この世の中は、「赤信号みんなで渡れば怖くない」になっている。
労働基準法違反の会社なんて今の世の中、そこらじゅうにある。一つを取り締まってもキリがない。
ちなみに、労働基準法は労働者を守る法律であるが、法律の条文を読んでも素人ではわからないようになっている。
最近、学校の先生ばかり批判しているが、教育というのは、一回担任を持ってしまうと、休めないという呪縛がある。それは、生徒や保護者から何か言われるのが嫌だからであろう。
さて、問題はこの呪縛が心までも腐敗させてしまうところにある。人は厳しい環境を押し付けられ、それから逃げることができないと知ると、他人にも同じことを味あわせてやろうと思うようだ。もちろん、ここには人間の選択がある。他人にも危害を加えようとする人もいれば、自分だけで終わらして、他人は普通に生きさせようとする人もいる。
心を腐敗させてまで 働く意味が本当にあるのかどうか、ここを考える必要がある。
心を腐敗させると他人に迷惑をかける人間になるから。
人に迷惑をかけるってことは必ず、被害にあう人がいるってこと。
そして、誰も被害にあいたいと思っていないのだとしたら、当然、被害者は仕返しをしようとする。これが、ギクシャク感を生み、ストレスにつながり、やがて疲労していく。
人はみな幸せを求めているものだ。果たして、上で述べたような状態が幸せと言えるのかどうか。
人を憎しめば、憎しみ返され、幸せにはなれない。
昔から言われていることだ。「人を恨めば穴二つ」。
幸せになるためには、人から嫌われたり、憎まれたりした時の対処法にあるが、これは、非常に複雑で説明がほぼ不可能だ。
ただ、こういうことに挑んだ偉人たちがいる。
一番、手っ取り早いのが聖書だ。
この国には議論の文化がないのかも。
相手を認め、相手の考えを聞き出し、それに対する自分の考えを述べる。
たぶん、これが大人の会話だ。
議論をしないと、心の病が増える。相手が何を考えているのか知らないで、勝手に相手を判断することになるから。