。そのまま右へと回してゆく。腕に集まってゆく光の粒子。
 その間に、ニセウルトラセブンは額のビームランプに人差し指、中指を立てた両手をかざした。
 レイガのレイジウム光線発射ポーズを待たず放たれるエメリウム光線――しかし、それはレイガの体の前にかざされている左腕の前で弾かれた。
「ジェアッ!!」
 満を持して、右腕を立て、その中ほどに左拳を押し当てるレイガ。
 エメリウム光線はその間中、光のバリアに守られているかのように派手な火花を飛び散らしている。
 立てた右腕からレイジウム光線が――
 次の瞬間、右腕が爆発し、レイガは吹っ飛んだ。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 レイガが倒れる地響きに地面が震える。
「え……?」
 まさかと思うほど呆気ない敗北に絶句するユミ。
「……レイガの最大の弱点だ。奴は……奴のレイジウム光線は、威力が弱い。あれではとどめに使えない」
 諦めが混じったせいなのか、それとも体力的な限界が近いのか、クモイ・タイチの声は弱々しい。
「格闘戦は戦い方を変えれば切り抜けられるにしても……こればかりはな」
 倒れたレイガに襲い掛かるニセウルトラセブン。
 しかし、レイガは起き上がりざまにカウンター気味の後ろ蹴りを食らわしてたたらを踏ませ、その接近を防いだ。
 必殺光線を破られた動揺を見せず、気丈に構えるレイガ。そのファイティングポーズには変化があった。相手に合わせた組み付き優先のスタイルを捨て、スタンスを広めに右半身(はんみ)に構え、右手を手刀の形に立て、左拳を胸の前に構えている。
 すると、ニセウルトラセブンも構えを取った。両拳を前に突き出し、少し肘を曲げ、背を真っ直ぐに伸ばしたファイティングポーズ。
 すぐにその構えのまま迫り来て、力強い動作で拳を繰り出し、蹴りを放つ。
 それらの攻撃一つ一つを、レイガは両腕両足を使い、流れるような動きで丁寧に受け止め、受け流す。その姿は――
「……クモイさんみたい……」
 ユミの感心しきりの呟きに、当のクモイ・タイチは苦笑した。
「散々あいつの前で披露したんだ。ここぞという時に使ってもらわねば、困る……ねぇ、師範?」
 クモイ・タイチの脇に片膝立ちで状況を見ているイリエは頷いた。
「そうじゃな。……そっちの宿題は解けたようじゃの」
「なんの……まだまだ。俺には……奴に伝えなければならないことが……こふ」
 ひときわ多く、血が口の端から溢れた。
「タイチ!?」
「大丈夫、です。……あいつに……シロウに、伝えることがある。それを伝える……までは……」
 そう言いつつも、クモイ・タイチの目は焦点を失いつつあった。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

(……クモイの動きに比べれば、速さそのものは――)
「ヌンッ!」
 クモイ・タイチよりは遅く感じるウルトラセブンの力強い右拳が、ガードした腕に当たる。
 腕の芯に響くその力は、確かに先日受けたジャックのパンチより強い気がする。だが――
(――やはり、変だ)
 違和感があった。
 確かに、パワーはある。
 ジャックの戦い方やその攻撃を受けた時のダメージが切れ味鋭い刃だとしたら、ウルトラセブンの戦い方やその攻撃を受けたときのダメージは、振り下ろした斧だ。
 光線技の威力も洒落にならない。よもや、レイジウム光線を放った瞬間に押し負けるとは。
 それでも。
 誰がどう見ても、自分で冷静に状況を判断してみても、押されているはずなのに違和感が拭えない。
 受け流した拳が流しきれず、肩口をかすった。かすっただけなのに、その威力に押し負け、一歩後退させられる。
「……グゥ……ッ!」
 なのに。
(クモイやジャックに比べて、まったく迫力が感じられん。……カズヤのやつ、ウルトラセブンは武闘派とか言ってなかったか?)
 気迫負けしないだけに冷静でいられ、その分防御態勢への復帰が早まる。
 ウルトラセブンの放った後ろ回し蹴りを、冷静に両腕で受け止め、そのまま抱え込んでひねり投げた。
 水飛沫を上げて海中に没する赤い巨体。
(今だ! 砕け散れっ!!)
 今度こそ、の思いを込めて両腕を左側に差し伸ばす。そこから右へと回し、光の粒子を集め――
「ジュアアアアッッ!!!」
 立てた右腕の中央に左の拳を押し当てる。
 海中から起き上がり、片膝立ちになったウルトラセブンに光の奔流がまともに命中した。

