第7話(最終回) 英雄は死なず! The地球防衛軍2!!
かつて妙見山の山頂があった部分は無残にえぐれ、地肌をさらしている。
その縁に、ぽつんと石碑が建てられていた。
――“地球防衛勇士の碑”
だが、訪れる人もないのか、石碑の前に置かれた花束はしおれて乾燥しきっている。
女はその花をのけ、持参した花束を代わりに置いた。そして、そっと手を合わせる。
瀬戸内海を疾る冬の乾いた風が、女の髪を吹き散らし、弄んだ。
石碑の向こう側は、マザーシップにえぐられた状態が、そのまま残っていた。
山は消え、真っ直ぐ海が見渡せる。
おそらく、そのうち史跡に指定されることだろう。阪神大震災のときの、野島断層のように。
しかし、ここで消えた一つの命は、果たして後世に語り継がれるのだろうか。
「……EDFの恥だものね……」
ふ、と微笑んで、女は踵を返した。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
東京での決戦でも勝利を納め、その際に判明した敵マザーシップの弱点により、世界中で敵は撃退された。
世界は平和を取り戻した。
それから三ヶ月。
季節は過ぎ行き、年が変わり、もう一月もすれば暦の上では春。
北半球に住む人類全てが、暖かい春の訪れを信じていた。
EDF関西駐屯部隊は、そのまま駐屯を続けていた。
住む場所と生活の糧を失った数十万にのぼる避難民の生活を守るべく、日夜活動は続いている。
ひらパーも避難住民に解放されている。もっとも、その地下の施設に関しては、トップシークレットになっているが。
大阪では通天閣の再建話が早々に持ち上がり、大阪城を機動要塞などというものに改造したことに関する是非論議がかまびすしい。
神戸でも、史跡という史跡を全て破壊し尽くしたEDFに対する非難の声が上がっている。こちらは是非論議にすらなっていない。
ひとまず、世の中は平和だった。街は破壊され、復旧は遅々として進んでいないが――人は生きていた。
誰もが人類は再び立ち上がると信じていた。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
「よぉ、レディ。久々やのう、どっか行っとったんか?」
大阪城に戻るなり、待機室で顔をつき合せた井上隊員に、EDFレディは露骨に嫌そうな顔をした。他に隊員の姿はない。
井上隊員も暇を持て余していたようだ。つけっ放しのテレビからは昼ドラが流れている。
「今日は小野隊員の月命日でしょ? 妙見山までね。あなた達もたまには行ったらどうなの?」
「せやけど、あいつが死ぬタマかと思うてなぁ」
「馬鹿馬鹿しい。【アキンドーキャノン】で大気圏外まで飛ばされて、爆発したのよ? 何をどうしたら生き残れるわけがあるの?」
「そらそうですけどね」
後ろから瀬崎の声が聞こえた。
彼は両手にコーヒーの入った紙コップを携えていた。その片方を井上に、もう片方をEDFレディに差し出す。
「いいの?」
受け取りながら聞くと、瀬崎はにっこり笑った。
「かまいまへん。レディファーストですわ。ボクの分はまた後でもろて来るし」
「そう、ありがと」
微笑み返して、カップに口をつける。
「……でも、生きてるかも、なんて思てるボクらもアレかもしれまへんけど、いまだに小野はんのこと引きずってはるレディさんも大概ちゃいますか?」
「どういう意味かしら?」
「そのまんまやがな」
ふーふー吹きながらコーヒーを飲んでいた井上が話を引き取った。
「月命日やて、恋人か両親でもあるまいに。あんなもんは年に一回か二回、彼岸かお盆のときに行ったらええねん。全くのアカの他人にそこまでしたるっちゅーのは、要するにあいつの件で、それなりに責任を感じてるっちゅーことやろ」
「……………………」
「ま、わしは別に誰が何を引きずろうと知ったこっちゃないけどな」
「喧嘩相手がいなくて、寂しそうですけどね」
瀬崎がにひひ、と笑うと井上は嫌そうな顔をした。
「アホいいな。誇大妄想狂がおらんなって、せいせいしとるわ。それに、喧嘩相手はおらんわけやないしな」
