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☆クリンゴン語の同音異義語についての裏話。


 ミスが生んだクリンゴン語 
 If you make an error, you'll have a terror.

☆このページはクリンゴン語の同音異義語の生まれた過程について纏めています。 クリンゴン語の知識がなくても読めるように説明したつもりです。


クリンゴン語には、同音異義語がけっこうあります。 例えば完了を意味する動詞接尾辞 -pu' と、「言葉を話すもの」を意味する名詞に使う複数形の接尾辞 -pu' とか。
日本語同様、発音の種類が少ないせいもあるんですが、もうひとつ、劇場版の製作過程で生まれた、以下のような事情もあるんです。


まず、劇場版スタートレック第3作『スター・トレックIII ミスター・スポックを探せ!』("STAR TREK III -THE SEARCH FOR SPOCK-")です。 この映画はマーク・オクランド博士によるクリンゴン語が登場する初めての作品で、この時はまだクリンゴン語辞典(TKD)も発売されてませんが、映画製作時にパラマウントから「クリンゴン語を作ってくれ」と依頼を受けたオクランド博士は、自分の翻訳作業用に辞書を作っていました。
さて、この映画の中で、クルーグ艦長の指揮するバード・オブ・プレイが S.S.グリソムに接近してこれを攻撃する時、クルーグ艦長は射撃手にこう言います。

 DoS jonta' neH!
  (target, engine section only!)
  「エンジンだけを狙え」

jonta' が「エンジン」、 neH が「〜だけ」の意味です。
そして射撃手がミスしてグリソムを木っ端微塵に吹っ飛ばすと、クルーグは射撃手に向かって大きい声でこう怒鳴ります。

 qama'pu' jonta' neH !
 このセリフの英語の字幕は "I wanted prisoners!"(俺は捕虜を取りたかった!)となっています。

しかし、jonta' neH が含まれていることからもお気づきでしょうが、これはもともと違う意味のセリフでした。 実は、オクランド博士は "I told you, 'Engine station only'!"(「エンジンだけ」と言っただろう!)という内容のつもりで、脚本のセリフをクリンゴン語訳していたんです。
しかしポストプロダクション(撮影の終了後、映像効果や効果音や字幕などを入れる作業)の段階で、セリフが変えられて字幕は "I wanted prisoners!" に変更されました。 恐らく、スタッフは「クリンゴン語なんて誰にも判らないんだし、字幕だけ変えれば良いだろう」と気楽に考えてのことだったんでしょうが、オクランド博士はどうもかなり真面目な性格らしく、この qama'pu' jonta' neH ! が変更後の英語字幕に合うように辻褄合わせを行いました。
もともと最初に翻訳した時点では、このクリンゴン語は qa- は主語が「私」で目的語が「あなた」の意味の動詞接頭辞、ma' は「話す、言う」、-pu' は完了形で、qama'pu' で「私はあなたに言った」、そして jonta' neH が付いて「私はあなたに『エンジンだけ』だと言った」という意味になるわけです。
セリフの変更後、オクランド博士は qama' を「捕虜」、-pu' は「言葉を話すものに使う複数形の接尾辞」、jon を「捕らえる」、-ta' を「完了形」の動詞接尾辞 -pu' とは別の「達成形」とし、neH を「欲しい、〜したい(英語の want)」の意味にするなど、それまで考えていたクリンゴンの語彙になかった言葉を作る形で上手く収めました。 さらに「話す」は ma' から ja' に変更されました。
怪我の功名というべきか、この結果「完了形と達成形の違い」、たとえば vISoppu'「私はそれを食べた」と vISopta'「私はそれを食べ切った」の違いを表すニュアンスが生まれ、また「言葉を話すもの」と「話さないもの」で複数形の接尾辞が違うという独自色も生まれました。
オウムに似た、人の言葉を真似る鳥には、一部のクリンゴン人は -pu' を使うがほとんどは -mey を使う、というジョークは、クリンゴン語ならではのものです。



もうひとつ、クリンゴン語のセリフが延々と続くことでクリンゴン語ファンには好評でその他のトレッキーには不評な映画『スター・トレック5 新たなる未知へ』("STAR TREK V -THE FINAL FRONTIER-")でもこんなシーンがあります。
クラー艦長の指揮するバード・オブ・プレイが地球の探査機パイオニア10号を射撃の的にして破壊したあと、クラー艦長はこんなことを言います。

 vaj toDuj Daj ngeHbej DI vI'.
  (Shooting space garbage is no test of a warrior's mettle.)
  「宇宙のゴミを上手く撃っても戦士の勇敢さの証明にならない」

だったら撃つなよ!ってことはともかく、
vaj は「戦士らしさ」、toDuj は「勇敢さ」、 Daj は「証明にならない」、 ngeHbej は「宇宙(cosmos)」、 DI は「ゴミ、破片」、 vI' は「射撃術」という意味です。
(このセンテンスを、仮に A とします)
で、そのすぐあとで、ニンバス3からの通信を聞いたクラーはこう言います。

 vaj toDDujDaj ngeHbej DIvI'.
  (That means the Federation will be sending a rescue ship of its own.)
  「それならば、連邦は救助船を送るだろう」

vaj は「それならば」、toDDuj は「救助船」、-Daj は「彼らの」、 ngeH は「送る」、 -bejは「〜だろう」、 DIvI' は「(惑星)連邦」という意味です。 (このセンテンスを B とします)

さて、上のセリフ A と B を見比べて見て下さい。 クリンゴン語が読めなくても、凄まじく良く似ているのが判ると思います。 映画でもこの一連のシーンのクリンゴン語のセリフを良く聴いていれば、そっくりなセリフが2回出てくることに気付くでしょう。 そして、単語の意味を見ると、どうもAの方に不自然さを感じないでしょうか?
そうです。 これはクラー役の俳優トッド・ブライアントが間違えて、違うセリフを言わなきゃいけないシーンで B のセリフを言ってしまったんですね。 まあ、コレ自体は、クリンゴン語のセリフだしミスるのも仕方ないと思うんですが、問題はこのシーンがNGにならず本編に使用されてしまったことです。
またしてもオクランド博士は辻褄合わせを行いました。 vaj toDDujDaj ngeHbej DIvI'. を「宇宙のゴミを上手く撃っても戦士の勇敢さの証明にならない」という意味にするため、まずスペースを入れたりして「これは vaj toDuj Daj ngeHbej DI vI'. という文なんだ」ってことにしました。
その上で、vaj をすでにある SuvwI'「戦士」とは別に「戦士らしさ」という意味に、toDuj は新しく「勇敢さ」、Daj はかなり無理がありますが「証明にならない、結論が出ない」という意味に、ngeHbej はすでにある space と universe の「宇宙」とは別に cosmos の「宇宙」に、そして vI' を「射撃術」という意味の新語として設定しました。

しかしこれも、このおかげで SuvwI'vaj の違いなどが生じ、よりクリンゴン語の独自性が深まったのは皮肉なものです。
もちろん、オクランド博士の徹底して緻密な言語学的考証の上でのフォローの上手さ、それがあってのことなのは言うまでもありません。



と、まあこういう経緯があって、同音異義語や異音同義語が多く生まれたのでした。(特にオチはありません)








文責・茶月夜葉 ( Earthdate:0604.23 )


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