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REVORUTION:EVORUTION

序 RAVEN

『依頼主:ミラージュ
 依頼内容概要:調査部隊痕跡探索
 契約金 :××××××
 成功報酬:××××××
 作戦領域:ナービス領西方ルスカ地方森林地帯
 特記事項:障害排除を最優先とする
 依頼内容詳細:ナービス領西方のルスカ地方において、当社の調査隊が
消息を断った。その後派遣した救出部隊もまた、現地到着後すぐに消息を
断っている。
 至急現地へ向かい、調査隊ならびに救出部隊の痕跡を探索してもらいた
い。部隊が無事発見されればそれにこしたことはないが、おそらく絶望的だ
と思われる。レイヴンには現地で何があったかを確認してもらいたい。
 未確認ながら、ACらしき機体による襲撃があったとの情報もある。もし敵
対勢力に接触した場合はこれを殲滅し、現地の安全を確保すること。
 最後に。現地は深い森林地帯であり、非常に見通しが利かぬ環境である
ことを申し添えておく。
 では、よろしく頼む。』

『依頼主:レイヴンズ・アーク
 依頼内容概要:現地調査
 契約金 :×××××
 成功報酬:××××××
 作戦領域:ナービス領西方ルスカ地方森林地帯
 特記事項:生存帰還を最重要任務とする
 依頼内容詳細:ナービス領西方のルスカ地方に派遣したレイヴンが、ミッ
ションに失敗し、そのまま消息不明となる事態が続いている。
 知っての通り、レイヴンズ・アークではそのミッションの成否にかかわらず、
レイヴン本人の回収には万全を期している。にも関わらず複数のレイヴン
が消息不明になっている現在の事態は、レイヴンズ・アークという
組織の根幹を揺るがしかねない緊急事態といわざるをえない。
 現地に赴いて原因の究明を行いたいが、未確認AC出没の報もあり、迂
闊に調査隊を派遣できない状況にある。
 そこで現地に赴き、情報の収集と障害の排除を行ってもらいたい。
 ただし、状況が状況だけに情報の収集・報告を最優先とする。障害が現
に存在し、その排除が困難と判断した場合、迅速なる撤収を心がけてもら
いたい。
 よろしく頼む。』