笑いながら、コーヒーカップをあおる。
「それって……ひょっとして私のことかしら?」
EDFレディの冷たい声に、井上はあおった姿勢のまま凍りついた。
「そう……私は小野隊員の代わりなわけね」
「あ、いや、そういうつもりやのうて……」
「にしし、ボクは違いますよー。純粋に女性として――」
「お黙りっ!」
たちまち井上も瀬崎も、しゅんとうなだれた。
「バカのご友人がいなくて寂しいのはわかりますけど、一緒にしないで下さる? 私は――」
その時、耳慣れない音が全館放送で流れ始めた。
たちまち三人の表情が強張る。
「……これ、非常警戒警報!?」
「なんでや、なにかあったんか?」
「まさか……」
瀬崎の問いは、発せられる前に回答された。
『EDF極東支部総司令本部より発令。敵再来の情報あり。警戒警報発令、全隊員は戦闘装備で待機せよ。繰り返す――……』
「関西司令部やのおて?」
井上が顔をしかめた。EDFレディも訝しげに首を傾げる。
「極東総司令部から直々?」
「あ……二人とも、テレビを!」
瀬崎の声に振り返れば、テレビが中継画面に変わっていた。
『ただいま臨時中継をロンドンよりお送りしています! ご覧下さい――ロンドンに巨大生物が出現しました!! 駆逐されたはずの巨大な蟻が霧の都、ロンドンを襲っております!!』
街の風景が映っている。
逃げ惑う人の群れ。それを追い回し、わさわさ這い回る巨大生物――蟻。
「なんてこと……」
「こらまた、エライことになっとんなぁ。生き残りがおったんやろか」
他人事のような井上のセリフ。
口を開きかけたEDFレディの携帯通信機が鳴った。
「はい、こちら――」
『おお、EDFレディ。久しいのう』
「……五月雨博士!?」
意外な人物の声に、眉をひそめる。向こうから連絡をしてくるということは、よほどのことなのだろう。
『そうじゃ。今、東京のEDF極東支部総司令本部に来ておる。お主に早急に伝えねばならんことがあってな』
「ロンドンのことですか? 今、テレビで……」
『うむ、実はEDF欧州支部から救援要請があってのぅ。極東から応援を送ることになった。一名は東京決戦を勝利へと導いた、あやつじゃ』
「はい」
むべなきかな。極東支部のお膝元でその実力のほどを見せつけたのだから。
『それともう一人、お主じゃ。EDFレディ』
「はぁ!? 私ですか?」
『うむ。すぐそちらにも連絡が――』
その時、待機室のスピーカーが鳴った。
『……待機中のEDFレディ。至急司令室に出頭してください。繰り返します、待機中の――……』
「……来たようです、博士。それでは」
通信を切り、EDFレディは待機室を出た。
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司令室では山岡司令がいかめしい表情で待っていた。
「……来たな。状況はつかんでいるな」
「はい、待機室のテレビで……ロンドンに蟻が出たとか」
「そうだ。単に奴らの置き土産に過ぎないのか、それとも新たな侵攻なのかはまだ不明だが、EDF欧州支部から救援要請が来た。そこでEDF極東支部から、対インベーダーのスペシャリストを送ることになった」
「五月雨博士から連絡がありました。東京の英雄と私が行くことになったと……」
山岡司令の表情がさらに険しくなった。
「あのじいさん……軍の機密情報を。ええい、嫌がらせのつもりか――まあ、そういうことだ」
EDFレディは少し考えて、訊いた。
「山岡司令、一つ質問があります」
山岡司令は目顔で質問を許した。
「東京の英雄はわかりますが……なぜ私が? 関西地区へ来たマザーシップを墜としたのは、サンダーロボと小野隊です。私は、彼らの援護をしたにすぎません」
「だが、小野は死んだ。ついでに言うならサンダーロボもない」
「それはそうですが……」
「今、五月雨博士がサンダーロボの10倍の戦闘力を持つ新たなサンダーロボの建造を画策しているらしいが、正直、それを日の目に当たらせるつもりはない。そもそもサンダーロボの件も、【オーサカ・ジョー】の件も極東支部には報告してないしな」
