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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第3話 狙われた星 その1

 太陽系第三惑星・地球。
 その衛星・月の公転軌道からさらに遠く離れた宇宙空間を、暗黒色の物体が多数、ゆっくり漂っていた。
 それはもし、地球人がその眼で確認したならば、『宇宙円盤』もしくは『宇宙船』、またはもう少しマニアックな人間なら『UFO』と表現するような形状の物体だった。
 それらは自ら光や熱を発することもなく、自らに届いたそれらを迂闊に反射することもなく、ただただ静かに浮遊していた。
 地球人の科学力で作られたレーダーごときでは決して感知できはしないが、それ以上の科学を以って何者かがそれらの存在を感知したとしても、単なる隕石群にしか思えぬ程の速度で。月の裏側方向から、月を目指し、月の公転に合わせて。
 ただしかし、少し宇宙における航法をかじった者が計算したならば、その軌道はわずかに月をずれ、その先に輝く青い星に届く可能性を考えるかもしれない。
 それほど微妙で、周到な軌道と速度でそれらは近づきつつあった――侵略者を乗せて。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 一つの宇宙船内の艦橋。
 二人のヒューマノイド型異星人が正面メインパネルに映る光景を見つめていた。
 手前に第三惑星の衛星、その向こうに隠れて第三惑星の青い輪郭、さらにその彼方に眩しいのは、この星系の中心たる恒星の輝き。
「ようやくたどり着きましたな……同志ウザマ」
 二人のうち、一歩退がった位置に立つ異星人が、感慨深げに漏らした。
 二足歩行のヒューマノイドタイプだが、その体型は地球人やウルトラ族からは完全にかけ離れている。
 まず全身の体色が緑色。
 頭部にあたる部分は胴体と一体化しており、地球人でいう顎の辺りに巨大な三角メガネ状の吊り上がった目がある。
 腹部から目の下まで上向きの牙のような突起が4段生え、頭頂部はとぐろ巻き。
 それぞれの腕に鞭が巻きつき、長い握り部分は両肩から触角のように左右へ伸びている。
 緑色宇宙人テロリスト星人――GUYSのアーカイブで調べれば、ドキュメントZ・A・Tに登場しているのが確認できるだろう。(ウルトラマンタロウ第38話)
 同志ウザマと呼ばれたテロリスト星人は、腕組みをしたまま愉快げに体を揺すった。
「くっくっく。ここまで来れば、もはや我らの計画は成ったも同然。かつて、あの星に攻め入った同志はウルトラマンタロウにやられたが、今やあの星にウルトラマンがいないことはわかっている」
「ですが同志ウザマ。その情報はかなり前のもの。先行潜入している同志からその報を受けて以後、この第三惑星は公転軌道を半周も進んでいます。宇宙警備隊の目をくらますために深く静かに潜行し、接近してきたためとはいえ……一旦この衛星に潜み、最新の情報を手に入れる必要があるのでは」
 だが、ウザマはのけぞるようにさらに高々と笑う。
「うわっはっは。恐れるな同志ムーハン。この惑星に宇宙警備隊員、特にウルトラ兄弟は絶対にいない」
「何故そうと言い切れるのです、同志ウザマ」
「ウルトラマンメビウスが暗黒宇宙大皇帝を倒したからだ」
「エンペラ星人? なぜあの件が?」
「くっくっく。皮肉なものだ。あれがいなくなったために宇宙のあちこちで混乱と混沌が生まれている。奴の力を恐れていた者、奴を利用しようと大人しくしていた者、奴に二心を以って仕えていた者どもが勝手気ままに蠢きだしたのだ」
「なるほど。たがが外れたのですな」
「現状、宇宙警備隊はその混乱と混沌を収めるべく、全宇宙に散っている。中でも腕利きのウルトラ兄弟などが、こんな辺境の星に留まっていられるはずがないのだ」
「しかし、万が一と言うことも」
「そう慌てるな。理由はまだあるのだ。いいか。エンペラ星人があの星で、愚かにも返り討ちにあったことで、ウルトラ族のあの星へのこだわりが全宇宙に知れ渡った。今後、迂闊にあの星に手を出せば、ウルトラ族の怒りを買う――そう多くの者が思ったであろう。今、その睨みが一番利いている時期なのだ。それゆえ、宇宙警備隊に油断がある。誰も攻め込むまい、とたかをくくっているのだ。つまり――」
