110. ざくろ石問題1
 Pattan 周辺に分布するざくろ石グラニュライトのざくろ石のでき方についてはささやかな論争があります。専門的なややこしい話なのですが、「科学的事実」の本質にかかわる問題を含むのでここに記しておきます。
 この地域のざくろ石グラニュライトを最初に詳しく記載した論文は “Jan and Howie (1981) Journal of Petrology, 22, 85-126” です。ざくろ石は前述のように変成作用によって、固体である鉱物間の反応によって生じたとされています。ところが、 “Miller et al. (1991) Economic Geology, 86, 1093-1102” では「ざくろ石はマグマから直接結晶化した。」と解釈されています。この場合、ざくろ石を作ったのは変成作用ではなくて、火成作用ということになります。その根拠は、ざくろ石グラニュライトを構成する鉱物の粒子が「級化成層」しているからです(下の画像)。


 級化成層は砂岩の地層によく認められます。固体の粒子が流体(液体や気体のような流動する物質)の中を落下するとき、その速度は粒子の密度とサイズ(半径)が大きいほど速くなります。砂や礫が水中で堆積して地層になるとき、大きくて重い粒は先に水底に落ち、小さくて軽い粒は遅れて降り積もるので、一枚の地層の中では大きい砂粒が相対的に下位に、小さい砂粒が上になるように堆積します。このようにして堆積岩の地層に級化成層が形成されます(下の画像)。


 マグマは、結晶化した固体の「鉱物」と、液体の「メルト」が混ざった状態で「マグマ溜り」として地下に存在しています。それが地表に噴出して急激に冷やされると短時間で完全に固体化します。この場合は級化成層を生じません。しかし、大量のマグマが地下に留まっていると冷却されにくいので、鉱物の粒とメルトの混在状態が維持されます。このとき、砂や礫が堆積して地層になるときと同じように、マグマ溜りの内部で大きくて重い鉱物粒が先に落下・堆積して級化成層ができることがあります。Pattan のざくろ石グラニュライトの場合、重いざくろ石(赤)と軽い斜長石(白)の級化成層の結果として紅白の縞模様ができたと解釈されたのです。ざくろ石はマグマ溜りの中に存在していたので、「ざくろ石は火成作用で生じた」という結論になります。「ざくろ石火成起源説」はこの地域の岩石を研究する人たちに支持されるようになり、その後に発表された多くの論文では、ざくろ石がマグマから晶出したとの解釈が踏襲されます。Jan and Howie (1981) の変成作用説につながる論文は私が発表した三編だけです。
 私はパキスタン留学中の1989年の時点でざくろ石グラニュライトの分布域にざくろ石を含まない複輝石グラニュライトがあることを見つけていましたので、ざくろ石が変成作用で生成されたということに疑いを持つことはありませんでした。その後、1994年に「複輝石グラニュライトの内部にも縞模様があることを発見しました。その縞模様は、相対的に重い輝石(斜方輝石と単斜輝石)と軽い斜長石が級化成層したものです。そして「輝石と斜長石の級化成層」を追跡すると、そのまま「ざくろ石と斜長石の級化成層」に連続するのです(下の画像)。


 マグマ溜りの中でこの構造を実現するには、輝石が多い層とざくろ石多い層が途切れることなく繋がるように輝石とざくろ石の粒をコントロールして配置しなければなりません。そのような現象が自然に成立するとは思えません。また、同じマグマの中でざくろ石を晶出する領域と斜方輝石を晶出する領域がどのように分離され、分離した領域がどのように保存されるのか(下の画像)についても説明できません。


111. ざくろ石問題2
 最も合理的な解釈は、ハンレイ岩質マグマのマグマ溜まりの内部で級化成層を生じ、そのまま冷えて級化成層を持つハンレイ岩ができ、その級化成層を保持したまま変成作用を受けて複輝石グラニュライトになり、次いでざくろ石を生じたので、ざくろ石が級化成層しているように見える、というものです。複輝石グラニュライトの内部には変成作用を受ける前から級化成層があったと考えるのです。ハンレイ岩に級化成層が生じることはそれほど珍しくはありません。固体のハンレイ岩が変成作用を受けても固体である状態は変わらないので、元々存在していた級化成層はそのまま維持できるでしょう。
 複輝石グラニュライトからざくろ石グラニュライトを生じたとき、輝石を多く含む層はざくろ石を作るのに必要な元素(マグネシウムと鉄)を多く含んでいるので、ざくろ石が多い赤味がかった層に変化します。斜長石を多く含む層ではざくろ石は相対的に少なくなります。これが紅白の縞を生じた理由です。原岩のハンレイ岩(変成岩の元になった岩石のことを「原岩」と言います。)に元々存在していた級化成層が変成作用を経てざくろ石と長石の縞模様に置き換えられたのです。
 ざくろ石グラニュライトの領域に複輝石グラニュライトが残存しているのは不思議に思われるかもしれませんが、変成岩体の内部にこのような不均質を生じることはよくあります。変成岩を作るときの化学反応は、固体である鉱物と鉱物の間で進行するので時間がかかります。反応が完了する前に変成作用の条件が変化して前の段階の鉱物のセットが残存することがあるのです。もし、変成岩を構成する鉱物は変成条件の変化に応じて瞬時にリセットされるのだとすると、高温高圧の変成岩は地表には存在しないはずです。
 ところで、大変恥ずかしいことながら、当時の私は Miller et al. (1991) の論文を知りませんでした。「ざくろ石が変成作用で生成された」ということに疑問を持つことがなかったので、「火成起源説」そのものを全く知りませんでした。また、自分の専門とは異なる鉱床学分野の学術誌である "Economic Geology" の誌面に注意を払うことはなかったのです。もちろん現在なら、ネットで検索すれば普段は読んでいない雑誌の内容にも簡単に手が届きます。当時は、そのような便利なツールはありませんでした。それで、私は全く意図せずにうっかり「ざくろ石火成起源説」を否定できる事実を含む論文を発表してしまいました(Yamamoto and Yoshino, 1998)。「輝石と斜長石の級化成層を追跡すると、ざくろ石と斜長石の級化成層に連続する」という観察事実は「ざくろ石火成起源説」では説明できません。非常に簡単な話です。
 ところがその後も「ざくろ石変成起源説」を唱える研究者は「特殊な主張をしている少数派(実質的に二人だけ)」であり、火成起源説が「事実上の標準」であり続けていました。決定的な観察事実を持っていても、それ提示するだけでは認めてもらえません。科学的事実として通用するかどうかは、多数者が支持しているかどうかによるのです。無知であったがゆえに、自覚せずにこの議論に巻き込まれた私には、多数派を形成するための努力が足りませんでした。その後、この地域の岩石の研究はさらに複雑化して多様なモデルが提唱されるようになり、「火成説対変成説」の議論そのものが雲散霧消してしまいました。この件は自然科学全体に影響をおよぼすような大きな話ではなくて、ローカルな現象の解釈についてのささやかな議論にすぎませんが、似たような事例は他にもありそうです。「標準と見なされている学説」の来歴を探っていくと、「多数に支持されている」こと以外に積極的な根拠がなかったりします。「科学的な事実」の中には「多数が正しいと思っているだけ」のものがあるということです。



...つづく

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