第6話 さらば! サンダーロボ最期の日!!
砕け散った透明なバリアの破片が、虹色の光を放ちながら宙に舞い踊る。
その光景を、その映像を見ていた者たち全てが、その美しさとその光景の持つ意味に息を呑んだ。
「パリンと割れるバリア……」
「やった…………」
EDFレディの呟きが風にまぎれる。
「行けえええええええっ!!!!」
瀬崎の驚喜が響き渡る。
「ぶち込め、小野ぉぉぉっっ!!!」
井上が吼える。
声援を背に受け、上昇する通天閣ドリルの先端がマザーシップ表面に接触した。
無骨なドリルは、いともたやすく装甲板を突き破る。銀色の破片が花弁のように撒き散らされる。
『うはははははははは、もろいっ!! もろいのぉ!! 膜を破られてまえば、こんなもんかいマザーシップ!! ぬはははははは、漢の“いちもつ”・ドリルの前には、例え超科学の護りであろうとも屈服するしかあらへんやろ!! どうや、ここか!! ここがええのんか!! こっちはどないじゃ!?』
通信機の制御系がイカレたのか、全周波数で放たれる小野の狂喜の高笑い。
それとともに、ずぶずぶマザーシップの中へめり込んでゆく通天閣が大きく底部を振り、突入孔を広げてゆく。
「…………やっぱり、この男だけは……EDFの恥だわ……」
頬を染めたEDFレディは、苦々しく吐き捨てた。
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通信が筒抜けの司令部でも、居並ぶ女性オペレーターが居心地悪そうに頬を染めていた。
そして、その後ろに立つ山岡指令の頬は引き攣っていた。
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「ぬはははははははは、こっちゃか? それともこっちゃかぁ?」
火花舞い散るコクピットの中で狂喜の高笑いをあげながら、小野は操縦レバーをぐぅりぐぅりとねちっこく蠢かす。
「なーはははははははは、ほれほれもうちょっとや、もうちょっとで――お?」
不意に手応えがなくなった。
マザーシップの上部甲板を突き抜けたのだと理解したとき、メインモニターに空が映った。
そこには一面のコバルトブルーが広がっていた。
「おおっ、久しぶりやな! 眩しき夏の空ぁ!!」
レバーを離し、両手を大きく広げる。
毎度おなじみ、勝利を噛み締める歓喜の歌が、その口から朗々と流れ始めた。
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通天閣がもぐりこんだ突入孔から、爆炎が噴き出した。
続いてセンターハッチの内側でも派手な爆発が起き、装甲の隙間からも紅の舌がちろちろと伸びる。
バランスを失ったマザーシップは高度を下げ始めた。天を覆いつくすほどの煙を吹きながら、淡路島の方角へと墜ちてゆく。
その有様は遠く阪神地区で活動しているEDF隊員も、そして避難している市民も見ていた。
誰からともなく歓声と拍手が上がる。
やがてその声は、EDFを称える声へと変わっていった。
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「……全隊員、緊急退去」
山岡司令が急に出した命令に、オペレーターたちは一斉にきょとんとした。
この状況だというのに、顔色に苦渋を浮かべているその姿に顔を見合わせる。
山岡は繰り返した。
「EDF全隊員は、大至急司令部より緊急退去せよ! 参謀局は大阪城公園にて現在の司令部機能を引き継ぐように! オペレーター諸君も急ぎ大阪城から退去するんだ!!」
「な、なぜですか司令! なぜ今!」
オペレーターの一人が異を唱えた。
「それについては、後ほど説明する。とりあえず今は時間がないのだ! 一刻も早く退去させろ! 早く!!」
妙に焦っている山岡司令の様子に、オペレーターたちは異常なものを感じ、急いで各部署に命令を伝え始めた。
30秒ほどでそれを終えると、オペレーターたちも山岡司令一人を残し、そそくさと司令部を出ていった。
『……覚悟を決めたようじゃな』
五月雨博士の通信が山岡司令一人残った司令室に響く。
山岡司令は司令官席につき、いまいましそうに正面メインパネルを睨み上げる。
グリッドマップにはマザーシップの墜落方向とその後の被害状況予想が映っている。
「これからで間に合うのか?」
『現場に駆けつけるのは無理じゃな。ここから射つしかあるまい。間に合うかどうかは、運次第じゃのう』
小さく舌打ちをして、山岡は傍らのトラ縞模様で囲まれた赤いボタンをセーフティケースごと叩き割った。
たちまち、大阪城全体に警報が鳴り響き、コンピューター音声が警告を告げる。
『……緊急警報、緊急警報。これより大阪城はトランスフォーメーションに入ります。総員退避、総員退避』
