FF9異聞/シーン1
──今夜、舞台の幕が上がるんだ。
子供は、まだ山脈近くに浮いている二つの淡い月を見つめ、胸をときめかせた。
あの月が天空を飾るころ、今まで見たこともないきらきらした世界が目を覚ますのだ。
芝居のチケットを胸に当ててため息をつくと、子供は街にそびえる白亜の城の頂の、巨大な剣を目指して歩き始めた。
日はまだ高い。風は冷たいが、空は澄み渡っている。
──今からなら街についても、舞台まで時間がある。それまで街を見物しよう。
そんなことを思いながら草原を行く子供。その頭には、半分に折れて先端が垂れ下がったとんがり帽子を乗せている。子供の軽い足取りに連れて、その先端がひょこひょことゆれる。
しかし、ふとその揺れが止んだ。子供が立ち止まったからだ。
「……?」
何の音だろう?耳をすますと、遠くから何か地響きが聞こえてくる。
──まさかモンスター?
しかし、そんなはずはないのだけれど。
子供は周囲をキョロキョロと見渡して、ぎょっとする。なんと、街と反対の方向から、土煙がものすごい早さでこちらに向かってくるのが見えたのである。
「ひあっ?」
あまりの早さに、思わず逃げることを忘れて立ちすくむ。
──何…あれ…!?
その土煙を巻き起こしているのは、見たことのない黄色い生き物。
クチバシをめいっぱい開いて雄叫びを上げている。
「クエ〜!!!」
「こらぁ〜止まれって言ってんだろこの馬鹿チョコボ〜!!」
雄叫びに交じって聞こえてくる声は、人間のわめき声だろうか?子供がぼうぜんとしてる間にも、見る見るその生き物は近づいて来る。
──に、逃げなきゃ。
そう思ったときにはもう足が震えて動かない。くわっと開いたそのクチバシが、目前まで迫って来て。
──食べられちゃう!?
思わずぎゅっと目をつぶった瞬間。ずさささっ!!と、地を削り取る音が子供の目の前で響いた。
「はー…やっと止まりやがった…」
少年特有のハリのある声が降って来て、子供は恐る恐る目を開く。
「……?」
もうもうと上がる土煙。すぐそばに、大きな生き物の影が見える。
声が降って来た方向に目をこらしていると、土煙が薄れてくる。その向こうに見いだしたものに、子供は思わず息を飲んだ。
日に透ける金の髪が、青い空に映える。
「ったく、どうしたってんだよ急に…」
明るい光を宿した空色の瞳と小麦色の肌、そして金色のしっぽを持つ少年が、ふて腐れたように呟きながら、黄色い生き物の上から地面に降り立った。
──人間、だ…。
ほっとした瞬間、子供はぺたんとその場に座り込んでしまう。
「お?」
それと同時に、しっぽの少年が子供の存在に気づいた。
「うわ、大丈夫か?悪い、脅かしちまったみたいだな」
謝りながら子供に手を差し伸べる。
「立てるか?」
戸惑いつつも頷いて、手を借りながら立ち上がろうとした子供を、黄色い生き物が再びこづき倒す。
「ふわあ!」
「わ、やめろチョコ!」
黄色い生き物は、そのままぐしぐしと子供の体に額を擦り付けて離れようとしない。
「おまえさっきからどうしたんだよ〜」
黄色い生き物を子供から引き離そうとして少年は、辺りに漂うかすかな匂いに気がついた。
「なんだ?この匂い…」
「あ」
その言葉に反応して、子供が黄色い生き物を押し戻しながら、懐から小さな布袋を取り出した。
「クエッ!」
それを見た途端一声鳴いて、生き物はその子供の手の中の布袋になつき始める。
自分の数倍はある生き物の頭突きからやっと逃れて、子供はほぅと息をついた。
「なんだ?その布袋」
気の抜けた所にのぞき込んだ少年のまっすぐな視線に、子供はおどおどと答える。
「モンスターよけの、お香なの…」
「もしかして、ギザールの野菜とか入ってる?」
「う、うん」
「はは〜ん、その匂いに誘われたのか、チョコ」
やっと謎が解けたというように、ぽんぽんと生き物の首を叩きながら少年が笑う。
少年の様子からして、黄色い生き物は特に危険なものではないらしい。そう感じた子供は、ようやくその生き物をじっくり観察しだした。
全身ふわふわの羽毛に包まれた、クチバシを持つ首の長い生き物。鳥の一種だろうか、などということに今頃になって思い当たったのは、その鳥が人が2・3人は乗れそうなほど大きかったためである。
