第7話(最終回) そして、The地球防衛軍2へ
「……小野隊員!!」
伸ばした手が虚空をつかむ。
空は――消えていた。闇が広がっている。
「……え……?」
EDFレディは混乱した。何が起きたのか。
凍りついたように動きを止めたまま、辺りの様子をうかがう。
身体の上に覆い被さる、ぬくい布団の感覚。
着ているのは際どいスタイルの制服どころか、ただのパジャマだ。
暗がりに慣れてきた目に、見慣れた天井が見えてくる。
身じろぐと、身体の下でぎしりとスプリングが軋んだ。
「ここ……私の部屋……」
がばっと跳ね起きる――と、同時に理解した。
「ゆ……夢っ……!!!」
ポロリと眼から雫がこぼれた。
「な、なみ……」
誰もいないのに、あまりの恥ずかしさに赤面した。
泣いていたのか。あんな陳腐な夢の話で。それも、あの最低最悪の男、小野なんかのために。
腹立ち紛れにベッドを殴る。それでも収まらず、唸りながらひたすら枕でベッドを叩き続けた。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
自分はEDFレディなんてトンチキな存在ではない。
自分はEDF関西駐屯部隊に属してはいるが、完全な生身の女で、ただのオペレーターにすぎない。
空を飛ぶことなんてできないし、瀕死の重傷を負ったこともない。ひらパーに――は行ったことはあるが、五月雨博士なんて人物は知らない。現在の司令だって山岡ではない。宇野司令という官僚肌のおとなしめの人だ。
そうそう、第一、両親はともに健在だし、彼氏だって……実は、まだいない。
敵インベーダーは小野隊員達ではなく、東京の英雄の活躍で三ヶ月前に撃退され、世界には平和が戻っている。
通天閣はまだきちんと建っているし、神戸だって津波の被害は受けてない。摩耶山の標高は下がってないし、淡路島の妙見山も削られてなどいない。ポートタワーも、マリンエアと呼ばれている神戸空港も、神戸スカイブリッジと呼ばれているポートピアと神戸空港をつなぐ橋も全て健在だ。
「あれは夢なのよ」
起きてから何度目かの呟きを、鏡の中で歯を磨いている自分にかける。
あまりに強烈で、しかも後に尾を引く夢だったせいか、こうして何度も自分自身に言い聞かせないと、まだ夢とうつつの間を彷徨っているような気分になってしまうからだ。
あの妄想狂の小野隊員ならともかく、真っ当な軍人にはあるまじき感覚だ。一刻も早く振り払わねばならない。
口をゆすぎ終えて制服に着替えると、ようやく現実感が戻ってきた。
姿見でしっかりと身だしなみをチェックして、部屋を出る。
EDF隊員宿舎の外は秋晴れの高い空が広がっていた。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
大阪城司令部に出頭する。
城内へ入る前に、ふと大阪城を見上げた。
……石垣にも壁面にも不審な割れ目は見当たらない。
誰にともなく頷いて、中へと入った。
交代の時間までは、まだ一時間ほどある。
食堂でコーヒーでも飲んで時間を潰そうと思ったのが間違いだった。
一歩踏み込んだ瞬間に、全身が凍りついた。
そこに、今一番会いたくない三人組がいた。
小野、井上、瀬崎。
三人はテーブルの一つを占拠してスポーツ新聞を拡げ、なにやら大声で喚いていた。よくわからないが、昨日の野球の話でもめているらしい。
とりあえず、意識してない素振りで――内心ドキドキしながら――食堂内へ入り、窓口でコーヒーを注文する。
頼んだ品が出てくるまで長い時間がかかったように思ったが、小野達がこっちに気づくことも、声をかけてくることもなかった。
(……それはそうよね)
三人から離れた窓際の席に座り、馥郁たる香りを胸に吸い込みながら、自嘲の笑みを浮かべてしまう。
この食堂には他にも十数人の隊員やオペレーターがいる。そして、小野隊員たちも自分達の話に夢中だ。彼らにとっては声の関係だけでしかない自分など顔も知らないはずだし、もし多少顔見知りだったとしても、その他大勢の中の一人に、わざわざ野球談義を打ち切って親しく声をかけてくる理由などあるはずもない。
(自意識過剰もいいところだわ、私……こんな状態ではダメね。もうあんな夢、気にしない気にしない)
コーヒーカップの縁で額を軽く小突いて、ふっと微笑んだ。
つけっ放しのテレビから流れてくるニュースの声は、今日も日本が平和だと告げていた。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
「交代します」
「あ、はい。お願いします」
時間になって司令室に入り、メインオペレーター席を交代する。
いくつかの確認事項と申し送り事項を話し合い、頷いてヘッドセットを頭にかぶった。
その時、ふと気になって、離れていこうとする彼女を呼び止めた。
「……あ、ごめんなさい。ちょっと聞きたいのだけれど」
「はい?」
振り返った同僚に、少し言い澱んで――しかし聞いた。
「下に小野隊がいたみたいなんですけれど、彼らは今日、何かの任務に?」
「ああ。確か、昼から神戸方面のパトロールですよ」
「神戸……?」
何か、嫌〜ぁな感覚が背中を駆け上っていった。
「……あの、あなた……五月雨博士って人、知らないわよね」
相手は変な顔をした。
「ええ……あいにく存じ上げませんけど。その方が何か?」
「え、いえ。何でもありません」
慌てて手を振って笑い、ごまかす。
そこへ、司令が入室してきた。
「あ、宇野司令。おはようございます」
立ち上がって二人揃って踵を鳴らし、敬礼をする。
「ああ、おはよう。交代かね? 御苦労様。ゆっくり休んでくれたまえ」
