Yen-Xingのあばら屋 BSD物語長編外伝小説05 異世界放浪編
第00章
第00話:異世界への召喚
夜1時半
定例となったチャットを終えネットから切断する寸前、妙な物がダウンロードされてきた。ファイルサイズはおよそ数十GB……冗談じゃない! いくらこっちの環境が化け物だからって、準備も無しにこんな物もらってたまるか! あわててダウンロードのキャンセルを行うがコントロールを乗っ取られているのか操作不能、回線の切断はおろかPCの電源強制停止さえ効かなかった。中空ウィンドを開き、ティナを呼び出す。この時間ならちょうど別室でシステムの監視中のはずだ。
「ティナ! 今ダウンロード中のファイルは一体何だ!? PCのコントロールまで乗っ取られた!」
「それが……こちらからも操作不能です! 現在まで転送されたデータ内容から推測して、高圧縮されたファイルの様です。自己解凍型ではないので即時に被害は出ないと判断しますが……HDDの容量も足りていますから、ディスクが破損することも無いと思います。ダウンロード先をドラフトへ指定変更しましたのでそのまま続けてもらえますか? ダウンロードが終わったらHDDごとシステムから外して、こちらへ持ってきてください。私の方で解析を行います。」
ダウンロードのプロパティを確認すると保存先は大容量ファイル搬送用のリムーバブルHDDに指定変更されていた。待つこと暫し。ダウンロードが終わると、さっきまでしつこく行っていた回線切断要求がようやく通り、外部とのネットワークから切断された。早速ハードディスクをPCから切りはずし、PCの方は念のためにティナ特製のウィルススキャンをフルチェックで実行しておく。
厳重に気密が保持された2重扉を通り、ティナのネットワーク監視室へはいる。ここから先はプログラムやバグの実体化率が高い為に厳重に隔離してあるのだ。室内はいくつものウィンドが浮いた状態で球状に展開されており、そのウィンド群の中央は高さ2m程の中空に濃紺と白で構成されたメイド服を身に付けたネコミミメイドが目を閉じて静かに座っていた。彼女の名前は「ティナ=バークレイ」。その正体はBSDネコミミメイドだ。
この屋敷のシステムを守るセキュリティを担当しており、カバー範囲は現実世界からネットワーク上のセキュリティまで幅広い。どうやら意識を直接、電脳空間上に展開しているのか、こちらには気がついていないようだ。ウィンドボールに声をかけると、意識を現実世界へログアウトさせたらしく彼女の目が開いた。ウィンド群が左右に開き、ティナが音も無くこちらへ降りてきた。
「それがさき程のデータの入ったハードディスクドライブですか?」
「うん。ついでに接続していたシステムはフルチェック中。そっちは何かつかめた?」
「今も検索中ですが……こういった大容量ファイルがいきなりダウンロードさせられたって話は転がっていないようですね」
展開されたウィンド群は薄暗い照明の中、明滅を繰り返したままで活動を止めていなかった。英語・日本語・ドイツ語・フランス語・ポルトガル語・ハングル・それに台湾やアラビア語、進入が難しい中国のサイトまで高速検索かけているらしい。様々な言語のサイトが表示されては一瞬で切り替わっていく。どうやら個人Web Siteだけでなく商用サーバや軍事サーバにまで潜っているらしい。
「明朝、レイナと一緒にこのデータを解析します。いい加減、夜も遅いですしご主人様はお休みください。後は私達にお任せください。」
そういわれてウェアラブルPCの画面で時計を確認する。見れば既に朝4時になると言うところだ。彼女の薦めに従い、私はベットへと潜り込んだ。
明朝
「ますたぁ〜 おきて! おきてってばぁ〜〜!」
布団の上でメイルに飛び跳ねられ強引に叩き起こされる。
「もうちょいまて、あと5ふん〜」
「そういうこと言うの? じゃ300カウントダウンしてあげるからね! 300、299,298、297……」
「だ〜〜〜っ!! 起きれば良いんだろ起きれば!!」
危ないところだった。未だに私の布団の上で飛び跳ねているこの妖精は「メイル=デーモン」という。ある雨の日に公園に捨てられていたのを拾ってきたのだが・・・・・・「捨てデーモン拾うべからず」という格言の通り、ろくなことは無かった。悪戯好きで、しょっちゅう悪さをする。悪意が無いのが救いだが・・・・・・それでも始終されてはたまった者ではない。とはいえメールに関する仕事は其れなりにしっかりしてくれるので重宝しているのも事実だ。なお、正体は呼んで字の如し「メールデーモン」つまりメールの送受信を行うデーモン(守護精霊)だ。もっとも、デーモン(悪魔)と訂正したい管理人は私だけではないはずだ。さっきのカウントダウンだって、カウントダウンが終わっても起きなかった場合、実体化させたメールボムを私にぶつけていただろう。そういうヤツなのだ。