そんな巨体のくせにつぶらな瞳をして、無邪気に布袋になつく姿を眺めながら、子供は興味をそそられるままに、生き物の首に手を伸ばす。肌触りのよい、暖かい羽毛の下で、とくとくと脈を打つ感触が気持ちよくて、子供は思わずため息を漏らした。
「わあ…」
その子供の声が、ふと少年の興味を引き付けた。遠慮がちに答えていた時の声では分からない、優しげで柔らかい声。もっと大きい声ではきはき喋れば、さぞかし耳障りのよい声だろうに。子供とはその幼さ故の無謀さで、小さな体一杯の大声で騒ぎ立てるものだという気がしていたので、その気弱さが何故なのか気になった。
少年が首をかしげていると、その声がやはり遠慮がちに話しかけてくる。
「あの…“ちょこ”って、このモンスターの名前?」
「ん?チョコボはモンスターじゃねえよ。…まさかチョコボを見たことないのか?」
小さく頷く子供に、少年は驚く。
──チョコボを知らないなんて、どんな田舎から出て来たんだ、こいつ。
いやむしろ田舎の方が、農作業のための労働力などとしてチョコボには縁が深いだろうが。少年は思いながら子供を助け起こす。
その動きに、子供のとんがり帽子の先端が、ひょこりと揺れる。
改めて見ると、この子供は見慣れぬ格好をしていた。
年の頃は十になるかならないかと言ったところか。幼いのに、魔道士の着るようなローブを着て、杖を握り締めている。しかし持っている杖もそのローブも、赤魔道士とも白魔道士ともつかない様式のものだ。顔付きは、目深に被ったとんがり帽子の影でよく分からないが、その影の中で金の瞳が淡く光っていた。
あえて言うなら、そのとんがり帽子やローブの様式は、昔読んだ脚本に出て来る黒魔道士に似ている。しかし、専門職の黒魔道士など今や伝説の存在だ。1つや2つの黒魔法を覚えられる者はいても、すべての黒魔法を自在に操る才能をもつ人間というものが、希有な存在であるからだ。
まして、黒魔法はこんな幼さで使えるほど、簡単な魔法ではない。
──もしかして、親の酔狂か何かでこんな格好なのかね。でも、物好きな金持ちならそんな奴もいるけど、それにしちゃ仕立てが妙に地味というか、質素というか……。
そこまで考えて、ふとこの子供の親が見当たらないのに気づく。
「なあ。お前の親、どこにいるんだ?」
「いないよ?」
小さな手のひらで丁寧にズボンをはたき、帽子をかぶり直しながら答える子供。
「え、じゃあ、誰か他の大人とかと一緒に来たとか…」
「ううん。ボク一人だよ」
その答えに少年は耳を疑った。
「一人!?」
少年の声に、子供がびくりと帽子を押さえる。
そんな馬鹿な。改めて辺りを見渡す。街は近いと言えども、草原のど真ん中である。この辺のモンスターはそう危険なものはいないが、それでもこんな子供が一人で歩いていいような所ではない。
「お前、よくここまで無事だったなあ」
「あ、えっと、その、この近くのお屋敷まで、飛空艇に乗せてもらって来たから」
「近くの屋敷?」
この近くと言えば、山際のほうに、貴族の別荘があったはずだ。
「そこからここまでだって、結構な距離あるだろ」
「でも、そのお香持ってると、モンスターは近寄って来ないし…」
そう小さく答えながら子供は、今やすっかりチョコが独占している布袋を指し示す。
──…モンスターは寄って来なくても、山賊やらが寄って来るのは防げないんじゃないのか、それ。
口にはしないが、少年は小さく唸りながら首をかしげた。
おどおどしている割には大胆なものである。半ば呆れ、半ば感心しながら、不安げに様子を伺う子供を見つめた。
──しかし、一人で来たと知っちゃあ、放っておく訳にも行かねーよなあ。
「んで、お前これからどこに行くんだ?」
「あ、アレクサンドリア…」
「そっか」
──となれば。
少年は頷くと、程よく筋肉のついた腕で、やにわにひょいっと子供を抱き上げて、とんとチョコボの背に乗せた。
「ふわ!?」
子供が驚きの声を上げている間に、少年もヒラリとその後ろに飛び乗る。
「オレもアレクサンドリアに行くとこなんだ。ちょうどいいから送ってってやるよ。今のおわびも兼ねてな」
「…ありがとう」
戸惑いながらも素直に礼を言う子供。微笑んだのだろうか、その瞳がわずかに細められた。夜に灯る明かりのような柔らかいその光に、少年も思わず微笑み返す。
「オレの名前はジタン。お前は?」
名乗る言葉に、柔らかい、優しい声が答えた。