 しかし。

 ウルトラセブンはそれを平然と受け止めていた。
 腕で胸を守ることもなく、ただ当たるにまかせ――それどころか、自ら胸を張るように突き出し、そのまま立ち上がる。
 やがて、そのエネルギーの奔流に終わりが来る。
 力を誇示するように両腕を広げるウルトラセブン。
 レイジウム光線発射態勢のまま、凍りついているレイガ。
 二人の間を、夏の終わりを予感させる風が吹き抜け――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「逃げろ、レイガ! ――げ、ふ!」
 思わず身を起こして叫んだクモイ・タイチの口から、血が塊になって飛ぶ。
 前のめりに崩れかかるその身体をイリエが支え、ユミが駆け寄る――
 そんなクモイ・タイチの叫びも空しく、意地になったレイガは再び両腕を左へと差し延ばし直す――
 その前でウルトラセブンは右腕を立て、左手をその肘下へ――

 ウルトラセブン最大の光線技・ワイドショット。

 その、レイジウム光線とは比較にならない光の奔流は、レイガ前面に集まる光の粒子の幕をいともたやすく突き破り、レイガを直撃した。
 大きく、高く吹っ飛んだレイガは津川浦海水浴場へ――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 蒼く広い背中が空を覆った。
 その空が、落ちてくる。
 ユミはそれをただ見つめていた。
 押し潰されるとか、死ぬとか、そんなことはまったく頭をよぎらず、ただレイガ=シロウが怪獣や星人のように爆発して消えることのなかったことに安堵していた。
 不意に空が、消えた。
 眩しい輝きを残して。
 そして、いくつもの枝をへし折って、シロウが三人の前に落ちてきた。
「……シロウさん!?」
「ぐ……クソ、あンの野郎……」
 仰向けに横たわったまま、食いしばった歯の間から漏れる呻き。身体からしゅうしゅうと立ち上る白い煙。
「生きてる!? よかった……!」
 ユミの安堵は、イリエの安堵。
 そして、その傍にいるクモイ・タイチの口元にも、笑みが浮かんでいた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙空間某所。

