上方浪曲ニュース最新号
2005.7-8
天光軒満月ラジオにレギュラー出演
ホーム訪ねる番組「元気なDAY」

 天光軒満月が、この春から故郷徳島の四国放送ラジオの帯番組に出演している。
 「天光軒満月の元気なDAY」というこの番組は、満月が四国各地の老人ホームなどを訪問して収録するもので、お年寄りとの触れ合いトーク、満月の歌、今日の格言などで構成されている。放送は月曜から金曜まで毎日午後1時20分から10分間。周波数は1269キロY。
 訪れたホームでは、インタビューを受けるお年寄りがみな緊張した面持ちで始まるが、満月とアシスタントの井内麻里子の軽快な語りかけにしだいに打ち解け、「ラジオじゃから顔は映らんでよ」と和やかに収録が進んでいた。
 満月は「この番組を通じて、お年寄り達とできるだけ触れ合って、元気で長生きをして頂ければ嬉しいです。私も人生の先輩方と毎日お話させていただくことでいろいろ教えられることがあり貴重な体験をさせてもらってます」と語っていた。

 曲師の大澤タツコさん死去

 元曲師の大澤タツコさんが6月18日亡くなった。大沢さんは、広島県福山市に大正7年5月20日生まれ、昭和7年曲師の一風亭今子に入門し今奴を名乗った。もっとも実際には陰の曲師は本名で呼ばれることが多く芸名はほとんど使うことがなかったという。修業中から曲師で腕を磨くのはいろんな人を弾ける立て弾き一番という師匠の言葉により、特定の人の相三味にはつかず一貫してフリーを通してきた。それだけに現役の浪曲師は若手からベテランまで、多くの人が大沢の糸で語っている。その優しげな音色の撥さばきと、対照的な歯に衣着せぬ無邪気な人柄が愛された。家族の意向もあって70歳で曲師は引退。静かな晩年を送っていた。

 親友協会総会で決算承認

 社団法人浪曲親友協会は、5月30日天王寺区の月華殿で総会を開き、平成十六年度の決算と事業報告を満場一致で承認した。

真山広若20周年ディナーショー

 浪曲生活20周年を迎えた真山広若が、7月18日地元大阪府柏原市のサンヒル柏原で、ディナーショーを開いた。
 広若は、父親が河内音頭取りであったことから、子供のころから河内音頭の櫓に上がっており、昨年既に芸能生活33周年を迎えたが、昭和60年、心機一転真山一郎に入門し、浪曲と歌謡曲の修業をはじめた。今年はその20周年に当たることから、ファンの勧めで今回記念のディナーショーを開いたもの。
 場内は当初の予定を大幅に上回り、満席の盛況。広若は、まず浪曲で師匠譲りの「日本の母」を熱演、続いて来賓の祝辞があり、食事タイムに。歌謡ショウではゲストに同門の真山広子が出演し、日頃から親交の深い京山幸枝若がお祝いに駆けつけ、「会津の小鉄」を唄って花を添えた。これにこたえて広若は「河内の次郎長」「刃傷松の廊下」「番場の忠太郎」などを熱唱。師匠からの励ましのメッセージがテープで披露されると広若も感無量の様子だった。最後は河内音頭で場内に踊りの輪が広がり、アンコールの大合唱もおこり多いに盛り上がった。

新鮮さと意欲あふれる熱演と
充実の「戦争と平和」浪曲公演

 七月八日八尾市文化会館で開かれた八尾市主催の平和啓発イベント「浪曲と唄で綴る戦争と平和」は、いつもの浪曲公演にない演目や出演者が新鮮で、それぞれの意欲的な熱演に観客から高い評価が贈られていた。
 この催しは昨年いついで二回目。今年は戦後六十年にあたることから、大東亜戦争の終結とその原点である幕末動乱の二極をテーマに構成された。
 まず長崎の原爆投下とその悲劇を綴った永井隆博士の手記を元にした新作「長崎の鐘」を歌手の川本佐江子が澄みきった美声で口演、とても浪曲初舞台とは思えないとおおきな拍手を受けた。次いで幕末維新の群像を生き生きと描いた広澤瓢右衛門の「英国密航」を芦川淳平が再現。さらに歌手の愛平祐子が歌謡浪曲「唐人お吉」を語った。最後は京山倖若が師匠先代幸枝若が三十年前にてがけたままだれも再演していない「玉砕硫黄島」に挑戦。倖若の三十年の浪曲修業の全てをこの一作に注ぎ込む気迫で取り組み、出色の出来栄えとなった。全部で二時間弱。緞帳を下ろさず効果音と照明を駆使してのスピーディーな展開に浪曲に普段なじみの薄い観客も退屈することなく舞台に引き込まれていた。

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