東広島市はその名のとおり広島市の東に隣接し、広島市からおよそ35KM程のところにある。市の中心地は少し前まで賀茂郡西条町と言われたところで、市は近隣町村が合併し成立、JRの駅は「さいじょう」であり、山陽本線には「東広島」という駅は無い。山陽新幹線の駅「東広島」は、はるか南の閑散としたところにある。 西条の市街地は駅の南側にあり、駅の北側は住宅、工場、田畑などが混在しているところで、「安芸国分寺」はその東のはずれにあった。駅からは「国分寺」を示す道路標識は無い。人に訪ねてたどり着けるところである。 現在の「安芸国分寺」は小さなお寺で、その山門の前に「史跡安芸国分寺跡」を説明する看板があった。そして、天平の「国分寺跡」を伝えるものは、山門を入ってすぐ右側にある「南門跡」と書いた「木杭」と、復元整備された「塔跡」である。 現国分寺の近辺は住宅街になっており、現国分寺の少し西の住宅に囲まれたところに「塔跡」がある。「塔跡」は石垣で作られた基段の上に発掘された礎石を復元したものであるが、その前に「史跡安芸国分寺塔跡」と書いた石碑が立っていた。 この塔跡は石柱で作られた柵で囲まれており、門に鉄扉がついていて、第一印象は大型の墓所であった。 天平の「安芸国分寺」が西条にあることから、古代の国府はやはりこの近くにあったはずであるが、「安芸国府」を示す地名の現「府中町」は広島市の中で浮き島のような位置にある。 古代に勢力の移動があったらしい。 1992/10 |