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命令を守って城外へ逃れたEDF隊員は、信じがたい光景を見ることになった。
警報とともに震え出した大阪城の石垣下部から、正体不明の粉塵が噴き出す。
そして、五層八階の天守閣がせり上がり始めた。
五層天守閣が持ち上がり、壁面が左右に割れて内側から武者の仮面がせり出してきた。
四層目の屋根と三層目の屋根が分離接合し、腕となる。
三層目は内側から伸び上がって腹部となり、一層目と天守台の石垣は真っ二つに割れて伸展し、脚部となった。
総高55mの大阪城の背丈は倍ほどになっていた。
「大阪城が……立ってはる……」
誰ともなく、そして誰もが思わず呟いた言葉にEDF隊員たち、そしてその光景を見つめていた市民達も思わず頷いていた。
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「機動要塞OTHAKA・JAW……【オーサカ・ジョー】、起動完了。続けて【アキンドーキャノン】発射シークエンスに入れ」
『ラジャ。【アキンドーキャノン】起動・砲身伸展、エネルギー充填開始』
山岡司令のぶっきらぼうな命令にコンピュータ音声が応え、司令室が新たな震動に見舞われた。
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機動要塞【オーサカ・ジョー】が真っ二つに割れる。
正確には4層目から下が左右に割れ、中から長さ40m口径3mはあろうかという砲塔が現われた。
砲塔は西に向けて角度を下ろしてゆく。
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デスクの真ん中から、銃の形をした発射装置がせり出してきた。
「ああもう……何をどう突っ込んでいいものやら……」
『何事も形から入るもんじゃよ』
かっかっか、と通信機の向こうで五月雨博士が笑う。
少し額を押さえた山岡は、気を取り直して通信機を入れた。
「EDFレディ、並びに小野隊の諸君。聞こえるか?」
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「山岡司令! 大変です! マザーシップは淡路島に向かって刻一刻落下を続けています。このままでは……」
再び神戸空港ターミナルビルの上に戻ったEDFレディは、残る円盤と戦いつつ交信に応じた。
残敵はもう数機ほど。
周辺には井上、瀬崎両隊員を迎えに来たバゼラートの姿もある。それを守りながらの戦闘だった。
『――それは想定の内だ』
「え? ……そのマザーシップに、まだ小野隊員がいるのもですか?」
『なに? どういうことだ?』
『多分エネルギー切れと違うかなぁ。もう離れ過ぎてて、ヘルメット同士の短距離通信も通じませんねん』
瀬崎の通信が割り込んできた。背後でアサルトライフルの連射音が聞こえる。
井上もロケットランチャーをぶっ放している音を響かせながら入ってきた。
『ったく、あのアホはいっつも詰めが甘いんや。どないしましょ?』
『どうもこうもあるまい。偉大な勝利の陰には犠牲がつきものじゃよ』
五月雨博士の一言を聞いていた全員が、黙り込んだ。
『んー……よもや小野はんがそれを言われる日が来ようとは……』
『まー、実際ワシらではどないしようもないしな。空飛べるおねーちゃんならどうや? こう、抱きかかえて――小野隊員、あなたはどこに墜ちたい? ちゅーて……』
EDFレディは胸によぎる複雑な思いに唇を歪めた。
「……この装置には、人を抱えて飛べるほどのパワーがありません。それに、もう離れすぎて……」
『……そうか』
山岡司令の声は沈みきっている。
『あやつはよく戦った。歴史に名を残し、悔いはあるまい。そうじゃの、ひらパーのマジカルラグーン前に銅像でも建ててやるか』
笑いさえ含んだ五月雨博士の声に、EDFレディは頬を引き攣らせ、叫んだ。
「五月雨博士、本気で彼を見捨てるつもりなんですか!?」
『わしにも手がないのじゃ。どうしようもない』
EDFレディは唇を噛んで、墜ちゆくマザーシップをきっと睨んだ。
「確かに……確かに小野隊員は最低の男、いえ、人間として最低です。しかし、どんな状況でも諦めてはいけない、と私に教えてくれた! 何か……何か方法があるはず…………そう、バゼラートならあるいは……」
『無駄じゃ。巻き込まれて死ぬ人間が増えるだけじゃ。わしらは神ではない。無理なものは無理なのじゃ』
血がにじむほど唇を噛み締めるEDFレディに、井上の呟きが聞こえてきた。
『無理を通せば、道理は引っ込むちゅーてたなー……あいつ』
その言葉に頷く。
(そうよ……無理を通せば……道理は引っ込む……! せっかく勝ったのに……もうこれ以上誰も死なせはしない!!)
