+ Sickness


 朝、目が覚めた。今日はお休みだけれどそろそろ起きなくちゃなぁと、身体を起こしたら、あ、あれ?
 くらん、と眩暈がしてわたしの身体は再びベッドに沈んだ。あれ、なんか変だ。
「ヤツカ?」
 隣の涼さんがそんなわたしに気付いて、声をかけてくれた。あ、起きなくちゃ、おはようございますって言わなくちゃ……だけど、くらくらする。
「ヤツカ、ヤツカ?大丈夫ですか?」
 起き上がれない。なんだか変だ。
「ヤツカ……」
 涼さんがわたしの額に触れた。すごく冷たくて気持ちいい。
「ヤツカ、すごい熱、大丈夫?」
 声をだそうとしたら変な風に掠れてしまった。涼さんが心配そうに覗き込む。大丈夫です、と笑おうとしたけれど、うまく笑えなかった。
 目が覚めると同時に、身体も病気であることに目覚めたみたいだ。どんどん熱があがっていく感じがする。せっかくのお休みなのに、いやだ、わたし。
 涼さんがすぐにわたしの熱を測ってくれた。37度9分。くらくらするはずだ。涼さんは心配そうにしつつもてきぱきと看病の体制を整えてくれた。アイスノンを枕にしてくれて、冷たいお水で絞ったタオルを頭に乗せてくれて。気持ちいい。
「ヤツカ、薬飲めますか?」
 わたしは頷いた。
「でも昨夜から何も食べていないですよね……本当は何かお腹に入れてからがいいんですけれど、何か食べれます?」
 わたしは首をふった。ちょっと、そういう感じではない。
「困りましたね……」
「……ごめんなさい」
「馬鹿ですね、謝るんじゃないです」
「……ごめ」
 思わずもう一度謝ろうとしたら、唇を塞がれた。
「やだ……、うつっちゃいます」
「うつしていいですよ。そうすれば、治るでしょう?」
「や・・・・・・」
 そしてまたくらくらする。涼さんがぼんやりとしてきた。
「少し、眠ってください」
 言われるまでもなく、身体の熱に誘われるように、わたしは眠りについた。でも妙に神経は昂ぶっている。目を閉じて、何か風邪をひくような事したかなぁと考えたけれど、そのうち、頭まで痛くなってきてしまった。
 うつらうつらと眠りにつく。はっきりしない意識の外に、涼さんの気配をずっと感じていた。
 どれぐらい眠っていたのだろうか。目が覚めたらきれいさっぱり治ってくれればいいのだけれど、そうはいかないらしい。
 涼さんが額のタオルを代えてくれていた。目が合うとにっこりと笑ってくれて。
 そして唇に何か冷たいものが押し当てられて、押し込められる。ゆっくりと歯を立てると冷たさと甘さが口に広がる。桃だ。缶詰の桃。少し凍っている。つめたくてあまくて、美味しい。
「どう?食べられそう?」
 わたしは頷いた。美味しいというより、気持ちよかった。そう言おうとして口を開いたら、涼さんがまた桃を食べさせてくれた。
「さっきね、アイスノンを探している時に見つけて、凍らして置いたんです。これなら大丈夫かなって」
 わたしはまた頷いた。
「……よかった。何かお腹に入れないとね、薬も飲めないし、治る力も出てこないから」
 そう言ってまた、わたしに食べさせてくれる。なんだか雛鳥みたいだ。ちょっとおかしくて笑ってしまった。涼さんも、何でわたしが笑ったかわかったようで、一緒に笑ってくれた。
 それから涼さんはお薬を飲ませてくれた。今度は苦い。でも甘い。そんな風にしなくても、一人で飲めますと言いたかったけれど、実際身体をすこし起こすのも厳しくなっていた。
 少し様子を見ましょう、と涼さんは言った。あまりひどいようだったらお医者さんに連れて行きますからと。
 何から何まで、完璧な手順。こういうのも一種の危機管理、っていうのかなぁ。そんな涼さんが頼もしくもあった。何よりも、病気の時に一人じゃないっていう事が嬉しかったし、変な話だけれどしあわせだなぁと思ったりして。
 こんなにしてもらえているんだもの、早く良くなりたかった。そしていつものように涼さんと二人でお休みをのんびりゆっくりすごしたかった。
 そう思ったのが、そう焦ったのがいけなかったのか。薬はあまり効果が無かったみたいだ。また少し熱が上がった。涼さんがまた熱を測ってくれた。38度4分。汗ばかりかいて、なのに寒い。眠ってしまえれば楽なのに、眠れなかった。とろんとした目で涼さんを見上げると、涼さんもさすがに顔を曇らせていた。