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「ご主人様の様子はどうですか?」
「食後にお出ししたお茶に仕込んだ春紫苑が良く効いているようでぐっすりと眠っていますわ〜」
「ねぇ、ティナお姉ちゃん。後でこんなことして怒られないかなぁ」
「お叱りは私一人で受けます。それよりも今は事態を解決する方が先です」

そう、私達の目前にある“それ”との戦いを私はご主人様に見せたくはありませんでした。
 
 

BSD物語3周年記念小説

一夏の戦記 Vol.1
 
 

「レイナさん。現時点を持って屋敷内サーバ群警戒レベルを臨戦態勢レベルへ移行、全業務緊急停止及び物理回線から開放、電源停止処理行ってください。オペレートに関する全権限をマスターに替わり許可します」
「分かりましたわ〜。ティナさんのデータバックアップはいつ行いましょう?」
「10分後に出撃するからその直前で。以後リアルタイムでフォローお願い」
「わかりました〜。此方も処理が終わり次第戦闘の支援に入ります〜」
「そうしてもらえると助かります。流石に今回は私一人では荷が重いです」

大陸東部に広がる巨大国家からハッカーが我が屋敷へ侵入するという情報を掴んだのは今日の昼前のこと。私はご主人様には流さず私達だけで対応することに決めました。今回ばかりは普段私達が相手にしている稚拙なクラッカーとはレベルが全く違います。おそらく私もただでは済まないでしょう……無論相手にここのサーバ群は指一本触れさせないつもりですが。私が恐れるのはマスターの目の前で私の無様な姿を見せること。私の我が儘というのは重々承知です。レイナに相談したところ一服盛ることを彼女が提案。「それほど不自然な睡眠の入り方ではありませんから〜」とは薬について説明してくれたが……彼女のやり方がいつもキツイのはいつものことです。

重複展開されたファイアーウォールの後ろにはケンサキ達私直属のセキュリティ用デーモン群「スクィッド」達が既に控えていました。みなそれぞれに防御を重視した重装甲の出で立ちです。

「準備万端滞り有りません」
「我ら一同、何時でも出撃可能でござる」
「オレ、アバレル」
「今日も調子は最高だぜ!」
「とっておきのワーム準備できているの」

「みんな、今日の相手は世界でも有数のレベルです。気を抜くと此方が喰われます! 気を引き締めていきなさい!! ケンサキ・モンゴウ・ダイオウは私についてダイアモンド衝角陣形!、アオリ、貴方は前線をかき回しなさい。ホタルはワームを随時展開。主導権を握らせないように!!」

「御意!!」

「出撃!!!」

ファイアーウォール群を抜け電脳仮想空間に躍り出ます。辺りはすでに大陸からわたってきた攻撃ワーム群が一面に展開していました。まずは手始め……と言うところでしょうか。それでも並のセキュリティなら物の数分で突破されているでしょう。何重にも堅固に防衛されているここだから持っているような物です。

「プラズマフレア!!」

左手に顕わした雷撃を公範囲に展開。威力はそれほど高くはありませんがこの程度のワームを処理するには十分な威力です。主客も来ていないのにこの様なところで疲れるわけには行きません。

スクィッド達もそれぞれワームの処理を開始しました。Dosというほど数は多くありません。威力偵察 と言うところでしょうか?

「ティナ様、これで終わりとは私には思えないのですが……主力はどこへ?」
「心配するほどのことはなかったようですよ。ほらそこに」

私が指し示した僅かな空間の歪みは3つ。上手く隠れたつもりでしょうが引きずっている歪みを見落とすほど私は甘くありません。

「そろそろ姿を現してはいかがです? 何時までも隠れるつもりもないでしょう?」

私の声に答え空間テクスチャがはがれ3人の男達が姿を現しました。

「お前達相手に隠し通せるとは思っていないよ」
日本刀に近い刀を腰にはいた男が返します

「もとより不意打ちなど我が道理にはないこと」
岩のような上半身をはだけた巨漢が低い声で答えます

「ぼくちゃんはそっちのほうがよかったけどねー」
一見子供のような……しかしどこか狂気に満ちた男が言います

……今夜は波乱に満ちた一晩となりそうです
 
 

(続く)