社会性を信じている人には悪いが、社会性とは弱者の切り捨てである。どんな職業に着くにしても、求められるのはこの社会性だ。弱者救済をうたっている、福祉関係の仕事ですら、この社会性を求められる。
私も昔は社会性を身に付け、周りに合わせてきた。しかし、それでは救われない人が出てきたから、自らを社会的弱者にしてみた。
いじめっこがいじめるのは弱い人間だ。これは、社会性がある。社会性とはそういうものだからである。
いじめはダメと言っておきながら、社会性を身に付けろというのは矛盾している。
皆さん、画一的っていう言葉の意味を国語辞典で調べたことあります?
この言葉に関しては調べるのがタブーになっているかもしれません。
親が子供を自由にしないから、子供にストレスがかかり、引きこもったりする。
もし、サッカーの本田選手の親が本田を自由にしていなかったら、本田は活躍しているだろうか、おそらく、海外移籍なんて許されず、まだ、国内で悶々としている。
そもそも、子供は親に自由にされると親に感謝する。子供は「こんなに自由にしてもらってありがたいな」って思う。それが、親孝行を生み出し、盆や正月には帰ってくることになる。それは子供が継続して自由にされるためでもある。
また、親が子供を自由にすると、子供は自分で何が危なくて何が危なくないのかを自分で考えるようになる。それが、自立心を生み出し、賢くなる。そして、この賢さが世の中をよくしていくことにつながる。
結局のところ、親が賢くないと、どっかで、子供に規制をかけてしまう。
社会性でものごとを測る人は社会性で測りとられる、つまり、自分で自分をその尺度で測るってこと。
以外にこれで苦しんでいる人が多いことにびっくり。
測る測りは自分で選択できる。
社会性は他人が作ったものだ、それを偶有的に持つならいいが本質的に持つのはいいがなものか。