やっぱりジムは気が引ける。それにわたしといっしょに行くと、涼さんが自分のいつものメニューをこなせなくなってしまう。涼さんは構わないと言ってくれたけれど。そしてこれはわたしの考えだけれど、涼さんならともかくわたしがあそこでわざわざお金を払って、何かをするというのはもったいない気がしていた。
体重は気になるのだけれど。
それじゃあ、と涼さんがダンベルを貸してくれた。もちろんこれもちゃんと無理ないメニューを教えてくれて。で、これが結構わたしの性にあったみたいだった。もともとコツコツやるのは嫌いじゃない。それに涼さんの帰りを待つ間のいい暇つぶしにもなった。
「あ、やってますね」
涼さんがめずらしく早く帰ってきた。夕方の、夕食の支度を始めるちょっと前の時間をつかって、ダンベル体操に励んでいた。もうちょっとで終わるから待っててくださいね、とわたしは残りのメニューをこなす。
「どうですか?少しは締まりましたか?」
「体重は変わんないんですけれど、なんとなく、筋肉がついたような気がします」
「そうですか」
そう言って涼さんは、どれどれと確かめるようにわたしの胸を触った。
「きゃぁ!」
思わずダンベルを落とす。
「ヤツカ、取り扱いには注意って言ったじゃないですか」
しれっと涼さんがわたしを叱る。
「だ、だって涼さんが……そ、それにそこは締まるところじゃありません!」
「でも大きくはなりますよ、胸筋鍛えるから」
「え、本当ですか?」
即答で喰らいついたら涼さんが笑った。
「まぁ、僕は大きくても小さくてもね、ヤツカが太っていても痩せていても全然かまいません」
「でも大きいに越したことはないですよね?」
更に喰らいつくわたしを、涼さんは笑って流す。やっぱり男の人は大きいほうが好きなんじゃないかと普通に思うのだけれど……涼さんはわたしにその答えを読ませない。
「それに、わたしが太っていたら困りますよね?持ち上げられなくなりますし」
「そしたら僕がもっと鍛えて力をつけるから」
さらっと言われると、それ以上は言えなくなってしまう。
「ヤツカ、何か忘れてませんか?」
涼さんがわたしの肩に手を置いて、こつんとおでこをぶつけてくる。
「あ……はい」
気付いて、涼さんにキスした。涼さんがいつもねだる「おかえりなさいのキス」だ。
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
いつもしていることなのだけれど、改めて思うと……どうにもこうにも照れてしまう。
「……あ、涼さん、先にお風呂入っちゃってください。その間にごはんのしたくしておきますから」
まっすぐに見詰めてくる涼さんから逃れたくて、そう言った。
「ヤツカも一緒に入りますか?」
「いいいいいいいです!」
一緒に入ってどうするんですか、と言いそうになってやめた。だって、一緒に入ってどうした事があるんだもの……。
だけど台所に立ってから、改めてさっきのダンベルで汗をかいていた自分の身体が気になった。このままでごはんを作るのはちょっと気持ち悪い。で、結局
「涼さん、シャワーだけ借りていいですか?」
「いいですよ」
涼さんが入っているお風呂にお邪魔した。さっさとシャワーを浴びて出てしまおう。涼さんは湯船に浸かったまま、目を閉じていた。こちらを見ないでいてくれるのはありがたい。別に夫婦なのだから、それに見慣れているのだから恥ずかしがる事はないのだけれど……少なくともわたしは恥ずかしい。
シャワーを止めて風呂場をでようとすると涼さんが言った。
「ヤツカ、ちゃんと温まっていきなさい」
「え、でも」
「ヤツカ、風邪ひくから。ね?」
結婚して変わったことのひとつに、涼さんが時々こんな風に命令口調でものを言うことがあった。だけど別に感じの悪いものではない。むしろその有無を言わせない力が心地よくあったりもする。そう言ってくれるのが、ちょっと嬉しかったりもするし、そう言ってくれる関係なんだよな、とこそばゆくなったりする。
お部屋が広ければお風呂も広い。2人で楽々入れてしまう。……この間は、つい調子に乗ってしまってわたしがのぼせてしまって大変だった。涼さんは「何もしませんよ?」と笑った。
涼さんと向かい合わせでお風呂に入る。さすがに足は伸ばせないが、軽く膝をまげて、足の裏が触れ合うぐらいの広さがある。足の指で、涼さんの足の裏をくすぐったら、涼さんの顔がふにゃと笑った。
涼さんがお湯の中で両手を差し出す。促されるように、わたしがそこに手を乗せる。涼さんがわたしの手を取る。その足を支点にしてぎゅっとわたしの腕を引っ張る。肩と背中の筋が伸びて気持ちいい。
わたしの手ををぎゅっと握る、てのひらをゆっくりと揉んでくれた。意外に手というものは凝るんですよ?と言いながら、そんなストレッチとマッサージをしてくれる。暖かいお湯の中でほんとに気持ちいい。眠ってしまいそうで。
この間はそういう気分になってしまったけれど、今日はそういう気分にはちっともならないで、ただ本当に子供の頃家族とお風呂に入っているような安心した気分になって……いや、だってわたしたちは家族でもあるんだもの。
湯船からあがってわたしは涼さんの頭を洗ってあげた。それから背中を流してあげて、それが普通のことのように自然だった。
お風呂からあがると涼さんが大きなバスタオルごとわたしをくるむ、そして乱暴に、まるで犬でも乾かすみたいにぐしゃぐしゃーっとされた。くすぐったくて、おかしくて、なんだか楽しくて笑ってしまった。
まるで遊ぶみたいにお風呂に入ってしまったら、すごくおなかがすいてきた。
「おなか空きましたね」
涼さんが頷く、そして
「がまんできません」
「あ、でもご飯は炊けているんで、何かすぐ簡単に作っちゃいますね」
「ヤツカ、がまんできません」
もう、ほんとうに甘えん坊というか、結婚してからわがままになったんじゃないですか?と言おうと振り返った時、ふわっと身体が宙に浮いた。
「うわ!」
「がまんできません」
え、ええ?そう言うこと?そっち?
