108. インダス川沿いの調査6
 11月10日 Dasu から南西へ、既に調査済みの区間をひたすらバイクで通過します。1時間ほどかけて 37 km 移動し、Pattan の北東側から南西方向に 6箇所から岩石の試料を採取しました。Pattan の道路沿いには小規模なバザール(後に商店が増えて立派なホテルもできた。)がありますが、これはカラコラムハイウェイの開通後に開かれたものです。道路よりも下に広がっている扇状地の緩斜面に人が住む集落があります(下の画像)。扇状地の末端の川縁にはインダス川の本流を渡る吊橋が架かっているのですが、損傷して渡れない状態になっていました。私の記憶では 1994年 8月(およそ 5年後)に訪れたときも壊れたまま放置されていました。もちろん、現在では少し下流側にもっと立派な橋が架かっています。



 バザールの北東側(上流側)にある露頭は昨日までと同じ角閃岩です。ところが、商店の並びが尽きたあたりから少し西には角閃岩とは異なる岩石の露頭があります。「グラニュライト」と呼ばれる変成岩です。グラニュライトは角閃岩よりも高温の状態でできる岩石で、鉱物の粒が肉眼でも明瞭に見えることが多いので、「粒状」という意味を持つ名前がついています。大粒の砂糖を「グラニュー糖」と呼ぶのと同じ用法です。下の画像で赤味がかって見える部分にはざくろ石という赤い鉱物が含まれているので、「ざくろ石グラニュライト」と呼びます。グレーの部分にはざくろ石はなくて、「斜方輝石」という鉱物があります。こちらは二種類の輝石(褐色の斜方輝石と緑色の単斜輝石)を含むので「複輝石グラニュライト」と呼ぶことにします。これらのグラニュライトにはざくろ石と斜方輝石を除く共通の成分として、単斜輝石、斜長石、石英が含まれます。つまり、一方にはざくろ石があって斜方輝石はなく、もう一方には斜方輝石があってざくろ石はありません。ざくろ石は、高温高圧の状態で斜方輝石と斜長石が反応してできたものです。複輝石グラニュライトが相対的に古く、変成作用によってざくろ石を生じた結果としてざくろ石グラニュライトができたのです。(Yamamoto, 1993)


 露頭表面を占める領域を比較すると輝石グラニュライトはごくわずかで、ざくろ石グラニュライトが圧倒的です。輝石グラニュライトが存在することは、注意深く観察していないと見逃してしまいます。複輝石グラニュライトは、岩石のタイプとしては上部スワート渓谷やチラース周辺に分布する「ハンレイ岩」と同じものです。他の地域の情報を総合すると、コーヒスタン島弧の下部地殻の大部分はハンレイ岩と呼べる岩石で構成されていて、その一部が Pattan 周辺ではざくろ石グラニュライトになっているのです。上の画像に書き込まれている数字は岩石の年代値で、単位の Ma は「100万年前」です。一つの露頭から複輝石グラニュライトとざくろ石グラニュライトを採取して、それぞれについて年代測定を行った結果です。複輝石グラニュライトのほうが古いということが数値で確認できます。(Yamamoto and Nakamura., 2000)
 この日はさらに南西の Jijal という小さい集落まで進んで、コーヒスタン島弧の最深部の岩石であるハルツバージャイト(カンラン岩)と、インド亜大陸側の岩石である片麻岩との境界(MMT: 主マントル衝上断層)の位置を確認して Dasu に戻りました。下の画像の黒味がかっていてやや光沢がある岩石がハルツバージャイトで、白と焦茶色の縞模様が著しく褶曲している画像が片麻岩です。残念ながら、両者が直接接する断層そののもは土砂に埋もれて露出していません。



109. インダス川沿いの調査7
11月11日 Jijal と Pattan の間の10箇所から岩石の試料を採取しました。おおまかに言って Jijal 側にハルツバージャイトが、Pattan 側にざくろ石グラニュライトが分布しています。ハルツバージャイトはマントルを構成する岩石で、ざくろ石グラニュライトの原岩はハンレイ岩なので地殻の岩石です。これらの境界面が岩石学的な意味での「モホロビチッチ不連続面(モホ面)」ということになります。両者は見た目がまったく違うので、それらの境界を「ここがモホ面」と指で差せそうなのそうですが、調査してみると「ここ」と特定することはできません。ざくろ石グラニュライトの分布域とハルツバージャイトの分布域の境界付近には、あまり見慣れないタイプの岩石が出現します。岩石名(特徴)を列挙すると、輝石岩(ほぼ単斜輝石と斜方輝石だけでできている岩石)、ざくろ石岩(ほぼざくろ石だけでできている岩石)、ざくろ石輝石岩(ほぼざくろ石と単斜輝石だけでできている岩石)、ざくろ石角閃岩(ほぼざくろ石と角閃石だけでできている岩石)、角閃石岩(ほぼ角閃石だけでできている岩石)です。岩石学者でも露頭で現物を見た事がある人は少ないのではないかと思います。次の一連の画像はそれらの一部です。上から下に向かって、ざくろ石岩の露頭、ざくろ石輝石岩とざくろ石岩が混在する露頭、角閃石岩(画面の左上側)とざくろ石岩(右下側)が混在する露頭です。こうした特殊な岩石が複雑に入り混じって存在しているため、モホ面の位置を幅数百メートル程度よりも狭い範囲に絞り込むことは難しくなっています。






11月12日 Jijal と Pattan の間の未調査区間に出向いて3箇所から岩石の試料(ざくろ石グラニュライトと角閃石岩)を採取しました。これでインダス川本流沿いの調査は完了です。

11月13日 バイクに荷物と岩石の試料を積んで Dasu のホテルを引き払い、ベシャムからシャングラ峠を越えてバーレーンのいつもの宿に移動しました。撤収すると決めたら、とにかく素早く根拠地に戻ることにしています。その経路はすでに記述済みなので省略します。これで、5月の偵察後に考えた調査計画のすべてをやり終えました。


...つづく

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