 ウザマは体をひねってムーハンを見やった。
「宇宙警備隊も他の宇宙人も様子見を決め込んでいる今こそが、あの星から我らの欲する資源を奪い取る絶好の機会なのだ」
「なるほど……ンむぅ……しかし」
「同志ムーハンは心配性のようだな」
 カラカラと笑うウザマ。
「万が一、その不安が的中したとしても、なぁに、恐れることはない」
「と、申されますと?」
「現在の宇宙情勢ではこの星にベテランは駐留できぬし、過去の例を見ても、この星に派遣されるのはルーキーばかりだ。我らのこの戦力に対し、たった一人の宇宙警備隊の新人隊員ごときで防げようはずもあるまい? それにもう一つ、負けぬわけがある」
 ウザマは得意げにメインパネルに映る青い星を指差した。
「過去のバカどもはあの星を我が物とし、そこに住む人類を殲滅させるか、奴隷にしようとしていた。だが、我々は人類になど興味はない。我らが欲しいのはあの惑星の資源のみ。いただくものをいただいたら、さっさと撤退してしまうのだ」
「しかし……それでもあの星の危機となれば、奴らは大急ぎで駆けつけてくるのでは」
「わかっておる。だが、その場合でも恐るるに足らんのだ。こんな話がある。我らの同志が攻め入る以前のことだ。そう、ウルトラマンエースがあの惑星にいた頃のことだ。ヒッポリト星人がウルトラ兄弟を全て倒したことがあった」
「なんと! むむぅ、さすがは『地獄』の二つ名を持つヒッポリト」
 驚愕に思わず体を振るわせるムーハン。
「その危機を救うべく、ウルトラの父が駆けつけた」
「宇宙警備隊大隊長、自らが!?」
「そうだ。暗黒宇宙大皇帝と同等の実力者と言われていた、あのウルトラの父がだ。だが、あまりに急ぎすぎていたがゆえ、来るまでに多大なエネルギーを使い、たどり着いた時にはもはや戦えるだけの力は残っていなかった。そして、ウルトラの父までもがヒッポリト星人に倒された」
「なんと……」
 絶句するムーハン。しかし、少し考え込んだ。
「…………………………? 同志ウザマ? しかし、今現在あの星はヒッポリトのものではないのでは? それに、ウルトラ兄弟も健在のはず」
「そこはそれ、ウルトラの父の奇跡というやつだ。奴は倒される寸前に、エースだけを甦らせたのだ。ウルトラ兄弟屈指の光線技の使い手エースの猛攻に、油断していたヒッポリトは破れた」
「なるほど」
「だが、我らはその轍を踏まぬ。いいか、同志ムーハン。目的を取り違えてはいかん。宇宙警備隊を倒すのは名声目当てで脳みそまで筋肉の、血の気の多い連中に任せておけばよい。我々は宇宙警備隊を倒しに行くのではないのだからな」
「それはそうですが」
 それでもムーハンは渋る。全宇宙に轟くウルトラ族の勇名を前にすれば、それが普通の反応だ。
「シンプルに考えるのだ。あの星に宇宙警備隊がいれば倒す。いなければ、資源をいただいてさっさと引き上げればよい。例え応援が来たとしても、弱りきった宇宙警備隊員など何ほどのことがあろうか。この数で一気に叩けばよい。ヒッポリトは一人だったが、我々はこれだけの戦力がある。負けようはずがあるまい。最悪、同志が二、三人倒されても資源さえ本星まで持ち帰れれば、我らの勝利。結局、どの場合でも我らが負けることはないのだ」
「むぅ。なるほど、そこまで考えて……。さすがは同志ウザマ。テロ星最高の頭脳を持つと言われるだけのことはある」
 ムーハンの褒め言葉に、ウザマは嬉しげに笑いをこぼしつつ、ひも状の飾りがとぐろを巻いた形状の頭を指差した。
「ここだよ、ここ。宇宙でものを言うのは超能力でも腕力でも、ましてクソの役にも立たぬ正義や平和などと言う思想や信条でもない。頭脳こそが、宇宙を制する最大最高の力なのだ。私は――」
 ムーハンに振り向き、口調も滑らかに演説を続けるウザマ。
 それを頷き頷き聞いていたムーハンは、ふと怪訝そうにウザマの背後を見つめた。
「――どうした、同志ムーハン」
 言いながら背後を返り見る。
 ムーハンはじっとメインパネルを見つめていた。
「いや、今あの惑星で何かが光った……ような」
「地球人が打ち上げた原始的な宇宙船ではないのか?」
「それにしては輝きが…………――あれは!?!?」
 ムーハンが画面上に何かを見つけ、驚きに声を失った直後――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 暗い宇宙空間を切り裂いて奔った光線が、船団の一隻に命中した。
