*お散歩日和*
(10万HIT企画その3)
【1】
暑い夏がようやく過ぎ去って、秋の気配が濃厚になってきた頃。
早朝の少し肌寒い空気を感じながら、ぬくぬくとした布団のなかで譲葉はまどろんでいた。
(いつもの時間までまだ大分あるな。どうせまだまだねぼすけ黎深は起きないだろうし、もうちょっと寝てよう……)
譲葉が側仕えしている年下の主は大変に寝起きが悪く、譲葉は毎朝彼を起こすのに苦労していた。特に寒い時期は余計に寝起きが悪い。秋も深まってきた最近では、起こすのに四半刻近く掛かることもあった。
もっとも、いつまでも暖かな布団にくるまっていたい気持ちは譲葉とて分からなくもなかったが――。
そんなことを考えつつうとうとしていた譲葉は、扉の開くバタンという音にびくりと身を震わせた。
(ぞ、賊!?)
急いで飛び起きると、主がズカズカと室に入ってくるのが見えた。
「きゃあぁっ!!」
それはあまりに突然だったので、譲葉はぎゃーではなくうっかりきゃーなどと言ってしまったが、譲葉の主はそんなことには頓着するそぶりもなく、枕元に立つと傲岸不遜にこう言った。
「起きろ譲葉!」
「は!? ちょ、ちょっと黎深、まってよ勝手に人の室に――!」
入ってこないで、と言おうとした譲葉の言葉は、次の黎深の一言に遮られる。
「私の邸で、私がどこに入ろうと勝手だろう」
「…………っ」
確かに譲葉は、広大な紅本家の中でも黎深にと与えられた離れの一角に寝起きさせてもらっている。それについては反論の余地はないが――。
「だ、だからって寝てるとこ急に入ってくることないだろ!」
「私が急に来ると困ることがあるのか?」
「………………な、ないけど……」
ふふんと笑った黎深は、ぽすんと寝台に腰を下ろした。かわいい顔に意地悪な笑みを浮かべた主を前にして、譲葉は無意識のうちに布団を掻き寄せる。
「ならいいだろう。今日はこれから出かけるぞ」
「…………はい?」
譲葉は信じられないことを聞いたと思った。
いつも譲葉が起こそうとしても起きなくて、布団をひっぺがして顔を洗わせ、無理矢理引きずり出しているこの黎深が、自発的に起きただけでもキセキなのに、そのうえ自分から出かけるなんて言い出すとは!
「れ、黎深!? どういう風の吹きまわし?」
「どうもこうもない。出かけると言ったら出かける!」
「……えーと…………、まぁ、いいけど……」
譲葉が仕える天上天下唯我独尊を地でいくワガママ若様は、いったんそれと決めたら絶対に譲らないことはよく知っていたから、譲葉は溜息をつきつつ頷いた。
「それで、どこに何しに行くのさ」
「行けば分かる」
「…………」
それは行くまで説明したくないということだろうか。もっとも、この面倒くさがりのワガママ若様がわざわざ自分から出かけるなどと言い出す理由は限られている。また変なことを思いついたのだろうと譲葉は推測した。
「よく分からないけど、分かった」
「ならいい。支度しろ」
「…………」
支度しろ、と言って寝台から動こうともしない主を、譲葉は睨んだ。
「……なんだ?」
「……………………」
「おい譲葉。分かったという割にはいつまで寝台にいるつもりだ? 早く支度しろと言っただろう」
「きみがずっとそこにいるからだろ!!」
いくら相手がまだ10にも満たない年下の主だからといって、さすがに薄い衣一枚しか着ていない状態では出るに出られない。黎深は譲葉の秘密である「百合」を知っているはずなのに、気が利かないのか、幼さ故のことか、それとも分かっていてわざと意地悪しているのか――。
譲葉が寝台に座っている主をねめつけると、黎深はああと頷く。
「分かった。口付けしてほしいのなら最初から言え」
「はぁ!? ばか言うな、なんだそれ!?」
信じられない単語を聞いた譲葉は目を見開いた。
「昨夜玖琅に読んでやった御伽話に書いてあった。眠り姫は王子の接吻で目覚めるのだそうだ」
「そ、それはあくまでも御伽話のはなしだよ! 誰が眠り姫で誰が王子だ……って、わぁ、やめろ黎深! 起きる、起きる! 起きるから、いいから出てけ!!」
ばふんっ、と枕を投げつけて、譲葉は黎深を室から追い出した。
【2→】
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