蒼きバンダナのアレス Last Episode
〜Cross Fates〜【DUG/RUTZ】

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ダグ=カークス


 青年は立ち尽くしていた。
 燃え落ちた天幕、死に絶えた兵士、折れた槍、倒れたかがり火。
 三十名が詰めていた陣は今、死と炎が支配していた。
 ただ天幕の骨組みが燃え爆ぜる音だけが響き、その炎が夜天を舐めている。
「隊長……」
 青年の背後に並んでいた四人のうちの一人が、はばかりがちに声を出す。
 だが、答は返らない。
 別の者が、声を出した男の肩を叩いた。
「……生存者を探すんだ。急げ」
 頷き合って、散る男たち。
 それでも、青年はただその場に立ち尽くしていた。
 握り締めた拳を振るわせ、唇から血を流し、その黒い瞳に蒼白い炎を燃えたぎらせて……


 やがて、誰かが声を上げた。
 駆けつけた一同。
 見つけた者の腕に抱き起こされていたその女を、隊長は傍らに膝をついて受け取った。
 厚手の革鎧を身につけ、今なお両手に短剣を握るその若い女は、腹部に明らかな致命傷を負っていた。
 額を割られ、血で塞がっていた片目が開き、自分を抱き上げている者の姿を認識する。
「……た、い……ちょう……?」
 隊長はただ、頷いた。
 女は頬を引き攣らせるようにして、ぎこちなく微笑んだ。
「あ、は……たいちょ……の、うでん……なかでぇ…………しね、る、なん……さいこー…………うふ、うふふ……ふふ……」
「……聖騎士団か」
 隊長の言葉に、女は微笑んだまま頷いた。右手の短剣を放し、隊長の頬に手を伸ばす。
「……ごめ、ごめん……なさい…………ものすごく……たくさんでぇ…………が、がんばったけど……やられて……たいちょ……の……なまえ、に……ドロ……ぬ、ぬっちったぁ……えーへヘぇ……」
 その手を、隊長は握り締めた。
「謝るのは俺の方だ。……すまん。そして……よく、戦った」
 女の顔が嬉しそうに歪む。
「わー……い、褒められ……たよ……たい、ちょ、に…………」
 すっと息を吸い込み――そのまま、首ががっくり折れた。
 微笑んだまま。


 いまだ火の手が収まらぬ陣から少し離れた場所。
 陣を見下ろす小高い丘の上に、一行は集まっていた。
「……全滅だ。逃げおおせた者はいなかったようだ。全員の死体を確認した」
「聖騎士団の方の遺体はなかったな……」
「うちの団員に限って、一人も道連れにしなかった、なんてことはなかろう。……いくつかヘルムも落ちてたしな」
「多分、撤退する時に怪我人ともども引き上げていったのだろうな」
「くそ、だまし討ちに停戦協定違反かよ。聖騎士が聞いて呆れるぜ」
「だが、この件が公になれば、再び戦が始まる。そこで皆の敵を取る。奴ら、皆殺しだ」
「ああ、そうだ。――そうですよね、隊長! あんな卑劣な連中、必ず俺たちで!」
 一人、車座から離れた場所で、燃える陣を見つめている隊長に皆の視線が集まる。
 一行の中でもさらに年若いその青年隊長は、あれきり一言も声を発していなかった。
「隊長、新しい団員を集めてもう一度やり直しましょう! 僕らだっているんだし!」
「そうだぜ。俺もこのままじゃおさまらねえ。聖騎士団の連中にしてやられっぱなしなんて。それに、うちの隊員だけじゃねえ。隊長、あんたの――」
「――戦は始まらない」
 背を向けたまま、青年は低い声で呟くように言った。
「え……?」
 盛り上がりかけていた勢いに水をかけられ、四人は顔を見合わせた。
 隊長は続けた。
「王国連合は今、内部での主導権争いに必死だ。停戦協定はそのための時間稼ぎ。停戦が必要だったのはアスラルの連中ではない。こっちの方だ。つまり……我々傭兵のような使い捨ての駒が一つ二つ傷ついたところで、連中が戦を始めることはない」
「そんな……」
「それに、だまし討ちも立派な戦術だ。戦場ではだまされる方が悪い」
「隊長……」
 四人は悲痛な面持ちで、こちらを向こうとしない若き隊長の背中を見つめ続けていた。
「この戦、俺の負けだ」
「こんなの、負けだなんて認めませんよ、僕はっ!!」
「おお、そうだ。俺だって、こんな――」
「負けは負けだ。部隊はほぼ全滅、隊長格を二人も失った。それが現実だ。いつも言っているだろう。次の一手は、いつでも現実の上に積み重ねられる。負けを認めぬ者に、次の勝利などやっては来ない」
 四人の表情がそれぞれに揺れ動いた。
 悲しむ者。
「確かに……認めねばならんか」
 怒る者。
「くそっ……認めねえ、俺はこんなの、絶対に認めねえ……」
 明るくなる者。
「でも、次の一手ということは……じゃあ、隊長!」
 眉をひそめる者。
「いやしかし、隊長格二人って……一人の間違いじゃ…………隊長?」
 次の言葉を待って、期待と不安の混じった眼差しがその背に集まる――その背中が、すとんと落ちた。
 膝から崩れ落ちた青年は、そのまま受身も取らずに突っ伏した。
 体の下から、夜目にもわかるほどのぬめりが漏れ、広がる。
「隊長!?」
「ちょ……どうしたんですか!?」
 慌てて集まり、抱き起こす。
 いつ傷つけられたのか、青年の腹部は大量の血でべったり濡れていた。