 その宇宙船はたちまち火花を吹いて船団から離れ、爆散する。
 月の半球とその向こうに見える青い星の弧――その隙間から飛来する存在があった。
 背後に輝く太陽の光を背に浴び輝く銀の体。
 まだらに染める赤。
 そして同色の縁取り。
 胸に灯る青き光、影となった頭部にほんのり光る二つの白い光球。
 滑らかな光沢を放つ体を真っ直ぐ伸ばし、前方に突き出した両腕をやや外側に広げた姿勢で、地球上のあらゆる移動体より早く飛来する。
 その両腕が十字を組む時、光の帯が空間を灼き走り、次々と宇宙船は炎の中に沈んでゆく。
 たちまち、テロリスト星人の宇宙船団は大混乱に陥った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

「ウ、ウ、ウルトラマンジャックだと!? バカなっ! なぜ宇宙警備隊屈指の戦士がここにいるのだ!?」
 メインパネル上に拡大投影された、ウルトラマンの雄姿。
 通信機から絶え間なく入る同胞の悲鳴、絶叫、そして爆発音と耳障りな警報音。
「ど、同志ウザマ! 同志が、同志の宇宙船が次々と……!」
「うろたえるな、同志ムーハン!」
 一喝したウザマは、どこからともなく一振りの曲刀を取り出した。
「戦うべき相手がいたというだけのこと! 各員宇宙船を出て、白兵戦を挑め! 数で押せば、奴とて敵ではない!」
 頷いたムーハンは即座に通信を放った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 宇宙船団に接近していたウルトラマンは、不意に飛行をやめて停止した。
 船団より現われた影に気づいたからだった。
 その数六体。
 いずれも曲刀を持ち、独特のシルエットをしている。
 ウルトラマンはあえてファイティングポーズを取らず、話しかけた。
「……テロリスト星人。お前達の計画は既に失敗した。先行して潜入していたお前達の仲間も、地球人の手によって正体を見破られ、倒されている。これ以上無駄な争いはやめて、大人しく故郷に帰るのだ」
「あの星に赴任したのは貴様一人か、ウルトラマンジャック」
 代表して問い返したのはウザマ。ムーハンを含む他の五名はじりじりと左右に展開してゆく。
 ウルトラマンは頷いた。
「そうだ。あのかけがえのない星を、お前達の身勝手な企みで汚させはしない。諦めて、引き返すのだ」
「聞いたか、同志ムーハン。マッド。ビーン。ラーヂ。ディン」
 ウザマの背後に並ぶ五人のテロリスト星人は愉快げに体を震わせ、笑った。
「聞いたとも、同志ウザマ。我らもなめられたものだ」
「宇宙警備隊の猛者とはいえ、六対一で勝てるとでも思っているのか」
「貴様らウルトラ兄弟は嘘をつけないそうだな。ならば、本当にそこの星にいるのは貴様のみなのだろう」
「簡単な話だな。こうなれば貴様を倒して目的を達するまでだ。覚悟しろ」
「たった一人で守りにつかされたことを呪うがいい」
「かかれっ!」
 ウザマの号令とともに、一斉にテロリスト星人は切りかかった。
「ヘアッ!」
 ウルトラマンの立てた左手首に添えた右手が輝く。
 ウルトラブレスレットはその形状を変え、銀色の盾となっていた。あらゆる攻撃を弾き返すウルトラディフェンダー。
 間一髪、その表面に五振りの刃が叩きつけられる。
 それはその威力と勢いをいささかも減ずることなく、そのまま真逆の方向へと弾き返した。
 振り下ろした勢いのまま腕を振り上げさせられた五人のテロリスト星人は、たちまち五通りの呻きとともに散り散りにはね飛ばされる。
「ぬう、おのれジャック! くらえっ!」
 ただ一人打ちかからなかったウザマは、五人の同志が態勢を取り戻している間に左拳をウルトラマンに向けた。
 左手首に仕込まれた火炎銃テロファイヤーが火を噴く。
 しかし、その火の玉もウルトラマンがかざした銀の盾に弾かれ、そのまま真っ直ぐ戻ってきた。
 腹部に炸裂する自身の弾。
「ぐわっ!」
 崩れる態勢、あがる呻き。
 その隙にブレスレットを左手首へ戻したウルトラマンは、身を翻した。そのまま飛び去ってゆく――第三惑星の衛星・月へと。
「ぬううう、ええい者ども! 奴を逃がすなっ! 斬れ斬れッ! 叩っ斬れぃっっ!!」