 レイヴンズ・アーク所属レイヴン専用ACハンガー脇、パーソナル・オフィス。
「……どう見ても、同じ事案に対する依頼だな」
 端末のモニター画面に映る2つの依頼メールを前にぼそりと漏らす。
 アーク登録20位ランカーのアレックス=シェイディは、耐Gスーツの上半身を脱いだランニング姿でデスクに頬杖をつき、ぼんやりモニターを見つめていた。
 左の頬に刻まれた逆十字の傷痕を、指先が無意識に撫でている。
「そうですねぇ。でも、私としてはアークの依頼を優先してほしいんですけど」
 そう答えたのは、向かいのデスクで事務手続きと奮闘していたオペレーターのラルフ=ファエラだった。
 艶のない黒髪・筋肉質な体躯・鋭い目つきと、レイヴンを生業としているだけあって野性味のにじむアレックスとは違い、豪奢な金髪・華奢な体つき・細い目の呑気そうな青年である。
 キーボードを叩く手を休め、ラルフは顔を上げた。
「両方を読み比べたのなら判るでしょうけど、アークの依頼はミラージュの依頼のせいなんですよ」
「ああ、どうもそんな感じだな」
「あのアホ企業、懲りもせず何度も何度も同じ依頼出すもんだから、今月はレイヴンの損耗率がやたらに上がっちゃって……」
 話しながら、ラルフの指が再びキーボードの上を軽やかに踊る。
 アレックス側のモニターに名簿一覧が現れた。それによると、ミラージュの依頼を受けて消息不明になったとされるレイヴンは、一ヶ月弱で既に4名にのぼっている。
「まあ、こういう業界ですし、任務中にレイヴンが死亡するのは珍しくないんですけど、あまりにレイヴンの損耗が激しい依頼はアークとしても放ってはおけませんから」
「そうなのか?」
「そりゃそうですよ。レイヴンにそうそう死なれてはアークの存在意義が疑われます。あまりに荷が勝ちすぎる依頼などは、アークの方で選抜した上位のランカーレイヴンに振るか、依頼を削除します」
「はぁん。それはお優しいことで」
「勘違いしないでください。これは純粋な営利追求行為です」
「?」
 顔をしかめるアレックスに、ラルフはしたり顔で指を振った。
「いいですか? アークの運営は企業からの寄付と、レイヴンの報酬の上前をはねることで成り立ってるんです。その金づるに死なれちゃ困るんですよ。稼げるところで稼いでもらわないと」
「レイヴンを前によくそういうことが言えるな」
 苦笑しつつ、傍のポットからカップにドリンクを注ぐ。それをラルフに渡し、次いで自分の分も注ぐ。
 礼を言って受け取ったラルフは、カップを一すすりして続けた。
「しかし、今回はちょっと油断ならないですね。ミラージュの方でも現地での権益を確保したいでしょうから、中立とはいえ余所者が現地に入るのを快くは思わないでしょうし」
「とはいえ、アークもミラージュに邪魔されるのを快く思わんだろう」
「当然です」
「どうするんだ?」
「そこは政治力の発揮のしどころですよ。おそらくミラージュの依頼は凍結、調査の件はOAE預かりになるでしょう。そこでヤイヤイやっている間に、アークの方で調査を進める形になるんじゃないですかね」
 アレックスはふぅん、と生返事を返してカップに口をつけた。
「……で、その場合ミラージュが独自に戦力を送り込む可能性は?」
「う〜ん、状況が不透明なままさらに戦力を送り込めるかどうか。……まあ、いつも考え無しに戦力を動かす単細胞企業ですけど。30%くらい、かなぁ。ただ、アーク登録のレイヴンは動かせませんから、送り込むならMT部隊か噂の……」
 ふと言い澱んだラルフに、アレックスは眉をひそめた。
「噂の? 何だ?」
「あ、いえ。それより、どうするんです? 受諾するんですか?」
 その時、アレックス側の端末でメール着信音が軽やかに鳴った。
「と、また来たみたいですね」
「やれやれ。大人気だな、俺」
 苦笑して、アレックスはキーボードを指先で叩いた。
 画面上でメールが開かれる。
「ふむ――アリーナへの出場要請だ」
「ああ、そういえばアリーナもアークの重要な資金源です。ぜひ出場してください。私の生活のために」
 少し小首を傾げて、にっこり笑う。元から笑っているような顔立ちなので、余計に呑気に思える。
「しょうがねえな……相手は? ランク29位ミラージュシルエット?」
 ラルフの指が素早く端末のキーボードを走り回った。
 すぐに白いACが画面上に現われた。その名に相応しく、全てのパーツをミラージュ製品で固めた標準的な中量二脚、右肩にエネルギーグレネードを積んでいる。
「んーと――ああ、期待の新人と名高い彼ですね。パイロット名はアザル=ゼール。驚異的なAC操作技術を発揮して、登録後半年でランク入りした猛者です。ランクの上では格下ですけど、強敵ですねぇこれは」
「他人事みたいに言うな」
「他人事ですから」
「……この野郎」
 苦笑していたアレックスの目が、ふと細まった。
「……………………はて」
「どうしました?」
「ん〜……なんか……違和感を感じるんだがな、このACの構成」
 言われて、ラルフも画面を精査する。
「違和感、ですか? ――ええと……この画像から判るパーツ構成を拾い上げてみましょうか?
 頭部:H−01WASP
 コア:C04−ATLAS
 腕部:A11−MACAQUE
 脚部:LH09−COUGAR2
 ブースター:B05−GULL
 EX:E07AM−MORAY
 B/R:WB08PL−SKYLLA(エネルギーグレネード)
 B/L:WB23R0−CACUS(三連ロケット砲)
 右武器:WR19L−HOLLOW(レーザーライフル)
 左武器:WL−MOONLIGHT(ブレード)
……こんな感じですね。ジェネレーター、ラジエーター、インサイド、オプションに関しては不明ですし、アリーナにこの機体構成で来るとは限りませんけど……見事なまでにミラージュ一色ですね。でも、何が気になるんです? 目新しいパーツがあるわけじゃなし、二脚でキャノンのACなら他にもありますし……」
「そんな見た目の話じゃない」
 アレックスは自分の端末に表示された機体をじっと睨んだ。
「よくわからんが……何か変だ」
 ラルフもじっと機体を見つめる。
「う〜ん……私にはわかりませんがねぇ。じゃあ、一応調べておきます。で、結局受諾するんですか? それとも他の依頼を?」
「受けるさ。もちろん」
 にまっと笑って、端末の画面を軽く指の背で叩く。
「調子こいてるルーキーにお灸を据えてやるのが、先輩の勤めだ――現実は甘くないってな」
「じゃ、受諾しておきますね。出場機体はいつもの『イーグル』で?」
「ああ。相手が中二なら、こちらは軽二でかき回してやる。兵装は……D装備で行こう」
「Dですか。了解です。じゃあ、マシンガンPIXIE3と中型2連ミサイルSATYROSですね。手配しておきます」
 ピアノでも弾くようなリズミカルな打音の後、軽やかに響くメール送信の音。
 だがしかし、それがアレックスを絶望の淵に導く鈴の音になろうとは、二人とも知る由もなかった。



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