*独裁*
(悠舜×黎深)
【1】
おだやかな日差し。
茶器からほんのりと漂う柚の香り。
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえるほかは、ときおり、ぱらりと書物を繰る音が響くだけの、静寂。
何物にも代え難い、至福の時間。
……だがそんな悠舜の長閑な午後は、闖入者によって突如乱された。
「悠舜」
ずかずかと室に入ってきた黎深は、当然といった顔で悠舜の隣に座る。
「何読んでるんだ」
そう言いながら悠舜の手元を勝手に覗き込む彼の辞書には、"遠慮" "私的空間"などという言葉はないらしい。
「なんだ、勉強してるんじゃないのか」
「――あなたこそいいんですか、まったく勉強しなくても?」
ここは仮にも国試受験者のための予備宿舎だ。悠舜も黎深も、れっきとした国試受験者である。
受験生であれば、直前まで出来る限り最後の詰め込みを、というのが普通であったが、残念なことに2人とも少々"普通"とはズレていた。ちなみに今この宿舎に"普通"と思われる受験者は皆無だ。
「本など持ってきていないしな」
あっさりとそう言い切った黎深は、机案に置かれた悠舜の湯飲みをじぃっと見つめる。
その視線に気付いた悠舜は、黎深の思っていることが手に取るように分かっていたが、あえて自分からは言わないでおいた。
物言いたげな黎深の視線を感じつつ、悠舜は意識を書物に戻す。
室には再びおだやかな静寂の時が訪れた。
そのまま四半刻が過ぎ、悠舜はようやく、ずっともじもじしている黎深に水を向ける。
「黎深。言いたいことがあるなら言っていいんですよ?」
そう言われた時の黎深の表情といったら、主に構ってもらえるのを待っていた小犬のようだ、と悠舜は思ったが、彼はそれを口には出さずただ微笑むだけに留めた。
【2→】
【紅山の罠へ】
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