珍しく夜中に目が醒めた。
そして涼さんが隣にいることにほっとした。よかった、今日は帰ってきたんだ。
涼さんは良く寝ている。枕元の淡い間接照明にその寝顔が浮かび上がる。疲れている、少し痩せたみたい。涼さんはもう少ししたら落ち着くからと言っていたけれど、そうは言ってもやっぱり心配だ。
涼さんが軽くはいでしまっている掛け布団を直そうとして、涼さんがパジャマのボタンをいっこづつずらして嵌めている事に目が止まった。思わず笑ってしまった、子供みたい。だけどそれに気付かないほど、疲れているのだ。
涼さんが目を醒まさないように、そっとボタンを嵌めなおす。ひとつつづ外すと、涼さんの逞しい胸があらわになる。
「・・・・・・」
なんだか、久しぶりに見る。規則正しく上下する胸にそっと耳を当てると、規則正しい音がして。そんな風にしても涼さんは起きなかった。
そう言えば、ひさしぶり、というかしばらくだ。
そう思ったら急になんだか変な気分になってきた。それを誤魔化すように、わたしは涼さんの肌に口付けた。ほんとに起きないのかなぁという純粋な好奇心、いたずらをする子供のような気分で。
だけど、だんだん子供のような気分ではいられなくなって。
涼さんの胸に何度も何度も口付けた。唇に感じる涼さんが、なんだか切なくて。そしてどうしようもなく欲しくて。いやだ、わたし何をしているの?と思いながらわたしは涼さんに触れるのを辞めることが出来なかった。涼さんの首筋に口付けた。涼さんの肩口に口付けた。そう、ずっと出来なかった「おかえりなさい」のキスをするように、涼さんに口付けた。
涼さんの胸の突起をそっと舐めた。それでも起きなかった。
その近くに強く吸い付いた。赤い痕が残る、それでも起きなか・・・・・・。
「ヤツカ」
慌てて顔を上げた。涼さんがこちらを見ている。
「・・・あ、あの」
やっぱり起こしてしまった。いや、起きないほうがおかしい。
もとい今、わたしはこれをどう誤魔化せばいいのか、すごい焦った。
「ヤツカ」
「あ、あ」
言葉にならない。
「したいのなら、そう言えばいいのに」
「あ、でも涼さん疲れているし・・・・・・」
言ってからしまったと思った。それじゃあ「したい」って肯定しているみたいじゃない。でも待っても自分の中から否定の言葉は出てこなかった。だって・・・・・・。
「ヤツカから、してくれれば大丈夫ですよ」
「え、ええ!」
なんて事をさらっと言うのだろう。そんな事言われても
「ヤツカ」
涼さんが優しく言う。それはなんだかねだっているようでもあり。
わたしは涼さんの上に覆い被さるようにして、涼さんの顔を見た。
「ね?」
ねだっているようでもあり、せかしているようでもあり、わたしの背中を押そうとしているようでもあり。
涼さんの顔の脇に肘をつくようにして、涼さんと見つめ合う。涼さんが目を閉じた。わたしはその唇に口づけた。押し付けるようにして、涼さんの唇を開いていった。そっと舌を差し入れると、涼さんが絡めてきた。深い深いキス。わたしの唇は、普段涼さんがわたしにしてくれるようにたどっていった。
「・・・・・・ん」
涼さんが声をあげた。妙に甲高い、掠れた、鼻から抜けるような声。どうしよう、こういう表現はおかしいのかもしれないけれど、すごい色っぽい。ドキドキする。わたしは何をされているわけではないのに、わたしのからだに涼さんは触れていないのに、すごくドキドキした。
「ヤツカ・・・・・・」
うっとりと、涼さんがわたしの名を呼ぶ。わたしは寂しかった気持ちと、涼さんを好きだという気持ちをこめて。涼さんが、わたしを導いてくれた。
一緒にいるだけじゃ、駄目なんだと、その時はっきり思った。
一緒にいるだけじゃなくて、触れないと、触らないと駄目なんだ。
だってわたしたちは一緒なんだもの、一緒になったんだもの。
涼さんがわたしの頭をくしゃりとなでた。
まるで「よくできました」と子供を誉めるように。いやだ、そんな風にしないでください。もう何をしたかも覚えてないんですから・・・・・・でも、涼さんは嬉しそうだった。だからしたことは間違っていないんだと思った。
今更ながら体中の血のめぐりが早くなる。
「ヤツカ」
いつのまにかわたしは涼さんに組み敷かれていた。そして同じ事が繰り返される。
「いや・・・・・・涼さん、疲れちゃう」
「僕がそんなにヤワな男だと思いますか?」
「でも」
「嬉しかったから」
「・・・・・・え」
「嬉しかったから、僕からもしてあげたい」
うわ、なんてストレートな。自分がしたことなんかすっかり棚にあげて、わたしは身を捩って恥じた。
「ヤツカ・・・・・・カワイイ」
久しぶりに涼さんを感じている、涼さんが傍にいる。
わたしも……嬉しかった。
目を醒ました時には、もうすっかり日が高くなっていた。いやだ、涼さん寝坊!起きて!と起こそうと思ったら、涼さんはいなかった。
そっか・・・・・・惰眠をむさぼっていたのはわたしだけだ。涼さんはいつもどおり起きて会社に行ったのだろう。
確かにヤワな人ではない。妙に感心してしまったり。
それにしても・・・・・・思い返しては、恥ずかしくなった。叫びたいような気持ちでもう一度毛布に包まって昨夜の自分を、そして涼さんを反芻。
結婚して気付いたことのひとつ。
なんだかんだ言って、涼さんもわたしも、結構、その……。
でも、一緒になったんだ、一緒になれたから。誰に怒られることでもないし・・・・・・って誰が怒るって言うんだろう。何をわたしは考えているんだろう。
ひとしきりベッドの中でばたばたしてから、わたしは漸く起きた。涼さんちゃんと朝ご飯食べていったかなぁと、ダイニングのテーブルの上を見たら見慣れないものが置いてあった。
「・・・・・・」
写真だ。涼さんが自分をチェキでとった写真だ。昨夜の色っぽさなんか微塵も感じさせないキリッとしたお仕事の顔。そして書き込まれた「行ってきます」と「キスマーク」。
なんだかふわんと暖かくなった。
写真はもう一枚あった。「行ってきます」をめくってその下の写真を見たとき、わたしはおもわず叫んでしまった。
涼さんが、カメラ目線でこちらを見ている。なんだかスゴイキザっている。そして
「ヤツカ、素敵でしたよ」
そんな事、言わないで下さい!いや書き込まないでください!
困った、照れる、恥ずかしい。それでも願わずにはいられない。
早く、本物の「おかえりなさいのキス」ができるように。
毎日、本物の「いってきますのキス」をしてもらえるように。
そしていつも一緒にいられるように。一緒になったのだから、一緒にいられるように。
そんな願いごとの、お守りであるかのように、そのチェキをしまいこんだ。
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いや、結局疲れることには変わらないん……ごめんなさい、もうしません(逃)。実はこれがこのシリーズで一番最初に書いた奴だなんて言えやしません(本気でエロコンテンツにするつもりだったのか!)。
「Melty」って造語なんですね。辞書になかったので。(2004.05.05)
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