「ボク、ビビ」
霧の大陸北東の高原に咲いた水路の街、アレクサンドリア。このアレクサンドリア王国の首都たるこの街の中央には、てっぺんに巨大な剣を戴いた白亜の城、アレクサンドリア城がそびえる。
この城の主は、王国を治める女王ブラネであった。
そのブラネ女王には、一人の美しい娘がいる。アレクサンドリア王国の第一王女、ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世である。
ガーネット姫はアレクサンドリア王国始まって以来の美姫と名高い。しかし、その母親であるブラネは、とある貴族の言葉を借りると『何とも溢れんばかりのお姿と迫力満点の御容貌』を持っていた。『あのブラネ女王』からあんな美しい姫が生まれるとは、いやはやどんな魔法を使ったものやら、と言うのが専らの評判である。
今日はそのガーネット姫の16回目の誕生日であり、それに併せて友好国リンドブルムの人気劇団タンタラスが、芝居を上演することになっていた。この日だけ城は劇場へ変わり、芝居を見に王国中の貴族や、高い金をはたいてチケットを手に入れた老若男女が集う。年に一度の大イベントに、ここ数日街は大にぎわいである。
大通りは種種雑多な種族の人々が歩いていた。犬族、鳥族、ネズミ族。割合で言えば多いのは人間だが、その人間も様々な地方の顔がそろって、まるでこの国の種族民族見本市である。皆、今日の芝居のためにこの街へやって来たのだ。
日没が近づいたころ、街の大通りを走り回る子供達が、空を見上げて騒ぎ始めた。
「おうい、来たぞ!」
そんな叫び声を合図に道行く人々が、貴族も平民も皆区別無く空を見上げた。そんな人々で混み合う大通りのはるか上を、巨大な影がゆうゆうと通り過ぎて行く。
飛空艇である。しかもその辺の店なら2・3軒入りそうな巨大な船だ。
「相変わらずほれぼれする船だねえ」
作業中の大工も、弟子に向かって言う。
船の名は劇場艇プリマビスタ。今日まさに開演されんとしている芝居の役者たちを乗せて隣国リンドブルムからやってきた、舞台を兼ねる飛空艇である。舞踏会に向かう貴婦人のごとききらびやかな装飾に飾られた、堂々とした巨体。その後部には貴族王族ご用達の大劇場に匹敵する広さの舞台が据え付けられている。しかし今は、精緻な彫刻が施された冠のような意匠の屋根によって、その舞台は隠されていた。
あの冠を上げる時、舞台が目を覚ますのだ。その優雅な姿を見上げて、人々は劇への期待を膨らませた。
そんな人々の存在を知ってか知らずか、天空の貴婦人はしずしずと城へ向かう。
やがて城へ着いたプリマビスタは、専用の貴賓席たる城の客席そばに無事接舷した。
その時のことである。劇場艇を出迎える兵たちの目を盗んで、城の窓からヒラリと船に飛び移った影があった。
その影は、動きやすい服装をし、布で顔と髪を隠して腰に短剣をさげていた。盗賊の姿である。
「へへっ、ちょろいもんだ」
密かに船に乗り込んだ盗賊は、自分に気づかなかった兵たちを見てにやりと笑うと、頭を包んでいた布を解いた。黒い布の中から、薄暗い船内でも光を含む金の髪と、意思の強そうな年若い人間の顔が現れる。その腰の辺りで、髪の毛と同じ色をした尻尾がくるりとゆれた。
先程、子供にジタンと名乗った少年である。先ほどは旅装をしていた彼が、今は盗賊の姿をしてそこにいた。
布で蒸れたのかその髪を掻き回しながら、ジタンは堂々と船の中を歩き出す。
この船は大イベントの主役、その乗組員は城にとって重要な来賓である。その船に賊が忍び込んだとあれば、隣国から招いた船である以上、外交問題に発展しかねない。
しかし、そのとんでもないことをしている当の侵入者は、まるで勝手知ったるといった具合の歩き振りだ。鼻歌さえ歌って、とても侵入者とは思えない。侵入者なら侵入者らしくこそこそしているべきだろうに、一体何を考えているのだろう。
案の定、そこへ通りがかった船の乗員の女が、その侵入者を引き留める。
しかし発せられた言葉は、侵入者に対するものではなかった。
「ジタン、お帰りぃ」
「よう、ただいま」
ジタンも、妙な発音で喋る女に、事もなげに応える。彼はこの船の乗員であったのだ。しかし、この船の乗員が、何故人目を忍んで乗船しなくてはならなかったのだろう?