 ―――――――― * * * ――――――――

 かすかな、衣擦れ。
 暗闇に、蠢く気配。
 漏れる舌打ち。
 その後は、再び無音の闇。

 ―――――――― * * * ――――――――

 部屋に足を踏み入れた男は、ベッドの隅にうずくまる闇を見た。
 サイドテーブルの上で揺れるランプの光に押しやられ、そこで凝結したひたすら濃密な闇を。
 もとい。
 錯覚だった。よく見れば、ベッドの足側の端に腰を下ろした部屋の主だった。
 しかし、一瞬にせよ、冷静な判断が売り物の職業に就く男をしてそう錯覚させるほど、その青年のいでたちは闇に近かった。
 ランプの光さえ吸い込んでいるかのように艶のない黒髪。
 血に汚れても確認できないであろう黒いシャツとズボン。
 使い込まれてくすみがかった黒革のブーツ。
 コート掛けにぶら下がるマントが暗黒の色なら、その下に転がる革鎧も光一つ弾かない闇の色だ。
 さらに言うなら、膝にのせた拳を包む手袋も黒革、その下に横たわっている剣に至っては、鞘はもちろん柄や鍔に至るまで黒一色に塗り潰されている。
(もしや、剣身まで黒いのでは……)
 立ち尽くした男が思わずいらぬ心配をしていると、青年が顔を上げた。
 どういうつもりでその髪型を選んだのかはわからないが、さっぱりとした後頭部に比べて長めの前髪が顔にしだれ下がっている。それをとどめている額のバンダナもまた黒だった。
 まさに全身黒づくめ。この分ではズボンの中の下着まで黒に違いない。
「……来たか」
 抑揚のない声で言って、青年は炭よりも黒く艶のない瞳に男を捉えた。
 その途端、男は背筋に死神の冷たい吐息を感じた。
 抜き身の刃にも似た、冷たく危険な匂いと沈黙の威圧感を、ただそこにいるだけで振りまく青年。
 年は二十代中頃。目つきがやたらと鋭……悪い。
 いや、悪いどころではない。悪人の中でも一番たちの悪い人殺しの眼つきにそっくりだった。つまり、家畜の解体と同じレベルで人間をバラせる――比喩的な意味ではなく、文字どおりバラバラにする――人殺しの眼。
 感情のうつろわぬ、人形じみた無表情な――と形容すると、人形の方が気を悪くしそうなほど虚無的な眼差し。
「……贈り物は……受け取ってもらえたか」
 眼差しそのままの、昏く、救いがたいほどに沈んだ声だった。言葉の端々に嘲笑の成分が混じっている。灯りに背を向けているため、影が濃くてよく見えないが、口許も皮肉っぽく歪んでいるようだ。
 贈り物――その中身を思い出して、男は顔をしかめた。
 生理的嫌悪もさることながら、理解できない、といった態で。
「どういうつもりだ。ギルド評議会議長宅に、三つも……その……評議員の生首を贈るとは……。ここが『外』に近い辺境の町ガルウィンとはいえ、裏世界を仕切る『ギルド』に真正面から喧嘩売るなんざ、正気の沙汰じゃない」
「敵の意表をつき、十全の力を出させぬこと――戦の基本だ。今さら暗殺者に講義することでもないと思うが」
「………………………………」
 無言のまま、男はわずかに――並みの人間なら絶対気づかない程度の――動揺を見せた。
 構わず、青年は続けた。
「お前がガルウィンでどれほどの実力者かは知らないが、俺の腕を試しに……あわよくば殺しに来たことは先刻承知だ。俺にそのつもりはないが、どうしてもやりたいのなら――」
 青年は剣をあっさりと抜き放った。予想に反して、磨き抜かれた白銀の刃がランプの光を弾く。
「相手になる」
 駆け引きや余裕など一切見せない。徹頭徹尾戦う姿勢。一分の隙もない。
「……はあぁぁぁ〜〜……なるほど。手の内はお見通しってわけか」
 大げさなほど大きく息をついて表情を崩した男は、おどけた仕草で両手を上げた。降参の証だった。