 暗がりの中に、いくつもの計器類が明かりとして浮かび上がる空間。
 後頭部を開かれた長官の背後に立つ女性型シルエットの手が微妙に蠢く。かちゃかちゃと金属的な作業の音がする。
 オペレーターの無感情な声が報告する。
「……反応消失。消滅か逃走かは不明。ここまでのデータ解析、開始――完了。総合戦力値、ウルトラブレスレットを除いた場合のウルトラマンジャックの54.9071%。特に、必殺光線とおぼしきエネルギー流に関しては集束率の低さから、スペシウム光線の23.9825%をマーク。結論、脅威とはなりません。次に出現しても、我が方の兵器群で確実に仕留められます」
「ふむ。ならば、当面の敵はウルトラマンジャックのみだな。SlmRU7には引き続き破壊活動を命じろ」
「了解。……長官、SlmRU7最近辺の防衛拠点より出撃する機体があります。SlmRU7に向かっています」
「ほう。そこだけか?」
「はい。他の防衛拠点における動きはありません」
「愚か者め。見せしめだ。想定ケース451群のシークエンス開始。奴ら自身の武器で奴らの都市を破壊させるのだ」
「はっ。想定ケース451群のシークエンス開始。コントロール奪取プログラムウィルス発信準備開始します。発信までカウント1000」
 同時に、長官の後頭部が閉じられた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 枝のクッションがあったおかげか、シロウは気を失うこともなく、すぐに身体を起こした。
 ただ、明らかに息があがっている。顔色も悪く、疲労の色が強い。ジャージから見えている首筋には、ケロイド状の火傷の痕が広がり、白煙はそこから立ち昇っている。おそらくは、ワイドショットの直撃を受けた胸にまで広がっていることだろう。
「シロウさん、シロウさん! 無事でよかったです!」
 鳴きそうな声で抱きついたユミに、シロウはきょとんとした。
 周囲に首をめぐらし、クモイ・タイチとイリエの姿を認めるや、舌打ちを漏らした。
「なんだ、まだこんなところにいやがったのか。さっさと――」
「クモイさんが、動けないんです」
 顔を上げたユミのその言葉に、シロウは吐きかけた悪態を封じた。
 そして、ユミの肩を借りて立ち上がる。
「動けない? ……巻き込まれたのか」
「あ、いえ。その……」
 シロウのせいだとは言えず、口ごもるユミ。
 その間に、シロウはクモイ・タイチの前に進んでいた。
 目の前に立ったシロウに、クモイ・タイチは憎まれ口も叩かずにじろりと瞳だけを向けた。
 対するシロウも何も言わず、くずおれるように膝立ちになった。気丈に振舞ってはいるが、相当疲労していることが見て取れる動きだった。
「シロウちゃん、大丈夫かの?」
 心配そうに眉を寄せるイリエに、シロウは唇を歪めて笑ってみせた。
「こいつよりはましみたいだぜ。――っと」
 海にいるはずのウルトラセブンを見やる。
 レイガを倒したと思ったのか、ウルトラセブンはこちらに背を向け、再び町に向かっていた。
 夕闇に沈む風景の中、町は燃え盛る炎で明るい。
 こちらに背を向けて離れてゆくウルトラセブンのシルエットを見やるシロウの目が、悔しげに細まる。
「……ウルトラセブン」
「あれは……ウルトラセブンではない」
 細い息の下からクモイ・タイチが漏らした言葉に、シロウは困惑げな表情を浮かべた。
 それを見たユミが、すぐにフォローを入れる。
「本当です。さっき、GUYSの隊員さんかららしき電話があって、それで……。あれは、ロボットなんです」
「ロボット? 機械だってのか、あれが?」
「そうだ…………だが、それは問題じゃない。ロボットだろうが……本物だろうが……今の、お前には……勝ち目がない。う……こふ、ふ」
 軽い咳とともに、口から顎にかけて新たな血の跡が走る。
「……………………」
 無言のまま小さく一息吐いたシロウは、右手を突き出した。その手の平を、クモイ・タイチの胸に向ける。
 手の平に淡い光が灯った。
「オオクマ……」
「黙ってろ。腕は後回しにするぜ。それから、オレの力でどこまで回復できるかはわからんぞ。あくまで応急処置だからな」
 クモイ・タイチは目をつぶって仰向いた。背中を背後の松に預ける。
「レイガ……貴様、約束を破ったな。……俺の……許しなしに、変身しやがって……」
「……………………」
「で、でも、それはわたしたちを守るためで――」
「ユミ、いい」
 その静かな声に、ユミははっとしたようにシロウを見やった。
 シロウは真剣な面差しでクモイ・タイチの治療に専念している。