山岡司令は苦りきった面持ちで司令官席に腰を落とした。
「え……なぜです?」
「……理由は二つだ。一つ、あんなキチガイじみた武器を、他所へ出すわけにはいかん。私はEDFの人間ではあるが、EDF欧州支部やEDF北米支部の連中を信用してない。アレが平和の盾として機能しうるのは、政治的宗教的にほぼしがらみのない極東地域、もっと言えば日本においてのみだ。だから私の目が黒いうちは、アレの存在は徹底的に隠し通す……できれば、関西中の人間の記憶からも消したい気分だ」
EDFレディは頷いた。気持ちは同じだ。
山岡は続けた。
「二つ目の理由は、アレの動力、サンダー線だ。五月雨博士を問い詰めたが、被爆実験もしてないから、被爆し続ければどんな影響が出るかは全く不明だし、万が一暴走した時の対策もないというじゃないか。そんなものを、外へ出せるか?」
EDFレディは思いっきり首を左右に振った。
顔面全部から大量の汗が吹き出し、滴る気分だった。よもや、サンダー線がそこまで正体不明のものだったとは。しかも、そんなものを前線に送り込んでいたとは……。小野隊員より、あの博士を宇宙送りにした方がよかったのではないだろうか。
というか……アレの傍で戦い続け、サンダービームを至近で見た自分は大丈夫なのだろうか。
山岡司令は、唇を歪めて皮肉げに笑った。
「理解してもらえたようで、何よりだ」
「しかし、今の答ではなぜ私なのかが……第一、私の装備ではマザーシップに立ち向かえません」
「それ以外の敵なら充分戦えるだろう? それでいい。君にマザーシップ撃墜を期待してはいない。そもそもマザーシップがいるかどうかもわかっていないしな。君に期待しているのは、東京の英雄のサポートだ。時に囮、時に救援……小野隊との共闘を考えれば、相手がどんな人種であろうと、マシだと思うが。コミュニケーションに関しては、の話だが」
「ええ、確かに」
「一応、東京技術研究所の研究開発陣と五月雨博士が、共同で君用の新装備を造っているとの事だから、いずれ君の戦闘力も上がるだろう。ひょっとすると、遠距離戦闘用の武装もあるかもしれんな。その時までは、彼を立ててやってくれ」
「了解しました」
EDFレディは踵を打ち鳴らし、びしっと敬礼を決めた。
「EDFレディ、東京決戦の英雄サポートのため、欧州へ飛びます!」
山岡司令は満足げに頷いた。
「ああ。頼むぞ。あ、それから、君の飛行装備については、極東支部で開発中の試作品ということになっている。向こうの支部で何を聞かれても、君のが唯一の成功作だと答えておいてくれ。もちろん、君自身がサイボーグだということも機密事項だぞ」
「サイボーグの件はともかく……そんな答えで引き下がるでしょうか?」
「一応、五月雨博士を通じて不完全な設計図を向こうに渡し済みだ」
「不完全、ですか?」
「博士曰く、その装備はサイボーグの君だからこそ扱えるのだそうだ。生身の人間が使うには、少々問題があるらしい。そこで、その通りに組み立てても一切稼動しない設計図を送った。ないとは思うが、もし君のを奪いにかかることがあれば、容赦なく抵抗していい」
「了解しました」
「気をつけてな。絶対に死ぬんじゃないぞ」
真顔で告げる山岡司令に、EDFレディは敬礼をしたまま頷いた。
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夕刻。
人影もまばらな関西国際空港ロビーに、EDFの制服をまとった二人に敬礼するスーツ姿の女性の姿があった。
「そろそろ時間だわ。それじゃ、護衛御苦労様でした」
「え、あ、もう行くんですか? 残念やなぁ……もうちょっとその姿、見ときたかったんやけど」
EDFレディの普段見せないスーツ姿に、瀬崎はほんのり頬を染めている。
井上はにんまり笑って言った。
「おう、ヨーロッパ土産、待っとるで」
「ええ、東京の英雄がどんな活躍をしたか、その土産話を持って帰るわ」
