警察、親、公的機関、はなぜ悪いことしたのに「すいません」の一言も言えないのか?
理解に苦しむね。
今日は人の時間の感じ方について考えてみたいと思う。
現代は家電やコンピュータの発達に伴い、仕事が早くこなせるようになった。しかし、この事が逆に時間に余裕のない、忙しない生き方を産んでいる。どういうことかというと、例えば、昔は洗濯だけでも大変で、1時間では終わらなかったはずだ。こうしたことを人々が毎日行っていたなら、例えば、洗濯は1日で3時間かかるとすると、他の人はその3時間に対して猶予あるいは余裕が与えられたように感じる。その3時間で何をしようかなってなる。ところが、今は洗濯が高速で行えるようになったため、他の人が常に何かをしていないといけないように感じてしまうのだ。
昔と今では時間の感じ方に差があって、現代の方が忙しない。
若者は社会的に何も知らないとされている。大学を卒業したのに、世の中をほとんど知らないとされている。
なぜそうなるのか?それは、学校が世の中の仕組みを教えないからだ。株式会社って何?個人事業との違いは?年金ってどうすればいいの?投資って何?労働基準法とか知らないんだけど…。親権って何?
社会で生きていくための知識がたりてない。
学校は高校あたりで、現代社会の授業を必須化し、最も重点を置くべきだ。
人に依存した場合、依存された方は拘束されてしまう。このことが不自由を生みストレス(精神的苦痛)につながる。その束縛がきつい(常識のレベルを越える)と精神がおかしくなってしまう。
それでも、依存する人は執着することに必死だ。なぜなら、自分の存亡がかかっているからだ。
しかし、いつまでもこのままでは、依存された方がやがて死に近づいていく。この過程で、統合失調症だったりうつ病と言われたりする。
拘束、不自由、束縛、執着と言葉を変えたが、どれも同じ意味である。
ある人がアルコールに依存した場合、その人はアルコール無しでは生きていけない。このことを世の中はアルコール依存症と呼んでいる。
ここで、注目したいのが対象物であるアルコールに対してどう思っているかである。アルコール無しでは生きていけないのだから、アルコールを支配したいと思っている。もし、世の中からアルコールが消えるようなことがあれば、絶対に反対し、それこそ、命乞いをしてでも消えることを阻止する。
依存症は何もアルコールに限ったことではない。仕事に依存する場合もある。この場合も対象に対してアルコールと同じことを思っている。 こういう人が会社にいたら、会社の責任者はその人を辞めさせにくくなる。会社の責任者も拘束されたようなものだ。たとえ、その人が周りに迷惑をかけまくっていたとしても辞めさせにくく、会社にあまり利益をもたらさなくても、辞めさせにくい。これが職場の空気を悪くする。この被害者は大概、真面目な人だ。