それは分からないが、女は無事船に戻ってきたジタンに、ねぎらいの言葉をかける。
「お疲れさん。上手いこといったみたいやね」
「ああ。これからバクーに届けに行くところだ」
ジタンは右手に持った羊皮紙を示して答える。
「なら、もうすぐ作戦会議始めるんやね。ウチ連中呼んで来るわ」
「頼むよ、ルビィ」
手を振って女と別れると、ジタンは目的の部屋に向かう。
しかしドアを開けると、部屋には明かりがついていない。
「おかしいな、ここで待ってるっていってたはずなんだけどなあ」
首を傾げながら薄暗がりの中を進んで、部屋の中央のロウソクに火を点ける。
その瞬間、へっぷしょん、という下品なクシャミが聞こえて来て、ジタンはびくりとその方向を振り返った。
「なんだバクー、脅かすなよ」
クシャミの出所は、床に転がって居眠りしていた、どっしりした体型と犬面を持つ男である。男は鼻をすすると、むくりと起き上がってジタンに声をかける。
「ようジタン、どうだった」
「おう、バッチリだぜ」
にい、と笑ってジタンは、起き上がった男に丸めた羊皮紙を投げ渡す。
その羊皮紙は、アレクサンドリア城の見取り図と、今夜の警備兵の配置を書き留めたものであった。今は平和な世の中とは言え、王城の構造が部外者に漏れることは国にとって致命的である。これがこの船の乗員であるジタンが、人目を忍んで乗船しなくてはならなかった理由であった。
「ふむ…だいたい予想どおりだな」
「今ルビィと行き会ったから、他の連中もすぐ来るぜ」
「そうか、なら全員集まり次第作戦会議にすんぞ」
それを聞いてジタンは、扉の近くの壁に寄り掛かって待つ。
作戦会議に、城の見取り図。これから芝居をやる劇団員の会話とは思えない。明らかに彼らは何かを企んでいるのであった。
見取り図に細かく目を通しながら、バクーはジタンに話しかけた。
「アレクサンドリア兵の色香に迷ってヘマ踏んでねえだろうな」
わざとらしく不愉快な顔をしてジタンが答える。
「そりゃねえよバクー、仕事はちゃんとやるぜオレは。髪の毛一本の証拠だって残しちゃいねーよ」
「ガハハハハ、最近おめえの女好きの虫が大人しいもんだからよ。つい、な」
笑いながらバクーは、見取り図を卓の上に置いて言う。
「そんな虫飼ってた覚えは…」
ジタンはとぼけて言いかけた瞬間、その目がギロッと扉を睨んだ。
次の瞬間、ぎぃん!と激しい金属音が部屋に響く。
音の正体は、今開いた扉の隙間から、まっすぐジタンに向かって振り下ろされた剣の一閃を、ジタンが短剣で受け止めた音だった。
振り下ろされた剣と、受け止めたジタンは、数秒の間そのままの体勢で止まる。
やがて。
「ち、また失敗かよ」
そんな声と共に、扉の影から顔に縫い目の傷痕を持つ、赤毛の男が入って来た。
「今なら絶対油断してると思ったんだがな」
「ガハハハハ、おめえらまだその奇襲合戦やってたのかよ」
ふて腐れて言う男と、その様子に笑うバクー。ジタンも平然とした素振りで、得意げにへへんと笑って見せる。そのジタンの目に、さっきの一瞬の剣呑な光は、もうない。
「今まで全部引き分けっスよ。一体いつになったら決着がつくんスかね」
「うち、決着つくより飽きるほうが早いんやないかと思うわ。賭けてもええよ」
赤毛の男の後ろからそんな声がして、体格のいい男と、さっきの妙な発音の女・ルビィ、そしてさらに数人の男たちが入ってくる。
みんなこの物騒なことを、まるでお遊びのように受け止めているようだ。
「なら、賭けの項目にひとつ足しだな。『決着の前に飽きる』ってやつ」
悪戯っぽく言うジタンと、
「全員それに賭けて賭けにならねえんじゃねえのか?」