「いや、そうやのうて、ワインとかブランデーとか……」
ふっと微笑んで、EDFレディは踵を返した。
コツコツと踵を鳴らしながらゲートをくぐり、姿を消す。
瀬崎が溜め息を漏らし、井上は鼻の下を指先でこすった。
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関西空港を飛び立った飛行機の後姿が小さくなってゆく。
「……行ってもうたか……」
関空展望ホール・スカイビューの五階展望デッキから見送る二人は、同時に一息ついた。
「さびしゅうなりますねぇ。なんやかんやで、ボクらのこと相手にしてくれたん、あの人だけですもん。他の人ら、みんな逃げるし」
「まあ、あいつもいろいろあるからやろ。身体のこととか、小野のこととかよ。ええんちゃうか、今回のことでなんか吹っ切れるかもしれんで」
瀬崎は驚きの眼差しで、井上を振り返った。
「……なんか井上はん、えらいさばけてますねぇ」
「嫌われてんのは慣れとるさかいな、これで」
笑って、右目をまたぐ傷痕を指でなぞる。
「昔からこれでヤクザもんやと思われとったからな。そやから、あのおねーちゃんみたいな、自分でも結構気にしとるくせに、何でもない振りをしてるようなんは、ようわかるんや。そっから立ち直んのも、結局自分でやらなあかんっちゅーのも、な」
「へぇ……そうなんや。結構苦労してはるんですね、井上はんも」
「やめぇや、きしょ悪い。わしはそんなもん苦労やと思たことは――おっと」
話の途中で、通信機が鳴った。
「へい、こちら井上。今、オペレーターのねーちゃんを見送ったとこで……」
『井上隊員、装備はあるな』
山岡司令の声。しかし、妙に緊張が走っている。
井上は身振り手振りで瀬崎にも通信回線を空けさせた。
「どないしましたんや。一応、いつもの装備は持って来てますけど」
『たった今、六甲山レーダー観測所から連絡があった。関西空港南方より、正体不明機が接近してきている』
井上と瀬崎は顔を見合わせた。
「正体不明機て……円盤と違いますのん?」
『機数は一。角度から言って、大阪市内……大阪城が目標だと思われる。こちらも市内各所に部隊を派遣しているが、いかんせん情報が足りん。関西空港の管制塔から正体不明機を視認し、その形状などを報告してもらいたい』
井上は少し眉を寄せた。
「管制塔て……ええんですか? ワシらが入っても」
『管制塔にはもう連絡してある。飛行機の発着も即時停止した。飛んでしまったものは、コースを変えさせている』
「市民の避難誘導は?」
『瀬崎隊員か。それは空港警備員と、空港職員の手で足りる。そもそもそんなに人はいないはずだ』
「了解。ほな、これから管制塔へ――」
『待て……――なんだと!? 井上隊員、正体不明機が速度を上げた! あと十秒でその上空を通過するぞ!!』
「はぁ!?」
「なんですって!?」
二人は慌てて空を見上げた。南を向けば、空港が一望できる。
それは傾きかけた陽を弾いて飛んできた。
しかも、頭上を通過することなく、まるで墜落するように空港へと着地する。
『見つけたで、井上ぇっ!!』
それは、大声で喚いた。
眼前の光景が信じられず、口をパクパクさせている井上のヘルメットに、山岡司令の呼びかける声が届いた。
『井上隊員、どうした? 何があった? 正体不明機がレーダーから消えたぞ!? 空港は無事なのか!?』
「無事……です」
かろうじて、瀬崎が声を絞り出す。
「無事ですけど……このあとも無事かどうか、わかりまへん……」
『何が起きているんだ!? 状況を説明しろ!! ――ええい、関西空港の定点観測カメラはまだ繋がらんのか!』
『すいません、なにぶん通信網がまだ……』
オペレーターが謝っている声がかすかに聞こえたが、二人にはもはや聞こえていなかった。
目の前にあるのは、サンダー2……なのだろうか。
上半身は間違いなくサンダー2だ。しかし下半身、足の部分が……四方に広がっている。
「……井上はん、あの脚……」
「……ああ。多分、通天閣やな」
「っちゅーことは……」
二人は顔を見合わせた。