「噂通り、さすがはクルスレードに名高き『死神』ダグ=カークスだな。刃を交えるのはやめとこう」
 空気を少しでも和らげようとおどけてはいるが、男の服の下は汗でずぶずぶに濡れていた。顔に出さないのはせめてもの矜持だ。
 たった今見た抜剣が、全てを物語っている。
 剣を抜く、とは相手を害する意志の現われだ。そこには必ず、感情の揺らぎがある。それが気配を生む。
 一流ともなれば、剣を抜くその一動作とともに放つ殺気や気迫で対象をからめとり、十全の力を出させない。それを防ぎ、あるいは打ち破るには、それと同等か上回る殺気や気迫を発さねばならない。
 だが、この青年はその上を行っていた。
 剣を抜く動作に一切の殺気がなかった。包丁を握り野菜を切る娘でさえ放つ、かすかな気迫が微塵も感じられなかった。
 もっと言えば、目の前で剣を抜いたのに、一瞬それを認識できなかった。
 この一瞬で切り伏せられていれば、と思うとぞっとする。
 呼吸をするのと同じくらい自然に抜き、自然に斬る。そんな芸当が出来るのはもはや、人間ではない。
「あんた、凄腕の傭兵とは聞いていたが……違うね。本質は殺し屋だ。それも、俺より断然上のな」
 静かに首を振る男の口調には、素直な感嘆が混じっている。
「よほどのことがない限り、殺し屋は自分より上手の殺し屋に喧嘩を売らない。こいつは『ギルド』にも言えることでね。要するに、このガルウィンではもう、あんたに喧嘩を売る奴はいないってことだ。満足かい?」
「……………………」
 うずくまった闇の中から、二つの瞳だけがこちらをじっと見つめている。
 生死の区別もつけられないほど濁った瞳。その瞳でいったい何を見てきたのだろう。どんな修羅場がその奥に焼きついているのだろう。
 瞳の濁りってやつも、極めればそれなりに見栄えのするものなのだろうか、と男は頭の隅でぼんやりと考えていた。
「……………………」
 黙ったまま応えない『死神』に、男は再び嘆息し、眉間に苦渋の深い皺を刻み込んだ。
「OK。わかった。無駄話は止めよう。本題に入ろう。ガルウィンギルドは全面降伏する。ギルド解体、幹部皆殺し、他地区のギルドとの合併以外の要求なら、無条件で呑もう」
「ギルドがそれほど大事か」
「無論だ」
 嘲笑の混じった青年の問いに、男は少しむっとしながら即答した。
「『外』から来たあんたにはわかるまいが、『ギルド』というのは単なる犯罪者の互助会ではないし、犯罪組織でもない。その地区の裏の世界の秩序を守る組織なんだ。そしてその構成員の多くは、裏で仕事をしながらも表の顔を持って平和に暮らしてる。いわば、アスラルの平和の半分は『ギルド』が担っている。樹海内に点在する各都市を拠点とする、多くの『ギルド』同士の力関係と相互信頼の精神でな」
 男は身振り手振りを交えながら、説明を続ける。
「ここで俺達ガルウィンの『ギルド』の力が弱まれば、メルガモやクルスレードの『ギルド』が勢力を伸ばしてくる。そうすれば、俺達は戦わなきゃならない。表の世界も巻き込んでな。だから、裏の戦はできるだけ避けたい。……もう半分、表の世界の秩序を守ってる教団とのしがらみもあるしな」 ※地図
「それはこっちの知ったことではないし、ギルドの功罪についてもある程度は知っている。『外』にも『ギルド』の類はある」
 ようやく口を開いた青年は、抜いたときと同様、実にあっさりと剣を鞘に戻した。
「だから、ここで待っていた」
「待っていた? ……俺が来るのを?」
「要求はない。取り引きがしたい」
「取り引き?」
 意外な言葉に眉を開く。その胸目掛けて、青年は人の頭ほどの革袋を投げた。