と頭を掻く赤毛の男は、ちゃりんと互いの武器を合わせると、鞘へそれをしまった。今の閃きを見ても、それが刃を潰している訳でもない、本身の剣であることは間違いない。
しかし物騒というなら、この集団すべてが物騒だ。きっちりと化粧をして、胸と腰を強調した服を着こなしているルビィはおいておくとしよう。しかし、他の面子は劇場艇に乗り合わせているにしては、とても役者とは思えない。抜け目ない目付き、がっちりした、あるいは敏捷そうな体格。役者によくいる、顔はいいが力のない優男というイメージの者は、一人もいない。服装は軽装ではあるが、ナイフやブレードと言ったなにがしかの武器を帯びている。そしてこの場で唯一の女性であるルビィですら、それは例外ではない。皆が皆、劇団員というよりは盗賊と呼ぶべき人種の集まりなのである。
「おら、べちゃべちゃ喋ってんじゃねえ。会議始めんど!」
そう怒鳴って集団の中央に立ったバクーもまたしかり。どっしりした体型とユーモラスな犬面にごまかされそうになるが、その目付きは堅気のものではなかった。
掛け声に、その場の全員がいずまいを正す。
バクーはぐるりと集団を見渡すと、太い低音の声で言った。
「よし。これから、『盗賊団タンタラス』本日の計画の確認を始める」
号令に、全員が右拳で左胸を叩く。
そう。この劇場艇プリマビスタの乗員はすべて『盗賊団タンタラス』の団員、『人気劇団タンタラス』とは世を忍ぶ仮の姿だったのである。
バクーが、さっきジタンから受け取った見取り図を卓の上に広げながら言う。
「見たところ、大体1番目の作戦で行けそうだ」
バクーの目配せを受け取って、トンカチを持った小柄な男が続ける。
「おさらいするずら。まずはいつも通りに平然として劇を始めるずら。ルビィ、マーカス、主役は任せたずらよ」
「うっス、バッチリっスよ、任せてください」
がっちりと体格のいい男・マーカスが、それに応える。
「劇の間にブランクとジタンは、チャンバラのシーンで劇を抜け出して、兵士の控室で鎧を奪って変装するズラ」
「そしたら俺が女王の嫌いなブリ虫を王族席にぶちまけるんだろ」
さっきジタンを奇襲した赤毛の男・ブランクが、部屋の隅に転がっている袋をつま先でつついて言った。その袋からは、ぶりぶりと皮をこすり合わせるような音が聞こえる。その音を聞くと、ブランクはさもおぞましげな顔で、首筋を掻いた。
「その後は分かってんだろうな、ジタン」
そうバクーに聞かれて、ジタンは応える。
「もちろんさ。王族席が混乱してる間にブラネ女王を眠らせて、転がして船に連れ込むんだろ」
「そう、あのだっぷりと太ったブラネをごろごろと〜ってんなわけあるか!」
バクーに怒鳴られて、軽く肩をすくめるジタン。周りの男達がぷっと吹き出す。
ブラネ女王についての表現では、『とある貴族』の言葉より、バクーの言葉の方が率直で分かりやすい。
「分かってるって。オレがお姫さんを薬で眠らせて、二人でひっかかえて船へ連れ去ったら、エンジンかけてはいさようなら、ってわけだ」
「そうだ!」
つまりこの連中が企んでいるのは、王女ガーネットの誘拐だったのである。
「わかったら細かい経路の確認に入るぞ」
頭を突き合わせて相談を始めた仲間達の横で、すでに見取り図が頭に入っているジタンは、背もたれに向かって椅子に座ってその様子を見ていた。
その顔がニヤニヤと緩んでいるのを、ブランクが見とがめて声をかける。
「何だおまえ、いやに機嫌が良いな。城下町にいい女でもいたか?」
「いーや、お嬢さん達はみーんなおまけつきだった。あとはもうこれからお目見えのお姫さんが、評判どおりの別嬪さんなことに期待するしかねーな」