 ウザマの命令を聞くまでもなく、五体のテロリスト星人は怒りに燃えてウルトラマンの後を追った。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 月の北極のやや裏面寄り、大きなクレーターの中に降り立ったウルトラマンは、すぐさま上空を振り返った。
 六体のテロリスト星人が高速で飛来してくるのを確認し、胸の前で両手を水平に向かい合わせる。
 カラータイマーを挟んで向かい合った指先の間で光が弾けた。
 左手はそのままに、右腕を振り上げれば――リング状に圧縮されたスペシウムエネルギーが出現する。
「ジュアッ!!」
 投げられた八つ裂き光輪が唸りをあげ、高速接近するテロリスト星人の一体を頭頂から股間まで真っ二つに寸断した。
 悲鳴も残さず爆発、四散するテロリスト星人。
「マッド!? ……おのれ、ジャック! よくも同志を!!」
 そうしている間にも、続けざまに光のリングが飛んでくる。
 そのうちの一つを、ウザマは曲刀で弾き飛ばした。
「怯むなっ! 撃て、撃てぇっ!!」
 テロリスト星人達はすぐに足を止め、左手の火炎銃テロファイヤーで反撃を始めた。
 降り注ぐ火炎弾の雨あられ。
「……!!」
 たちまち、ウルトラマンは防戦一方となった。
 右へ左へ、側転、前転、バック転――体さばきだけでは五人のテロリスト星人から放たれる火炎弾を全て躱すことは困難だった。クレーターの壁に阻まれて動きが止まったところへ、集中的な攻撃が降り注ぎ――
 月面を揺るがす大爆発が続き、舞い上がる粉塵の中にウルトラマンの姿が消えてゆく。
「ふはははははは、愚か者め。――手を緩めるな同志!」
 そのとき、粉塵の中からウルトラマンが飛び出してきた。前転して片膝立ちの態勢のまま上空を見上げる――その左腕には既に右腕が添えられている。
「シェアッ!」
 三日月形の光弾――ウルトラブレスレット・ウルトラスパークが飛んだ。
 光弾は途中で3つに分かれ、そのそれぞれが各々別のテロリスト星人を襲う。
「ぐわっ」
「な、何だこれはっ!」
 悲鳴が交錯し、爆撃が止まる。
「うろたえるなっ!」
 うるさくまとわりつくように飛び回る光刃を剣で防ぎながら、ウザマは叱咤した。
「ウルトラスパーク三段斬りごとき、よく見極めればこのように防げる! 攻撃の手を緩めるなっ!」
 とはいえ、飛び交うウルトラスパークの光弾に邪魔をされ、どうしても攻撃が散発的なものになってしまう。
「ぬううう、おのれジャック、噂にたがわぬ戦巧者(いくさこうしゃ)――こうなれば」
 業を煮やしたウザマは、瞬間移動でその場から姿を消した。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 降り注ぐ火球を避けつつ、ウルトラショットやスペシウム光線で上空の敵を狙い撃つウルトラマン。
 その背後に、突如ウザマが出現した。
 振り向く暇も与えず、振りかぶった曲刀を一閃――しかし、ウルトラマンは振り返りもせず、そのまま飛び込むように前転してその必殺の切っ先を躱していた。
「!!」
 驚くウザマ。
「ヘァッ!」
 その目の前でジャックの左手首にウルトラブレスレットが戻ってきた。
 再びそれに右手をかざし、頭上に掲げる。
 輝きとともに現われたのはブレスレットニードル――地球人ならフェンシングの剣と表現するかもしれない。
「ダァッ!」
 その切っ先を手首の動きで少ししならせつつ、真っ直ぐウザマに向ける。左の脇を90度開き、返した手を顔の近くに置く、独特の構え。
 無駄口を叩いている場合ではない――そう判断したウザマも、曲刀テロリストソードを構え直した。
 二人はじりじりと間合いを計って円を描くように移動してゆく。
 やがて、先に踏み出したのはウザマだった。
 気迫鋭く、一振り。
 その斬撃をサイドステップで躱し、鋭い切っ先を突き込むウルトラマン。
 ウザマは跳ね上げた剣の背でその切っ先を弾いた。続けて、今度は横薙ぎに一閃。
 ウルトラマンは一歩後退って兇刃を避けるや、再び踏み込む。
 突き出された切っ先を、テロリスト星人は曲刀の腹で受け流し、そのまますくい上げるように斬りつけた。
 上体を逸らすようにして紙一重ですかされたと思いきや、ウルトラマンの右手首が返った。その姿勢のまま、突き出される切っ先。
 間一髪、ウサマも半身を引いてその一撃を躱す――続けざまにウルトラマンの突きが入る。
 『斬る』刀と『突く』剣の違いがここで露わとなる。