「小野ぉっっ!?」
「小野はんんっっ!?」
『ぬははははははははははははははははは』
サンダー2の頭部コクピットハッチが開き、高笑いとともに見慣れた制服とヘルメットがせり上がってきた。
『大阪府知事立候補のために、関西独立の理想を掲げるために、打倒東京成就のために……大阪よ、オレは帰って来た!!』
大仰な口上を朗々と、スピーカーを通してうたいあげた男は、井上・瀬崎の姿を認めるや手を挙げて喜んだ。
『――いやいやいやいや、久しぶりやのう、井上、瀬崎!!』
「お、おんどれ……生きとったんか!!」
『むはははははははははは、このオレ様が宇宙へ飛ばされたぐらいで死ぬかい。サンダー2に通天閣の脚つないで、円盤のエンジン積んで、見事帰って来たでぇ!!』
見れば、確かに通天閣の脚の間に見慣れた円盤が挟まり、その上部から通天閣の台座にいくつものチューブが繋がっている。
二人はもう、声もなくただあんぐりとその異様なオブジェを見つめていた。
『いや〜、衛星軌道上でこれの改造しとったら、なんや見たことのあるでかい円盤が地球へ降りよったし、おまけにテレビ中継で東京モンとEDFレディがロンドン行きよるっちゅー話やからよ、慌てて戻って来たんや。ほなら、ちょうどここの上で、下にお前らおるの見かけてなぁ』
「……見かけたて。だいたい、小野はん3ヶ月も宇宙で何食って……」
『それはサンダー線の影響かも知れんな。う〜む、興味深い』
突如割り込んできた五月雨博士の声に、瀬崎が驚く。
「五月雨博士!?」
『大阪司令部にはワシから説明しておく。ともあれ、ひらパー地下研究所へ来るがよい。こんなこともあろうかと、新しいのを用意してある。サンダーロボの十倍の戦闘力を持つ、サンダーロボGじゃ!! そんな間に合わせのフランケン機体など足元に及ばんぞ!!』
五月雨博士の声は喜びに満ち溢れている。
「サンダーロボGィ〜?」
「いやそれより、こんなこともあろうかと、なんて素で言う人、初めてでっせ」
『……おう、クソジジィ。まだ生きとったか』
『おかげさまでな。こんなこともあろうかと、軍事衛星のハッキングをしておいてよかったわい』
『毎度、準備周到なことやのう。よっしゃ、ほな行こか』
コクピットに立った小野が、展望デッキの二人を見据えてにんまり笑う。
「小野……テレビの電波が届いとったっちゅーことは、地球の状況はわかっとるんやな」
井上は早速状況を受け入れたのか、真面目な口調で訊いた。
『おう、わかっとる。せやからここへ来たんや。やっぱ、こいつは一人で動かすのがしんどいさかいな。お前らの助けが必要や』
「ふん、おのれにしては殊勝やんけ。ええやろ。そこまで言うんやったら、ついてったろ」
サンダー2の手が、展望デッキに寄せられる。井上は躊躇なく柵を越え、その上に飛び乗った。
振り返り、いまだに呆けている瀬崎に声をかける。
「おう、瀬崎。おのれは来んのか?」
「え……あ……その…………小野はん?」
しどろもどろに視線を虚空に漂わせた瀬崎は、小野におそるおそる訊いた。
「……大阪司令部に意趣返し、なんてしませんよね?」
『はぁ? 何でやねん』
小野は不服そうに言った。
『何でオレが大阪司令部に意趣返しなんかせなアカンねん。……あ、ほーか。助けに来られへんかった件か? そんなもんしょうがないやろ。オレが言うのもなんやけど、衛星軌道上で生きとるなんて誰がわかるねん。いくらオレでも、そこまで見境無しやないわい、アホ』
「なんや、ワシはてっきり山岡司令にやられた報復を一番に――……」
振り返り、意外そうに小野を見上げる井上の言葉に、瀬崎は焦った。
「
わーっっ!! わーっっ!! 井上はん、それは言うたらあきまへん!」
『なんや、何の話や?』
「あーもー何でもありまへん! とにかく、ボクも行きますから、その話はここまでっ!! これ以上続けるんやったら、ボク行きまへんでっ!!」
デッキの上から可笑しそうに含み笑っている井上と、怪訝そうな小野を睨む。
小野は珍しく瀬崎の勢いに押されたように頷いた。