「シロウさん……」
「理由がどうであれ、約束は約束だからな。破ったオレが悪い」
「覚悟の上ってことか。……いい度胸だ」
 目をつぶったまま、そう呟くクモイ・タイチ折れたままの手を伸ばし、イリエに預けた携帯を要求する。
 携帯を受け取ったクモイ・タイチは、顔をしかめながら携帯を開き、リダイヤル機能で電話番号を呼び出した。
 そして、シロウの意志を確認するように、その横顔を見やる。
 シロウはそれでも、治療に専念していた。動じる様子はない。
「好きにしろ。……エミ師匠やユミたちを守るために、あれ以外の方法が思いつかなくてな。ついやっちまった。それ以上、言い訳はしねえよ」
「でも、シロウさん……」
「悪いな、ユミ。心配させてよ。この前は結局守りきれなかったし……かーちゃんとの約束だからな。ユミも、エミも、カズヤもちゃんと家に帰すって。それだけ、それだけのことだ。オレが何より守らなきゃならないのは、その約束の方なんだ。それで地球の防衛隊と戦わなきゃならないなら、しょうがない」
 ユミは無言のまま、シロウの背中にしがみつき、顔を押し当てた。涙を拭くように首を左右に振りたくる。
 ふっと、シロウの頬が緩む。
 それを薄目で見やるクモイ・タイチは、しかし携帯の通話ボタンを押しかねていた。
「かーちゃん……か。オオクマ・シノブの教えか、それは」
「ああ。拳骨上等――かーちゃんが言った。やるべきことがあるなら、まずそれをやれ。その後、約束を破った罰は甘んじて受け入れろってな。地球の危機も、ウルトラ兄弟も知ったことか。オレにとって大事なのは、それだけだ」
「やれやれ……あの人も、そうなのか」
 クモイ・タイチは大きくため息をついた。
「なぜお前の周りには、そんな男前な人間ばかりがいるんだ。……不思議だな…………いや、うらやましい、だな」
 そう言いつつ、携帯の最後のボタンを押す。
 しばらくして、繋がった。
 薄く笑いながら、口を開く。
「……よう、セザキ隊員。忙しいところ、悪いな。今から大事なことを言う。よぉく聞いてくれ」
 その時、津川浦の上空を、轟音で空気を振るわせつつガンフェニックストライカーが通り過ぎて行った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「……え?」
 ガンフェニックストライカーのガンローダーコクピットに座るセザキ・マサトは、戦闘行動中にもかかわらず携帯に出ていた。携帯に繋いだイヤホン回線をヘルメットの端子に繋いでいる。
 すかさずメインモニターにシノハラ・ミオが現われる。
『セザキ隊員!? あなた戦闘行動中になんて真似を!』
 セザキ・マサトはその声を無視した。
「……うん。うん。わかった。それで、倒せるんだね? 違う? ……………………うん」
『セザキ隊員!!』
『ミオ!』
 回線に割り込み、一喝したのはガンウィンガーのコクピットに座るアイハラ・リュウだった。
 きょとんとするシノハラ・ミオにアイハラ・リュウは頷いた。
『相手は現地にいるタイチだ。このタイミングでかけてくるってことは、何か大事なことなんだ』
『し、しかし、順序としてはまずこちらに連絡を入れて――』
『タイチのメモリーディスプレイはオレが預かってる。携帯しか連絡手段がねえんだ。頼む、今回だけ目をつぶってやってくれ』
 シノハラ・ミオは唇を噛んだ。
『……わかりました』
 不承不承を絵に描いたような表情で頷いた直後、セザキ・マサトの電話が終わった。
「――隊長、それにみんな、聞いて。クモっちゃんからの伝言。もうすぐレイガが再び出現する。ニセウルトラセブンを倒すために。その援護をしてあげてって。無論、出来るならボクらが倒してしまっても構わないけれど、現場の判断で必要と感じられたら、レイガがレイジウム光線を放つ溜めに入った隙を埋めて欲しいって」
『敵性異星人を援護、ですか? さすがにそれは……』
 眉をひそめるシノハラ・ミオの背後で騒ぎ声が聞こえる。おそらくトリヤマ補佐官だろう。
『わかった』
 アイハラ・リュウの即断に、シノハラ・ミオは天を仰ぐ。
 ガンブースターのコクピットに座るヤマシロ・リョウコは口笛を吹く。
『ひゅー♪ ノー・シンキンタイム!? 隊長、かっこいー! ……いよいよレイガちゃんと共闘かぁ。腕が鳴るねぇ!』
『……知りませんよ』
 恨みがましい声を残して、シノハラ・ミオの画面が消えた。
 セザキ・マサトはため息を漏らした。
「あ〜あ、ミオさん怒ってる……これこそ、クモっちゃんに埋め合わせしてもらわないとなぁ」


【次へ】
    【目次へ戻る】    【ホーム】