覚悟を決めたEDFレディは、身を翻すと着陸しようとしているバゼラートへと跳んだ。
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『連結式サンダー線融合炉、稼働率100%。エネルギー充填120%。照準合わせ――』
コンピュータが読み上げてゆく。
山岡は発射装置を握った。メインモニターに映る、傾いて墜ちてゆく巨大円盤のセンターハッチ付近に照準を合わせる。
「すまん、小野隊員」
その刹那、通信機から瀬崎の悲痛な声が響いた。
『――山岡司令っ!! EDFレディがバゼラートを奪って……マザーシップに向かってます!!』
一瞬、山岡の表情が曇る。しかし、すぐに目を細めて照準作業に戻った。
「淡路島、いや瀬戸内海全域の人間と、隊員3名……天秤にかけるわけにはいかん」
通信機の向こうで息を呑む気配が感じられた。
『本気でっか、司令』
井上の口調は、瀬崎とは対照的に落ち着いている。問いただすのではなく、確認の口調だ。
「自分の意思でそうすることを選んだのなら、その結果も受け入れねばならん。小野も、彼女も、そして彼女に従ったバゼラートの操縦者も、保護を必要とする子供ではないのだ」
それ以上、通信は入ってこなかった。
五月雨博士も沈黙を守っている。
『――【アキンドーキャノン】発射準備、完了』
コンピュータの音声が告げる。山岡は目を閉じ――しばしののち、真正面の照準だけを見つめて引き金を引いた。
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機動要塞【オーサカ・ジョー】の中央にそびえ立つ超巨大口径砲が火を噴いた。
あまりの衝撃に周囲半径300mの建物が吹き飛び、木々が薙ぎ倒される。
周辺にいたEDF隊員と市民から悲鳴が上がる。
【アキンドーキャノン】から放たれたピンク色のエネルギー弾は、ほぼ真西に向かって夏の青空を切り裂いた。
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低いローター音がコクピットの中に響いてきている。
「せやけど意外やのぅ。おねーちゃんが、小野の救出にそこまでやる気出すとは。ワシはてっきり、あいつのこと死ぬほど嫌ぅとると思とったわ」
「ええ、嫌いです。殺したいほどに」
バゼラートの操縦席で笑う井上の言葉に、EDFレディはすげなく言い返した。
「でも、それとこれとは別。このまま黙って見過ごすなんて……」
きり、と唇を噛む。
「私はもう弱かった小娘じゃない。今の私は地球最強の改造人間、EDFレディ……無理を通して、道理を引き下がらせることもできるはず」
「ふふん、りょーかいりょーかい。ほいでも、無理はしなや。小野は死んだ方がええ奴やが、あんたみたいな別嬪さんは死んだら世の中のえらい損失や」
EDFレディは小首を傾げた。
「……さっきもそんなことを言ってましたけど、私は身体の半分以上機械なんですよ?」
「かっかっか。関係あるかい。男っちゅーもんは、顔さえ別嬪やったら他が機械でも怪物でもかまへんのや」
こだわりなく笑う井上に、EDFレディは考え込んだ。喜んでいいのか、怒っていいのか。
「ま、戦いは終わったけど、あんまり身体のことは気にしーなや。人間色々、物好きはどこにでもおるもんや」
「……ありがとう」
微笑みは、しかしすぐに消えた。
マザーシップの先端が刻一刻、淡路島へと近づいていた。
「見て、マザーシップの先端がもう接地しそう」
「おお、せや。そろそろ短距離通信も繋がるンちゃうか?」
