*案ずるよりも*
(黎深・絳攸)


【6】

そういった誘いなのかと、と赤い顔で呟いた養い子に、黎深は深い溜息をついた。
「なぜ私がお前に伽を命じねばならぬのだ。――精力剤は疲労に効くから渡したまで。邸に来させたのはお前に菜を作らせるためだ」
なぜそういう思考になる、と黎深は顔をしかめて頭を抱えた。
こんなに打ちのめされた様子のご当主様は初めてだ、と周りで見ていた家人や影たちは密かに思った。
だが、当の絳攸は困った様子で黎深に問い返す。
「ですが、それこそどうして、黎深様は俺に菜をとお思いに?」
それこそ分からない、といった表情の絳攸に、黎深は眉をしかめ溜息をつきつつ答えた。
「昨日、兄上の邸で作っただろう。アレは少々水っぽくて美味しくなかった」
美味しくなかった、と言いながら、絳攸たちが雪山から帰った時には夕食はすべて平らげられていた。黎深と邵可は二人で四人前を食べてしまった計算になるのだが、それについて突っ込むには絳攸の困惑度は高すぎた。絳攸は何も言えずにその場にただ立ちつくす。
「だからもっと美味しく作れるようになりなさい。またああいった機会があるかも分からない」
そう言った黎深は昨夜の出来事を思い出したのか、兄上と二人切りで食事をしたのだ……、としかめっ面をでれでれ笑顔へと変えた。
それを見遣って、絳攸もようやく普段通りに戻る。
「そう、ですか……。そういうことでしたら、分かりました、作ってきます」
伽をさせられると思い込んでいた絳攸は、実は出された課題が青椒肉絲作りだけだと知ってほっと表情を和らげた。いくら作っても上手くならない饅頭作りをさせられるよりは、幾分マシだ。
「少々お待ちください。では――」
今度こそ、と先ほどとは反対方向に向かって出て行こうとした絳攸を、しかし再び黎深の声が止める。
「絳攸」
「はい?」
反射的に呼びとめてしまった黎深は、振り向いた絳攸の顔を見て言葉に詰まる。
養い子に、自分が命じれば大人しく言われた通りに身体を開くのか、と聞こうとして、やめた。そんなこと聞かずとも、先ほどの思いつめた表情で充分分かる。
振り向いて言葉を待つ絳攸に、黎深は何でもないとは言えず、不敵な笑みを浮かべるとヒラと扇をはためかせた。
「――この私をわざわざ待たせるのだからな、昨日よりも不味いものは作るなよ」
「……はい」
慌てて庖厨へと向かった絳攸を見送って、黎深は瞳を閉じると、ひとつ、息をはいた。

END.
【←5】
原作外伝「朱にまじわれば〜」の、「お見舞戦線異状あり?」のあと、というシチュエーションです。「あとで覚悟したまえ」と言っていた黎深様と、邵可様に持って帰りなさいと言われた精力剤の使い道を考えていたら、こんな話に……(笑)。途中まで読んで、「そういったコト」を期待してた方、期待外れですみません(笑)

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