 一撃の威力は高いものの、重量があり、取り回しに時間のかかる曲刀。
 威力の弱さを的確な急所狙いでカバーし、その軽さと最短距離ゆえに手数で攻める刺突剣。
 間断なく続く突きに、ウザマは防戦一方となった。
 時折繰り出す苦し紛れの斬撃は、ウルトラマンの身軽なステップに躱され、剣で受け流させることすら出来ない。
「同志ウザマ! 加勢します!」
 ようやく月面に着地した四人のテロリスト星人が、次々と打ちかかる。
 しかし、ウルトラマンはその猛攻を敢然と受けた。
 ウザマと剣戟を続けながら、背後から撃ちかかるムーハンの斬撃を避け、体勢を崩したその背中に後ろ蹴りを叩き込む。
 よろけたムーハンが、続けて攻め込もうとしていたビーンとラーヂの行く手を塞ぐ形になったわずかな隙に、横薙ぎを放とうとしていたウザマの脇に踏み込み、左腕の背でウザマの曲刀を握る右腕を受け止めた。そしてそのまま、その左手をするりと回し、地球人で言えば合気道の型のような鮮やかな投げを打つ。
 ウザマはものの見事に空中前転を決めてひっくり返り、仰向けになった。
 絶好の隙にウルトラマンの追撃――を許さず、横から襲い掛かる火球。
 少し離れた位置に居たディンがテロ・ファイヤーを撃っていた。
 華麗な側転でその全てを躱したウルトラマンだったが、改めてビーンとラーヂが曲刀を振りかざして襲い掛かってきたため、剣を横薙ぎに一閃した。
 驚いて後退る二人に対し、そのままわざと無防備に間合いへ踏み込む。
 気を取り直し、曲刀を頭上に振り上げる二人。
 ウルトラマンは走る速度を上げるや、両者の間を残像が残るほどの素早さで駆け抜けた――瞬間、光が走った。
 駆け抜けた先で指先までキレイにそろえた左手を真っ直ぐ前に伸ばし、そのままの姿勢で動きを止めるウルトラマン。
 一方、ビーンとラージも曲刀を振り下ろした姿勢のまま、動かない。
 やがて――

 一体がゆっくりと倒れた。

「!! ビーン!?」
 呪縛が解けたように動き出し、倒れ伏した同胞を見やるラーヂ。
 次の瞬間、ビーンは爆発飛散した。
「ウルトラ霞切りか……ぅおのれ、ジャック! 一人ならず二人までも!」
 ムーハンの手を借り、ようやく立ち上がったウザマは、怒りに燃えて曲刀を振り下ろした。
「テロリスト星人の真骨頂、見せてくれるっ! 者ども、続け! 奴の動きを封じるのだ!」
 言うなり、両肩から突き出した触角のような握りをつかんだ。両腕に巻きついていた鞭が、するりとほどけて延び、落ちる。
 ウザマの両腕がしなり、二本の鞭が月面を打って砂埃を立てた。
 その姿を見た残りのテロリスト星人も、次々と自分の両肩から鞭をほどいて構える。
 都合八本の鞭が唸り、走り、ウルトラマンに襲い掛かる。
 さすがにその数では躱しきることは出来ない。ブレスレットニードルでも弾き切れない。
 また、ウザマが豪語しただけあって、その連携は曲刀での戦いの比ではなかった。
 誰か一人に攻めかかろうとすれば、即座に他の三人の計六本の鞭が牽制し、押しとどめ、隙の見えた背を打つ。
 ブレスレットニードルでは届かぬ距離を保ち、またブレスレットを他の武器に変化させる猶予も与えず、じわじわとウルトラマンを防御一辺倒に追い詰めてゆく。
 やがて、一本の鞭が右腕に絡みついた。
 振りほどこうとその腕を引いた隙に、背後から首に巻きついた。さらに右足首にも。
「……ダッ!」
 残る左腕も、鞭を切り裂こうと手刀にしてを振り上げたところを絡み取られてしまった。
 四方に分かれてそれぞれの鞭を引き搾るテロリスト星人。
 もがくウルトラマン。その間にも胴に新たな鞭が巻きつく。右腕、左腕にももう一振りずつ。
 首に一本だけ巻きつかせたウザマ以外、他のテロリスト星人の両手の鞭は全て巻きついていた。
 いかにウルトラマンといえども、これほどがんじがらめにされては全く動きが取れない。
 ウザマは左手の鞭を放り出し、右手の鞭を引き搾りながらテロファイヤーを構えた。
「ぐははははは、ウルトラマンジャック! この月がキサマの墓場となるのだ!」
 勝利の哄笑とともに放たれる火炎弾が、ウルトラマンの背中で炸裂する。
「……デュワッ!」
 躱しようもない直撃弾。
 大きくのけぞったウルトラマンの胸に輝くカラータイマーが、青から赤に変わり、警告の点滅を始める。
「ぐはははは、これはいい!」
