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ウルトラマンメビウス外伝 RAYGA

 第1話 光の逃亡者 その8


 細かい振動とやかましい騒音で、シロウは目覚めた。
 頭髪が風になぶられてはためいている。
「……なんだ、これ?」
 ぼんやりとした意識で、自分の置かれている状況を確認する。
 どうやら、何かの乗り物に乗っているようだった。目の前の風景が、左右に分かれ流れてゆく。
 海沿いの道。左側へ落ち込む切り立った崖の上をうねうねと踊る、舗装された道路を走っているらしかった。
「目が覚めたか」
 低く良く通る声に隣を見ると、ハンドルを握った男がそこにいた。
 長身で、白髪がちの灰色の頭髪、動物の皮をなめして作ったらしい服、視線を遮る遮光レンズで両目を隠し、口周りと顎に頭髪と同じ色の毛髪を生やしている。
 歳は恐らくワクイのじーさんよりやや年下ぐらいか。
「後ろの方に見える浜に、君が打ち上げられていたのを、たまたま私が見つけたんだ。特に外傷はなかったが、衰弱していたようだったんでね。このジープで連れてきたんだ」
 これはジープという乗り物か、と思いつつ上を見やると、天井がなかった。道理で頭髪がなびいているわけだ。
 ちらりと周囲に目を走らせる。この乗り物は左右二つずつの車輪を接地させ、その回転駆動力と接地面の摩擦力を利用して走行しているらしい。このずっと続く振動と騒音は、路面の凹凸、タイヤの摩擦、それにどうやら機体前方内部にあるエネルギー発生機関から生じているようだ。
 実に原始的な乗り物だ。速度も遅いし、おそらく空も飛べない代物なのだろう。わざわざ道が作ってあることといい、この星の科学水準は本当にたかが知れている。ウルトラ兄弟はよくこんなド田舎の辺鄙で原始的な星を、命をかけて守る気になったものだ。理解できない。
「どこか行き先はあるかい? ついでだから、送って行こう」
 風に交じる男の声に、シロウは我に返った。
 そして、ふと自分が戦った場所を見たくなった。海岸に打ち上げられていたということは、まだそんなに離れてはいまい。
「いや……ちょっと停めてくれ」
 男は頷くと、すぐにジープを路肩に停めた。
 シロウは車を降りた。海の彼方を見やる。黒煙が二筋、立ち上っていた。それは上空で一つになり、暗雲と化して向こう岸の機械化されたような町に覆いかぶさろうとしている。そして、その町からもいくつもの黒煙が立ち上っている。
「……被害を出しちまったのか……」
 戦いの記憶がよみがえる。
 あの星形二つ並べた怪獣のとどめをさそうとした時に、いきなり海の中から別の怪獣に足を噛まれたため、体勢を崩し光線を外してしまったのは覚えている。その後は、二匹の怪獣相手に必死だったため、まさか被害を出したとは気づかなかった。
「いやあ、酷い戦い方だったな」
「……何?」
 振り返れば、男もジープから降りていた。ポケットに手を入れて、ゆっくりと歩いてくる。
「さっきのウルトラマンだよ。君もあれだろう? その戦いを見ている最中に、戦いで起きた波にさらわれたかなにかしたんだろう?」
「…………まあ、そんなところだ」
「災難だったね」
 オレがその巨人だ、ちなみにウルトラマンじゃねえ、などと答えるわけにもいかず、話に乗ってやる。
 男は賛同者を得た喜びにか、にんまりと頬笑んだ。
「まったく、あれじゃあ子供のケンカだ。あまり頭の良くない怪獣だったから良かったものの、侵略宇宙人だったら相手にならない。おまけに光線技の打ち方が悪い悪い。右腕の腹を、こう左の拳へ打ちつけるもんだから、狙いがずれて定まらないんだな」
 男はレイガと同じように右腕を引き寄せて立てながら、その腹へ左拳を当てて見せる。実際拳は、数センチ左に押し戻されている。
「力任せなんだ。どの動きにしても。少し上から右肘を下ろすように持ってきながら、そっと左拳を添えれば、このずれは小さくなる。狙いも精確になるんだが。……まあ、見た限りでは、そもそも射撃自体もあまり上手とはいえなかったがね」
「…………おっさん、それをオレに言ってどうするんだ」
 妙な違和感を覚えながら、シロウはじっと男の顔を見つめる。その目が、険を帯びる。
 まさかとは思うが、この男、自分の正体に気づいているのでは。
「そうだな。君に言ってもしょうがないが……まあ、私にもわかるくらい、あれは素人の動きだったってことを言いたかったのさ。結局、彼は町を壊してしまった。ガスタンクやオイルタンクが燃えなかったのが、せめてもの救いだよ」
「……………………」
