*ふたつのみかん*
(黎深・百合・絳攸)
【1】
「黎深。いるんでしょ」
その声に黎深が返事をするよりも早く(もっとも黎深は返事をするつもりはなかったのだが)、ひょいっと扉の影から顔が覗いた。
「やっぱりここだった。もー、いくら夫だからって勝手に人の室に入るのやめてよね」
そう言って笑いながら近づいてきたのは、黎深の妻・百合だった。にこにこと笑った彼女は、不機嫌そうな夫のことなど気にも留めない様子で側まで来ると、その隣に腰を下ろした。
百合は、むっつりと黙り込んで口元を扇で覆っている夫の顔を覗き込む。
それに黎深は眉間に皺を刻んだ。
「…………何の用だ」
「それはホントは私のセリフなんだけど。ま、何だかどっかの誰かさんが拗ねてるみたいだっていうから、ちょっと様子見にね」
「誰が拗ねてる」
「そりゃ、きみがさ」
「私のどこが拗ねてるんだ」
「ほらそれ。ムキになってるのがいい証拠」
そうして百合はふふふと楽しそうに笑った。そんな妻から黎深はフイと顔を背ける。
それに百合は更に笑みを濃くした。
普段からワガママ放題・やりたい放題で子供以上に手の掛かる夫だったが、ごくたまに、年下の夫をかわいいと思うのはこんなときだ。
百合はもちろん、黎深が臍を曲げている原因を知っていた。なにせ自分が原因なのだ。そうして、原因を知っていたが、それを変えられるはずもなかった。百合にできること、また百合にしかできないこともたくさんあるからだ。
これからしばらく周囲の者(主に絳攸と家人たちだが)がとばっちりを受けるのは分かっているが、今の百合にはこうして拗ねた黎深のご機嫌を取るくらいしかできることはない。
そうして百合はおもむろに懐から包みを取り出した。
【2→】
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