102. インダス川沿いの調査1
11月3日 インダス川中流部の調査を11月まで延期したので、5月の偵察時とは異なり、バイクで走り回っても暑さで体力を消耗することはありません。行動には支障がなくなりましたが、この地域には以前から気になっていた問題があります。「岩の露出(露頭)が多すぎる」のです。このあたりのカラコラムハイウェイは急斜面を削って道路を通しています。削った跡はそのまま放置されているので、露頭が連続しています。斜面が崩壊したら、とりあえずブルドーザーで土砂を退かせて通行できるようにしますが、斜面崩壊を抑止するような工事は成されません。崩れやすい斜面がある場所では「崩れたら取り除く」という作業を何度も繰り返すことになります。現在どのように処理しているかは不明です。
 日本の山間部では山を削った場所はコンクリートで覆われていることが多いので、露頭を探すこと自体にけっこうな労力がかかってしまいます。露頭を見つけたら詳しく観察して、できる限り多くの情報を取り出してから次に移動します。そういう日本で普通にやっていた方式をそのまま実行すると時間がかかりすぎてしまい、何日かけても調査が完了しそうにありません。涼しくはなりましたが、寒くなってしまう前に次の図の範囲の調査を終えなければなりません。


 そこで、大雑把に割り切ったやり方を採用します。ある露頭での作業を終えたら、バイクの距離計でおおむね 1 km 移動します。その間に露頭が続いていても、そのまま通過します。1 km 先に露頭があれば、必ず観察と試料採取を行います。岩石の種類が大きく変化したり、顕著な変形構造がある場合は 1 km 以内でもバイクを停めて調査します。道路脇に露出しているものが扇状地堆積物や崩壊堆積物、あるいは人工的な石垣などの調査対象外の物である場合は、1 km を超えてもそのまま通過します。条件付きにせよ「露頭をスルー」するという、これまでに習得してきた地質調査法の基本を無視するやり方です。この日はDasuを朝出発し、Kandia川の合流点から約 10 km 北上したところから調査を開始し、上述の方式でDasu方面に南下しながら合計10箇所から岩石の試料を採取しました。


103. インダス川沿いの調査2
11月4日 前述の方法で調査を継続し、Dasuより北方の合計14箇所から岩石の試料を採取しました。昨日の調査範囲も含めて、この区間に露出している岩石は角閃岩ばかりです。ここの角閃岩はハンレイ岩が変成作用を受けてできたもので、元のハンレイ岩は前に述べたチラースの町の周囲の岩山のもと同じであると考えられています。所々でその角閃岩に白い岩脈が入っています(上の画像)。岩脈は「ペグマタイト」と呼ばれる石英長石質の粗粒の岩石で、岩脈と角閃岩の境界面が角閃岩内部の「面構造」を分断しています。面構造というのは岩石の「見た目」の特徴を表現するための専門用語です。この露頭の場合は、「角閃石」という細長い鉱物の配列が面をなしています。トランプのカードを揃えたときの側面のような構造が目視できれば、それを面構造と呼びます。「紙」レベルのミリ単位以下から板を重ねたような数センチ以上のものまで、「ほぼ平行に配列する面」として認識できれば面構造です(下の画像)。面を構成している物の種類は何でもかまいません。

11月5日 Dasuより北方の合計8箇所から岩石の試料を採取しました。これで、Dasuより北側(上流側)の調査は終わりました。



104. インダス川の渡り方
 当時のこのあたりでは、インダス川の本流を渡れる橋があるのは 20 ないし 40 km くらいに一つ程度の間隔でした。橋と橋の中間にあたる場所の住民が橋を使って対岸に渡るには、おそらく一日以上をかけて山中を迂回しなければならかなったでしょう。川岸は断崖になっていることが多いので、最寄りの橋までの最短距離となる川沿いに移動することはできません。「橋がない場所を渡れるようにしたい」場合はワイヤーロープを架けて「ザングー」を吊るすという手がありますが、川幅が広いと難しいようです。インダス川の本流を渡れるザングーは、Barasin付近とKiruの北東の二箇所だけ(上の概略図を参照)に設置されていました。ダスーより北にあったザングーはエンジンでワイヤーを巻き取る方式になっていました。ここの川幅は 200 m くらいはありそうなので、人力でワイヤーを手繰って渡るのは無理なのでしょう。でも、そのエンジン付のザングーはいつも道端(インダス川の左岸)に停まっていて、稼働しているのを見たことはありません。手動のザングー(下の画像)はKamiraとKiruの間のどこかにあったはずです(おそらく現存していない)。そのあたりは川の両岸ともに断崖になっていて、川幅は100 m 以下です。ザングーの籠の中に人が立っていて、ロープを手繰って左岸から右岸(KKH側)に渡っています。人物の姿勢がかなり後傾しているので、ロープを引くのは重労働であることがわかります。



 橋もザングーもないところを手製の筏で渡っているのを見たことがあります(下の画像)。筏は空気で膨らませた複数(おそらく6本)のタイヤチューブを木枠に固定して櫂を取り付けたものです。大人が2人くらい乗っても十分浮力がありそうです。ところで、筏があればどこでも渡れるわけではありません。川岸が安全に離岸・接岸できる状態であることと、流れが緩くて水面が穏やかでなければダメです。ラフティング遊びの対象になるような激流のところは無理でしょう。画面のインダス川はゆったり流れているようですが、流速は眺めの印象よりずっと大きいようで、筏はかなり大きく流されています。画像の下部に写っている岩(赤い丸で囲んでいる)を目印にすると、筏が対岸に向って進んだのと同じくらいかそれ以上の距離を流されているように見えます。もし接岸可能な場所を逃してしまうと、次に接岸できるところまで流れにまかせるしかありません。その前に激しい流れに巻き込まれたら、筏はバラバラになるでしょう。





...つづく

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