 点滅に合わせるように、テロファイヤーを発射するウザマ。
 何度も背中で炸裂する爆発に、そのたびのけぞっていたウルトラマンは、やがてがっくり膝をついてしまった。それでもウザマは攻撃の手を緩めない。
「貴様さえ死ねば、あの星を守る者はいない! 根こそぎ資源を奪ってくれる!」
「……………………」
「……む?」
 不意に、ウザマは銃撃を止めた。
 静寂の月面にカラータイマーの警告音だけが響く。
「……ジャック、今、何と言った?」
「……あの星は…………私一人で守っているのではない……」
「なにぃ……まさか、他にもウルトラ兄弟が!?」
 動転した声をあげたのは、ムーハン。
 だが、ウザマは即座に右手の鞭を絞り上げ、ウルトラマンをのけぞらせた。
「うろたえるな、同志達! ウルトラ兄弟がいるはずはない! ……そうか、キサマが言っているのは地球人自身の防衛組織だな? エンペラ星人を一緒に倒したという……だが、残念だったなジャック。それの分析も既に済んでいる。貴様らの助けなしに、奴らが我々を撃退できる可能性はない」
 一旦言葉を切ったウザマは、他の三人を見やった。
「――同志よ、今こそ復讐の時! こやつの首を取るのだ! 引き倒せいっ!!」
 ウザマの指示に従い、ウルトラマンを縛める七本の鞭が蠢く。あっけなくウルトラマンは仰向けに倒されていた。
 素早く近寄ったウザマの左手に、どこから現われたのか曲刀テロリストソードが光る。その刃をウルトラマンの喉元に押し当てた。
 観念したのか、大人しく倒されたままのウルトラマンにウザマは体を揺らして嗤っていた。
「言い残す言葉はあるか、ジャック」
「……地球を愛するのは、我々だけではない」
「ぐははははは、なんだそれは。まあいい、その遺言、今度ウルトラ兄弟の誰かに会ったときに伝えてやろう! さらばだ!」
 ウザマの振り上げたテロリストソードが地球の向こうから差し込む太陽の輝きをギラリと弾き――

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 太陽の輝きすらその色を失うほどの白き輝きが、空間を灼いた。
 ウザマの振り上げたテロリストソードの刃が一瞬で蒸発し、触れてもいないウザマの頭部周辺で火花が散った。
 輝きは月の地平をかすめて宇宙の闇へと吸い込まれてゆく。
「ぎゃああああああっっっ!!!!」
「何だ!? 何が起きたっ!!」
「同志ウザマ!」
「ウザマ!」
 悲鳴を上げて転がり回るウザマ。
 その様子に動揺した三人の力が緩んだ隙に、ウルトラマンは手刀で絡まる鞭を断ち、引き剥がした。
 両足を跳ね上げての後転から、横っ飛びでその場を離れる。
 そして、片膝立ちのままいつものファイティングポーズ。右拳を握り、左手刀を前に突き出す。
 その隣に光の柱が屹立した。
 白き輝きの中から徐々に現われるのは、ウルトラマンと同じシルエット。
「……ジャック。待たせた」
 どこまでも深く落ち着いた声の主が、光の柱の中から現われる。
 その姿に、テロリスト星人たちは凍りついた。焼け焦げた痕の残る頭部から白煙たなびくウザマまでもが。
 胸に輝く六つの星、比類なき武勲の証しスターマーク。両肩を飾る三対の星は、宇宙警備隊長の証しスターブレスト。
「キ……キサマは……っ!! ゾフィー!?!」
「バ、バカなっ! 一番忙しいはずの貴様が、なぜこんな辺鄙な片田舎へ!! しかも、なぜこんなに早く!?」
 光の中から堂々たる威容を現わしたゾフィーは、色めき立つテロリスト星人たちを一瞥して言った。
「宇宙の秩序を乱す者がいるのなら、それを止めるのが宇宙警備隊の使命。場所など問題ではない」
「……最初に言ったはずだ。お前達の計画は既に失敗したと」
 構えを解かぬまま、ゆっくりと立ち上がるウルトラマン。
 片手で頭部を押さえたウザマは、憎々しげに睨みつけ、指差した。
「ジャック! キサマが謀ったというのか!?」
「お前達の姿が見えなくとも、必ず地球へ来ることはわかっていた。だから、あらかじめウルトラサインで注意を促しておいたのだ」
「おのれ……この私を…………テロ星最高の頭脳をたばかるとは……許せん!」
 怒りに身を震わせ、やる気満々で立ち上がったウザマは、再び両手に鞭を握り、溢れる闘志を示すように激しく月面を打った。
 しかし、ムーハン、ラーヂ、ディンの三人は、宇宙に轟くウルトラ兄弟の勇名、その中でも最強を謳われる宇宙警備隊長を前に尻込みする。