そういってジタンは軽く肩をすくめる。こんな浮かれた日には、恋人と繰り出したくなるのが人情である。虫つかず保証付なのは、城の箱入り王女くらいのものだ。
「なら何か面白いものでも見つけたのか?」
「ま、そんなとこだ」
「そうか。ま、浮かれるのは良いがヘマ踏むなよ」
「わかってるよ。それを誰が調べたと思ってんだ」
皆がのぞき込んでいる地図を指さして応える。
まあ、浮かれているのは認めよう。その原因は、この街に入る前に出会ったあの子供である。
ビビと名乗った子供との一時は、なかなかおもしろいものだった。打ち解けて来ると、表情は見えなくてもくるくると感情の変わる様が、手に取るように分かった。おどおどしてはいても、あの柔らかい声や小さな体が、思っていることを隠していられないのだ。
はじめは怖がっていたが、チョコの毛並みの感触を気に入ったらしく、気持ち良さそうに何度もなでていたこと。幼さゆえの無知だろうか、ごく常識的な知識がすっぽり抜け落ちていることがあったが、説明すればそれを一生懸命聞いて覚えようとしていたこと。そんな姿が頭に浮かぶ。
しかし、驚いたものだ。あのビビという子供は、見知らぬ貴族に頼み込んで、アレクサンドリア近くまで飛ぶ飛空艇に乗せてもらったのというのである。金持ちには見えない風体の、保護者もいない子供を乗せてやるとは、親切な貴族もいればいたものだ。しかも本当なら別荘からアレクサンドリアまで馬車で行く際に、ついでに送ってやるつもりだったらしい。ビビはさすがにそこまでは悪いからというのと、早めに行って街を見物してみたいということで、丁寧に断って出て来たのだそうだ。
『このチケット、カードゲームで勝って貰ったんだよ』
ちょっぴり誇らしげに言いながら、今日、アレクサンドリア城でやる芝居のチケットを眺めていた。チケットを大事そうに懐にしまう仕草も、相乗りで触れた背中から伝わる鼓動も、表情は見えなくてもその小さな体一杯に一大イベントへの期待を抱いていることをありありと示していた。
──あいつ、オレがその芝居の役者だって知ったら驚くだろうなあ…。
あの金の瞳を真ん丸くする様子が目に浮かぶ。
しかし、そこまで思い起こして、ふとジタンの顔が曇った。
たった今行われている作戦会議は、その芝居の最中に行う予定のものだ。当然芝居はめちゃめちゃになる。あんなに期待していた芝居がおじゃんになってしまったら、あの子供はどんなにがっかりするだろう。金の瞳が曇る様を思うと、ちくりと胸が痛んだ。
しかし、どこに住んでいるのかも聞かなかったし、この作戦が終われば、自分たちはリンドブルムへ帰る。
「もう二度と会うことはないだろうしな…」
そう呟いて頭を振ると、ジタンはこれから拝める王女がどんな美少女なのかに思いを巡らすことにした。
こめんと
さて「あんまりジタビビじゃないんじゃないか?」と言われるか、「ジタン既にメロメロやん」といわれるのかは定かじゃござんせんが、この話は誰が何と言おうとジタン×ビビへ向けて突っ走ります。冒頭シーンから既にゲーム本編を歪めてます。これからずっとこの調子です。
こっちもどこまで続くか見物ですね(ヲイ)。いや、よっぽどの事がない限りやめませんよ、例え時代がFF10やFF11やFF12に移行してもね。ふふっ。
P.S.
ここまで読んで下さった皆様へ。
このサイトのどこかには、<FF9の下り坂(☆)>と話がつながる(☆☆)なアンダースペースがあります。
もしそう言うのがお嫌いじゃなかったら、探してみてください。
簡単なとこにありますが、分からなかったら、山月にメールで聞いてくださいね。