 シロウは再び海の向こうに広がっている町並みに目をやった。
 シノブの息子、イチローだったかは無事だろうか。そして、タキザワのジーさんが言っていたイチローの職場とやらは。あれだけ大口を叩いて出てきたのに、光線の誤射の巻き添えになったとかいう話になっていたら、シノブに合わせる顔がない。
 とはいえ。
 意識をオオクマ家からこの場に引き戻すと、ふつふつと怒りが湧き上がってきた。
 このおっさんが何者かは知らないが、今、命がけで戦ってきたのはオレだ。見ず知らずの、しかもただの傍観者だった地球人に素人扱いされるいわれはない。
 そもそも、身体も小さく、超能力も持たず、科学力もようやく宇宙に出られる程度、怪獣を相手にするのにもあんな飛行体みたいな物を使わなければならないような弱小人種ごときが、よりにもよってウルトラ族の自分に、戦いについて説教を垂れるとは。身の程知らずも極まりない。
「そこまで言うってことはさあ……あんた、それなりに腕に自信があるってことだよな?」
「ん〜……そうだな」
 男はシロウの視線に対し、とぼけたように遠い目をして水平線の彼方を見やった。
「あの大きさになれるなら、彼よりは上手く戦う自信はある。昔、いささか色々と経験したからね」
「そうかい。じゃあ、オレの相手をしてくれよ」
 両手をポケットに突っ込んだまま、ぐっと目に力を込め、男を睨む。いつでも飛びかかれるように、体中が準備している。
 しかし、男はそんな威嚇にもまったく動じることなく、ひげに囲まれた口元にささやかな微笑さえ浮かべている。
「君とかい?」
「ああ。いやとは言わせねえぜ?」
「なぜ君と私が?」
「オレが望むからだ。オレは強い奴を倒し、オレ自身の力を証明する。正義が、平和が、守りが力の源などと、寝ぼけたことほざくバカどもに、そんなしみったれたものにしがみつかずとも、力は力だと見せつけてやる。お前が強いというのなら、オレと戦え。お前の強さを証明してみせろ」
「う〜ん……確かに私は多少腕に覚えがある。しかし、強いわけではないさ」
「なにぃ! 何を今更。怖気づいたか!!」
「いや……そうじゃない。そうじゃないんだ」
 男は不意にうつむき、自分の手元に視線を落とした。
 しばしの沈黙。
 男が初めて見せた逡巡。戸惑い。困惑。
 その沈黙に耐えかねてシロウが口を開こうとした時、先に男がポツリと漏らした。
「もう……40年ほど前のことだ。私は、かけがえのない人たちを殺された」
「………………なに?」
 唐突な告白に、シロウは動揺した。単純な力の勝ち負けの話をしているのに、何故そんな重い話が出てくるのか。
 シロウの動揺にも素知らぬ風に、男は続けていた。
「私を狙った卑劣な奴らによって。私を動揺させ、追い詰めるというためだけに。私は……守れなかったんだ。家族を……」
 うなだれた男の横顔に刻まれた悲しみ。
 嘘をついているようには見えない。
「おっさん……」
 シロウの表情の険が解けてゆく。
 触れてはいけないものに触れてしまったらしい、と気づいたシロウの拳から力が抜ける。
「あれから……今でも考える時がある。あの時、私が――君が今望んでいるような、比類なき強さを持っていたなら、家族を失わずに済んだのだろうか、と。それとも、初めからそんな力など持っていなければ、そもそもあんな事件も起きなかったのではないだろうか、と。答えは、まだ出ていない。これから先も、出ないだろう」
 シロウの戸惑いはさらに深まった。
 男の言葉がわからないのではない。感覚的なものだ。男が、一歩踏み出して手を伸ばせば触れる、すぐそこにいるにもかかわらず、遠く離れているかのような感覚。それは平面上の遠さであるだけでなく、何か立体的な遠さも伴っている。自分が遥か下方にいるかのような感覚。にもかかわらず、その彼我の差、特に上方への差を埋めようという気にならないこの感覚。
 この感覚は、つい最近どこかで感じた気がする。そのときは気分の悪さと思ってやり過ごしたが……。いつだったか。
 つい、シロウは訊いていた。
「力を……捨てなかったのか。そんなことがあっても」
「ああ…………捨てられなかった」
 ようやく顔を上げた男の頬に、薄い笑みが浮かぶ。あまりに悲しい微笑み。顔は笑っているのに、笑っているとは思えない。
 シロウはなぜか、胸が締め付けられるような違和感を覚えた。生まれて初めての感覚に戸惑う。
 男はその間にも続けていた。
「捨てられなかったんだ。絶体絶命の窮地に陥った私を助けてくれた仲間、残された家族、それまでの自分を支えてくれた人たち……私の……この弱い力でも、そんな人たちの幸せや戦いを支える、ささやかな助けになると思えば、捨てることは出来なかった。だから――」