「ど、同志!!?」
「ゾフィーが相手では……」
「ここは一旦退くべきでは」
 しかし、ウザマは苛立ちも露わに、もう一度月面を叩いてわめいた。
「同志ムーハン! 言ったはずだ! たとえゾフィーであれ、高速で宇宙を旅すれば必ず疲れている、と! そして見よ! ジャックのくたびれきったあの様を! よれよれの死にぞこないが二体になっただけのこと! うろたえるな! 先ほどのように一糸乱れず攻め立てれば、今なら勝てる!」
「同志ウザマ……」
「恐れるな! 我らはテロ星の精鋭部隊! 敵の威圧ごときにいちいち怯んでいては、我が星の繁栄なぞありえん! 今こそこの命賭して、テロ星の栄光を全宇宙に知らしめるのだ!」
 ウザマの高らかな演説に三人の同志の目つき、雰囲気が変わる。
 それぞれが再び鞭を手に握り直し、二人のウルトラマンを睨む。
 ゾフィーは隣の弟をちらりと見やった。
「彼らに退く気はないようだな。ジャック、エネルギーはまだ残っているか?」
「はい」
「私も月面(ここ)でなら、久々にそれなりの力を出せる。……一撃で決めるぞ」
「わかりました」
 頷き合う二人の戦士。
「何をごちゃごちゃと……我らの真骨頂の前に、己が無力を嘆くが――」
 ウザマが鞭を振り上げた時、二人のウルトラマンはそれぞれに構えていた。
 ゾフィーは真っ直ぐ伸ばした右腕の肘の内側に、左手の指先を向けたポーズ――M87光線。
 そして、ウルトラマンジャックは立てた右腕の肘の下に左手の甲を添えるポーズ――シネラマショット。
 それぞれが持つ最強光線――放たれた二つの白き光芒は月面上の暗い空を白一色に染め……全てを蒸発させた。テロリスト星人の鞭も、四人のテロリスト星人そのものも、そして、その断末魔さえも。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 地球・GUYSジャパンのディレクション・ルーム。
 メインパネルにミサキ・ユキ総監代行の姿が映っていた。
 報告を聞いているのは、アイハラ・リュウ隊長とシノハラ・ミオ。
「……GUYSスペーシーからの報告で、月面北極付近でのスペルゲン(ウルトラマンの光線に含まれる特殊粒子。エネルギー化するとスペシウムと呼ばれる)を含む発光現象は終息しました。GUYS総本部でも現時刻を以って、テロリスト星人による大規模侵略への警戒態勢を解いていいとの判断が出ています」
「そうですか。で、ミサキさん、やっぱり月面で戦ってくれたのは……」
 画面の中でミサキ・ユキは頷いた。
「ウルトラマンジャックよ。彼が地球から飛び立つのを、GUYSスペーシーが確認している。レジストコード・レイガの姿は確認されていないわ」
「そうですか……。レイガのことはともかく、結局ウルトラマンに頼っちまったってのがちょっと残念ですね」
「そうね……でも、仕方がないわ、アイハラ君。私たちはまだ、月でさえ気軽には行けないのだから。それに、今回は最後まで侵略者の姿すら確認できなかった。匿名の連絡がなければ、私たちは彼らの接近どころかウルトラマンが戦ってくれていることすら、知らなかったはず」
「匿名の通報、ねえ」
 腕組みをして考え込むアイハラ・リュウ。
「一体そいつは、どうやってその情報を手に入れたんだ? 地球の技術では発見できないってのに」
「地球の技術で無理なら、地球外の技術なのでしょう」
 こともなげに言ったのは、シノハラ・ミオだった。
「どこかの友好的異星人が教えてくれたのでは?」
「だったらなんで匿名なんだ? 堂々と名乗って教えりゃいいじゃねえか」
「それで信用する地球人でしたか? ……隊長の隊員時代だけでも色々トラブルがあったようですが?」
 シノハラ・ミオの痛烈な皮肉に、アイハラ・リュウは何も言い返せずに口を尖らせる。
 引き取ったのはミサキ・ユキだった。
「ともかく、今回の危機は去りました。以後、CREW・GUYSは通常勤務シフトに戻って下さい」
 アイハラ・リュウは姿勢を正し、胸に水平にした右拳を当てた。
「G.I.G。CREW・GUYSの警戒体勢は解除します」
「では、後はよろしく。アイハラ隊長」
 ミサキ・ユキはあでやかに微笑んだ。二人は頷きあい、そして画面が閉じられた。

 ―――――― ※ ―――― ※ ――――――

 巨大なクレーターの縁に、二人の宇宙人が佇んでいた。