「だ、だって涼さん、そんな」
「だから、我慢できないんです」
「だって、そんな事したら余計にお腹が空いちゃいますよ?」
我ながら訳のわからない説得だったけれど、それを言った時にはもうベッドの上で。涼さんがまだ良く乾かしていなかった髪からぽたりとしずくが落ちて。
「ヤツカ、愛してる」
うわー、うわー、うわー。
もはや誰も涼さんを止められない。
それにわたしも……止められない。
お風呂上りで消耗していた身体、そしてお腹が空いていたこともあって、終わったらぐったりとしてしまった。いや、ぐったりしているのは、涼さんが、こう、ほんとに……。
「もう!」
「なんですか?」
「その……」
「ヤツカは結婚してから大胆になりましたね」
さらりとそんな感想を述べられても。そしてさっきまで自分が何をしていたかを思い出して、真っ赤になった。
「ヤツカは結婚してからも、相変わらず照れ屋さんですね」
わたしの髪に指を入れて、優しく梳く。
「でも結婚してから、またカワイクなった」
なんだか言われっぱなしで悔しい。
「涼さんは結婚してから、その」
「結婚してからなんですか?」
本当に、結婚してから甘えん坊になったし、ちょっと偉そうになったし、わがままになったし、ちょっとエッチになったし。
だけど、そんな涼さんと結婚して良かったなぁと思っているわたしがいる。
多分、結婚して一番変わったことは、わたしが涼さんをもっと好きになった事だ。
「僕は結婚してから」
何もいえなくなったわたしの言葉を涼さんが引き取った。
「もっとヤツカのことが好きになりました」
ずるい。先に言われてしまった。
おもわず膨れたら、その頬に涼さんが自分の頬を摺り寄せた。
涼さんの身体から、わたしと同じ匂いがする。同じシャンプーの匂い、同じボディーソープの匂い。
一緒の匂い、一緒の気持ち、そして一緒にいられること。
「わたしもいっしょです」
それ以上、言える言葉がなくなってしまうぐらい、わたしはとても幸せだった。
涼さんが言った。
「もう我慢できません」
え?また?と慌てたら涼さんがくすりと笑った。
「ごはん。お腹すきました」
そしたら本当に涼さんのお腹がきゅうと鳴って、笑ってしまった。
「じゃあ、手伝ってください、一緒に」
「はい」
そしてふたりで一緒にキッチンにむかった。
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突然はじまりました「奥様はヤツカ」。
すずやつ祭で「是非ともふたりを幸せに」というリクエストにお答えして……うそです、俺がやりたいだけです、俺が漏れているだけです。
そもそもは、オゴりんがうっかり日記で漏らした「すずやつ新婚SS」に端を発するわけですよ(責任転嫁は日常茶飯事!)(笑)。その単語を聞いて、すずやつで新婚だなんて!「僕たちはもう夫婦なんですから」とか!「恥ずかしがらないで」とか!「(ダブルベッドを前にして)僕たちの愛の巣ですね」とか!平気で言っちゃうよー!(ひー!)とむっさんがひとりで興奮したわけです(君は男子中学生か)。 ちなみに高速漏れ体質のワタクシ、すずやつ祭閉会時には既に8割のプロットは出来上がってました(節操なし世界一)。
「それはおかねもちだから!」で数々のありえない言動をくりひろげてきた涼さんに、さらに「つうか新婚だしね」という大義名分を与えることにより、ますます「おかねもちキャラエロチシズム(ロムッ娘ちゃん命名)」に拍車を、いやむしろ合法で!というイキオイでいこうかと思います。(2004.01.24)
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