*えいぷりるふぅる*
(絳攸・楸瑛・劉輝・邵可・黎深)
【1】
「絳攸、いるかい?」
そう軽い口調で室に入ってきた男をちらと見遣って、絳攸は鼻を鳴らした。
「ふん。軍部は相当ヒマなようだな、楸瑛」
「いいことじゃないか。こちらはいつ来ても忙しそうだね、李吏部侍郎殿?」
からかう口調でくすくすと笑い含みに言った楸瑛は、室主の返事も待たずに手近な椅子へと腰掛ける。
室主はそれを気にした風もなく、視線を手元の書翰へと戻すと仕事を再開した。手早く筆を走らせながら、絳攸は訪問者に短く問うた。
「……で?」
「んん? なんだい、絳攸」
「用件は何だと聞いている」
何かあるから来たのだろう、と告げた絳攸に、楸瑛は華やかに微笑んだ。
「おや。私はただ君の顔が見たくて来たのだけれど。それ以上の理由が欲しいかい?」
「――それだけならとっとと帰れ」
絳攸の短い返答と冷たい声音は、明らかに仕事の邪魔だと告げていた。
だが楸瑛はそんなことでは引き下がらない。このくらいはいつものことだ。
茶化せば茶化すだけ噛みついてくる。口ではどんなに邪魔だと言っても、結局は楸瑛との会話に付き合ってくれる。李絳攸は、優しく誠実で、どこまでも真面目な男だった。それでいて少し不器用で、放っておけない面も持ち合わせている。
だから、どんなにそっけない対応を返されても、楸瑛はこの年下の友人と過ごす時間が何よりも好きだった。
「つれないねぇ絳攸……。あのね、今日が何の日だか知っている?」
「今日? 知らんな」
「そう、知らないのなら教えてあげるよ。実は今日は『えいぷりるふぅる』と言ってね、『大事な人にウソをつかなきゃいけない日』なんだよ」
「…………は?」
聞き慣れない単語に、絳攸は思わず書翰から顔を上げた。
それに楸瑛は微笑む。
「きみ、『ばれんたいん』や『ほわいとでー』を知っていて、『えいぷりるふぅる』を知らなかったのかい? なに、もちろん今からでも遅くはないよ。黎深殿に『ほわいとでー』のお返しとして、『えいぷりるふぅる』をしてくるといいよ」
何てったって今日は『大事な人にウソをつかなきゃいけない日』だからね、と楸瑛は絳攸に向けて微笑んだ。
【2→】
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