*アメあと*
(悠舜×黎深)
【1】
こんこんばたん、と室主が入室の可否を答える前に扉が開く。
その音に振り返った室主である鄭悠舜は、それを視線だけで咎めて苦笑の吐息をもらした。
「……黎深」
「借りてきたぞ」
偉そうにそう言って持っていた書翰を机案に置いた不法侵入者、もとい紅黎深は、悠舜の隣の椅子にどっかりと腰を下ろす。
それを責めるでもなく、悠舜は微笑んだ。彼が勝手に室に入ってくるのも、無駄に偉そうなのも、いつものことなのだ。
「ずいぶんと早かったですね」
黎深に、府庫から資料を借りてきてくださいと頼んだのは悠舜だった。
ひょっとして一刻くらいは油を売ってくるのでは、とも思っていたのだが、彼は程なくして戻ってきた。府庫の主である兄・邵可からつれなくされたか、不在だったに違いない。
それならば慰めてやろうと、悠舜は筆を置く。
「借りてきてくれてありがとう、黎深。そろそろお茶の時間にでもしましょうか?」
「ああ。では私が茶を淹れてやろう」
ありがたく思え!と言いつつ茶器に手を伸ばした黎深を見て、悠舜は首を傾げる。
「……おや、ご機嫌ですね?」
最愛の兄に邪険にされててっきり落ち込んでいるとばかり思ったのに、これはどうしたことだろう。
実は悠舜は、落ち込む黎深を自分がやさしく慰めてあげようと、府庫へのお使いを頼んだのだ。
「何か良いことでもあったのですか」
その言葉に、ふふん、と自慢げに笑った黎深は、握った手を悠舜に突きつけた。
【2→】
【紅山の罠へ】
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