目が開かない状態ながら強引に這いずりだし……ん? 何か妙だ。そういえばいつもはティナが起こしてくれるんだっけ。場合によっては怪電波付きで(汗)
「メイル、ティナはどうした?」
メイルにメールチェックと振り分けを頼む。メイルがその処理に夢中でこちらを見ていない間に枕もとのワイシャツとズボンを身につける。アイロンが効いておりこざっぱりした感じだ。きっとレイナがしてくれたに違いない。
「それがね、朝からレイナとドラフトに入ったまんまででてこないの」
「出てこない?」
メイルの言に昨夜の奇妙な一件を思い出す。そういえば明朝からデータ解析をすると言っていたから既に始めているのか? キッチンに並べてあったモーニングセットで朝食を適当に済まし、端末用のウェアラブルPCを腕に装着、その上から白衣をまとう。ドラフトへと続く2重扉を再びくぐり、二人の元へと近寄る。2人とも中空ディスプレイ睨みながらシステムをダイレクトに体に接続し、インタフェースを介さずに直接操作してた。
「どう?」
「なかなか面白いものですわ〜とりあえずあちらを見てください」
もっぱらティナが解析を行っているのか手一杯らしい。そばにいたもう1人のネコミミメイドが私に気が付き、どこかのんびりした口調で答えた。赤いメイドキャップを被り、特徴的な丸めがねをかけた彼女がレイナこと「レイナ=トーバルズ」。Linuxネコミミメイドだ。普段は屋敷の炊事洗濯とDB(データベース)を担当している。DBの稼動が重いのか、いつものんびりとした口調だがそれがかえって相手を安心させ、落ち着かせる。いつもほんわかとして雰囲気をまとっているのが特徴だ。
レイナが指し示した対コンピュータウィルス性の特殊強化ガラスの向こうには、この前のハードディスクドライブを接続したPCがスタンドアローンで稼働していた。15インチブラウン管ディスプレイに映し出されていたのは幾何学模様に数字、それに見慣れない文字らしきものが複雑に組み合わさって出来た図形だった。私が来たことにようやく気が付いたのかティナがレイナに代わって私の質問に対応してくれた。その間、レイナが解析の続きをするようだ。
「解凍後、稼働結果をシミュレートした物が今ディスプレイに映し出されている物です。実行したらおそらくこの図形が実世界に現れます」
「ティナ達と同じ実体化モジュールを兼ね備えたプログラム?」
「その通りです。しかしこのプログラムは図形を2次元に展開するだけです……これほど大容量のファイルなのに稼働内容が二次元描画だけなのはちょっと解せません。単なる描画プログラムならギガバイトオーダーは明らかに不自然です」
「ディスプレイに描画された、あの図形に心当たりは?」
「少なくとも私にはありません。レイナが心当たり有るそうなのですが……ちょっと私には信じられないです。彼女から説明を受けてもらえますか?」
ティナが信じられない? どういうことだ??
「どういうことだ? レイナ、説明してくれ」
私が声を掛けると「ふぇ?」と今気が付いたように、レイナが返事をかえす。まるで寝ぼけてぼけていたようだ。実際レイナは低電圧なところがあるし・・・・・・まさか本当に寝惚けているって事は無いだろうな(汗) もっとも、私の杞憂だったらしく、レイナはすぐにこちらへ向き直ると説明を始めた。しかし、その内容は私にも納得しがたいものだった。
「あの図形、悪魔召喚魔法陣に近い存在ですわ」
「なぬ? いまあくましょうかんまほうじんってきこえたんだけど」
「ええ、サイズと構成から推測すると、アスタロトやベルゼバブなんていう超大物を呼び出す物ではありません〜。大体、接続先が悪魔界ではありません。じゃあ、接続先はどこだと言われるとちょっと困るのですが……」
「じゃ、あのファイルサイズは?」
「実行結果は2次元ですが魔法陣の構成自体は4次元的な物です〜、その展開する魔方陣の情報量のためこれくらいにはなります〜。それにゲート生成用のエネルギーを内蔵した自己稼働・自己展開型のなかなか面白いゲートですわ」
「エネルギー内蔵型?」
「普通は悪魔召喚の時に生贄とか捧げるじゃないですか。あれは魔方陣の起動に必要なエネルギーを生贄から取り出しているのです〜。これはその必要がないタイプって事です」
「よくぞまぁこんな短時間でそこまで分かったねぇ」
しみじみと洩らした私の感想への返答はとんでもないものだった。
「ええ、シミュレートといえど実施に動かしているのと大差有りませんから」
「……ちょっとまて、それじゃあの魔法陣、既に稼働しているって事じゃないのか?」
「そうですわね、起動させてから十分な時間が経っていますから回路に十分なエネルギーもたまっていますし、そろそろゲートが開く頃ですわね〜」
「もうちょっとで何か出てくる? 召喚って事!?」
「いえ、あの魔法陣は召喚魔法陣の裏返しで構成されています〜 むしろこちらが逆に召喚される側ですわ〜」
彼女がそういった直後
ディスプレイから放たれた閃光が視界を埋め尽くした。