*うむがやすし*
(黎深・絳攸)


【4】

なおも絳攸の指先を舐め続ける黎深に、絳攸は再び言葉に詰まった。
養い親はひょっとして、このケガに怒っているのだろうか。
それに気付いて、絳攸は謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい」
「………………。以後気を付けなさい」
「はい……」
そうして黎深はようやく絳攸の手を離した。
そんな当主とその養い子の横で、有能揃いの紅家専属料理人たちは一生懸命見てみぬふりを決め込んでいた。どうにか片付けも終わり、新しく熾した火で菜を作りはじめる。油はもちろん適量だ。ジュッ、ジャッ、ジャッ、と手際よく肉そして野菜を炒めていく料理人たちの手元からいい香りが立ち昇ってきて、絳攸の手を離した黎深は不敵な笑みを浮かべた。
「お前もあのくらい手際よく菜が作れるよう努力するんだな」
「お、俺は料理人ではありませんよ! 人には向き不向きというものが……!!」
「自分の不器用さに言い訳するつもりか、絳攸? 私が『努力しなさい』と言っているんだよ?」
「………………善処します」
「まぁまずは指を切らずに野菜を切れるようになることと、饅頭を上手く作れるようになることだな」
「え。なぜそこで饅頭なんですか!? 青椒肉絲では……」
「文句あるのか」
「…………。いえ………」
絳攸には(というか常人には)この人の思考回路は理解不能だ。その上、この養い親には何を言っても勝てないと分かっている絳攸は、大人しく首を横に振る。それに黎深は微笑むと踵を返した。
「夕餉の用意ももうすぐできるだろう。ほれ、行くぞ絳攸」
「あ……、はい!」
当主の背中を慌てて追いかけていく養い子を見送った料理人たちは、今のは一体なんだったんだ、とお互い顔を見合わせたが、とても有能な彼らは余計なおしゃべりはせず、当主の希望に添うよう、ただひたすら手早く夕餉の準備を調えることに専念した。
その日の夕餉には、いくらか切り口が不揃いな、だが味は絶品の青椒肉絲が並んだという。

END.
【←3】
「案ずるよりも」のその後、オマケな感じで書いてみました。ウチの黎深様はどうも、一見甘々かと思いきや、実は嫌がらせ(ていうかセクハラ?)方向に心配が向かっちゃうらしいです(苦笑)。

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