 受け取った男はよろめきもしなかったが、かなりの量の何かが詰まっていた。
「なんだ?」
「『クルスレードの紫』」
「ああ……。――な」
 耳慣れた麻薬の名前に、しかし一瞬遅れて、男の表情が強張った。
「なんだとぉっ!!??」
 常に冷静さを要求される暗殺者とも思えない素っ頓狂な声が、安宿の静寂を震わせる。
「く、『クルスレードの紫』って……これ全部がか!? 信じられんっ、こんな、こんな量は……うちが一年で扱う量に匹敵、いや、それ以上はあるぞ! どうやって手に入れた!!」
「蛇の道はヘビ、だ。それより、そいつを買い取ってもらいたい」
「ば、馬鹿野郎! いくらなんでもそんな大金、こんな田舎ギルドにあるかよっ!」
「それはお前の決めることじゃない」
 あっさりと言われ、男は言葉に詰まった。
「し、しかし……この量なら、ガルウィンそのものだって買えちまうぞ……」
「そのつもりだ」
「はあ」
 首をかしげつつ、男は腕の中の革袋を見下ろした。
 『クルスレードの紫』。
 吸引することで高揚感や多幸感を得るだけでなく、望みの世界を幻覚として見ることの出来る麻薬。もちろん、常習性と副作用もしっかりある。原材料が原材料だけに多くは出回らず、幻の麻薬とまでいわれている。
 それゆえ、王侯貴族でもこれだけの量を集めることはできない。全財産と領地の大半を売っ払っても、この半分がせいぜいだろう。それをこの青年は……。
 言い知れぬ怖気が背筋に走る。
「あんた……」
「なんだ」
 予想はしていたが、さして興味のなさそうな声が返ってきた。
「あんた、ここで……アスラルで何をする気だ? あんたが――傭兵団『獅子の牙』第二部隊隊長ダグ=カークスがクルスレードで参加していた戦は、半年前の停戦協定で一応落ち着いている。だとすると……なんで戦場の指揮官たるあんたが、たった一人でこんな敵地の奥深くにまで入ってきてるんだ?」
「聞きたいか?」
 聞けば呪われるぞ、と言わんばかりの声音にぞっとしながら、それでも男は頷いた。
「あ、ああ。聞きたいね」
「俺に雇われるなら、教えよう」
「はぁ……」
 背筋に悪寒が走る。頭の隅で鳴子の音が警告を発し続けている。
 普段なら、何よりその警告を信じて身を退く。それがこの世界の鉄則だ。危険を感じて身を退くべきときに退かぬ者は、その代償に己の命を支払わねばならない。
 だが、今はそれ以上に情報を得る必要があった。ここにいるのはただの殺し屋ではない。『ギルド』の交渉役だ。このままおめおめ帰ることは許されない。それに、聞いておけば何かの役に立つやも知れない。
 天井を見上げ、男は嘆息した。
「わかった。あんたに雇われよう」
「では、報酬は『クルスレードの紫』の代金……評議長から受け取ったものをそのままお前にくれてやる」
「おいおい……どんな大金だよ」
 きょとんとする男に、青年は虚ろな眼差しを向けていた。皮肉げな微笑すら浮かんでいない。
「元々そっちに依頼するつもりだった。だが、お前に頼んだ方が確実そうだ」
「……過分の信頼、恐れ入る……で、何を?」
「簡単なことだ。各地の『ギルド』が俺の邪魔をしないよう手配してくれればいい」
「あんたの邪魔?」
「そう。俺と……『創世の光』の戦の邪魔だ」
 その瞬間、男は意識の不協和音というものを初めて味わった。
 思考、理性、感性、感情……意識を構成するあらゆる部分が、爪でガラスでも引っかくような軋みをあげる不快極まりない感覚。
 その音無き音に、男は目眩を起こしかけた。
「あ、あんた……何を言った? 本気か?」
 絞り出した声がわずかに引き攣っている。
「さっきも言ったとおり、アスラルの平和の半分は教団の存在で保っているんだぞ! 聖騎士団だって、1000人以上はいる! それを……いや……いやいや」