 男は、初めてシロウを真正面から見た。
 全てを包み込むような優しい笑みだが、シロウにとっては底知れぬ自信のようにも感じられた。これも……どこかで見た。
「私の持つ力など、その程度のものだ。君が望むなら、相手はしよう。だが、プライドとプライドのぶつかり合いを力と力のぶつかり合いで表現するような戦いを望んでいるのなら、あいにくその期待には応えられない。それでもいいなら――」
「いや、いい」
 シロウは手を突き出して、きっぱりと首を振った。
「今の話を聞かされて、それでも拳を握れるほど悪人じゃねえよ。オレが悪かった。すまねえな。イヤなことを思い出させちまって。よく考えたら、命を助けてもらったのによ……どうかしてたぜ。へへっ」
 ポケットから手を出し、照れ隠しに笑いながら鼻の下をこする。
「こんなんじゃ、またシノブ……えーと、かーちゃんに怒られちまう。本当にすまねえ。ああ、そうだ。こっちが先だ。助けてくれてありがとうな」
 素直に頭を下げる。
 本心半分、計算半分。
 弱さを自覚している相手、それも弱っちぃ地球人など、そもそも光の国のウルトラ族の出身でメビウスを倒したシロウにとって、我を張ってまで戦うべき相手ではない。強さは、強い奴を打ち破ってこそ誇れるものだ。こんな何の力も持たない弱小種族の、しかも年老いた個体を叩きのめしたところで、全く自慢にはならない。そもそも、理不尽な弱い者いじめは嫌いだ。
 それに、オオクマ・シノブを母と呼んでおけば、この地球人もシロウが宇宙人とは思わないだろう。この星にしばらく隠れ住むなら、この程度の用心は必要だ。まして、今回は巨人の姿を曝してしまった直後。防衛チームも探しに来るかもしれないのだから。
 思わずかっとなってケンカを売りそうになったものの、危ないところだった。本当に戦っていたら、いらぬ嫌疑が増えたかもしれない。ここはあくまで適当なことを言って、ごまかしておくに限る。
「君には今、家族がいるのかい?」
「……ああ」
 今更否定は出来ない。オオクマ・シノブを母親と言ってしまったのだから。
 しかし……なんだろう。今、肯定した時に少し気分が高揚したような気がしたのは。嘘をついたからだろうか。……そういう感覚とも違っていたような……。
「ま、本当の母親じゃあないけどな」
 これも予防線。
「とんでもねえ奴……いや、とんでもない人さ。どう考えても、オレの方が腕力でも何でも勝っているのに、オレが暴れるぞっつーても、全然びびりやがらねえ。……つーか、初対面からあの人にだけは、なんでか勝てる気がしねえんだよなぁ……。なんだろ、これ? こんなの初めてだぜ」
 あのオオクマ・シノブにだけは、なぜか反抗する気力が失せる。そもそも脅しが効かないってのが難儀だ。ウルトラ族とわかっていて少しもびびらないなど、普通ありえない。本当に、あの自信はどこから来るのだろうか。
 話しながら、ふと思い当たった。さっき、この男に感じた違和感。自分が遥か下方にいる感覚、それに底知れぬ自信を感じさせる笑顔――それらを初めて感じた相手こそ、そのオオクマ・シノブだった。
「……おっさん。あんた、わかるか?」
「さあね」
 男ははぐらかすように首を振る。なぜか愉快げに笑っていた。
 ふと思った。この男も、自分がウルトラ族とわかっても恐れないのだろうか。オオクマ・シノブとこの男、二人に共通して感じてしまう、この引け目のような妙な感覚はなんなのだろう。
「キミ……家族は大事にしろよ。敗北は後から取り返すことは出来ても、失った家族は二度と取り戻せない」
「そうか」
 さっきの話を聞かばこそ、シロウは素直に頷いた。
「もういいかい? そろそろ行こうか」
 シロウが頷き、二人はジープに乗り込んだ。
「……案外、君の求める強さはそこにあるのかもしれないな」
 シートベルトをつけるよう指示され、悪戦苦闘している時に、ふと男が呟いた。シロウの手が止まる。
「なに?」
「戦う前から勝敗がついていると感じさせる……理屈を超えた強さ。面白いじゃないか」
「面白いか? オレは本当に困ってるんだがな。ワケがわからん」
 バチン、と音がして金具が噛み合った。
「なぁに、いずれわかる。帰るべき家があり、家族がある君なら。――それじゃ、いくぞ」
「ああ、頼む」
 ジープは再び海岸沿いのワインディング・ロードを力強く走り始めた。


【第2話予告】
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