『お、おう。ほな、もう訊かんわ。まあ、乗れや』
頷いて、いそいそと手の平に乗り込む。
やがて三人は、それぞれ機体の中へ消え――数分後、サンダー2改(小野自作)は空へと舞い上がった。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
サンダー2改(小野自作)は大阪平野上空を枚方目指して飛んでいた。
『……本当に小野なのか』
通信機から山岡司令の、疑心ありありの声が漏れてくる。
小野が答える前に、シートの後ろにしがみついている瀬崎が答えた。
「間違いのう、小野はんです。同じコクピットにおりますから、間違いようがありまへん」
『……その上、新しいサンダーロボだと……? 五月雨博士!! たばかったな!!』
『ふふん、ワシの手柄をもみ消した報いじゃ』
『そんなつもりで報告しなかったのではない! アレは……世に出してはならないものだ!!』
「せやけど、もう世に出てもうとる。ここから先は、どない使うかや」
小野のうそぶきに、通信機の向こうで歯軋りが聞こえる。
『……よかろう。では、今日を限りに小野隊三名をEDFから除名、追放する』
「なんやて!?」
「ちょ、ちょっと待ってぇな山岡はん!」
『なんや、いきなりやのう』
エアバイク【ジャガー】部分ののコクピットにいる井上だけが、呑気に答える。
山岡司令は硬い声で続けた。
『私はEDF関西駐屯部隊司令だ。この地域の治安を任された最高指揮官として、私はそれを超危険因子と認識している。したがって、お前達がそれに乗り続ける限り、EDF隊員でいることはおろか、いかなる形での活動も許すつもりはない』
「……それは、EDFが敵に回るっちゅーことでっか」
さすがに小野の声も硬い。その後ろの瀬崎もごくりと息を飲み込む。
『そこまでは言わん。だが、一切関係は持たん。そっちがどんなトラブルに巻き込まれようと一切援助はせんし、こちらがいかなる苦境に立とうと、そちらに救援を頼むことはない。もし同じ戦場に立ったときでも、何かの間違いで背中から撃たれても文句は言うな。そういうことだ』
「なるへそ。考えましたな」
小野の満面に笑みが浮かび上がる。瀬崎と井上は怪訝そうに眉根を寄せた。
「ほな、オレらどこへ行ってもええんですな。東京でも、ロンドンでも、ニューヨークでも」
『私は関わりない、と言っているだろう。私が聞いているのは、お前達がサンダー線を使った機体から降りるのか、降りないのか、ということだけだ。返答は?』
「誰が降りるかいな」
『ん〜、まあ、ええ加減EDFのしょぼい装備にも飽きてたしな〜』
『……小野、井上は搭乗を続けるのだな。瀬崎はどうだ』
瀬崎は少し考え込んだ。
「………………今、井上はんが言いはったことはどないです? EDF関西の隊員としては、この先もあの装備が変わらんのやったら、魅力はないですわ。正直、理念とかそんなんより、ボクとしては戦って生き残れる可能性の高い方がええんです。その辺、どないなんですか、山岡司令?」
返事が返ってこなかった。
十秒ほどの沈黙の後、ようやく返ってきた。
『それに関しては、私も申し訳ないと思っている。なるべく新兵器が手に入るよう、手は尽くすつもりだ』
『手を尽くしても、無理なモンは無理じゃ』
五月雨博士が割り込んできた。
瀬崎は小首を傾げた。
「五月雨博士?」
『事実上製造工場は関東だけ。配備原則は近い部隊から順次。その上、他支部へも輸出。山岡司令がいくら声をあげても、それらの原則や現状は曲げられん。精神論で押し切れぬ現実という奴じゃ。九州や北海道、韓国、中国からも引き合いは来ておる。その全てを差し置いて、山岡司令、お主が武器を独り占めできるかね』
『……………………』
山岡司令の無言が、何よりの肯定を意味していた。
「ほな、しゃーないですね。ボクもこっちに残ります」
「けっ、地方軽視か。やっぱ関東は潰さなあかんのぉ」
小野の呟くや否や、山岡の低い声が返ってきた。
『そんなことをしてみろ、貴様らはEDFの総力をあげて――』