 唐突に口を閉じ、何度も何度も頭を振る。
「何を焦ってるんだ、俺は。はは……あんた独りで教団に勝てるわけはないじゃないか……ははは……」
「どう判断しようと、お前の勝手だが」
 闇の塊が身じろいだ。ベッドが不気味な軋みを上げる。
「お前は俺と契約を交わした」
 まるで悪魔のセリフだった。
 たちまち乾いた笑い声がかすれた。男は顔が引き攣るのを押さえられなかった。その驚愕の面持ちのまま、頷く。
「わ……わかっているさ。依頼は、まっとうしよう」
「この戦はあくまで俺と教団との私闘。『ギルド』には傍観していてもらう」
「うちはともかく……他の地域の『ギルド』がそうそう頷くとも思えないが……」
 青年はふっと鼻で嗤った。
「そのための『クルスレードの紫』だ。俺と教団との戦で生じるある程度の被害は、それで補償できるはずだ。それでも聞かなければ、ガルウィンの評議会に、隣接する地域の『ギルド』が壊滅した場合、その利権は盗った者勝ちである、とでも宣言させろ。さすればお互いに牽制しあってそうそう妙な動きは取れなくなる」
「そりゃあ、理屈ではそうだろうが……それは暗黙の了解で、既に『ギルド』同士、お互いにわかっているはずだ。いまさら……」
「暗黙の了解というのは、相互信頼という建前の上に立つ一種の甘えだ。だが、本音が姿を現わせば、建前は居場所を失い、疑心暗鬼が目を覚ます。自己の利益を最優先する犯罪結社である『ギルド』は、その疑心暗鬼を振り払えない」
 男は唇を噛んだ。
 確かに。『ギルド』の対応など、自分でも手にとるように予想できる。
 まず、権益を奪われる対象になりたくないから、ガルウィンの評議員を三人も殺したような物騒な男は見逃す。天災に立ち向かうなど、愚の骨頂だ。天災は通り過ぎるをの待つに限る。
 次いで、自分たちの支配地域以外で騒動を起こし、この青年とその地域の『ギルド』とでことを構えさせようとするだろう。権益の空白地がなければ、作ればいいのだから。
 だが、お互い腹の内は読めているから、どこの『ギルド』も自分のところでそんな騒動を起こさせないように最警戒するだろう。
 それとも、そんな動きがばれたら相互信頼が崩れ去ることを危惧して、お互いに牽制し合うだけにとどめるか。
 いずれにせよ、『ギルド』が真っ向からこの青年に喧嘩を売ることはできない。
 たった一言の宣言で、アスラルの半分を治める『ギルド』の動きは封じ込められてしまうのか。まるで魔法か呪いだ。
「例え、いざ『ギルド』同士の戦いが始まっても、それはそれで一興。混乱が起きれば、俺もやりやすくなる。くく……つまりは、どう転んでも俺の邪魔にはならん」
「各地の『ギルド』同士が手を組むかも知れんぜ? 平和の敵はつまり、商売の敵だからな」
「いいとも。ならば、皆殺しにするまでだ」
 冗談のような一言も、この青年がうそぶけば現実味をもって胸に突き刺さる。
(――ガルウィンだけじゃない。アスラルそのものを……掌の上で弄ぶ気か)
 男は知らず後退っていた。肌が粟立つ。背筋が凍る。自分が唾を飲み込む音さえ、遥か遠くから聞こえてくるかのように思える。
 どうしても、教団とやりあうというのか。そのためなら、アスラルの触れられざる暗部すら敵に回すと。
 人の考えつくこととは思えない。狂人と呼ぶにも突飛過ぎる。
「……………………あんた……悪魔か」
「いや」
 青年は悪魔そのものの冷笑を頬に浮かべていながら、首を横に振った。
「『死神』だ」


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