*親の心子知らず*
(黎深・絳攸)


【4】

「診断にかこつけての出来の悪い官吏どもの一掃。――そういう意味で"健康診断"をせよ、と仰ったのでしょう、主上?」
さすがですね、と嫌みたっぷりに微笑んだ黎深を前に、劉輝は冷や汗をかいていた。ただ純粋に「皆が健康であるように」と思っていただけ、などとは、すでに言える雰囲気ではない。
朝議の後、詳しい説明を致しましょうと執務室を訪れた黎深は、短期間で仕上げたとは思えないほど分厚く整った書翰を差し出してきた。その手蹟は、劉輝もよく知る側近のものを基本に、後から書き加えたとおぼしき部分があり、より厳しい内容となっているのは後者の方だった。もっとも、両者の手蹟はとても似ており、見るものが見なくてはその差は分からない程度のものだったのだが。
「詳細はその書翰にすべて書いてありますのでご覧ください。この件に関しては私が直接お受けしますので、変更やご要望があればいつなりとどうぞ。それから主上、身体に何らかの障害を持つ者、一定の官位以上の者は集団検診ではなく個別検診として、検査基準も別に設けますが、それでよろしいですね」
よろしいですね、と断定口調で言われ、劉輝は頷くことしかできなかった。
「う、うむ……」
「それでは御前失礼。――ああ主上、本日は李絳攸はこちらに来させませんよ。例の書翰作成のせいで吏部の仕事が遅れていますから」
それでは、と一方的に言い置いて執務室を出て行こうとした黎深は、王の側に控えていた友人に呼び止められて歩を止める。
尚書令である彼の友人は、足の不自由さを補うための杖を持っていた。
「ありがとう、黎深」
「………………ふん。お前のためだけではないぞ、悠舜」
「ええ、もちろん分かっていますけれどね。"女子、身体に障害のある者、正四品以上の官位を持つ者、および特殊な事情の者は個別検診または検診免除"なんて、まるで誰かのための項目としか思えませんからね」
書翰を眺めながらくすくすと笑った悠舜は、友人のムスッとした表情を気にする風もなく告げる。
「鳳珠も喜ぶと思いますよ。――ああ、絳攸殿にはくれぐれもよろしくお伝えくださいね。とてもお疲れのようでしたから」
「そっ、そうだぞ! 仕事より健康第一なのだ!! 余は絳攸を見ていると心配でしょうがないぞっ」
「…………あなたに心配されることではありません。というより、あなたの手伝いなどしているせいで、アレは更に余計な仕事を抱えているのです。アレの心配をするより先に、ご自分の仕事をさっさと片付けたらどうです」
劉輝を横目で睨んだ黎深は、シクシクと痛みはじめた胃を押さえた王になど目もくれず、王執務室を後にした。



黎深は吏部侍郎室の扉をそっと開くと、無言で室に入る。そこに室主の姿はない。だがそんなことに頓着する黎深ではなかった。
ツカツカと進んで執務机案の後ろに置かれた衝立の向こうを覗いてみると、そこには黎深の予想通り、長榻で丸まって寝ている部下の姿があった。
「無防備にも程があるな……」
室に来たのが私以外の者だったらどうするのだ、と呟きながら苦笑をもらした黎深は、すぅすぅと寝入っている彼の巾で包まれていた髪を解いてやり、毛布を掛ける。
それでも起きる気配のない部下の横に椅子を持ってくると、そこに静かに腰を下ろした。
長榻にはらりと散らばった色素の薄い髪を梳きながら、溜息をつく。
「お前が寝ないと私まで寝れぬのだ。少しは考えろ」
黎深は誰に聞かせるともなし、ぶつぶつと呟くと、懐から取り出した扇であくびを押さえた。

END.
【←3】
今はメタボやら何やら言われてますが、昔は健康診断なんてなかったんだろうなー、と……。ちなみに、黎深様が敵意たっぷりに作ったこの"健康診断草案"はきっと没だと思われます(笑)

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