メガネをかけた初老の司令は、同僚を労い、司令官席に着いた。
彼女は頭を下げて、退出していった。
―――――――― * * ※ * * ――――――――
午前中は何事もなく過ぎていった。
午後一番で小野隊が神戸方面のパトロールへ出る旨、報告してきた。
『こちら小野。これから下僕2名と神戸に行ってきま』
相変わらず呑気というか、緊張感がないというか。
まだ小野の声を聞くと少し胸が騒ぐが、朝ほどの緊張はしない。きわめて事務的に答えてやる。
「こちらEDF関西駐屯部隊司令部、了解しました。お気をつけて」
『はっはっは、敵の連中は引き上げたし、世の中平和なもんや。何に気をつけるっちゅーねんな』
人を小馬鹿にしたその口調に、思わず頬が引き攣る。
「……エアバイクで行かれるんでしょう? 事故に気をつけてくださいということです。特に、平時の今はEDF隊員の素行ついて、厳しい目が注がれているんです。早い話、一人でコケるのは構いませんが、人身も物損も一切不許可です」
『……何や、えらい今日は厳しいなぁ』
井上のぼやきに、はっとする。
「お、小野隊員に緊張感が足りないからですっ!! あなた方もですよっ!! 連帯責任なんですからねっ!!」
『ねえねえ、事故起こさずに戻ってきたらさぁ、晩御飯一緒しない?』
瀬崎の状況をわきまえぬナンパに、頭の筋がプチプチと切れそうになる。
「
事 故 を 起 こ さ ず に 戻 っ て き て 当 た り 前 です!」
『でも、何かご褒美があればもっとやる気に――』
「……じゃあ、はっきり言うわ。
タイプじゃないのよ、あなた」
『あう』
ナタでばっさりやられたような声がした。
心底興味がないのは確かだった。小野隊にはどんな形であれ、関わりたくはない。
しかし、職務は職務としてこなさねばならない。すぐに猫なで声に戻した。
「ごめんなさい。わかっていただけたかしら? わかっていただけたのなら……
さっさと行け」
わざと乱暴に送信スイッチを切ってやる。
ふぅ、と溜め息をついたとき、背後から宇野司令が声をかけてきた。
「……今日はまた荒れてるね。何かあったの?」
「いーえ! 何もございませんっ!!」
これ以上突っ込まれたくなかったので声を荒げると、宇野司令は黙り込んで書類を広げ始めた。
もう一度、ふぅっと大きく息を吐き、気持ちを落ち着ける。
そして次の管制を行おうとした時――司令官席のホットラインが鳴った。
ここ三ヶ月鳴らなかったホットラインの耳障りな音が背筋を撫で上げ、一度解きほぐしかけた心を緊張の針金で縛り上げる。
宇野司令は困惑げに受話器を取り上げた。
「――はい、関西駐屯部隊司令、宇野です」
まるで市役所窓口担当のような事務的な口調。
その表情が見る見るうちに驚愕へと変わってゆく。
「は、はっ……そんな、まさか…………奴らは……え? は、はい!」
受話器の口を押さえた宇野司令は、こちらを向いて言った。
「オペレーター、メインパネルにテレビの6チャンネル……いや、2チャンネルだ。非常事態のときはNHKが一番だからな。早く! ほら! 急いで!」
非常事態。そして、“奴ら”。
わけがわからないまま――いや、膨れ上がる嫌な予感から必死に意識を背けつつ、指示された作業を行う。
EDF関西駐屯部隊内で“奴ら”呼ばわりされる対象は、二つしかない。一つは小野隊、もう一つは……。
メインパネルに画面が映った。
町が映っている。見たことのあるような、ないような風景。
だが、そんなことは問題ではなかった。そこに映っているのは――
逃げ惑う人の群れ。
それを追い回し、わさわさ這い回る巨大生物――蟻。
全身の体温が一気に氷点下まで下がった気がした。
レポーターが叫んでいる。
『――ロンドンに巨大生物が出現しました!!』
その一言で充分だった。それ以上はもう聞こえなかった。
悪夢、再び。足が震えた。
背中越しに、宇野司令がパニクりながら話しているのが聞こえる。
「は、はい、確認しまし…………はい、あの救世主をロンドンへ!? はい、はい、なるほど。わかりました、こちらも早速パトロールの強化を。はい、はい、それはもちろんです。わかりました、はい、そうですね、私もそちらの方が。え、山岡君?」
背筋に電流が走った。
山……岡?
「はい、ああ、彼ならよく存じております。こういう事態には私より適任かと。はい、私は補佐で。はい、それで結構でございます。はい、了解いたしました!」
宇野司令が受話器を置いた。
「し、司令……」
おそるおそる振り返る。司令官席で祈るように顔の前で両手を組んでいる宇野司令のメガネが、不気味に輝く。
「オペレーター……現状を全隊員に連絡。非常事態警報発令、パトロール及び監視体制の強化! 関係各機関にも連絡!」
「りょ、了解」
震える指をコンソール上に這わせ、臨時通信回線を開こうとした時、宇野司令が続けた。
「それから、今夕総司令本部の方から新兵器を携えて新任の司令官が着任される。私は補佐に回る。まぁ、山岡君は実戦叩き上げだから、こういう事態には私より――……」
山岡司令。
小野隊、神戸パトロール。
新たに出現した巨大蟻の群れ。
全身が凍りつき、(気分的には)鏡の前のガマガエルように脂汗が吹き出す。
「……君?」
宇野司令の怪訝そうな声など、もう耳に入っていなかった。
悪夢が……フラッシュバックとなって次々と脳裏に甦る。
我知らず、叫んでいた。
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」
――――EDF関西外伝!! 完
To be continued.NEXT MISSION 『The 地球防衛軍2』.
COMING SOON!!