「そうね。――小野隊員、小野隊員、聞こえますか? こちらEDFレディ。現在、救出のため接近中。応答してください」
バゼラートのハッチを開け、身を乗り出す。バゼラートはマザーシップの上部甲板へ回り込むため、大きく機体を傾けた。
黒煙を吐き出す破砕孔の縁に通天閣が横たわっているのを確認し、EDFレディは指で井上に教えた。
「小野隊員、今通天閣を視認。応答を――」
『遅いんじゃ、ボケ』
憎憎しい声に、EDFレディの口元がぴくぴくっと引き攣る。怒りをぐっとこらえて、通信を続ける。
「現在マザーシップは淡路島へ墜落中。そちらの状況は?」
『こっちは通天閣の展望台ん中や。とりあえずビリケンさんだけは持ち出さんとな』
「わかりました。今からそっちへ――」
その刹那。
巨人の槌で銅鑼を打ったかのような凄まじい轟音とともに、突然マザーシップが跳ね上がった。墜ちかけていた縁が妙見山の山頂を跳ね飛ばし、削る。
「な、なに?」
何に押されているのか、縁を下にして直立したような格好のまま、マザーシップは西に向かって突き進み始めた。
妙見山の西側をごっそり抉り取り、瀬戸内海の海面を少々かすめる。押し退けられる大気が激しい気流を生み、バゼラートはバランスを崩した。もちろんEDFレディもそんな中には飛び出せない。
『な、何や何や!! 何が起きとんのや! ひょっとして、もう接地したんか!?』
「違います! 接地はしたけどこれは――」
井上は操縦が精一杯で、話をしている余裕はない。
EDFレディはマザーシップを見つめた。
吹き荒れる風、バゼラートを追い越してさらに加速し、浮き上がってゆくマザーシップ――それを押すピンクの光線。
「サンダー……ビーム……?」
遥か東の彼方から伸びるピンク色の光線に、EDFレディは直感的に理解した。
「――山岡司令っ!?」
この巨大なマザーシップをこのまま着地させれば、甚大な被害が出る。淡路島に住む人は皆死に絶え、人は住めなくなるだろう。その余波は瀬戸内海全域に広がり、さらに多くの人が命を落とす。だから、誰もいない太平洋まで押し飛ばしてそこで墜とすか……あるいはそのまま宇宙まで……。
『どわあああ、なんじゃこのGはああああああっっっ!! ぬ、が、ご……おぉい、こら、何が起きとんねんっっ!!』
見る見るうちにマザーシップは高度と速度を上げてゆく。この加速度では、すぐにバゼラートはおろか、ジェット戦闘機でも追いつけなくなるのは目に見えている。
「くっ……」
EDFレディは迷った。何と言えばいいのか。何を伝えればいいのか。こうなっては、もう……。
伸ばした手が、握り締められる。
「……ごめん……なさい、小野隊員」
『なんやぁ? ……こえんぞ! 外がえら……風の音で…………っきり言うてくれん……』
視界を覆い隠していた銀の円盤が、だんだん縮んで離れてゆく。
通信も途切れがちになり、ついに何も聞こえなくなった。
それを見送るしかないEDFレディ。
やがてマザーシップは視界から消え、その彼方に一つ、星が輝いた。
「小野……隊員……」
「おねーちゃん、こっちもアカン! 墜ちるで!!」
絶望と悲しみと無力感に浸る暇もなく、井上が叫ぶ。
「あ、あ、あ……」
奇妙な浮遊感。墜ちてゆく感覚。
頭上に広がるコバルトブルーの夏空をよぎる、一筋の黒煙。
EDFレディは手を差し伸ばした。その黒煙をつかもうとするように。
その向こうに小野の笑顔が――
――
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