32. ギルギット滞在
 5月15日火曜日 早朝に目が覚めると、酷く鋭い腹痛に襲われました。痛みだけで下痢の症状はありません。そのまま我慢しているうちに治まってきたので、午前中はのんびり休養していました。昼頃に郵便局へ向って歩いていると腹痛が再発し、一時は痛みで動けなくなりました。最近はあまり見かけませんが、テレビの時代劇で「若い女性が路上で急にお腹を押さえて「イタタタ....」と座り込んでしまい、通りかかった善玉役の侍に助けられる」というようなシーンがあります。正にその女性の役のような状態です。数分間は道端に座り込んで動けませんでした。回りの人に気づかれて騒ぎになるのは避けたかったので、腹筋を締めて痛みをこらえつつ「道端に座って通りを眺めている暇な旅行者」のふりをしました。しばらくすると嘘のように痛みが引き、お腹を下すこともなくて郵便局まで普通に歩けました。日本へ手紙を発送して宿に戻ると、ホテルの庭のベンチにKさんが座っています。彼に腹痛の件を話すと、彼は腹痛だけではなくて下痢もしているそうで、どうやら原因は昨日のフンザ料理ということになりそうです。
 会話をしているうちにKさんの大学での同級生の一人が、私が高校生だったときの同級生であることがわかりました。日本から遠くはなれていて、世界のなかでも「僻地」と呼べそうなところで「知人の知人」に遭遇したということに当時はとても驚きました。今にして想えば、同邦人に会えたことがうれしくて無意識のうちに自分との関連性を探っていたのかもしれません。そういう心理が働くので、旅行中に偶然出会った人とつながりがあると感じることが多くなるのでしょう。
 私はその後は腹痛が再発することもなく、暇だったのでバザールを徘徊してみました。ギルギットは北方地域で最大の街ということなのですが、北方地域自体が超田舎なので市街地と呼べるような範囲は歩いて1時間程度で回れます。もちろん現在では郊外にも市街が拡大しています。泊まっている宿は市街のほぼ中央にあり、三つあるバザールの通りのどれにも簡単に行けます。地図を売っている店を見つけましたが、縮尺50万分の1のやつが最大で、調査に使えるものではありませんでした。それでも地名の確認と記念にするのを兼ねて一枚を50ルピーで買って帰りました。下はギルギットのメインストリート沿いにあるモスクです。




33. 「ポロ」を見物
 5月16日水曜日 午前8時ごろ自転車に乗った四人組がやってきました。イギリスから自転車を持ち込んでカラコラムハイウェイを走って来たとのこと。世の中にはいろいろな人がいるものです。いまのところ歩いている人は見かけていません。
 ギルギットはカラコラムの高峰を登る登山の中継地でもあります。ガイドブックには外国の登山隊が放出した登山用具を扱っている店があると書かれています。昼前にストーブ(キャンプ用のコンロのこと。調査のために野宿もありえます。)を探してバザールを歩いてみました。確かに登山用具店はありましたが、私が求めているような品はありません。そのままチナールバーグというギルギット川沿いの公園まで散歩してホテルに戻りました。
 午後遅くにもう一度ストーブを探しに出かけます。バザールの外れまで歩きましたが(当時は登山用具店が三軒あったと記憶しています。)めぼしい品はなく、帰りかけたところでその先で人だかりがしているのが眼に入りました。近づいてみるとそこはポログラウンドの入口にあたり、奥には馬が集められていました。どうやらポロの試合があるようです。これ幸いと見物することにいます。ポログラウンドは単なる長方形の広場で、周囲は石垣で囲まれています。設備はゴールを示しているらしいものが長方形の両端付近に一つずつあるだけで、ピッチを区切る線は引かれていなかったと思います。客席もないので適当な場所に立って見ます。もちろんチケットなど必要なさそうです。今日の試合は、7月に行われるギルギット地区代表対チトラール地区代表戦に向けての練習試合ということでした。ポロのルールは全く知らりませんでしたが、試合を見ながら理解できたことを述べておきます。
 1チームは6頭の騎馬で構成されていて、騎手は長さ1.5mくらいの柄がついた木のスティックを持っています。スティックの先は両口の木槌のようになっていて、これで木製のボールを打って動かします。ボールはスティックの振り方によって、騎馬の進行方向と逆方向の双方に打ち出せます。打ったボールがゴールを通過すれば得点です。空中に打ち上げられたボールを騎手が手で受け止め、それを持ったまま騎馬でゴールを通過しても得点になるようです。スティックはよくしなる細い木の枝でできていますが、試合中によく折れます。折れるとすぐにグラウンドの脇に駆けていって、そこで新しいのを受け取ってピッチに戻っています。馬上から長い棒を振り回して野球用のよりも少し小さいボールを叩くのですから、狙いどおりに飛ばすのはかなり難しそうです。「パスを回してディフェスの隙を突く」といったような、サッカーなどで使われる戦術はなさそうに見えます。とにかく、ボールが転がったところに多数の騎馬が殺到し、早いもの勝ちでボールを相手チームのゴール方向に打ち出すという試合展開です。このときカメラを持っていなくて写真を撮れなかったことが残念です。ここでは写真を掲載できませんが、ネットで検索すればポロの画像をご覧になることができるでしょう。
 12頭の騎馬がグラウンド狭しと駆け回る様子は迫力満点です。試合に出ている馬は農耕用の馬より大柄で足が太くてがっちりしています。騎手が振り回すスティックは、混戦になると人や馬にも当たっているらしく、あちこちで流血している騎手と馬がいます。ボールを追って勢い余ってピッチの外に飛び出し、馬ごと石垣に衝突して落馬したのにすぐに騎乗してピッチに戻った騎手もいました。見物しているほうにも危険が及ぶことがあります。ボールが自分の近くに転がってきたときは、すぐにボールから離れないといけません。ぼやっとしているとボールをめがけて突進してくる騎馬の群れに巻き込まれそうです。試合は20分でハーフタイムになり、後半も20分で終了しました。騎手はユニホームを着ていないので、どちらのチームに属しているのかわからず、ゴールが決まってもどちらの得点なのかわかりません。試合の勝敗もよくわからなかったのですが、充分に楽しめました。ポロはこの地域から発祥したものらしく、イギリス人が本国に持ち帰ってスポーツとして発展させたようです。ここのものと、スポーツとしてのポロはルールも戦い方も違っています。多数の馬と馬が駆け回れる広い競技場が必要なので、ポロを日本で普及させるのはまず不可能であり、せいぜい洋服のブランドとして知られているくらいでしょうか。まる二日間の休養で体力が回復したので、明日はフンザに向けて出発することに決めました。


...つづく

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