道玄坂どうげんざか
現在の道玄坂は東京でも屈指の繁華街である
「道玄坂」を示す道標が路上放置自転車で囲まれうずもれている。
「道玄坂」はJR渋谷駅の北側、ハチ公広場の脇から西に向かい、玉川通り(246号線)との交差点「道玄坂上」までであろう。
2002/06
道元坂・道源坂とも書く。渋谷区道玄坂1〜2丁目を宮益坂下JR渋谷駅南口から西方へ登る坂。江戸期はさびしい野道で、坂下には渋谷川にかかる宮益橋があった。「江戸名所」に「道玄坂 富士見坂(宮益坂)の下、耕地を隔てて向うの方、西へ登る坂をいう。(中略)道玄、或いは道元に作る。俚諺(りげん)にいう。大和田氏道玄は和田義盛が一族なり。建暦三年五月和田の一族滅亡する。その残党ここの窟内に隠れ住みて山賊を業とす。故に道玄坂というなり」とある。
                       
日本地名大辞典  角川書店  より
古地図にある「道玄坂」は右中央「川にかかる橋」(上記説明では渋谷川にかかる宮益橋)から左下に伸びる道で、先は「大山不動」につながっている。
「川」は「古川」と記入されており、現在はJR山手線がここを走る。
この川にかかる橋の名として「宮益橋」の地名は現在存在しないが、「並木橋」、「渋谷橋」、「天源寺橋」、「古川橋」などが「明治通」に今も残り、川があったことを教えてくれる。

江戸名所図会  富士見坂一本松
  ふじみ坂
   ふじみ橋               道玄坂       (と表示されている)
江戸名所図絵の一番手前は現在の渋谷から行く淡島通り入り口になる「松見坂」と思われる。現在の「宮益坂」が「富士見坂」とよばれ、これを西に降り「富士見橋」を渡ると「道玄坂」となり、坂上で道が二つに別れ、右が淡島を通り世田谷に行く道で、左が三軒茶屋から大山に行く「大山道」と説明されている。