「……冗談やがな。そないな本気になりなや。わかってま。オレらが関東襲うたら、山岡はん、ひらパー吹っ飛ばす気でっしゃろ。ほなら、サンダーロボはメンテナンスでけへんなる。持久戦は、こっちに不利やわな。ま、オレもそこまでしてあんたとやりあいとうないわ」
『それは結構。それでは、この通信を最後とする。さらばだ、諸君』
「さいなら〜」
『ほなな、山岡司令』
「これまでありがとうございました〜」
三者三様の別れの言葉を最後まで聞くことなく、通信は落ちた。
ちょうど、メインモニターにひらパーが映っていた。
「……ほな、これからは五月雨博士が司令官っちゅーことですな」
機体を降下させながら、小野が五月雨博士に問い掛ける。
『そういいたいところじゃが、いかんせん当分東京から離れられんのじゃ』
「ああ、かまいまへんで。オレらも当分日本には帰ってけぇへんし、情報手に入れるっちゅーこと考えたら、そっちにおってもうた方がええ」
小野の言葉に、井上は怪訝そうに首を傾げた。
『小野、当分日本には帰ってけぇへんて、どこ行くつもりなんや』
「どこへでも」
ニヤニヤ笑う小野。その目には間違いなく何らかのプランが映っている。他の誰にも見えない、彼だけのプラン――悪巧みが。
「奴らが出たとこへ行く。ほんで、一息に叩き潰す。地球を股にかけて活躍するっちゅー、EDFレディと東京モンにできん真似をしたるんや」
サンダー2改(小野自作)が高度を下げるにしたがって、マジカルラグーンの岩が真っ二つに割けた。その間に機体を沈めてゆく。
「なんや、小野はんらしゅうないボランティア活動ですね。ボクはてっきり、EDFレディと東京モン追っかけてロンドン目指すと思うてましたけど。それとも、そうやって助けておいて金をせびるとか?」
「アホくさいこと言いなや。そんなことして、何になるねん。まあ、オレもたまには計算無しのボランティアぐらい……」
『ウソくせぇ。……五月雨博士、これもサンダー線の影響かいな』
「そうですよね、井上はん。小野はんの口からボランティアやなんて……完全無抵抗主義のヒットラーぐらいありえへん話でっせ」
『むぅ、こればっかりはわからんのう』
「おのれら失礼にもほどがあるぞ!!」
機体は完全にひらパーの地下に格納された。頭上が閉じてゆく。
機体をハンガーに固定し、エンジンの火を落とす。
メインモニターを見ていると、周囲に五月雨博士の部下らしき、白衣の研究員が集まって来ていた。
「……しゃーない、こうなったらお前らだけには教えたろ。ええか、ここで各国各地域に恩を売っといたらやな、関西が独立した後で、国連への加盟がスムーズに行くやろが」
「ああ、なるほど……やっぱり計算ずくですやん」
「否定した覚えはあらへんな」
『まあ、おのれはそういう奴や』
三人三様に笑う。
やがて、三人はサンダー2改(小野自作)から降りた。
白衣の研究員の一人が、三人をサンダーロボGのハンガーへと案内するという。
三人は顔を見合わせた。そして、背後を振り返った。
ハンガーに安置されたサンダー2改(小野自作)。
「ま、今は眠っとれ」
「世話になったのう」
「……ありがとうな」
それぞれに短い、しかし心を込めた礼を述べた後、三人のアイコンタクトが閃き、頷き合う。
「ほーな行こかい」
鼻息も荒く、肩をぐるぐる回す小野。
「ちょっとぐらい休んで行かんのかいな。せっかちやのう」
首をコキコキ鳴らして、溜め息をつく井上。
「サンダーロボGって、どんなんかな〜? それに、秘密基地の中ってことは発進シークエンスもあるんかな〜? ぐねぐね通路を通って行くんかな、それともプールが真っ二つに割れるんかな。あ〜、楽しみ」
ひたすらはしゃぐ瀬崎。
三人の足音は暗がりに消え――……やがて、鋼鉄製の扉が開く轟音とともに、新たな光があふれてきた。
新たな戦いの始まりを告げる光。
その先に何があるのか、まだ、誰も知らない。
EDF関西外伝!! 完
To be continued.NEXT MISSION 『The 地球防衛軍2』.
COMING SOON!!