*月をみていた子供*
【3】
「何をやっているのだお前は」
黎深は呆れたようにため息をつく。
「すいません!」
転んで擦りむいた痛みのせいではなく、黎深に呆れられたという思いに絳攸はじわりと涙を滲ませる。
だが、次の瞬間ふいに視界が高くなり、絳攸は驚きに声をあげる。
「黎深さま?!お、降ろしてください」
「うるさい。暴れると落すぞ」
絳攸は黎深の肩にまるで米俵でも担ぐようにひょいっと抱えあがられ、じたばたと足をばたつかせるが、黎深の一言でぴたりと暴れるのをやめた。
黎深が落すといえば、脅しでなく本気で落すことを、拾われてから一年近い歳月の間で絳攸は学んでいたからだ。
家人がみたら、騒ぎになるであろうこの光景も人々が寝しずまった夜更けとあり、絳攸の寝所に着くまで、誰にも見咎められずに済んだ。
そのことに少しほっとしながらも、黎深のぬくもりが離れていくことに絳攸は寂しさを覚えた。
「いいか、絳攸。今後私の帰りを待つなど馬鹿なことはするな。最もお前が物の怪に攫われたいというなら話は別だがな」
黎深は駄目押しのように釘をさすと、愛用の扇を卓子に置き、上掛けを捲り上げる。
「え、黎深さま?!」
「もう少し詰めろ。お前はチビなのだから、私一人くらい一緒に寝たとて狭くはあるまい」
突然の黎深の行動に絳攸は目を白黒させるが、黎深はそんなことはお構いなしに、絳攸の寝台に潜り込む。
「私は明日も早いんだ。だからお前も早く寝ろ」
黎深は欠伸を一つすると絳攸に背を向けたまま、本当に寝入ってしまった。
「黎深さま、あの、ありがとうございました」
絳攸は小さく呼びかけるが、黎深からの答えはない。
短い時間ではあったが、黎深と共に月を眺めることができて絳攸は幸せな気持ちになった。
けれど、黎深が寝入ってしまうと途端に物の怪の話が思い出され、慌てて絳攸はぎゅっと目を瞑るのだった。
やがて規則正しい小さな寝息が聞こえてくると、黎深は絳攸の方へと向き直る。
「馬鹿者めが」
呟いて、上掛けからはみだした細い手をしまいなおしてやる。
「きちんと食べているのか」
いつまで経っても細いままの絳攸に黎深は眉を顰める。
黎深は、拾いたいから拾ったのであって、絳攸がそのことについてあれこれ思い悩む必要はないというのに、どうしてそのことが分からないのか。
それとも、黎深が絳攸を置いてどこかに行ってしまうとでも思っているのだろうか。
まったく余計なことばかりに気を廻す子供だ。
「…れい…さま」
夢でもみているのか、絳攸がむにゃむにゃと何事か呟く。
「安心しろ、私はどこにも行かん。ここがお前の居場所だ」
黎深は普段は見せることのない、優しい瞳で絳攸の寝顔をみつめる。
この小さな子供もいつまでこうして、ここに居てくれるのか、ふとそんなことを思うと、一抹の寂しさを覚えるが、それはまだまだ先のことと割り切り、夜明けが来るまでの数刻を眠りにつくべく黎深もまた瞳を閉じるのだった。
【←2】
「Mad TeaParty」香奈子さまより誕生日にいただいた小説です。いつもお世話になりまして、ありがとうございますv 親子かわいいですv 香奈子さま、この度は本当にどうもありがとうございました! あ、香奈子さん宅へはリンクページからどうぞ〜
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