*珀明の憂鬱*
(黎深・絳攸・珀明)
【1】
大量の書翰を腕に抱えた碧珀明は、吏部尚書室の前で立ち止まった。
吏部氷の長官・紅黎深。彼に対面するときは、今でも緊張する。
吏部に配属されて早くも一年が経ったが、まだまだ全然慣れなかった。
尚書室の前で立ち止まった珀明は、扉を叩く前に大きく息を吸い込んで、吐く。
(落ち着け、落ち着け珀明。て、鉄壁の理性、鉄壁の理性……)
呪文のようにそう呟いて、珀明は意を決すると一歩扉に近づいた。
と、何やら話し声のようなものが聞こえて、珀明は扉を叩こうと振り上げた手を直前で止めた。
「黎深様……」
そう聞こえた声は確かに、珀明が誰よりも尊敬・敬愛してやまない吏部侍郎・李絳攸のものだ。
絳攸大好きの珀明が、彼の声を間違えるはずはない。
(絳攸様が尚書室に! っていうか、「黎深様」って、こ、紅尚書のことか!?
あの鬼尚書を名前で呼ぶほど親しいなんて! ていうか「様」付けって!)
どういうことだ、と珀明は動きを止める。
自分も勝手に「絳攸様」と呼んでいることを、盲目的に彼を信奉している珀明は気づいていなかった。
珀明はきょろきょろと辺りを窺った。周りに人影はない。
吏部尚書室など用があっても誰も来たくないところだから
(だから下っ端の珀明が遣いに出されるのだ)、しばらくは誰も近寄らないだろう。
そう判断して、珀明は持っていた書翰をそぉっと廊下に置くと、耳を尚書室の扉へと近づけた。
【2→】
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