*ばれんたいん小話09*
(黎深×百合 +絳攸)


【1】

「ただいまー!」
荷物や家人を引き連れてバタバタと室に入ってきた百合に、黎深は扇の下で眉宇をひそめながらぼそりと呟いた。
「…………3日も遅れておいて、何が"ただいま"だ」
耳聡くそれを聞きとがめた百合は、かわいらしく口を尖らせながら夫の元へと歩み寄る。
「ちょっと黎深。それが遠路はるばる紅州から帰ってきた妻に向かって一番始めに言うセリフ?  ……はい、おみやげ」
百合は持っていた箱をぽいっと黎深へ投げた。
「なんだ?」
「なんだじゃないでしょ。"ばれんたいん"だから帰ってこいって文を寄越したのは誰だっけ!?」
「遅れたじゃないか」
不満そうに呟いた黎深は、そう言いつつも早速包みを開けた。中身を確認して、さらに不機嫌そうな顔になる。
「……それに、"ちょこれぇと"じゃない」
「あのねぇ黎深。これでも精いっぱい都合つけて帰ってきたんだよ。それに、そんなに簡単に"ちょこれぇと"は手に入らないって、きみだって知ってるだろ!?」
"ちょこれえと"を手に入れるのは、紅家の権力を使っても最低一月以上は掛かる。以前自身で"ちょこれぇと"を取り寄せたことのある黎深が(とはいえ実際は百合が奔走したのだが)、そのことを知らないはずはなかった。
「もー、帰ってきただけで満足しなよねー」
一応おみやげ付なんだし、と言いながら隣に腰を下ろした百合に、黎深は鼻を鳴らした。
「ふん。では、お前自身が"ばれんたいん"の贈り物というわけだな」
「…………は? ちょ、ちょっと黎深!?」
さり気なく腰に手を回され、百合は慌てた。
2人の周囲には、まだ家人たちが荷物を片付けるために働いているのだ。
「今日はやけにひらひらしたのを着てる」
「ひらひら、って、別に、フツーの衣だよ! いつも着てるじゃないか!」
近づいてきた黎深の胸を、百合は一生懸命両腕で押し返す。
「……何だ、"ばれんたいん"だからめかし込んだ、というわけではないのか」
「はい?」
「その衣は初めて見た」
「え、別に前から――」
着てる、と言おうとして口をつぐんだ。そういえば、黎深の前で着るのは初めてだったかもしれない。今までに何度も着ている衣だったが、ほとんどを紅州で過ごしている百合がこの衣を貴陽で纏うのは、確かに初めてかもしれなかった。
「……まさかきみがそんな細かいコト覚えてるとは思ってなかったよ」
「…………………ふん」
「ふん、って黎深! 私いま帰ってきたばっかりなんだよ!? 家人だっているし!」
いつの間にかすっかり黎深に抱え込まれてしまった百合は、近づいてくる黎深の顔を渾身の力で逸らそうとした。気の利いた家人たちは、荷物の片付けもそこそこに室を出て行こうとしている。
「そんなの知るか。いいから黙れ」

【2→】
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