 二人の正面に、美しく輝く青い星がぽっかりと浮かんでいる。
「どうやら、このかけがえのない星を狙う者たちが再び蠢き始めているようだな」
 ゾフィーの言葉に、ジャックは頷いた。
「ええ、そのようです。油断なりません」
「君一人で大丈夫か?」
「大丈夫です」
 即答だった。
 昇る地球を見上げるジャックは、胸を張っているようにも見える。 
「この星は本当に素晴らしい。郷秀樹の記憶、一つになってからの記憶……そして、変身能力を失って過ごした二十年間の記憶。それでも私はこの星について、まだまだ知らないことばかりです」
「そうか」
「ゾフィー兄さん。地球は……地球人と我々ウルトラ族だけに愛されているわけではないのです」
「……………………」
「今回のテロリスト星人襲撃は、彼らの協力無しには防げなかったかもしれない。地球を守っているのは、地球人だけでもウルトラ族だけでもない。我々と同じように、あの星を愛する者たち全ての手によって守られている。だから、私は一人ではない」
「……彼も、その一人か?」
 ゾフィーの言葉が示す『彼』の意味を、ジャックは正確に受け取った。
 そして、首を横に振った。
「彼は――レイガはまだ。ですが、おそらく彼もいずれは」
「そうだろうか」
 ゾフィーの口調に影が差す。
「光の国で彼の素行と彼の家族について調査してみた。だが、彼はいたって普通のウルトラ族の一人にすぎなかった。ウルトラ兄弟を憎む理由となりそうなことは、何も――」
「わかるはずがない」
 笑みを含んだその物言いに、ゾフィーは怪訝そうにジャックを見つめた。
「彼は今、地球人で言う反抗期なのです」
「反抗期……?」
「地球人の子供達が、大人になる過程で必ず通る――自意識や自尊心の拡大によって、自分を庇護してくれている存在に対し、逆らわずにはいられない時期。それはおそらく、自分の能力に自信を持ち始めたゆえに、自分で何もかもを決めたいという自然な欲求から生まれる気持ち。体の急激な成長に、心が追いつこうともがく時期。彼にとっては、ウルトラ兄弟こそが逆らうべき相手だったのでしょう」
「事件や事故などの、なにかの理由があってのことではなく……ただ心の問題だと?」
 不思議そうなゾフィーに、ジャックは頷いた。
「おそらくは。確かに、ウルトラ族では見たことはありませんでしたが……それだけに、彼の心は地球人に近いといえる。彼自身が気づいていなくとも、彼は地球人との間に絆を重ね、地球を愛するようになる。私はそう信じている」
「……よくそこまで彼を理解できたな、ジャック」
「以前の――セブン兄さんの後に地球へ派遣された頃の私なら、わからなかったでしょう。……だが、今の私は地球人・郷秀樹でもある」
「そうか……君と一体になった郷秀樹には、弟がいたのだったな」
 頷いたジャックは踵を返して、ゾフィーに正対した。
「ゾフィー兄さん。彼はウルトラマンにはなれないかもしれない。宇宙警備隊の信条とは別の道を選ぶかもしれない。光の国へは二度と帰らないかもしれない。それでも――それでも私は、彼にとってまだしばらくこの星に留まることが最良の道だと信じている。地球は、そこに住む人々は、必ず彼に、彼が望み、進むべき道を見つけさせてくれる。私が愛した地球という星は、そういう星です」
 ウルトラマンジャックの言葉を微動だにせず聞いていたゾフィーは、深く頷いた。
「やはり君を地球に派遣したのは、正解だったようだな。……わかった。レイガの件はジャック、君の気の済むようにすればいい。私は一切手を引こう」
「ありがとう、ゾフィー兄さん」
 頷き合う二人のウルトラ戦士。
 やがて、ゾフィーは上空に顔を向けた。見やるは地球――ではなく、深遠の闇に無数の光り輝く大宇宙。
「では、私はもう行こう。次の任務が待っている。……残っているテロリスト星人の宇宙船の残骸は、私が始末しておく。それではな」
 ゆっくり両手を挙げ、月面を蹴る。そのままゾフィーは高速で飛び去った。
 ジャックはゾフィーの雄姿が視界から消えるまで見送り続けていた。
 そして、振り返る。地球を。
「……さあ、帰ろう。愛すべき我が家へ。地球へ――――シュワッ!!」
 ウルトラマンは飛んだ。虚空に浮かぶ水滴へ飛び込むように。


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